牛を飼おう馬?を買おう
指定された場所は騎士団関係の複数の建物の傍にあった。
城下町には騎士団に関わりの深い建造物が多々ある。そしてそのうちの大多数は密集している。
本部と思われる建物を中心に訓練所や武具置き場。その他魔法関連のような施設や座学を行うと思われる場所等そういった施設がこの辺りに建てられている。
馬小屋関係など例外はあるが大多数はこの辺りに作られているとコルネから三世は聞いていた。近くの通路を通るだけで剣戟の音と怒声が響く。
騎士団に関わっていそうな見た目や風貌の人も多く見られ、妙な緊張感が漂う。例えるなら道端で警官とすれ違ったような雰囲気だ。
そして同時に道や建造物がとても綺麗でもある。おそらく訓練か業務に清掃が含まれるのだろう。
そんな騎士団がらみの傍にある一軒の大きなテントハウス。それが今回の目的の場所だ。
三十人は優に入りそうな大きな白いテント。形はサーカスのテントの小型版みたいな感じだ。
ここはかなりの優良店らしい。動物専門の商店。騎士団も愛用している為わざわざ騎士団の為にテントハウスが建てられた位だ。
普通は購入出来ないが、今回はコルネのコネを使わせてもらっている。その上送料無料までコネの力でつけてもらえた。非常に申し訳ないが世話になることにした。
名札も何もついていないテントに、三世達はおそるおそる入って行った。
ユウとユラを連れて中に入ると、そこには見覚えのある人がいた。
「おや。お久しぶりです」
礼儀正しく顔を下げる騎士の格好をした相手に三世も礼儀正しく挨拶を返す。
ただし三世の内心は冷や汗が流れていた。
「お久しぶりです。その節はどうも」
三世はそう返すが、相手とどこで会ったか思い出せなかった。確かに会ったことはある。だがどこで、いつ会ったのかわからない。
続く沈黙の時間に相手は察してくれたようで、それとなく誘導してくれた。それを察して三世は少し申し訳なかった。
「コルネ様と一緒に迎えに行って私が馬車で送って以来ですね」
その言葉で三世はようやく思い出した。
「ああ。すいません今思い出しました!ベルモントさん!」
「違います。それは忘れて下さい。クリフです」
印象はコルネとの掛け合い漫才の方が強かったらしく違う名前で覚えていたらしい。三世は改めてクリフという男を認識する。
細身で背の高い男。目つきが少々鋭く常に無表情。冗談の通じそうにない堅い真面目な人物。それが三世の印象だった。
「それでクリフさんはここで何をしているのでしょうか?」
「今日の担当を受け持っています。なので購入売却の相談があるならどうぞ」
話を聞くと人件費削減と騎士団との繋がりを深める為に騎士団の人がここの店番をすることになっているらしい。
本来の商人と騎士団は何の関係も無い為そのようなことをする義理は無い。だがその代わりに騎士団に必要な物資や動物の値段を抑え目で売ってくれている。
お互いに得をするように考える商人の知恵らしい。
「なので本来ここは紹介者がいないとお引取りをお願いするのですが、コルネ様ですよね?」
もう確信があるようだった。三世は多少の罪悪感を覚えながら頷いた。恩義が嬉しく、同時に申し訳なかった。
「わかりました。では何をお求めでしょうか?」
クリフの言葉にユウとユラに尋ねる。
「どういう風に買いましょうか?」
そもそもユウとユラは事情は聞いたがどういう展開にしたいかはもちろん予算すら聞いていない。
三世は相談する時間を求めるとクリフは頷いてテーブルの方に手を向けた。
「あちらでゆっくり話し合ってください。飲み物くらいは出させていただきます」
テーブルに三人で座って話し合いをした。その間に出てきたのはヨーグルトラッシーだった。
飲みやすい喉越しとさっぱりした甘さ。それでいて乳製品のコク。相当上質な物なのだろう。
「美味しいですね。驚きました」
三世の言葉にクリフは頭を下げる。
「そういっていただけたら作った甲斐がありました」
どうやら自家製だったらしい。真面目で堅物のような見た目と話し方だが、意外と趣味が広いのかもしれない。
「それで、最初に尋ねたいのは予算幾らまで使えますか?」
三世は手元の金貨を計算した。残っている金貨は百三十枚。そこからエサ代や給料などの諸経費を計算して、最高でも八十枚。今後のことを考えたら五十枚くらいが理想だった。
