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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
外国で英雄。自国で獣医。村の中では何でも屋。
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番外編-水泡に帰す世界。最後に残ったもの

 

 ありがとう古木婆。私、幸せになります!

 私ことメープルさん(仮名)は夢の中でそう決意した。


 婆の話した内容は三世に言いたかった内容だろう。何故そういう話が出たか私にはさっぱり理解出来なかった。

 何故かはわからなかったが、内容自体は割と良く把握出来た。出来てしまった。

 五割も満たないだろうが、それでも因果と縁について大体わかった。恐らく前世との兼ね合いのおかげだろう。


 私には前世の記憶が残っている。僅かしか残っていないが。前世で覚えていることなどたった一つだけだ。

 最後に見たあの人の泣いているつらそうな顔。それを生涯忘れることは無いだろう。

 そして、あの人の昔との縁が今は見える。あの人の今との縁はスキルで見えているからその影響だろうか。同じ人と同じ縁なのに縁は二つ見える。

 これは私が二つあるということに他ならない。

 こういう繋がりのおかげでか、私は今のあの人よりも理解出来てしまったのだろう。


 そして、もう一つ。ほとんどの人が誤解していることがある。

 それは騎士団のある程度の知識のある馬は、皆魔法が使えるということだ。

 ただ人の使う魔法とはその仕組みは全く違うが。

 走る動作の補強や足の補助を一番最初に覚える。

 そして色々な魔法が使えるようになるが条件がある。

 それは本能に準ずる魔法しか覚えないということだ。馬としての本能の部分が非常に大きい。例えば火を起こすなどは絶対に出来ない。


 逆に言えば本心から望んだことはある程度自由に魔法が使える。人のように言葉を介さなくてもだ。

 だからこそ、新しい知識を授けてくれた古木婆には感謝している。おかげさまで、あの子達の目を盗んでしたいことが出来そうだ。


 夢の中でも世界を作るということは出来ない。そこまで行くと一歩だけだが世界開拓の能力になるからだ。

 だが、強い縁で繋がっている相手の夢に自分の分身を送るくらいは出来る。私はあの人の夢に侵入して出来なかったことをしてみたい。

 あわよくば、自分とあの人の絆がより強くなるように。


 今の環境を気に入っていないわけではない。十分幸せだ。あの人に仕えたかった。その念願が叶ったのだから。

 それでも一つ、不満なことがあった。あの人は私を馬としてしか見ていないことだ。

 だからこそ、彼女達が羨ましかった。ペットとして見られ、娘として見られ、場合によっては女性として見られるあの子達が。


 夢の中くらいは良いよね?そういう気持ちで私は夢に送る分身を作る。起きたらいなくなる。この記憶すら残らないかもしれない。

 それでも一度してみたかった。もしも自分が人であったなら。

 今の自分と前世の自分。二つの縁と繋がっている新しい自分を探した。その中には人としての自分もいた。そしてその人としての自分を引き寄せる。

 もしも、今の自分が人間だったら。そういう結果を招き寄せた。




 あー。またかー。何回目かなこれ。三世は周囲を見回してそう考えた。いい加減慣れてきた。確かに覚えてない。

 覚えていないが既視感が凄い。この不思議な何も無い光の世界は一体何度目だろうか。


 ただし、その後はいつもと様子は違った。何も無い光の世界から別の世界に作り直されていく。あっという間に光しか無い世界はいつもの世界に変わった。

 ただし、そこは三世が元いた世界だったが。


 忙しなく人が歩いている。数えるもの億劫になるほどの人数。この世界だとこれが当たり前だった。あちらでは城下町の賑やかな部分で無いとこれほど人はいないだろう。

 車は騒音を撒き散らし人の海があわただしく蠢く。都会の面倒な部分を凝縮したような場所。そして三世はその中の一軒の店にいた。

 ここは喫茶店だろうか。見覚えは無い。強いて言うならコルネと二人で出かけたお洒落な喫茶店に雰囲気は似ている。

 何故ここにいるのだろう。三世は場所を認識した瞬間居心地が悪くなる。中年の男一人でこういう場所はとてもしんどい。

 周囲を見回す。ありがたいことに周囲に他の客はいない。これでカップルでも居たものなら三世はすぐさまここを去っている。

