慢性的な人手不足
メープルさんの新しい名前を考えることになった。
手続きの問題もあるから早めに決めて欲しいとコルネから要請があった為この場で急いで考える。
コルネ自身名前を決める場にいたいという考えもあった。
三世は白い馬、または銀の鬣の事を考えてシルバ等馬らしい名前を考えていたが、どうしても女性らしい名前にしないといけないような気がした。
ある程度元の名前のことも尊重しつつ女性らしい名前ということで三世は『カエデ』という名前に決めた。
メープルさん改めカエデさんは特に不満は無かったらしくその名前に頷いて三世の方に顔をこすりつけた。
前の名前の事もあってか、皆は『カエデさん』とさん付けで呼ぶようになった。
次にエルフこと古木婆の情報をルゥとシャルトで共有した。ただ、三世自体良く分かっていないことを又聞きで伝えた為、何一つ伝わらなかったようだ。そこが残念だったがどうしようも無かった。
貰ったお礼の枝と実は使い道が見つかるまでは玄関前のオブジェとして飾らせてもらうことにした。魔よけみたいでちょっとお洒落に見える。
村の拡張もゆっくりとだが進んでいる。建物は筍みたいな速度で建築されていくが、内装や従業員の決定の方が建築に比べ大幅に遅れる。といってもどうしようもない。建築が早すぎるのでそれに合わせることは無理だった。
ぼちぼちといった速度でしか進行しない計画。それでも一定の効果はあるようで村に観光客が溢れるということは無くなってきた。
単純に土地が広くなったからだ。
まだまだ計画の観光地区と住宅地区を住み分けるという所までは行っていない。が、土地が倍以上に広くなりわずかだが土産などの施設も稼動しだした。
村を拡張しながら観光地としての体裁を整えていく。
そして二月が経過した。
建築だけは先行し、すべての予定建築が完了した。
今までのカエデの村の部分の住宅地区は二倍ほどの規模になった。村人向けの施設も多少だが増え、そして空き家が山ほど出来た。
それでも足りるかわからないくらいだ。なぜかわからないが住みたいという声が急に増えてきたからだ。
観光地区の方もガワだけは完成している。
ログハウス風の一軒屋タイプの宿泊施設が十軒。二人から五人ほどの家族を想定した高級施設だ。けっこうな値段を取っている。
それと観光地風の宿屋二軒。普通の宿屋と同じ木造の建築だが、内装と外装を自然の中でも違和感の無いようにした。一軒で十家族ほど受け入れられて、こちらは比較的安めに設定した。
それと土産屋は二種類。果物やちょっとしたアクセサリーなど土産らしい普通の土産屋が一つ。もう一つはメープル関連のみでまとめたこの村ならではの土産屋。
それに雰囲気程度だが公園と噴水を作った。ちょっとした散歩場みたいな感じになった。動物も立ち入り許可を出しているからか、良くカエデさんがここでごろごろと寝転がっている。
食事事情だけは未だに手が回りきっていない。フィツは本来の店がある為観光地の食事にかかりきりになれない。
ルゥなら観光客全員分の食事を用意するのも容易い。だがルゥだけに負担をかけるのもいざという時に困る。
だから発想を逆にした。手が足りないから自分達で作ってもらおう。
こうして観光用の食事はバーベキュー形式が中心になった。
肉が足りなくなるから仕入れないといけないが、城下町が近い為そこまで問題にはならなかった。
肉の事前の味付けとデザートだけの準備ならフィツの空いた時間でも何とかなった。
代わりにデザートはちょっとした拘りを見せた。
移動式チョコレートフォンデュ装置をマリウスが作り上げた。それに三世ルゥフィツが合同でケーキを複数作って野外のケーキバイキング形式にした。
観光客向けの体験見学コースも2種類用意した。
一つ目は需要が何故あるのかわからないハイキングコース。
カエデの木周辺な為、寒く広い。その為動物もほとんど出ない。景色も同じ景観が続く。楽しいとはとても言えない。
それでも需要はあった。冒険者が修行に使っているらしい。体を鍛えつつ寒さの中でのわずかな動物を探知する。そういうちょっとした冒険の訓練に丁度いいらしい。
飢えた野生動物を狩猟した場合証拠があればちょっとしたお礼を渡すことにした。護衛代わりにもなってお互い助かっている。
もう一つは工場体験。メープルを実際に作ったり、メープルシロップを使って実際に自分で料理をして食べたりとメープルシロップ尽くしのこの村ならではの体験コース。
女性を中心に人気が出ていて、既に名物の一つにもなっている。
