休みという名の逢瀬
三世主体にて行われる村の開拓計画。内容はそんなに難しい物では無い。観光産業を作るという主目的を中心に設計されている。
観光客で村の機能が停滞するなら、観光用の設備を作ってしまえ。それだけだ。
立地も村自体も観光地向けと言える。首都に近いのに都市が発展していないなど、観光地としては破格の性能をしているからだ。
今の村を更に発展できるように残しておき、少し離れた部分に観光地を一式作り上げる。宿泊施設から飲食店。そして土産屋も含めてだ。
このような形式にすることにより、本来の地元民の妨害にならず、観光客も地元民の生活を見ないでいられる。もちろん不用意なトラブルも減るだろう。
ここに来るのはメープルシロップ目的の人とゆったりとした時間を過ごしに来た人が大半だ。ならそれらを中心にレジャー化を進める。
自然豊かな森林の中の設備。所々に噴水を設置して快適さもあげる。ログハウス等雰囲気重視の建築物。ただし内装はそれ相応の豪華さを持たせる。そして種類豊富で地方特産を多く使った料理と酒。
すぐに全部そろうのは難しいだろう。追加して作ったそれ用の畑はガワしか出来てなく、まだ何を植えるか相談中だ。
そして追加でもう一つ。わざわざ三世が自腹を切ってまで用意する設備。観光の目玉として観光用の土地と地元民用の土地の中間点、境目に作ることにした。
それは牧場だった。
牧場と行っても観光用の牧場。まだまだ計画段階だが、馬を中心に牛などを配置するように考えている。
馬は乗っても楽しい触れ合っても楽しい。牛は絞りたての牛乳や料理等飲食関係に関わる。そして共に地元民の仕事の手伝いに使うことも出来る。
村の周囲を馬でレースをするなど多種多様の楽しみを用意できるだろう。流鏑馬などもきっと楽しい。
何よりこういう施設は三世本人がとても嬉しい。だからこそ、足りない予算外で三世が支払い個人で所有するという形にした。
三世だけでなく獣人二人の今まで稼いだ資金も粗方突っ込んだ。教科書関連で受け取った報酬の金貨二百枚も全額突っ込んだ。
そこまでして作る理由がシャルトにはあった。シャルトには別の意図があるからだ。
理由は三世自身の強化の為だ。三世にはペットになった存在と相互に強化されるというスキルがある。
もしこれが人数制限関係無く強化されるならペットを増やすことで三世は無限に強化出来るだろう。
そこまで上手くいかなくても多少の強化でも底上げが出来るだけで十分意味がある。早い話がスキル実験も兼ねているということだ。
計画の中では従業員の中に獣人を雇ってどうなるか試してみようという計画もある。
まだ計画自体三割も終わっていないが、それでもうまくいけば一石二鳥も三鳥も取れる。
この忙しい中で三世の強化に繋がる数少ない手段だった。
だがそれはそれとして今日の三世は休みだった。朝早くから起きて日課と今日の分の仕事を全部終わらせた。
今は誰もが非常に忙しい時。そんな中の休み。三世の休みの為だけにルゥとシャルトまでサポートすることになっている。二人を働かせてまで三世には今日休む理由があった。
何があっても、今日は時間を空けたかった。
今日はメープルさんが家族になる日だった。
「おはようございまーす!お届け物に来ましたー」
大きな声でいつもの様にノックもせずに家の中に入ってくるコルネ。それでも三世は慌てない。事前にわかっていたからだ。既に出かける準備も済ませていた。
「おはようございます。お届けありがとうございます」
三世は優雅にテーブルの前でお茶を飲んで待っている。ただし、テーブルが揺れるほど激しく貧乏ゆすりしながらだ。
「あー。大分お待たせですかね?でもでもうちのメープルさんかっこかめいも大分待っていたのでお互い様ということで。なので早く行ってあげてください」
その言葉を聞き、まってましたと言わんばかりに三世は玄関に走った。
「ではいってきます」