 だがおかしい。ここに他の客が居ないのはまだ良い。しかし他のテーブルが一つも無いのは違和感を覚える。

 広い喫茶店のようなスペースにテーブルは目の前に一つあるだけ。カウンター席すら無い。

「デート中なのに見るのは周囲なんですか?見るべき人がいません?」

 優しい声が聞こえた。三世は声の方向を見た。自分と同じテーブルの正面に女性が座っていた。何故気づかなかったのかわからない。

 三世はその女性を見る。既視感がする。見覚えはあるはずなのに。名前が出てこない。どこで見たのかもわからなかった。

 腰辺りまである銀色のロングヘア。髪が風で靡く度に太陽の光を受けてキラキラと煌めいていた。

 瞳の色は赤に近いブラウンの左目と銀に近いグレーの右目のオッドアイ。

 物腰の柔らかそうな顔立ち。優しい表情。明らかに年下だが、優しいお姉さんというのは一番しっくり来る表現だ。

 慈愛に満ちた瞳だが、こちらを少々意地悪な顔で見ている。

「どうしたの。私のこと忘れた?」

 顔を寄せて上目遣いでこちらを見る。綺麗な顔が近くなるのは少しどきっとする。そしてじっくり顔を見るがやはり名前が出てこない。

 相手もそれをわかって言っているのだろう。


「すいません。覚えていないです。お名前を教えていただけませんか?」

 女性は少しむっとした表情に変わった。

「なーのーれーまーせーんー。誰かさんのせいで名前まだ名乗れないんですよねー」

 拗ねた表情でこちらを見る女性。三世は頭を掻く。それほど女性と共に過ごした経験の無い三世はどうしたら良いか悩む。

 悩んだ末の答えがとりあえず謝罪するだった。

「すいません。何も覚えていないしわからないのです」

 申し訳なさそうに謝る。わからない時はとりあえず謝るというのは三世の生き方だった。

 普通は逆効果だろう。だが、三世のことを良く知っている女性はそれを追及しない。


「もう。まああなたが悪いわけでも無いんだけどね。とりあえず。デートの続きしましょう?」

 女性は三世の手を引っ張って立たせて歩かせる。先ほどまでずっと耳に残っていた都会の喧騒はいつの間にか無くなっていた。


 どう移動したかどのくらい移動したかわからない。ただ、さっきと違う場所についていた。移動した先は公園だった。

「ふーん。こういう感じが良いんだー。でここかー。へー」

 意味深な表情で三世を見た後周囲をきょろきょろと楽しそうに見ている女性。三世は連れてこられたのにその対応に首を傾げた。

「まあいいや。それで何がしたいの?」

 女性の言葉に三世は更に首を傾げた。

「え?何かあって私を連れてきたのでは?」

 三世の言葉に女性が考え込む。

「うーん。私はどこでも良かったんだけどね。そうだねー。じゃあ公園でデートってどういうことがしたい?」

 三世は言われて素直に考察する。公園デートについて自分ながら考える。大したことは思いつかないが。

「そうですね。手を繋いで歩いて、その後ベンチで座ってお話してみたりとかですかね?」

 答えた後三世は急に恥ずかしさに襲われる。今考えると一種の公開処刑では無いだろうか。

 だが女性はそんなことを気にせずに手を伸ばす。

「はい」

 笑顔で楽しそうに手を伸ばす女性に三世は反応できずにいた。

「あの。どうしました?」

 女性は笑顔で更に手を伸ばす。

「手を繋いで歩きたいんでしょ?」

 ようやく意図がわかった三世は、照れながら、ぎこちない手つきで女性の手を握った。女性はそれをぎゅっと握り返す。

「こういうのも良いね。来て良かったわ」

 女性は満面の笑みで三世の手を引っ張るように歩いた。その笑顔は女性のことを知らない三世でもどきっとするほど魅力的だった。


 引っ張られて歩く三世。三世としては非常にありがたかった。基本的に受身な為、誰かに何かしてもらった方が安心するからだ。

 ぐるっと歩いたあたりで都合よくベンチがあった。二人は無言でそこに腰をかけた。

「手を繋いで歩くだけで楽しいのね。初めて知ったわ」

 女性の嬉しそうな声に三世も頷く。

「そうですね。陽も気持ちいいですし。出来たらここに……あれ?誰か連れてきたかったような……」

 三世は何か大切なことを忘れているような気がした。喉元まで出てきているが出てこない。家族のような人がいたような。

「あー。ごめんね。たぶん私がここにいるから出てこないのかな。でもすぐに思い出すから安心して。ここは水の中の泡のような世界。はじけたら何も残らない一時だけの世界だから」