これらはルゥやシャルトの溜めた金貨も含まれている。出来るだけ大切に使わないといけない。
三世はクリフに動物の値段も尋ねた。
牛は一頭金貨五枚から十枚。
こちらは問題無い。値段の理由も分かりやすいし乳牛という買うべき牛はもう決まっているからだ。
問題は馬の方だった。
子馬で金貨三枚。血統の優れた馬は購入すら出来ない。
軽種で金貨十枚から上限無し。
中間種で金貨十二枚から上限無し。
重種で金貨二十枚から上限無し。
それと騎士団用の高級馬が金貨二百枚から上限無し。
そう、馬の種類は割と多い。三世も失念していた。ちなみにこれらは四本足の場合で六本足だと値段は五割増し。八本足なら十割以上増えるそうだ。
今後の展開も含めてここで計画をきっちりとしておかないと後が大変になるのは目に見えていた。
レース中心に考えるなら同程度の実力の馬。速度の出る軽種が少なくとも六匹、出来たら十二匹は欲しい。
逆に、村人への貸し出しなど力仕事を考えたら軽種はそれほど適性が無い。重種ならかなりの仕事が任せられ確実に儲けが出る。
だが軽種以外だとレースに都合が悪い。速度の出る軽種がレースの花形になる。混合にすると結果が分かりきっていてレースにすらならない。
そもそも予算不足だ。どの馬にしても満足いく量を買うことは出来ない。だからこそ、三人で相談する。
たっぷり三十分相談し合い、一人一案ずつ用意することが出来た。そこからまた話を煮詰める。
「まず私から失礼します」
ユウとユラが三世の方に注目した。
何故かクリフも注目して聞いていた。顔には出ないが楽しそうだった。
「中間種を4頭買ってマルチに利用していきましょう。その際の売り上げを鑑みて次の計画についての考察をしたいと考えています」
シンプルな計画。ただ、リスクはあるがリターンは少ない。面白みも無い考え方だった。あるいみ三世らしくはある。
「次は僕が行きます。どうもユラの計画は自信ありそうなので自信が無い僕から先に」
ユラは自信満々らしいが、三世にはわからない。いつも通りの楽しそうなニコニコ顔にしか見えなかった。
ユウの計画は軽種六頭に中間種一頭。そしていけるなら牛を二頭買うという計画だった。
軽種でもこちらの馬なら十分村の手伝いに加担出来るし速度を利用した配送などにも使える。
移動を中心に考え最終的にレースに移行しやすい軽種中心の作戦。重労働や馬術を教えたり触れ合い用に力強くかっこいい中間種
を一頭アクセント代わりに買い確実に利益の出る牛を早い段階で購入する。
中くらいのリスクだがハイリターンな考えだった。
それでも、三世は自分の計画よりはうまく行くような気はした。
「じゃあ最後は私ですね。もぅ。ユウがハードルあげるから話しにくくなっちゃった」
その顔は話しにくいという顔にはとても見えなかった。
「でも私の計画って最初の段階でだめなら全部台無しなのよね。クリフ様。お尋ねになってもよろしいでしょうか?」
最初から聞いていたクリフは頷いた。それにしてもこの人は本当に表情が変わらないな。表情が動いた所を見たことが無い。
「はい。なんでしょうか。あと様は必要ありません。何でしたら呼び捨てでも何も言いませんよ」
「ありがとうございます。それでも、私は奴隷の身。主に不都合があるといけないので謙らせていただきます」
三世は少し悲しい気持ちになる。それでも、仕方の無いことではあった。そういう目は今でも多い。
だから三世は何もいえなかった。せめて村の中だけでも二人が平等に暮らせるようにしたいとは考えるが。
「差し出がましいことを言いました。お許し下さい。それで何かご要望でしょうか?」
ユラは一際笑顔を輝かせてクリフに尋ねた。
「ポニー種は安く仕入れられないかしら?」
「はい。金貨一枚からで売らせていただいています。といっても金貨三枚は出すことをオススメしますが」
その言葉にユラは感謝を返し、自分の計画を話し出した。
そもそもレースとして最大の欠点がある。競馬にしろただのレースにしろ騎手が圧倒的に足りない。
そもそも軽種の馬を六頭買うと予算が尽きる。だからこそユラは逆転の発想をした。
馬術の訓練に長けたユウがいる。馬の飼育なら自分でも出来る。だったらいっそのこと馬術訓練から始めよう。
そして馬術訓練が終了した者にはレースの参加権を渡す。
そう。騎手が足りないなら客に騎手をしてもらうという考えだ。
