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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
外国で英雄。自国で獣医。村の中では何でも屋。

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偶然の出会いと必然の別れ


「驚かしてすまないのぅ。別にこれは人を食う木というわけじゃあ無いから安心してくれると嬉しいんだが。難しいかのぅ」

顔と右腕だけがかろうじて人とわかる老婆は酷く悲しそうな声でそう言った。巨木に飲まれているというよりは融合しているように見える。

メープルさんは巨木の方に行き、頭を巨木にこすりつけた。それは赤子を慰める母親のようにも見えた。

「ありがとうな。温かい肌ってのはいくつになっても恋しくなるものよ全く」

しみじみと言う老婆。その顔は本当に嬉しそうだった。

「それにしても全く良い時に来てくれたよ。最後にこんな縁を結んでくれるのも神様のご縁かねぇ」

楽しそうな顔の老婆。子供のようにころころ変わる表情。ただ、妙に年相応でかつ儚い印象も持っていた。

「最後とは、一体何があったのでしょうか?」

三世はさきほどの言葉の最後の部分が気になった。何か問題があるのだろうかと。

「んー。ああ。誤解させたようさの。ただの寿命だよ。末期でな。どれだけ生きても明日を見ることの無い身なんだよ」

軽く言う老婆。淡々とした話し方だからこそ、それが真実であると物語っているようだった。


「というわけですまないが時間が無い。でも私は最後のお話を沢山楽しみたい。だから失礼なことだが、これに触れてくれないかね?」

老婆を年を感じないほどの早口で一気にまくしたて、そして三世とメープルさんの方に一本ずつ、枝を伸ばした。しなって伸びる枝は触手のようにも見える。

「これは?」

三世の問いに老婆が難しそうな顔で答える。

「これでも長く生きたものでね。触れてもらった相手の記憶を読み取ることが出来るんだよ。色々見られたくない物もあると思うが、それでも君達のことが知りたいんだ。どうせ明日には居ない身。良かったら頼む」


記憶を読む触手。三世は触れるのを躊躇った。嘘は無いと思う。ただ、それでも見られたくないこと。知られたくないことというものは多々ある。

三世が悩んでいる所で、メープルさんは迷わずにその触手に触れていた。そして、三世もその後にその触手に触れた。

一番の理由は、優しさでも諦めでもなく、誰かが先にやったからやらないといけない気がした。そのことに三世は自分の日本人気質に苦笑する。だが不思議と後悔は無い。


「ありがとう。三世さんにメープルさんだね。君達のことを沢山知ることが出来たよ。中々に数奇な運命を辿っているみたいだねぇ」

久しぶりの苗字呼び。元の世界の時のことも見ているようだった。


「本当に数奇な運命だねぇ。頼みごとが出来てしまったよ。でもその前に客人に対して無礼を働いていたね。すまないねぇ」

そう老婆が言うと、足元の根が形を買え、テーブルと椅子になった。それと木製のマグカップが一つ。色の濃い液体が入っていて湯気が出ていた。

メープルさんの傍には木製の深みのある皿が置いてあり、中に温めた琥珀色の液体が入っていた。

三世は椅子に腰を掛け飲み物を一口飲む。温かくて甘い優しい味。ココアだった。思ったよりも熱く口の中を軽く焼く。それでも、冷えた体に熱い液体が染み渡る。

メープルさんの方の液体は言うまでも無いだろう。喜んで自分の名と同じ物を舐めて味わっていた。


「そちらのことを知ったから次はこちらのことを話しましょうかね。といっても名前を捨てたエルフ。名乗る名も無い。古木婆(ふるきばあ)、またはただの婆と呼んでおくれ」


エルフ。ファンタジー世界において有名な種族。ただ、こちらの世界のエルフは地球の頃のイメージと近い。ただ、決定的に違う部分もあった。

美形揃いで森に住んでいる。魔法が得意で寿命が長い。ここまではイメージと同じだ。違う面の中で特に特徴的なのは、植物と体が融合していることだった。

個体差はあり、人と全く変わらない、またはほんの僅かな違いのある者もいれば、半分以上植物になっている者もいる。ただ、目の前の老婆は想像以上に植物寄りになっているが。


「名前を捨てたとは一体どういうことでしょうか?エルフの生き方とかですか?」

三世の質問に老婆は顔をしかめる。

「うーむ。どう説明しようかの。エルフとはあまり関係無くてな。かといって無関係でもない。強いて言えば、長く生きすぎたんじゃ。長く長く生きて、人として生きることが出来なくなってしまった。というのが正しいかな。何故かわかるかな?」