 そう言う女性の声はとても悲しそうだった。寂しいのか悲しいのか。それとも罪悪感のようなものを感じているのか。三世にはわからない。

「えー。良く分かりませんが謝らないで下さい。私も楽しいので大丈夫ですよ」

 三世の慰めにならない慰め。逆効果だったようで女性はそのまま顔に手をあてて泣き出した。しくしくと泣く女性。

 どう慰めたら良いかわからない。圧倒的な経験不足に三世はおろおろとしながら必死に慰めようとする。



 そして何故か三世はベンチで女性に膝枕されていた。柔らかいスカートの下から感じる体温が非常に心臓に悪い。

 上を見ると女性が笑顔でこちらを見ていた。目元が少し赤く瞳はまだ涙で濡れている。

 ドキドキとするが、同時に安心感があり、そしてまた既視感を覚えた。同じようなことがどこかであったような気がする。

 三世はどこだったか思い出そうとする。草原のような場所だったような。そう考えた瞬間公園は一瞬にして違う景色に変わる。ベンチだけ残り後は緑豊かな草原と化した。

 自然を感じる風と香り。暖かい陽気な日差しは眠気を誘うに十分だろう。だが、今はなぜか全く眠気が来ない。

「あらあら」

 女性は一言だけそういうと慌てることもなく、急に変わった草原を嬉しそうに受け入れていた。


「さあ次の場所に行きましょう!時間は有限ですよ!」

 女性はまた三世と手を繋ぎ引っ張って歩く。早足くらいの移動。正直移動速度に意味は無いがそれだけ次を楽しみにしているということだろう。

 時間が経ったからか三世は気づきだした。ここは自分の夢の中。だからこれほど中身も外見も理想のような女性が出たのかと三世は思った。

「はいはい。次はどこに行きましょうか?」

「決めるのは私じゃないわ。行きたいのは私。でも決めるのはあなたでしょ?」

 意味深な言葉。だが今ならわかる。三世は自分がデートしたい場所を次の場所として想像していたようだ。

 つまり夢の中で理想のデートを演じているらしい。

 それほど自分は女性との逢瀬に飢えていたのだろうか。それとも不安すぎて予行演習しているのだろうか。どっちにしても情けない。そんな事実に三世は苦笑した。


「じゃあここですかね。女性と行ったこと無いですが」

 着いた場所は遊園地だった。非常に喧しい音が鳴り響く。だが不快感は少なく、むしろ期待に胸が膨らむ音だ。

「わぁ!凄い凄い!何この場所。初めて見たわ!」

 女性はテンションを上げて三世にしがみつく。そして三世は気づいてはいけない事実に気づいて固まった。

 引っ付いてきた時に妙に胸の柔らかい感触が腕に残る。失礼だからそちらを見ないようにしていたが、どうも上の方の下着を着けていないらしい。

 離れようとする三世。しかし女性の力の方が強く、中々離れない。

「それでここで何するの?どうやって遊ぶの?」

 楽しそうな声でぴょんぴょん跳ねる女性。楽しいのは良いがあまり飛ばないで欲しかった。しかもくっついたままで。

「あの。楽しむのは良いので、少し離れてもらえません?あとジャンプは出来たら禁止の方向で」

 赤くなる三世の気持ちに女性は理解出来なかった。でも遊びたいからその提案は了承した。



 ジェットコースターは上下に揺れるのは楽しかったが大して怖くなかった。三世は顔を青くしていた。

 お化け屋敷は良く分からなかったが三世が怯えるのが楽しかった。

 メリーゴーランドはちょっとシュールな気持ちになった。楽しくはあった。

 全ての施設を引っ張って回った。私は思った。人間は楽しい物が沢山あって良いなって。



 一通り施設を回って楽しんだ。

 三世の子供の頃のイメージだから少しチープな作りだが、それでも女性は楽しんでいた。

 夢のはずだが日が落ちて夜になっていた。少しずつ記憶も戻ってきた。もう夢から覚める時間らしい。

「残念だけどそろそろ終わりの時間だね」

 女性にもわかったらしい。三世は頷いて、そして指を差した。

「最後にアレに乗りましょう。デートの定番らしいですよ」

