退屈な日々からの脱却
普段通りの学校生活。
毎朝決まった時間に起きて朝食を摂って、制服に着替えて登校する毎日。学校へ着けば仲の良い友人と昨晩のドラマの話をして、授業を受けて、部活をしていない私、初羅凛音は帰宅する。
正直、飽き飽きとしている。
昔から飽き性な私は、いわゆる三日坊主と呼ばれる人間だ。
何かをやろうと奮起しても、やがてやる気が無くなっていく。
ただ、家に帰っても基本する事が無いので、仕方なく勉強をしている。時々、友人に誘われて遊びに行く事もあるが、1ヶ月に1度程度だ。
そんな私が何故こんなにも毎日を過ごしているのかというと、自分で言うのもなんだが優遇され過ぎている人生が原因である。
お金持ちの家に生まれて何不自由ない生活をしてきた私。
望むものはなんだって手に入れてきたし、これからもそれは変わらないだろう。
お金は勿論の事、容姿も優れている。
高校2年生ながら非常に整ったプロポーションをしており、そこら辺のアイドルなど裸足で逃げ出すくらいの美少女を誇っている。
容姿端麗だけでなく、文武両道の完璧美少女でもある私。
学年トップの学業成績を維持し、初めてのスポーツも所属している部員よりも上手くこなせる。これまでも様々な部活に勧誘されるが尽く断ってきている。
そして、今日もそんなつまらない1日が始まろうとしている。
教室に着いて、友人ととりとめのない会話をしながら担任教師が来るのを待っていた。
「ねえねえ、凛音もそう思うでしょー!?」
そう話し掛けてくるのは友人Aの片桐彩香。
彼女は高校1年生の時から同じクラスでずっと仲の良い友人なのだ。
「そうだね。それは酷いと思う」
何の話をしているかと言うと、彩香の惚気話に付き合っている途中だ。正直どうでも良いが、ここで適当にでも相槌を打っておかないと今後の関係に支障が出る。精一杯の愛想笑いを浮かべながら心の中で彩香に毒づく。
(この女、話が長いのもマイナスだなー)
2年の付き合いになるが、この点は本当に辟易とする。
勿論、彩香に対して思う事は沢山あるが、口に出してしまうと面倒なので黙ってやり過ごすのが利口なやり方である。
キーンコーンカーンコーン
とここで授業開始の鐘が鳴る、と同時に彩香のクソみたいな話が終わりの時間を迎える。やっと解放された凛音は、朝のホームルームの為に教室へ来る担任教師を待つ。
「うわっ! 俺、宿題やり忘れてたんだった!」
「うっそー? 私ので良ければ見せてあげよっか?」
「マジか! それなら助かる」
「購買のスペシャル焼きそばパンで手をうちましょう」
と隣の席で先週出された宿題をやって来ていないと言う男子生徒に、女子生徒が恩着せがましくノートを渡す光景が視界に入る。うるさいなと思いつつ、これも青春の1ページとなるのかもと考えるが、凛音には到底理解が出来ない。
土日の2日あったのに、ろくに机に向かうこともせずゲームか友人と遊びに行っていたのだろう。そんな時間が全く無意味とまでは言わないが、その時間の何分の1でも使えば宿題程度すぐに終わるだろうと思う。まあ、どうせ時間があったとしたも男であれば自家発電に当てるのだろうと考える。
毎日に飽き飽きとはしているが、時間配分に関しては厳しい凛音であった。
そして、そんな男子よりも不思議に思ったのが、男子生徒にノートを見せてやると言った女子生徒の言動だ。何故、そんなに露骨に見返りを求めるのかが理解出来ない。
ただ見せてあげるとだけ言ってしまえば、角が立つことも無くなる。言葉にして見返りを求めてしまえば、がめつい女だと思われてしまうかもしれない。謙虚さを忘れた日本の女子高生に呆れる女子高生であった。
とそんなどうでも良い事を考えていた凛音の思考が遮られる。
教室のドアを開いて担任の教師が入ってくる。
「おーい、みんな席につけよ。出席取るぞー」
そう言って入ってきたのは真新しいスーツに身を包んだ若い男性教師。彼は今年からクラスを持つ事が許された新任だ。生徒と歳が近いということで、凛音たちのクラスのみならず全校生徒から人気の高いイケメン教師である。
そんな彼の名前は柊雄哉。噂では同校の女子生徒と付き合っているというが、その真偽は定かではない。出身大学のミスターコンで優勝した経歴があり、在学中はモデルをしていたとは本人の言。
なんというナルシストだというのが、凛音が彼に抱いた初めての印象。自分に自信があるのは結構な事だが、それをあまり前に出し過ぎても顰蹙を買うばかりだと凛音は強く思う。
わかってるかな、彩香???
そう仲の良い友人に心の中で忠告している凛音であったが、何故か出席を取っているはずの先生の声は聞こえず、クラス中が騒がしい。
何事かと辺りを見回してみると、柊の後ろにある黒板に光る文字が浮かんでいるのが見えた。
不思議な光景に目を奪われる凛音であるが、およそ非現実的な出来事に浮ついているクラスメイトがうるさい。ポルターガイストだと叫んでいるクラスのお調子者の言葉に皆が乗せられているようだ。
「皆、落ち着け!」
柊のその言葉に反応して少しずつ静まっていく教室内。
小さい声で彼が、「騒がしいって言われて怒られるのは俺なんだぞ」と呟いたのは誰の耳にも届きはしなかった。
そして最初は黒板に勝手に文字が浮かび上がっているという現実に驚いていたが、その内容に今度は目を奪われる。
これから君たちを異世界に運ぶ
簡潔だがこれ程のパワーワードは無い。
ただ壁に書かれているだけならば、普通は落書きと称してバカにすることだろう。しかし、先程起こったことはクラスメイト全員が目にし体験した事。その後にこんな事を書かれてしまっては、得体の知れない恐怖に陥れられるのは必然であった。
しかし、たった1人だけその例から漏れる者がいる。
(異世界……こことは違う世界)
少しずつその意味を理解していった凛音は、頭の中で『異世界』という言葉を反芻していく。
(こことは異なった生活様式、文化、人種、生物、食事、職業、そして……法律)
サブカルチャーにも精通している凛音は、特に異世界へ召喚されるといったジャンルの戦記が好きだった。そして、憧れていた。
(もし、冒険者となって各地を旅できるなら)
自分の退屈な人生にもようやく光明がさしてきた。