その為入門に容易いポニー種の購入を選択した。安く数を揃えられる。
同一種を沢山購入出来るし、ポニー種は意外と丈夫で強い。触れ合いでも練習でもレースでも農作業でも何でも出来る性能をしていた。
速度は出ないという欠点はあるが、それはそれで良いこともある。速度では無く工夫を凝らしたアトラクション風のレース場に出来るし速度が出すぎないからそこまで技術が高く無くても十分乗れる。
そして速度が無い分騎手の技能が試されることにもなる。速度と格好の良い見た目を考えなければ最高の選択肢ではあった。
「どうでしょうか?十二頭買っても余裕が出ますし用途も広いです。寒さに強い種類にすればカエデの木の周辺警備にも貸せますよ」
三世は唖然とした。文句一つ無い完璧な計画に見えたからだ。特にポニーという可愛らしく実用的な選択肢に心が動かされた。
「素晴らしいですね。特に自分の牧場に沢山のポニーが走ることを考えたらそれだけで胸が一杯になりますね」
三世の言葉に、目の中に星が入ってるのでは無いかという位瞳を輝かせてユラが頷く。
「そうですそうです!ポニーたんが沢山駆け回ってそれを眺めて撫でて安らぐ。これこそ理想郷じゃないですか!」
二人で奇声を上げながら喜び合う三世とユラ。二人が同類だったことに今更気づき頭を抱えるユウ。
ユウは知っていた。ユラのさっきの発言は嘘ではない。嘘ではないが、最初の目的はただポニーが好きだからそうなっただけだ。
作戦自体文句が無い為ユウは何も言えなかった。確かにポニーの乗馬訓練は理に適っている。
「ではポニー種十二頭に牛二頭。ポニー種は寒さに強くある程度重さにも強い品種ということで良いでしょうか?」
ユウの言葉に三世もユラも頷いた。
「了解しました。丁度ノーススピカ産のポニーがいますのでそれにしましょう。金貨四、いえ三枚の十二頭で金貨三十六枚。牛二頭も含めて金貨四十六枚でどうでしょうか?」
「金貨四枚で良いですよ?無理に値段下げてもクリフさんの後が大変ではないですか?」
「いえいえ。今後もお付き合いさせていただけそうな場合は値段下げて良いことになってますので。なので次の購入も是非お願いします」
どうやら一本取られたようだ。良い商人はwin-winに拘る。その場合一緒に信用も売れるからだ。ここの主はそこまで考えていたらしい。
「了解しました。といっても他に知らないので何があってもここで買うことになるのですがね」
三世は笑いながら話すとクリフの表情が少しだけ和らいだように見えた。
「削蹄師の派遣はどうしましょうか?必要になった時にお願いしたらいいですか?それとも事前契約で?」
ユラの言葉にクリフが初めて微笑んだ。
「ああ。新しい獣人の方だったのですね。大丈夫ですよ。削蹄師なんて要らないですから」
削蹄とは蹄を削る事だ。専門の知識がいり、年に一度程度の削蹄を行わないと、歩行に障害が出たり怪我の原因になる。場合によっては炎症などの症状も起きる。つまり、医者の領分に近い仕事だ。
ユウはユラの手術の現場で見ているから言いたいことはわかった。
だが、ユラはその時寝ていて軽く聞いただけだから少しだけ誤解していた。時間がかかる大手術を専門の道具を用意してくれていたのだという誤解を。
理解の出来てないユラの為に、ついでに騎士団の為にクリフは三世に提案をした。
「せっかくなので今一頭削蹄待ちの馬がいるのですがお願いしていいですか?」
三世は喜んで了承した。
テントの前にクリフが一頭ポニーを連れてきた。
「これは騎士団所有のポニーです。子供が怯えないので偶に必要になるんですよ」
ガニアポニーという種類だとクリフは説明した。
見た目は温厚体力が多いのが特徴。重い人は乗せれるが重い荷物を引くのは苦手。
そして最大の長所は見た目とは裏腹に戦闘力が非常に高い。見た目に騙される人も多い為人質が出た立てこもりなどに用いられる。
ガニアの名前の通りガニアル王国産のポニーだ。とてもそれらしいと三世は思った。
「じゃあお願いしていいですか?」
クリフの言葉に三世は頷く。それにユラは首を傾げていた。手元に道具が一つも無いからだ。
だがその理由はすぐにわかった。削蹄用の削る道具が手のひらに握られている。それもユラの知らない高度な物だった。
それを使いサクサクと爪きりのように容易に削っていき、あっという間に削蹄が終わった。