「は、はいはい。いってらっしゃい」
コルネは玄関を方を向かずに手だけ三世に振った。
ばたんと音がして扉が閉じたのを確認してコルネは鏡に自分の顔を確認した。思ったとおり赤くなっていた。
「うーん。ああいうのは思ったよりもぐらっとくるなぁ」
自分の赤面に文句を言いつつ苦笑するコルネ。
最初は自分を留守番させて放置する三世に文句の一つでも言おうかと思っていた。しかも私のメープルさんを取って、なんて冗談でも混ぜて。
ただ、思ったよりも今回を楽しみにしている三世に何も言えなかった。足をがたがた揺らしつつ目は少年のように輝かせて。
コルネの心に刺激を与えたのは別れの挨拶だった。ただのお出かけの挨拶。三世にとってはなんてことないいつものことだ。
ただ、コルネに家族はもういない。大切な仲間がいるから寂しくは無い。ただ、そのせいだろう。
ただの『いってきます』に不覚にもときめいてしまったのは。後ろを向いたままだったからばれてないだろうとは思うが。
「参ったなぁ。恋愛感情は無いはずなんだけどなぁ。いや私は年上好きではあるがちょっとばかり好みと違うんだけどにゃー」
頭を掻いて自分のことを考察しつつ、約束のお留守番をする。
時給も出て、おいしい食事が出て、そして騎士団の仕事を合法的に休める。コルネにとって最高の環境だった。
ただ、ちょっとだけ心がもやもやしているからか、しばらくはこの環境を楽しむことは出来そうになかった。
三世が外に出た時最初に見た光景は今自分が異世界に来たと確認するには十分な程、幻想的な光景だった。
一言で言うなら、まるで神話の世界だ。
西洋風の田舎のような町並み。土で出来た道の上を美しい馬が優雅に佇んでいる。思わずため息が出そうになる。
ただ美しいだけで無く、足が六本。文字通り現実離れした見た目。それでいて生物としての美は崩していない造形。
白に近い銀の美しい体に銀に光りきらめく鬣。凛々しい顔に優しい瞳。その眼差しは慈愛に満ちていると思うには十分な何かを感じる。
足を動かしてゆっくりとこちらに歩いてくる。足を動かすと地面に小さな風の舞う流れが出来ていた。
「おかえり。メープルさん」
メープルさんは三世の胸に顔をこすりつけることで挨拶を返した。いつもより少し激しくて少々痛いくらいだ。だが、ここは甘んじて受けないといけない。長いこと放置していたのだから。
三世もそうだが、メープルさんも非常に寂しかった。どうやったのか誰もわからないが、馬小屋の寝床の中に辞表が置かれていたそうだ。
「構ってあげられなかった分今日は一緒に楽しみましょう」
その言葉にブルルと一鳴きして答えるメープルさん。二回目のデートだった。
メープルさんの背中に乗って移動する三世。町の外をゆっくり散歩しながら三世は考え事をしていた。メープルさんの名前についてだ。
元騎士団配属だったメープルさんの移動はとても面倒な部分が多くあったらしい。動物なので悪い言い方が備品扱い。それでいてしっかりとした意思があった為人員扱いでもある。
話せないが馬という立場上それなりに機密にも触れている。だから三世の元に来る時、いくつかの条件がついた。
騎士団内の動物専用の施設全ての立ち入り禁止。元自分の寝床だけで無く、その他も含めてだ。スパイ対策の一環だろう。
騎士団所属だったことを悪用しない。これは当たり前だ。元とは言え国を守る一員だったのだから。
そして最後。所有者を変えるという意図や意味も込めて名前を変える。少なくとも半年以内には変えて届け出て欲しいそうだ。
メープルさん本人は名前の変更に割と喜んでいる。以前はこの名前でも嫌がらなかったが、最近は少し気にしていたとコルネから聞いた。
なんとなくはわかるときがある。メープルさんのことは好きだが、三世は未だに理解出来ない部分が多い。コルネの方がメープルさんの気持ちを良くわかっているだろう。
