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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
外国で英雄。自国で獣医。村の中では何でも屋。

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有限実行歓迎会


その日の夜は珍しくフィツの店が閉まっていた。良く見ると扉に看板がぶら下がっている。

『本日貸切』

中はざわざわと賑やかな声が聞こえている。それなりの数の人がいるらしい。

通りがかった客は仕方無いとバーベキュー会場の方や酒場の方に行った。

他の場所でも食事は出るからこそ、貸切にすることが出来た。



「えー。それでは今忙しいアニキの代わりに不肖ながら舎弟その一のあっしが乾杯の音頭をとらせていただきやす。せーの。かんぱーい!」

ブルースの声に合わせて全員がグラスを高く突き上げ合唱した。そしてカランカランとグラスを合わせる音が鳴り響いた。


三世はコルネを回収して村に戻るとさっそく歓迎会の準備を始めることにした。フィツのご厚意によりその日の夜にすぐに出来るようになった為慌てて人を集めた。

そして今こうして貸切の店で一部の人を除いて集うことが出来た。

「それにしても増えたわね。牧場経営込みとは言え……」

ジュースを飲みながらルカはしみじみと呟く。その横でマリウスも静かにうんうんと頷いていた。

今ここにいるのは三世陣営かまたはその協力者しかいない。村と限定すれば一大勢力と言っても良いだろう。

現に村長から村長をしてみないか打診も来ていた。ただし器じゃないと言うことで三世はそれを拒否。

そのついでに村拡張計画も一区切りついたので権限も全て村長に返していた。


今この歓迎会にいるのは十五人だ。一人だけ二割ほどしか参加していないが。

まず三世本人。そしてその娘のルゥとシャルト。三世は適当な布の服のラフな格好だが、ルゥとシャルトはしっかりお洒落していた。

ルゥは薄いピンクのドレスを着ていた。髪は以前くるぶしまであったが少し切って今は膝辺りまで。それでもとても長い。ただこのくらいなら身軽だから問題にはならないらしい。それと眼鏡を外している。ドレスにはそっちの方が似合うかららしい。

シャルトはいつもの黒いゴシックのドレスだ。基本黒で所々白いメイド服風のゴシックに黒い革靴。

そして三人共今はエプロンをつけて料理の仕込を手伝っている。


次にカエデさん。残念ながら首から先だけの参加になっているが参加していると言って良いだろう。

フィツの店の入り口だとカエデさんは入れなかった。貸切だからたまにはと思ったが流石に馬が入ることは想定していなかった。

代わりに窓枠を取っ払いそこから顔を出し、首から上だけ参加している。テーブルを傍に動かしカエデさん専用のテーブルにして皿を置いていた。まだ空だが。

皿をじーっと見つめながら時々料理に対する期待で揺れている。その美しい白い見た目とギャップを感じるそわそわした態度から注目を浴び、他の人はもちろんユウとユラも含めて全員がカエデさんに挨拶を済ました。窓から顔を出しながら料理を待って揺れるその仕草はまさに残念美人と呼ぶに相応しい光景だった。