三世は首を振った。メープルさんは知っているらしい。さっき以上に執拗に顔を大木にこすりつけていた。

「こっちの子は賢いね。良く知っている。エルフには大きな弱点があるんだよ。とても強い身体能力と魔法が使え、寿命も長い。だがの、エルフは総じて心が弱い。特に寂しいという感情にエルフは絶対に勝てないようになっている」


古木婆はゆっくりと説明した。息切れが多いことから、話すのもしんどそうだった。だが、三世はそれを止めることは出来なかった。

エルフは精神が弱い。孤独に耐えられず、この問題は一生付いて回る。村の中にいても、家族がいても孤独からは逃れられない。そうして木と共に生きるようになった。

孤独を感じる心が強いほど、植物と強く結びつく。そして、植物と同化するほど孤独の恐怖は減っていく。


「木の割合が極端に低いエルフはエルフとしての血が薄いか、またはエルフの血を超越した者かの、どっちかじゃの」

「超越ですか?」

気になる単語が出てきた。聞いて良いモノか悩んだが、好奇心に負けて尋ねた。

「うむ。エルフとしての生の限界を超えた者。孤独を感じなくなった者のことじゃ。といっても、それで幸せとは思えないがの」

その顔は寂しそうで、深い憐憫を感じる。三世は、これ以上は聞かない方が良いと判断して話を変える。

「エルフが森の中で生活する理由はわかりました。では何故あなたはここに一人でいるのでしょうか?」

「何故か。それはの。耐えられなくなったからだよ。村の生活、人同士の争い。そして何より、身内が先に死ぬということにの。曾孫まで先に逝ってしまって」

思い出すだけで寂しいのだろう、凄く悲しい顔をしている。そして気づいた。もう涙すら流せないのだろう。人としての機能はほとんど無いようだった。

「失礼ですが、御幾つですか?」

婆はきょとんとした顔で考え、そして謝罪した。

「すまないね。年のせいか忘れてしまった。村で大体二千年位。村を出て五千年位までは覚えていたけどもう数えるのも飽きてしまって」

目の前の木が幼木から巨木になるには、十分な歳月を過ごしていた。


「さて、長いだけで何も無い婆の自己紹介も終わったし、ちょっと相談があるんだけど良いかの?」

三世もメープルさんも頷いた。

「うん。ありがとうな。己という物は線で構築されている。己と物。己と人。己と世界。線と線が合わさり己が生まれる。今日、こうして君達、特に三世先生が来たのは偶然では無い。運命なのだと思う」


巨木の隣の壁が突然穴になった。ちょうど扉のような形の穴。そして、奥から少年が歩いてきた。

「三世先生。何もお返し出来ないけど、最初で最後のお願いです。この子を何卒」

その少年の頭には、獣人の特徴的な耳がついていた。




古木婆は別れに耐え切れず、されども孤独にも耐え切れず、最後の場としてこの場に根を張って巨木に精神をゆだねた。

あとはここで一人で死ぬ。そのことに後悔は無い。もう生きる気力は僅かすら残っていなかった。それでも、あと百年近くは生きられそうだった。

百年程度のうちに、こんな辺鄙な場所でも数十人は人が来た。出迎え、事情を話し、楽しく談笑して帰ってもらう。もちろん人として性質の悪い者は土に帰ってもらった。

ほとんどは一晩までで追い出した。長くても三日ほど。長くここに残したのは三人だけ。

古木婆はその三人とは一緒に生活をした。その三人には共通点があった。余命が極端に短い。最初から死ぬのが分かりきった者。

追い返しても幸せになれない。そういう者は痛みを消してあげ、少しでも安らかに余生を過ごしてもらった。そして、この奥の部屋に墓が二つ出来た。

古木婆は万能に近いほどの魔法の使い手だった。それでもどうしようも無いほどだった。そして、この少年ももう余命はほとんど残っていなかった。





「まずは自己紹介をしてあげなさい。といってもあなたの場合は()()紹介になるんでしょうけど」

婆は呆れた顔をしていた。ただ表情からはわからないが、どことなく楽しそうな雰囲気を婆は纏っていた。


三世は少年に注目した。茶色がかった黒い髪。日本人の髪質に似ている。少し癖が残る柔らかそうな髪質。少年らしい短髪の髪から見える犬の耳のような獣耳。黒い肌と対照的な白い肌。小さい背に幼い顔立ち。どことなく活発な印象を持った少年は、突然右手を自分の右目付近に手をあて、良く分からない決めポーズを取った。