ここまでは稼働率は悪いがこの二ヶ月で稼動できた施設だ。稼働率が満足いく施設はバーベキュー場くらいだ。酒場は村人観光客兼用。スペースが足りなかったらバーベキュー場で勝手に飲んでもらう。それはそれで楽しいらしいから酒場も稼働率が高いということにしてもいいかもしれない。
だがそれ以外はまだまだだった。
とにかく人が足りない物が足りないと、文句無しの観光地にはまだまだかかりそうだ。
それでも二月でここまで出来たと考えたら想定以上の成果ではあるが。
そして全く稼動していない施設もある。
二月の建築の内半分以上の時間を使って作られた施設。
三世所有の牧場だ。
馬小屋から馬用の周回コースが複数。牛舎と牛用の散歩コース。それと何を飼うかわからない為汎用的に使いやすような動物飼育設備。
牧場らしい様々な設備が用意されていた。中には三世の知らない物まで置かれている。
ただし、従業員はいない。動物もいない。当分は稼動は出来そうになかった。
三世が自費を出してまで作った施設。といってもブルースの厚意だろう、言うほど金貨の消費は無かった。
相場はわからないが、少なくとも金貨五十枚で牧場一式は間違いなく破格だろう。
予算も思ったより残った為従業員を雇ったり動物を買いに行きたかった。
これは村の施設では無いため三世自身が行わないといけないことだ。ただ、村の拡張工事等で非常に忙しかった。この二月の休日は一日も無かった。
村の建築が一区切りついたため、ようやく三世も一日休みが出来た。
「大将。予定の建築全て完了しましたぜ」
ブルースが三世の方に近づいて報告に来た。
自分のことを頭が悪いと馬鹿にするブルースだが報告・連絡・相談をきっちりとする姿勢はとてもそうは思えない。
やるべきことが終わったからだろう。ブルースは機嫌がよさそうだった。
「お疲れ様でした。想像以上の仕事っぷり。感服しました」
「そういってもらえるとあっしもあいつらも腕を振るった甲斐があったってもんでさぁ。ところで、ちょっと相談があるんですがよろしいですかい?」
ブルースの顔は相談がある顔ではない。悪巧みをしているような顔。例えるなら悪代官に仕える越後屋のような顔だった。この場合悪代官は自分になるのかな。
「はい。少し怖いですがお世話になってますし多少の融通は利かせますよ」
三世の言葉に頷き、ブルースは遠回りに要求を伝えだした。
「まずですね。牧場、かーなーり広いでさぁ。当初の予定の倍くらいに広くしやしたからね」
三世は頷いた。良くする分はいくらでも良くしていいと計画表を渡したからそこに文句は無い。
文句は無いが三倍以上の広さになるのは想定外にもほどがある。中もすっかすかで無く見たこと無い建物も沢山ある。公衆トイレが牧場内だけで五箇所もある。牧場というよりは動物園に近いのかもしれない。
「それもちょっと覚えておいてくだせぇ。それと大将はあっしに負い目がありやせんかね?未だに酒飲む度に言われてますわ」
ブルースの名前を酒につけたことだろう。三世も悪くは思っている。ただ、他に良い名前が思いつかなかったのだ。それを言われたらよほどの無茶でも聞くしか無い。
「というわけで従業員五人ほどいりやせんか?牧場のことは誰よりも詳しく壊れても即直せやす。その上どんな雑用でもこなしますぜ」
悪巧みの理由は雇ってほしいからだったようだ。ずっと言っていたがまさか転職してまでくるとは思わなかった。
三世は考える。彼らに建築以外の仕事をさせるのは惜しい。ただ、彼ら自身の希望もある。色々な方向から考えた結果。とりあえず試験を開くことにした。現代の悪しき風習の一つでもあるが。
「では面接をしてみましょう。全員を呼んできてもらえますか?」
ブルースは無言でそのまま走って行った。戻ってきた時は五人全員揃っていた。三分もかかっていない。全員が緊張した表情でこちらを見ている。
「では質問です。全員思ったことを正直に答えてください。獣人をどう思いますか?」
それぞれ顔を合わせて、そして不思議そうな顔をした。
「質問の意図がわかりやせんが、あっしら全員耳が違うってくらいしか知りやせんで大将」
「怖いとか嫌いとかありませんか?」
その言葉を聞いたメンバーのうちの一人が帽子と取った。そこには獣の耳が生えていた。
「あっしらには良くわからないですが金持ちの人の中で獣耳見ると嫌がる人がいるんで普段は隠してるんでさぁ。そういえば大将にも言い忘れてましたわ」
親分しっかりして下さいよと獣耳付きの一人がブルースにそう言いながら帽子を被りなおす。ブルースはわるいわるいと彼の背中をばんばんと叩いた。
三世はその光景に思わず微笑みそうになった。だがまだ表情を崩すわけにはいかない。
「では次の質問です。動物についてどう思いますか。家畜や馬などですね」
彼らは顔を合わせて、そして五人全員声を揃えていった。