そして三世の師匠のマリウスとその娘ルカ。

いつも通りのラフな格好での参加。マリウスは人が多く地味に緊張していた。ルカは三世が新しい奴隷を買ったと聞いて飛んできた。

三世が奴隷を買うということは家族を増やすことだとルカは三世の考えを正しく認識していた。

そして、三世の家族なら自分の家族でもある。妙に姉御肌なルカは急いで歓迎会の参加を決め、準備も手伝った。


そして三世の一員の最後の五人。ブルース達建築組だ。

酒が飲めると聞いて五人で急いで来た所を三世が確保。そのままブルースに司会を投げつけた。

ここまでが三世内部組。家族と言ってもお互い納得出来る人達だ。


それと外部組。三世に協力してくれる人達。

まず騎士団関係のコルネ。最初期からずっとお世話になっている人だ。いつもにこにこしていて今も楽しそうにしている。

それとわざわざ貸切にしてくれたフィツ。三世達と今必死に料理の準備をしていた。


それらに加えてユウとユラ。以上が今回参加している歓迎会のメンバーだ。

三世は他に呼びたい人はいたが、突然だった為にそこまで手が回らなかった。そもそも呼びたい人達の連絡先すら三世は知らないので呼びようが無かった。


「お待たせしました。それじゃあ遠慮なく食べて下さいね」

三世とルゥ、シャルトが厨房から大皿をいくつも持ってテーブルに並べていく。仕込が終わったら後は任せろとフィツが三人に料理を持たせて追い出したのだ。

三世達も厚意を受け、そのまま空いているテーブルの方に移動した。

「アニキに姉御方。お疲れ様でした」

ブルースは三世の方に近づき飲み物を注いだグラスをそっと三人に出した。

当たり前のようにノンアルコールのただのジュースを置いていた。料理の時の疲労と喉の強い渇きから、今はお酒よりもジュースが欲しかったから丁度良かった。

この辺りの気分を測るという行動に、ブルースは長けていた。だから今回も司会を任せようと三世は考えた。

ブルース達建築組は三世の呼び方に困った。親分はダメといわれ、考えた。無い頭で考えた結果。親扱いが嫌なら兄扱いにしよう。そういう結果でアニキ呼びに決まった。


こうして推定年上のブルースという弟分が誕生した。残り四人が年下に見える為そこだけは三世は安堵した。

ちなみにアニキの娘だけど目上の存在だからという理由で姉御呼びだ。年齢で見たらしっちゃかめっちゃかになっていた。


「ありがとう。この後はどういう流れになっていますか?」

ジュースを受け取り三世は喉の渇きを癒す。キンキンに冷えたジュースが喉を急速に冷やす。

「へい。せっかくなんで自己紹介のついでにこんな物を用意させていただきやした」

ブルースは紙で出来た箱を二つ見せた。両方とも上面に丸い穴が開いている。それを見て三世は何をしたいのか察した。

「えー。この箱の片方に名前を、もう片方に質問を入れてます。そんで呼ばれた人は自己紹介のついでにその質問も答えてもらってお互いを知ろうって考えですが、どうですかね?」

ブルースは付け加えてきつい質問は無いし拒否権もありと言った。三世は面白そうだと思い、許可した。何というか若者の宴会のノリのような何かを感じる。


ブルースは自分に注目させて、簡単に説明した。そして謎の歌を楽しげに歌いながら箱から紙を二つ取り出す。時々音が外れてるのがまた何ともコミカルな笑いを誘う。



呼ばれたのはコルネ。質問は好きな動物だった。

コルネは立ち上がり大きめの声を出した。

「はーい。こんばんわー騎士団の中隊長やっているコルネ・ラーライルでーす。色々とご縁がありこうして参加させてもらっています。みんなよろしくねー。困ったことがあったら何でも言ってね。市民の生活を支える騎士団もよーろしーくねー。んでんで好きな動物だっけ?ルゥちゃんとシャルちゃんは別にして……」

コルネは三世の方を笑いながら冷たい目で見ている。じとーとしたその目は三世を責めているようにもからかっているようにも取れた。

「好きな動物はメープルさん改めカエデさんでーす。凄く好きでーす。良く一緒にいましたー」

三世はコルネから顔をそらして誤魔化した。顔は見ていないのに強い視線を感じる。それも冗談だとは分かっている。何割かは本音だろうが。

カエデさんを取られた嫉妬三割、からかって遊びたい七割と言ったあたりだろう。


当のカエデさんは知らん振り。というより聞こえていなかった。目の前に用意された専用の食事を器用にもぐもぐと食べている。

窓から首だけ出して皿の上の食事をもぐもぐ食べる姿は残念美人度を加速度的に上昇させ続けていた。



次に選ばれたのはブルース本人。質問は好きな事だった。

「えー。今歓迎会の取りまとめをさせていただいてやすブルースという者でございます。なにぶん育ちが悪いもんで言葉遣いはご容赦を」

ブルースとその後ろの四人は立ち上がりぺこりと頭を下げる。

「あっしら五人はずっと腐っていた所をアニキに救われ、感銘を受け今ここにアニキの舎弟として置かせていただいてやす。好きなことはアニキに恩返しすることを除けば全員酒っすね。アニキ共々これからよろしくお頼み申します」