「我が名はケイ。偉大なる夜の王たる父と慈愛に満ちた母を受け継いだ、誇り高き夜の一族なり!」

きりっとした顔をした後ポーズを解き、こちらに顔を向ける。思いっきりドヤ顔で、それは何かをやり遂げたという顔だった。

三世はどう反応したら良いかわからず、とりあえず拍手をしておいた。それで正解だったらしい。少年は嬉しそうな顔をしている。メープルさんの表情は冷たい感じだった。


「すまんね。ヴァンパイアの血が入るとこういう行動に出るんだよどうしても」

三世は、はははと乾いた笑いをして、そして一つ疑問に残ったことを尋ねる。

「あの。亜人って他種交配出来るんですか?」

その予想は嫌な方向で当たっていた。

「昔はあった。今は無い。その話は関係無いからしないが。知りたいことの答えは一言。獣人とヴァンパイアの交配は普通はありえない」

突然真剣な表情になり、三世はケイと名乗った少年に飛び掛って触って診た。

古木婆が運命と言った理由はわかった。こちらの医療や魔法ではこれは絶対に治らないだろう。

遺伝子異常。生物として存在している方がありえない状態になっていた。






これは十年と少し前のこと。

あるところに獣人の女性がいた。その女性は村の長に夜伽を命じられた。

これが妻になれ、妾になれ、そういうことなら受けた。たが、ただ遊びたいだけ。食い散らかした後は部下にあてがう。そういう奴隷扱いだった。そしてそれを当然のようにこちらに言う。怯えて苦しむ姿が見たいのだろう。

長と周りの取り巻きの下卑た視線。女性は村も長も見限って村から逃げ出した。誇りを忘れた者に愛想を尽かしたのだ。

長はプライドが傷つき激怒した。村の中の戦士を数人追っ手として向かわせて、殺さなければ好きにしていい。生きたまま捕まえて来いと命令して。


執拗な襲撃。女性は必死に己の誇りを守る為に戦い逃げる。数の差だけで無く力の差もあった。相手は村の中でも戦士だ。本来は部族を守る為に戦う者だから弱いわけがない。

数と力の差に逃げるが限界になってきた。そこに、偶然ヴァンパイアが通りがかり、彼女を助けた。毎日わずかな血を提供する代わりに助けるという契約をした。

女性は契約を受け、二人の逃避行になった。性格に難ありとは言え、ヴァンパイアの力は強い。獣人の戦士三人が来ても追い返せる位は。


二人は共に暮らし、そして当たり前のように愛し合った。

助けてくれた男が、誇りある女が、お互いが認められるほど誇り高いからこそ、愛が生まれた。

そして逃避行は終わりとなった。女性のお腹に命が宿ったのだ。ありえないことだった。そして、最悪なことに村は諦めるどころかほとんどの勢力をつれて女性を捕まえようと追いかけてきた。腹の子のことを考えたら今までのように逃げることは難しい。それ以前にヴァンパイアの力でも村の総力には絶対に勝てない。


ヴァンパイアは自分一人残り、足止めをすることにした。女性は振り向かずにそこを去った。少しでも離れる為に。

殿となったヴァンパイアは、長だけを執拗に狙った。周囲の攻撃も全て無視してただ長のみを狙った。そして、ヴァンパイアは長の首を物理的に落とした。

その時のヴァンパイアは既に事切れていた。村は長が変わり女性を追うことを止めた。


そして女性は一人で逃げて一人で子を産んだ。ありえない種族同士だからか、女性の生命力はほとんど失われていた。

それでも女性は子の前ではずっと笑っていた。夫の残した名前を子に付け、出来る限り愛情を注ぎ込んだ。

わずか五年。その間に愛情と注ぎ続け、一人で生き残る術を教え、そして父の誇りを何度も繰り返し話した。己の全てを子供に捧げた。

そして、子供は一人ぼっちになった。





「この子は自分の運命を知っている。その上でこう振舞っているよ。最後まで誇りある姿に拘っているんだよ」

婆の言葉に少年は笑いながら頷いた。三世は診たからわかっている。体の中身はボロボロ。常に体は激痛に襲われ続け、目はほとんど機能してなくて、そして手も足も筋肉の何割は死んでいる。