「「「「「人よりずっと信用出来る存在」」」」」
ずっと底辺だった彼ら。そんな時ですら彼らを嫌わない存在。
一時期鶏を飼っていたこともあった。
ただ、早いうちに卵を産まなくなって捌くことになってしまったが。
泣きながら食べた。食べないという選択肢は無い。そんな上等な選択が出来る日は一日も無かった。
だからこそ、自分達を迫害する人より、ブルースに集った建築チームは動物が好きだった。
少しでも適性が無いなら考え直そうと思った三世。だが実際の経験まである上に今後増えるであろう獣人との問題も何も無い。
それでも最初の計画通り最後の質問をする。よほどのことが無い限り断ることは無いが。
「では最後の質問をします。ここで働くことを想定して、何か問題がありそうなことを事前に教えて下さい」
ブルースは顔をしかめ、小声で五人ひそひそと話す。さきほどよりも質問が難しいからか相談する時間は長かった
相談が終わったのか全員こっちを見ていた。大の大人が全員しょんぼりとした表情で三世を見つめる。
「一つありやした。あっしら全員馬に乗れません」
申し訳なさそうに呟くブルースに。三世は我慢しきれずに噴出し笑った。
「ふふっ。いえ失礼しました。大丈夫ですそのくらいなら。むしろこちらからお願いします。一緒に働いて下さい」
三世の言葉にしょんぼりした顔から少しずつ眉毛があがっていく五人。安心した表情から笑顔にかわった。
「そういうことならもう大将と呼べないな。親分。これからお願いしやす!」
五人全員で三世を親分と呼んだ。三世は苦笑する。また盗賊生活に戻った気分だ。
「親分は止めましょう。とりあえず接客から覚えていきましょうね」
優秀な従業員が五人も雇えた。建築から修理もだが、彼らの強みは他にもある。アドリブ力とも言えるだろう。
例えば何かが壊れたとしてすぐに修理しないといけない。でも修理する材料が無い。そういう場合でも彼らはそこにある物で代用して応急処置が出来る。
劣等な環境の中での知恵なのだろう。だがそれは非常に役に立つ。その上で率先して掃除まで自分達で行ってくれる。
なので次に求める人は彼らに出来ないことが出来る人材だ。
馬に乗れて学があって動物の世話が得意。
三世は雇い主として五人と契約した後その場を後にした。
今日は珍しく仕事が無く一日休みだ。逆に言えば今日を逃したら次何時休みになるかわからない。
これが村の拡張としての人材なら書類で人を呼べる。だが牧場関連は村主体では出来ない。
三世は城下町に行き人を探すことにした。
幸い、移動手段はあった。本来十時間以上かかる場所に二時間以内でいけるようなとびっきり優秀な移動手段が。
「カエデさん。お願いできますか?」
馬小屋でコルネと戯れているカエデさんに三世が声をかけた。
その声に反応してカエデさんはとことこと三世の傍に寄る。
「ヤツヒサさんちわー。どこかお出かけ?」
元々仲が良いコルネとカエデさん。三世に関係無く時々遊びに来ていた。
「はい。ちょっと城下町の方に」
「じゃあ私も行こっかな。ルゥちゃんやシャルちゃんにお土産でも買ってこようかな」
そういってコルネは走って牧場の馬小屋に入って行った。スペースが空いている為遊びに来た時はそちらに留めていた。
そしてそのままコルネは戻ってきた。
「寝てました」
乗ってきた馬が休んでいたのだろう。コルネは何かを訴えるような目で三世の方をじーっと見ていた。
コルネは仕事帰りにちょっと寄っただけだから馬車を持ってきていない。
そして三世も馬車はまだ持っていない。
馬車はすぐに買えるという物では無かった。特別な制度、特別な購入方法。割と面倒な為忙しい今は難しく後回しにしていた。
元の世界の車のような扱いなのだろう。特にこの世界の馬は優秀だから面倒な購入にしないといけない理由もわかる。
定期馬車も出ているから遊びに行くだけならそれほど困りもしない。日帰りは無理になるが。
そして今はそれほど時間も無い。コルネも寝ている馬を起こしたくない。そして遊びに行かないという選択肢はコルネには無かった。
結果。二人でカエデさんに乗ることになった。
三世にしがみつくように後ろから抱きつくコルネ。カエデさんは二人のことが好きだから別に嫌では無い。
ただ、とても複雑な心境だった。
三世は背中に当たる冷たい金属鎧の感触に少し安堵した。これが無かったらとても心臓に悪い結果になっていただろう。
「ヤツヒサさん痛くない?鎧脱ごうか?」
内心を見抜くようなピンポイントな質問に、三世は全力で拒否した。
カエデさんは嫌では無い。無いが、やさぐれたいような心境だった。
ありがとうございました。