全員深く頭を下げて座り、酒を飲み始めた。

ブルース以外の四人は名前を名乗りたがらない。三世も未だに四人の名前は知らない。だが何となく察することは出来る。自分の名前が嫌いなのだろう。

だから今回合同の自己紹介という形で誤魔化したらしい。

いつか話してくれると信じて、三世は何も聞かないこにした。



次に選ばれたのはルゥ。質問は趣味だった。

ルゥは呼ばれてぴょんと立ち上がる。

「ヤツヒサのペットその一のルゥだよ。奴隷だったけど首輪壊れちゃったの。ちょっと残念。得意なのは料理。趣味も料理!じゃダメだよね。料理以外だと絵本を読むことと読んでもらうこと!みんなよろしくね!」

大きな声で両手を振りながら皆にアピールするルゥ。元気いっぱいな様子は周りを自然とほんわかした笑顔にした。



次に選ばれたのはマリウスで質問は大切な物だった。

「マリウスだ。革の職人をしている。何かあればうちに来い」

低い声で威圧するような風貌。知っている人は知っているがこの中の半数は知らないだろう。

大きな体格に恐ろしい顔付き。笑顔でも怒りでも無い無表情に近いが凄みがある。仕事人と呼ぶに相応しい顔だろう。ただしその実態はノミの心臓。人が沢山いると緊張して口数が途端に減る。これが仕事人状態の正体だった。


「すんません。ルカの姉御の分の紙忘れたので一緒に自己紹介お願いしていいですかい?」

ブルースは知らないが三世の心配する様子から何かを察し、機転を利かせた。これには三世もブルースにサムズアップした。ブルースは頷いていた。

「はーい。この人の娘のルカでーす。父は口下手なので代わりに私が話します。革製品の製作を受け持っているので修繕から合わせ、購入まで是非うちにどうぞ!ちなみにヤツヒサさんとの関係は父がヤツヒサさんの師匠です。なのでヤツヒサさん絡みなら値引きするよ!」