ここまで来たら地球現代の医療技術でも対処は出来ないだろう。

「だからこそ誇りある我が名ケイ。それと我が誇りを授けた父と母のことを覚えておいて欲しい。それで我は十分に満たされる」

十にも満たない少年だが、その誇りは本物となっていた。

「で、三世先生、治療出来るじゃろ?」

婆の言葉に三世は頷いた。

「ええ。出来ますね」

「ん。んー。えっ?」

ケイと呼ばれた少年は、がんばって作っていたであろう決め顔が剥がれ、ぽかーんとした少年らしい、少々間抜けな表情をしてた。

運命と呼ぶ理由も三世には良く分かる。ケイを治療出来るのは世界で自分だけだろう。


現代医療でも発案は出来ていて、それでもまだ完全な実用化には至っていない技術がある。それが遺伝子治療だ。

幾つか種類はあるが基本原理はシンプルだ。

患者の体から幹細胞を取り出して培養。それを戻して欠損した遺伝子を補強する。

だがまだまだ足りない技術が多い為、完全な実用化は遠い。

ただし、三世に限っては話は別だ。

獣医という限定の縛りはあるが、知識と原理さえわかれば、全てスキルが代わりにしてくれる。

患者の体内の中で欠損、破損している細胞を直接修復出来る。時間もかからない上に副作用すら最低限以下に抑えられる。

獣人とのハーフだったのが幸いした。別種族だった場合治療は出来なかっただろう。


「というわけで欠損した遺伝子を健全な遺伝子で修復。そして吸血鬼としての割合を少し増やして安定化しました。それと体内で悪い所も出来るだけ治療しました。治しきれない部分も多いので暫く無茶は禁止です。三十日分の痛み止めと栄養剤出しておきますねー」