 三世が指を差したのは観覧車だった。


「最後が観覧車なんて定番過ぎますよね。でもそういうのが好きなんですよ」

 観覧車の中で三世は照れながら話す。

「うん。良いじゃない定番でも。夜景が凄い綺麗で定番になる理由も良くわかるわ」

 女性は窓の外をずっと見つめていた。電気の光に照らされた町並みが星空のようになっている。


 三世は外を見つめている女性を見た。最初の頃とは印象が全然違った。

 最初は大人しい女性だと思った。それが違う訳では無いが、今は子供のような部分もあるなと思う。

 まるで遊んだ経験が無いような。それほど遊ぶという行動を楽しんでいた。

 三世にとってそれはどうでもよかった。ただ、楽しんでくれて良かった。三世はほっとした。流石に夢の中のデートで失敗するようでは目も当てられない。


 観覧車がゆっくりと廻る。ゆったりとした時間の中で三世は考える。もう記憶は完全に戻った。何故ルゥやシャルトのことを忘れていたのかもわからない。

 だが、記憶は完全に戻っても目の前の女性の名前だけは出てこなかった。見覚えはある。だが知らない。最後に残った既視感が彼女そのものだった。


「それで。普通のデートなら最後にここでどうするの?」

 夜景を十分見たからか女性はこちらを見ていた。その言葉に三世は自然と女性の唇に目が行く。艶っぽい口元、意識すると妙な緊張に襲われる。

「えっと。その……」

 どうすべきか三世は悩む。確かに目の前の女性は美しい。そして夢の中。その上なぜか拒むことは無いとわかっている。

 だが、相手の名前すら知らないでキスするのは流石に失礼なのでは無いかとも考える。

「知っているなら教えて。あなたの知っているデートを。私に」

 優しい瞳でこちらを見ていた。本当に知らないようだった。三世は意を決して女性の肩に手を置き、顔を近づける。

 が、それ以上いけない。別に不思議な力が働いているわけではない。ただ勇気が切れただけだ。三世の度胸は豆腐より柔らかく脆い。

 唇まで十センチほど。顔と顔が向き合う距離。だが、どうしてもそれ以上進めない。


 ある意味自分らしい終わり方だ。三世は残念三割安堵七割の心境だった。だがこれで良い。十分に楽しかったし。


 そう思っていたとき、ふと目の前が暗くなり、そして二人の距離は零になった。

 とんと柔らかい感触が唇に触れた。すぐに離れた女性の顔は朱に染まっていた。

「これで合ってる?」

 女性は真っ赤な顔のままこちらをまっすぐ見ていた。白い肌だからか余計顔が赤いのが目立つ。

 三世はどう反応したらいいかわからずに、ただ呆然としていた。


 世界が急に壊れだした。理由はわかりきっている。自分の臆病な心臓のせいだ。

 夢の中なのに心臓の音が聞こえる。ドンドンと叩くほど強い心音。そしてそれに呼応して目覚めが急速に近づく、


「最後に教えてくれ。君は一体誰なんだ?」

 三世は叫ぶように尋ねる。自分の夢なんだから知っているはずだった。過去に忘れたことだろう。だからこそ気になった。知っているのに知らない。それがどうしても最後まで気になった。

 女性は笑ったまま答えた。まだ顔は赤いが。デートは満足してくれたらしい。


「だから名乗れないのよね誰かさんのせいで。うーん。名前は名乗れないけど、必ずまた会いに行くから。だから待ってて?」

 小さい声でちょっとライバルに勝てる気はしないけどねーと女性は口に出す。だがそれを三世には届かなかった。

 三世は女性の言葉に応えることなく、目を覚ました。



 目を覚ました三世は何か楽しい夢を見ていたような気がした。だが三世は何の夢だったのか全く思い出せなかった。


 馬小屋で一人、メープルさんは目を覚ました。何か凄いことをしでかしたような気がしたが覚えていなかった。

 ただ、唇に何かとても大事なことが起きたような。そんな気がした。


ありがとうございました

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