小さくぱちぱちと拍手が響く。

「それと父の大切な物は父と母二人の思い出のオルゴールですね」

とんとんと肘でマリウスを小突きながら話すルカに周囲は自然と微笑んだ。マリウスは小さくなって困っている。良く見ると少し顔も赤い。だが居心地が悪そうではなかった。

「そんで私の質問は何ですかー?」

その言葉にブルースは慌てて紙を引く。

「すいません。質問は貴方の特技でお願いしやす」

「おっけー。特技は年の割に大人と同じ仕事してるってことでいいかな?経営と営業と受付と対人関係は全て今も私がしていまーす」

おーと歓声があがる。ルカはその上で町の手伝いを毎日しつつ料理もしている。多才な上に社交性も高い。このメンバーの中でも実は一番有能な人物だったりする。



次に選ばれたのはユウとユラ。質問は『これからしてみたいことまたはこれからの目標』だった。

「せっかくなので一緒に自己紹介してもらっていいですかね?」

ユウとユラは頷いて立ち上がった。


「まず僕の名前がユウ。ユラの夫で獣人の奴隷です。経営が得意ですが、正直順番が良く無かったですね。ルカ様の後だと自慢にもなりません」

ユウは頭を掻いて困っていた。完全にルカに持っていかれた形になってしまったからだ。

「一応牧場の経営を任せていただくことになっています。なので何かあったらルカ様是非ご協力お願いいたします」

その言葉を聞いてルカは自分の胸をとんと叩いた。

「任せなさい。経済でも財政についてでも何でもどんと来いよ。それ以外にもご飯に困ったら誰でもうちにいらっしゃい!」

ルカの言葉に全員が大きな拍手をする。自己紹介中のユウですら拍手をしていた。

三世もずっと食事から洗濯まであれこれ世話になっていた。回数は減ったが未だにそれは続いている。むしろルカは遠慮した方が怒る。

そしてそれを一度たりとも誇らない器の大きさ。本当に頭が上がらない。三世は人としての位が存在するならルカが頂点にいるのでは無いかとすら思っている。


「それでこれからしてみたいことは、今まであまり良い人生とは呼べなかったので、ユラと二人でゆっくり時間を過ごしたいですね」

ユウは会釈をして座り、それに合わせてユラも会釈をして話し出した。


「ユウの妻のユラです。特技は狩猟から飼育など動物関連は割と何でも得意です。してみたいことは牧場のポニーたんを百頭まで増やすことです」

笑顔のまま言葉を紡ぐユラ。ただ、絶対に実現させるという強い決意を感じた。

三世は無言のままユラにサムズアップを送った。ユラもそれに会釈で返した。


「なるほど。アニキの女性版みたいな性格なんですね」

ブルースの言葉に周囲があーと納得したような声を出した。



次に選ばれたのはシャルト。そして最後の紙だった。カエデさんは最初に自己紹介が終わっているから、フィツは未だに料理から手を離せないから、そういう理由で紙を抜いていた。

そして三世の紙は単純に入ってなかった。

「ありゃ。アニキの分の紙入れ忘れていた」

周りは爆笑した。三世も困った顔をする。

「あはははは。まあアニキのことは皆知っているので自己紹介は省くということで」

三世は苦笑しつつ納得した。それはそれとしてブルースの頭をこんと軽く叩いた。


シャルトはとことこと歩いて吟遊詩人の為のお立ち台に上った。

吟遊詩人と言っても今はほとんどシャルト専用の場所になっている。

シャルトは自分のドレスが気に入っていた。自分と同じ黒に染まっているドレス。

黒一色にわずかな白。そして輝く黄金の瞳。その姿は美しいだけで無く、どこか恐ろしさがあった。

「こんばんは。ご主人様の奴隷であり、ペットその二のシャルトと申します。以後お見知りおきを」

スカートの端を軽くつまみ深く頭を下げて会釈する。どこか芝居がかった仕草にも見えた。

「特技は歌を歌うことです。またこの後時間があれば披露させていただくかもしれません。それでブルース様、質問は何でしょうか?」

「シャルトの姉御。様付けは勘弁して下せぇ。あっしらの方が下なんですから。質問はアニキのことをどう思ってるかです」

シャルトは質問を聞いて微笑んだ。微笑みというよりはにやっとした表情。三世は嫌な予感がした。というかピンポイントな質問過ぎて惨事の未来が見える。


「ご主人様をどう思うかなんてとても一言では表せませんね。どうしても一言にするなら私の全てになります。その手に撫でられると心も喜び、その目に見つめられると溶けて全てを許してしまいそうになり、そして朝を共に迎えると無上の喜びを感じます」

うっとりとしたシャルトの艶のある声。完全に誤解をさせる言い方だ。実際に周囲にざわざわといった声が響く。

コルネに助けを求める。コルネはすっと三世から顔を逸らした。仕返しかな?

ブルースに助けを求める。ブルースは笑顔で親指をサムズアップ。普段は察しが良いのにこういう時は悪いらしい。いやわかってわざとかもしれない。


三世は立ち上がりルゥを連れてシャルトの傍に来た。

「せっかくなので私も自己紹介をさせていただきます。私の名前はヤツヒサ。稀人としてこちらに来てこの村にお世話になっています。獣医とレザークラフト見習いの二足を履いています。一応奴隷としてシャルトとルゥを買いましたが、私は二人のことを娘のように思っています」

三世は娘ということに強くアクセントをつけて話す。ルゥは娘でーすと手を上げて喜ぶ。その仕草を見て周囲も納得してくれたらしい。シャルトは三世にしか聞こえない小さな声で娘以外でも良いんですよ?と囁いた。