三世にはそれがちょっとだけ悔しかった。
「うーん。新しい名前はちょっと考え付きませんねぇ。一週間以内に決めるのでちょっと待ってください」
ゆっくり移動しながらメープルさんはぶるると鳴いた。これには三世も少しだけ意図がわかった。
残念な気持ちと肯定する気持ち。つまりこう言っていた。
「ちょっと我慢しますから、良い名前を早くくださいね?」
返事の代わりに三世は腰のあたりを優しく撫でた。
それに機嫌をよくしたのか、メープルさんは速度をつけて駆け出した。
心地よい風を感じながら二人の時間を過ごす。この時は、二人の気持ちはいつも完全に一致する。二人は余計なことを考えずにただ風を楽しんでいた。
ふと、三世が違和感に気づく。それが何なのかはすぐにわかった。ゆっくり走っているのだが、前よりメープルさんが速い。
走り方はそれほど変わっていないが、出ている速度は体感できるほど違う。まだまだ成長期なのだろう。王が手放すのを惜しんだ気持ちが良くわかる。
実はメープルさんも少し驚いていた。三世と二人で出かけてから妙に体が軽い。良くわからないから、調子が良いのだろうと考えることにした。
「そういえば牧場を作ることにしたんです。馬も何頭か雇うつもりですので、その時は管理など手伝ってくれると嬉しいです」
メープルさんがため息を付きたい気持ちになりつつも了承する。だが三世にこの気持ちは伝わらないだろう。自分がどれだけ待っていたのか。そして次の馬はもうすぐ来る。
そういわれるとメープルさんは複雑な気持ちなる。同時に自分だけはその牧場に入らない。特別扱いを感じた為、文句は飲みこむことにした。
ゆっくりと走りながら移動するメープルさん。ゆっくりな動作だが、かなり速い速度。二人は同じことを思ってわくわくしていた。それは、限界を試してみたいという気持ちだ。
「メープルさん。ちょっと全開で走ってみませんか?なんだが前より速いのでもしかしたら凄いことが出来るのでは?」
三世の言葉に背中を揺らして合図する。既に走る気満々だ。合図を受けてすぐに三世は落ちないように体を前かがみにしてメープルさんに体を預ける。それを確認したメープルさんは、
力強く大地を蹴り、風を切って、疾走した。
それは一言で言うと予想以上。景色が全く見えなかった。速すぎるからか三世の動体視力の限界をはるかに超えた速度。正面の先の先。そこに十円玉ほどの大きさしか景色が見えない。
それ以外の部分は全てが流れる何かになっている。音も何かの轟音がする。メープルさんの足音すら聞こえない。音は塗りつぶされ、視界は遠くて狭いトンネルの様な世界。
メープルさんに全幅の信頼を置いている三世に落馬や事故の恐怖は無い。ただ、一つ不安はあった。これはいったいどこまで行くのかという不安だ。
長い限界の無いトンネルの世界を疾走するメープルさん。ここまで速く走れたことは無かったから、口では言い表せないほどの開放感があった。楽しそうなメープルさんを感じる三世。もう少し付き合おうと思った。今は本当の意味で二人だけの世界になっていた。他が何も見えない。触れ合っている部分でお互いを確認しあう。それ以外は何もわからない。
ただただ二人の世界を味わった。そして、すぐに二人は後悔した。
「ここ、どこでしょうか?」
三世の言葉にメープルさんも首を傾げた。誤魔化す意図も合ったが、その仕草はとても可愛かったので頭を重点的に愛でつつ三世は今後について考える。
メープルさんが騎士団関連で行ったことの無い場所。そして今雨が降っている。このままだとお互い風邪を引くだろう。
理由はわからないが最高速度中三世は風を感じなかった。そして同時に雨すらもわからなかった。濡れることも無かったし速度も落ちなかった。ぬかるみにメープルさんの足がすべることすらなかった。
メープルさんに多少の疲労はあるが帰ることは容易い。直進しかしていないのだから逆にまっすぐ走れば良い。メープルさんも道は覚えている。