ポニーは教育されているからか暴れなかった。それを考えたとしてもとんでも無い速度だった。
立ちっぱなしでも疲れが一つ無いほどの僅かな時間だ。更に蹄鉄が手に握られていてそれをそのままはめていった。
「ということで削蹄師どころか新しい蹄鉄すらいらないのですよ。ヤツヒサ様がいる限り」
無表情のまま淡々と言うクリフ。それに反してユラは大変驚いていた。ユウは二度目だからか手際に感心していた。
スキルにある程度慣れたら多少の応用は効く様になっていた。治療と病気怪我の予防という条件さえ満たせば蹄鉄を作るくらいの
自由度がスキルにはあった。
「うーん。ずるい。けどそれがオーナーだから頼もしくはありますね。これなら収益簡単に黒に出来ますね」
ユラはしみじみと呟いた。削蹄師を呼ぶ必要も蹄鉄を頼む必要も無く、病気怪我を全部診れる。牧場経営を考えた場合これだけで卑怯といえるほど有利だった。
「オーナーですか?」
三世の言葉にユウとユラが頷いた。
「はい。様付けは嫌と言っていたのですがこちらも立場があります。だったら私達に牧場を任せていただくようなのでオーナーと
呼ぼうと。公式の場ではオーナー様か主様と呼ばせていただきますが」
オーナー。なんと素敵な響きだろうか。
三世はあまり偉ぶるのが好きではない。立場が高い所にいると椅子の座り心地が大変悪い。
だが、それはそれとして牧場主という言葉には憧れがある。
なんといっても自分の牧場だからだ。牛の鳴くのどかな風景。そこに寝転んだり駆け回っている馬達。
三世の理想の生活だった。地球にいた頃も想像したこともある。だが、それは地球では絶対に叶わない夢だ。
それが目の前に来ていたと、オーナーという言葉で気づかされた。
「うん。良いですね。オーナー。一緒に動物が喜ぶ素敵な牧場にしましょう」
三世は満面の笑顔でユウとユラの肩を叩いた。それに二人は笑顔で頷き返す。
テントに戻って料金を払い契約書を書く。後日届けるが詐欺対策の為に事前に全て終わらせて置く必要がある。
「ところで相談なのですが」
三世の言葉に契約書を確認しているクリフが頷く。お互い全文確認するのが一種のルールだった。
「何でしょうか?」
「さっきのラッシー。うちの牧場で使っていいですか?」
「ああ。もちろんです。今レシピ用意するので」
「それには及びません。飲んだら大体わかるので」
そう言うと三世はラッシーに使った材料を分量まですらすらと説明していった。材料が簡単でデザート系に関わるなら三世にも
これくらいは出来た。
「本当に器用ですねぇ。ちょっと騎士団に就職しません?間違い無く高待遇で迎えられますよ?」
クリフの言葉は嘘ではない。実際に騎士団内部で三世を狙う人は多い。主に馬の世話役として。
「残念ながら忙しくなってきましてね。ちょっと難しいです」
三世としても本当に残念だった。騎士団の馬達ともほとんど触れ合えていない。
「まあ仕方無いことです。もし余裕があればまたお願いします」
そう言いながらクリフは読み終わった契約書を三世に渡す。それを三世も見逃しが無いようにしっかりと読みこむ。
「うちのオーナーって何者なんでしょうかね。王国唯一の獣医で牧場主で飲み物を飲んだだけで製法と材料を当てましたね」
ユウの言葉にユラが頷く。
「そうですね。ちょっとどころじゃない位凄いですね。ポニーについて話した時も私より詳しかったですよ」
「ポニキチの君より凄いって異常ですね。本当に何者なんでしょうかね」
三世に聞こえるように話す二人。聞いているが三世は何も言わない。というか何といえば良いかわからなかった。
自分はそこまで特別な人間では無い。ちょっとずるい能力を持ってしまったただの人だからだ。
「私は知ってますよ。この人の正体」
クリフの一言にユウとユラはそちらを向いた。
「この人はアレです。とんでもないほどの動物が好きな御仁ですよ」
あぁ。そうユウとユラは言葉を出して納得した。
「それで納得するんですか……」
三世の一言にユウとユラが頷く。
「だってオーナーですし」
ユウの言葉にユラも頷く。
「私が普通だってことをこの後思い知らせてあげますよ」
まず最初はフィツの店で歓迎会をしよう。フィツとルゥに料理を豪勢に作ってもらいそこでシャルトに歌を頼む。
どれだけ自分が普通かそれで思い知るだろう。
三世は的外れな考えのまま一人ほくそ笑んだ。
ありがとうございました。