「というわけで私はあまり奴隷というものに拘っていません。共に生きる仲間として思っています。もちろん金額さえ払っていただけたらいつでも解放する準備もあります。お二人ならそう遠くないうちに稼げると思いますし」

三世の言葉にユウとユラは頷いた。


「えー。自己紹介もこれで終わりやした。後はゆっくりと飲み食いしてくだせぇ。あっしは飲む!」

そう言いながらずっと我慢していたらしく、黄金酒の瓶を一本抱えてラッパ飲みしだした。


後はワイワイと騒ぎながらの食事会だ。とんでもなく食事の質が高いことを除けば普通の宴会と相違無い。


三世はさっきの時にちょっとした違和感を覚える。

シャルトの発言の後三世の言葉はただの言い訳だ。それで納得出来るとは思えない。だが、皆はそれで納得していた。何故か三世が手を出すのはありえないと思っているようらしい。

大したことじゃあ無いだろうと三世は思い、違和感を気にしないことにして娘達と食事を楽しんだ。




「色々予想外だね」

ユウの言葉にユラは頷いた。

三世が善人なのは知っていた。ただ、村の中ほとんどがそうだとは思わなかった。

この村での生活は麻薬に近い。とんでも無いほど美味しい食事。ゆったりとした時間。そして優しい主。獣人奴隷を自分の娘というほど許容の広い主はそういないだろう。

「解放ありだって。どうする?」

ユウの言葉にユラも困惑する。正直どうでも良かった。ユウもきっとそう思っているだろう。

「お金溜まったら考えたら良いかな」

ユラの言葉にユウは頷いた。これは溜まらないパターンだなとも思い、ユラは笑う。


間違い無く主は素晴らしい。だからこそ、疑問は早いうちに処理しておきたかった。


歓迎会という名前の宴会が終わり、みんな家に戻り就寝した。

三世はルゥとシャルトが寝たあたりで三世はこっそり外に出た。


「お待たせしました」

牧場の裏、人のいない辺りにきて三世はそっちに話しかけた。そこにはユラが一人で待っていた。

「いえいえ。大丈夫です。私も今来たところなので」

「それで大切な話というのは何でしょうか?」

三世の言葉にユラは神妙な顔になる。

宴会の途中でユラは三世に内緒話をしていた。

とても大切な話があるから夜にこっそり牧場裏に来て欲しい。

そういわれた三世はそのままここに来た。

「はい。とても大切なお話です。もしかしたら冗談に聞こえるかもしれませんが、今から言う質問に答えていただけますか?」

三世は頷いた。ユラの言葉は真剣そのものだったからだ。


「では尋ねます。ここで聞いたことは絶対に言わないで正直に答えてください。娘二人に性的に欲情したことがありますか?」

三世はその質問に驚いた。だが、ユラの瞳は真剣そのものだ。嘘を言わず、三世は頷いた。


「そうですか。稀人皆そうなのかしら」

ユラは何かを思い悩む仕草をしていた。

「あの。それで一体どんな話が?」

三世の言葉にユラはどこかに行っていた意識が戻ってきて我に返った。

「申し訳ありません。考えゴトをしていました。では本題に入らせていただきます」

ユラは息を吸ってゆっくりその一言を言った。

「人が獣人に欲情することはありません」

ユラの言葉に三世は意味がわからなかった。


人と獣人が争いを始める前の時代。それはとても古い時代の話だった。

争いは無いが人と獣人はわかりあうことが無かった。

そんな時獣人の数が極端に減った。原因はわからない。だが対策はわかっていた。

獣人の女性と人の男性の子供は獣人に必ずなる。逆だとわからないが。

奇しくも男性の方が減少量が多かったこと。

そして獣人は基本考え無しに動く。

このことが合わさり、獣人は人族の男性を攫っていった。

神はそれを見て何とかしようとするが、獣人は神の声に耳を傾けない。

そして遂に人の方も怒りの限界が来た。人と獣の争いが始まってしまった。

神は嘆き、最後の手段に出た。人と獣人とで子を残せなくした。

人は獣人を人として見ず、獣人もまた人を人として見なくなる種族隔離の法。それを『神の涙』と呼んだ。