せめてメープルさんが回復するまでの間、どこか雨宿りできる場所は無いだろうか。出来るだけ濡れないように木陰などの影に隠れながら三世は周囲を散策した。
このあたりは自然が多い。そして同時に岩が多く露出していて崖のようになっている場所が多い。といっても山岳地帯のようでも無い。道が平坦でなくデコボコした場所は珍しかった。
少なくとも首都やカエデの村付近は大体平坦になっている。また生えている植物も三世の見覚えの無い物が多い。
ガニアの国でも思ったが、すぐに動植物の形態が変わるのは冒険者的に覚えることが多くて本当に大変だ。同時に色々な物が見れるのは楽しくもあるのだが。
周囲を探すこと五分。岩肌から露出した洞窟を発見した。警戒しつつ周囲を見回す。
入り口から見ても奥が見えないほど深い。苔が多くこまめな移動が見えないから巣穴や盗賊のアジトでも無さそうだ。更に周囲を調べても食べられる物含めて植物を荒らした跡が無い。
メープルさんを見てみると頷いている。大丈夫そうだ。三世はその洞窟で雨宿りすることにした。
少し肌寒くなってきた。濡れているのもあるだろうが風邪の引き始めかもしれない。それを察してかメープルさんが肌を寄せてくる。
「入り口は少し寒い。探索も兼ねてちょっと奥に行ってみようか?」
メープルさんは頷く。離れないようにくっついたまま二人はゆっくりと奥に入っていく。
ほんの数メートル入り口から離れたあたりで温かくなってきた。同時に洞窟の奥は真っ暗で何も見えない。明かりも手元には無い。今日は冒険じゃないから軽装で何も持ってないのが仇となった。
「うーん。流石に暗闇の中を移動するのは危ないかな。ここで雨宿りしようか?」
言い終わるくらいで洞窟の様子が激変した。光の玉が周囲に浮き、薄暗かった洞窟がしっかりと見えるようになる。
「これしたのメープルさん?」
三世の言葉に慌てて首を振り、そして洞窟の奥を威嚇しだした。
洞窟の奥が見える。枝分かれした何本かの道があった。光の玉はずっと奥まで光っている。一本だけずっと見える道の先。誘導しているのだろうか。
『こんな場所にお客さんとは珍しい。お出迎え出来ないのは許しておくれ。足が悪くてね』
どこからかしゃがれた老婆の声が聞こえた。反響していてどこから聞こえているのかわからない。
「家と知らずに勝手に入ってすいません。すぐに出ます!」
『いやいや。せっかくのお客さんだ。ちょっと話し相手になってくれんかね?』
三世はこの場を去ろうと思った。どう考えても怪しい。魔法が使える老婆がこんな場所に一人でいる。山姥的な何かを感じる。危険を考えたら帰るのが正解だろう。
ただしここでは逆の選択肢を取った。確かに怪しい。でも、声がとても寂しそうだった。
メープルさんの方を見ても悲しい顔をしていた。何かわからない。ただ、その声を聞いてしまったら先に行くしか無くなってしまった。
光に従い奥に進む。三回ほど枝分かれした道を進むと広い大部屋に出た。非常に温かい。暖房が効いた部屋のようだった。そして明るくて広い。
部屋の広さは直径五十メートルくらいはあるだろう。そして山の中だからか地下だからか天井も相当高いが空は見えない。
「いらっしゃい。良くきてくれたねぇ」
老婆の声が聞こえた方向を見る。そこにあったのは壁に埋まって成長している巨木だった。壁と一体化していてどのくらいの大きさかわからない。
幹は三世の胴より太いくらいの木がいくつも集って集合体になっているように見える。枝は触手のようにあたり一面を這っていた。今自分達がいる足元にも蔦のような枝が伸びている。
あることに気づいて三世は悲鳴をあげた。
幹の一部から人の手のような部位が出ていた。他の手足は見えない。片腕と、それと顔が浮き出ていた。老婆の顔が、じっとこちらを見つめていた。
ありがとうございました。