「あ、ありがとうございました?」

良くわからないまま、ケイは元いた穴に歩いて戻って行った。治った実感すら無かったらしい。


「いやはや。私がいなくなった後どうしようか悩んでいたがこれで大丈夫だ。本当にありがとう」

古木婆の言葉に三世が尋ねる。

「いえ。ただ、あの子はどうするのですか?良ければこちらで預かっても」

しかし婆はそれを否定する。

「そうなれば良いんだが、あの子は一人で生きていくつもりだからねぇ。力もあるし」

父と母の生き様を受け継ぎ、旅をしながら人助けがしたいらしい。それに三世は何も言えなかった。



「さて。残り時間も少なくなってきたし先にお礼をしておくか」

古木婆は自分の枝を他の枝で折り、三世に渡した。枝には干し柿のような萎びた果実が二つ生っていた。

「大した物でもないが、それでも長いこと生きたエルフの枝じゃ。好きに使っておくれ」

渡すだけ渡した後、老婆はまた話し出した。

「年を取ったら長話になっていかんのぅ。だが最後じゃからのぅ。良ければ付き合っておくれ」

三世は頷いた。頷かなかったとしてもここを離れることは出来ないだろう。メープルさんが古木婆の足元で横になって聞く姿勢に入って

いた。


「体の三つの毒を八つの正しい道で取り除く。これぞ至る道なり。ちょっとした言葉だよ。まあこれはあまり関係無いけどの。問題

はこの先じゃ。」


人は縁によって結ばれこの世界にいる。では縁が無くなるとどうなるか。それは無になる。己という存在はつまり縁によって存在している。

点では無く、線が己を構成している全てである。

縁とは物体や世界だけでない。感情や善悪、そして行動も縁によって生まれている。

因中有果、原因の中に結果あり。


「これを縁起の理解と呼ぶ。そして原因があり、結果が待っている。これを同類因等流果と呼ぶ。またの名を因果。どこかで聞いたこと無いかの?」

メープルさんは首を振っていたが三世には聞き覚えがあった。夢で見た場所で使っていた魔法のことだろう。

「老婆心で悪いがつまりそういうことさの。ついでに言えば、これらの言葉が生まれたのは三世さんの世界でじゃぞ」

「えっ」

因果はともかく、それ以外は全く聞いたことが無かった。てっきりこの世界の魔法の学問か何かだと思っていた。


「魔法の無い世界での考え方なんだがの。これらって何が目的でこういう哲学的思想が生まれたと思う?」

「いえ。全くわかりません」

「幸せになるためだよ。理解しなくて良い。ただ、そういう考えがあると知るだけで意味がある」

三世は縁、因果、そして魔法について考える。

知っている言葉は一つだけ。因果応報という言葉。悪いことは悪いこととして返ってくる。

だが、聞いたことを考えると少し違う。

返ってくるのでは無く、悪い行動が結果を生む。そういうことだろう。だから少しでも良いことをする必要がある。

それでも、人として生きている以上悪は必ず行う。食べること、生きること。これはどうしても他の生き物が犠牲になる。

だからといって犠牲を減らす為に無理をするのも何か違う気がする。三世の考えは行き詰まって、答えを見失ったままドツボにはまっていった。


「うーん。さっぱりわかりません。すいません。せっかく教えていただいたのですが私には理解出来ないようです」

その言葉に婆は笑う。

「大丈夫。実は私もわかってないから。でも、悩んで考えることに意味があるはずじゃ」

三世は頷いて答えた。

「はい。もう少し悩んでみます。無駄かもしれませんが」


そして残った時間を簡単な雑談をして過ごした。

日常のこと。エルフのこと。そしてシャルトやルゥといった三世の家族のことを。婆は楽しそうに談笑した。

雑談に入ってわずか二十分くらいだろう。メープルさんが立ち上がり、三世の袖を噛んで引っ張り出した。

「ああ。わかるんだねぇ。この子が賢いからか、それとも同じ女だからかねぇ」

婆は楽しそうにメープルさんを見る。ただ、表情はもうほとんど動いていない。能面のような顔になっていた。

「それは……」

わかりきっていることだった。それでも口にせずにはいられない。最初に言われたのだから知っているはずなのに。

「まだ多少は時間があるけど、それでもお別れにしましょう。醜い死に様を見られたくないの」

脳内に直接言葉が入ってくる。いつからそうだったかわからない。口が全く動いていなかった。最初は動いていたはずなのに。

「何か出来ることはありますか?」

三世の言葉に老婆はため息をついた。

「もう十分貰ったよ。最後の時間をありがとう。君達の幸せを願っているよ」

三世はお辞儀をして、そしてそのまま振り向かずに外に出た。残りの時間は自分達がいると余計苦しむのがわかるからだ。


外はすっかり晴れていた。ただ、思ったよりも長居したようで日が落ちかけている。夕方四時過ぎくらいだろう。

「さて、急いで帰りましょう。お願いします」

メープルさんが頷いて背を低くした。三世はそれに跨り、そして駆け出す。

背に乗りながら三世は今抱えている不思議な感情について考える。

悲しいような寂しいような。それでいてそれほど辛くない不思議な感情。

ただ、何となく、ルゥやシャルトに会いたいという気持ちが沸いてきていた。




三世達が去った後、一人の少年が洞窟から出てきた。目から涙を流しながらとぼとぼ歩いて行く。

彼は人前では絶対に泣かない。自分の涙が人を悲しませるのが嫌だからだ。

辛く無いわけではない。だから今だけは泣いて歩いて行く。二人目の親との別れを乗り越えて。

そして、少年が出て行った後、洞窟は自動的にふさがれ、岩の壁となった。





三世達が村に戻ると、立派な馬小屋が出来ていた。ほとんど一軒家に近い立派な物。

家族の住む所だから、良くしてくれとブルースに頼んだが、ここまで凄いとは思わなかった。

「良い家を作ってもらえましたね」

ぶるると一鳴き。声ではわからないが顔でわかった。とても嬉しそうだった。


その日の夜は掛け布団を持ってメープルさんの馬小屋で三世も寝た。三世だけで無く、ルゥとシャルトも一緒に。

三世から一緒に寝たいと言ったのは今日が初めてだった。皆で一緒に寝たい。なんとなく、離れるのがとても寂しかった。

婆の気持ちが移ったのかなと三世は一人で笑う。横で幸せそうに寝ている二人。そして傍で横になっているメープルさん。

三世は幸せな気持ちで包まれ、こうしてよかったなと再確認した。優しい気持ちのなか、三世も瞼を閉じた。


三世は朝起きた時に背中の痛みを感じた。獣人や馬ならともかく人間。それも中年の睡眠には適さない環境だったようだ。

背中の痛みを感じながら、明日は普通に寝ようと心に誓った。


ありがとうございました

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