神は人と獣人の争いを止めるように言い、両者は納得し、お互いに距離を置いた。


「という感じの失われた伝説があります。これが本当か嘘は知りません。ただ、人と獣人とで愛を結ぶことが有り得ないのは事実です」

ユラの言葉を受け、三世は自分のことを考えた。そして一つ結論に行き着いた。

「つまり私が異常性欲者ということですか?」

ユラをそれを否定した。どうも違ったらしい。

「異常すら起きないのです。神の涙は本当にあります。だからもう数百年人と獣人との間に子は残っていません」

「つまりどういうことですか?」

「シャルト様の方も淡いですがあなたにそういう男女の感情を持っていると感じました」

あれで淡いのか。三世はそこにちょっと驚いた。

「原因はわかりませんが、神の法が貴方方に適応されてないということですね」

ユラの言葉に三世はいまいちピンと着てなかった。

「はぁ。つまりどういうことでしょうか」

別にこれだけなら問題は本当に無い。どうであろうとルゥやシャルトとの関係は変わらないからだ。


「神は愛が好きで、特に有り得ない関係の恋愛が成立すると神は奇跡を降らすという話があるくらい異種愛が好きと記されています。だから私としては応援したいのですが、人の社会の教会の視点からは……」

ユラの説明では教会では放置出来ない問題になるらしい。

まず失われた話を知っている場合だ。その場合は世界で唯一の神の体現者となる。色々な意味で教会に拉致され悪い意味でちやほやされるだろう。


最悪なのはもう一つの可能性だ。ユラが知っているこの話は人族の間ではほとんど出回っていない。とある事情で全ての情報を封印していた。全く知らない場合は逆の意味になる。

つまり人と獣人を交えないようにしたのは神で、その場合三世は神に逆らう異端者となる。


どっちに転んだとしても教会なり狂信者なりが関わり碌なことにならず、面倒では済まない。

三世はユラの伝えたいことがようやくわかった。教会に対しては隠しておけということだった。

ユラに感謝しつつ三世は話を全面的に認め、後日シャルトにも口止めも含めて話すように約束した。

「でもねオーナー。本当は応援しているんですよ。もしかしたら私達獣人が本当に救われる日が来るかもしれないのですから」

それはユラの本心だった。いつの日か自分達の子供と三世達の子供が遊ぶ日が来ることを願っている。それはとても可能性の低い未来だった。だが、それでも、もしかしたらと思うほどは三世に期待していた。





失われた話には続きがあり、そして話が封印された理由でもあった。

神に言われ争いを止めたのは獣人だけで、人は止めたフリをしてそのまま獣人の虐殺に走った。

神託を受け約束した王は女性だった。何故なら前の王は彼女の夫で、そして獣人に拉致された。

夫が戻ってくることは無かった。王は必死に探したが、見つけたのは散々苦しめられ他の人には区別が付かないような悲惨な状態の亡骸だけだった。

それが妻である王には夫だとわかってしまった。その瞬間王は恨みに取り付かれた。


神の神託よりも恨みが勝り、王は神託を逆に利用して獣人に復讐をした。国民には神託の存在を知らせずただただ獣人の残虐さだけを説いていった。

それでも恨み憎しみは止まらず、最後には己の憎しみに囚われ自害した。


本当に困ったのは次の王だった。

元王の親戚だったが、内情を知り頭を抱えた。神託を裏切り国同士の約束を無視し、挙句の果てに自国が疲弊するほど獣人への恨みが蔓延している。

次の王は、獣人との今までの記録を全て抹消して隠蔽した。民の安全を守る方法が他に無かったからだ。


そうして何故争いが始まったかという記録は全て消され、獣人と人は今でも争い続けていた。


ありがとうございました。

まだしばらくはのんびりというか事件が起きないというか。

そんなまったくした平たい話が続きます。

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