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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
外国で英雄。自国で獣医。村の中では何でも屋。
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まずは村の良い所を更に伸ばす。ここはカエデの村。メープルの楽園。

 

 忙しい日々は続く。そのせいか未だに魔法を試していない。試すかどうかもシャルトと相談すら出来ていない。

 三世にとって魔法とは一種の憧れだった。御伽噺のような世界の話。今はこの世界の方が現実だが。それでも魔法という物に対する憧れは強い。

 だからこそ、こう思っていた。

 魔法が使えない三世だからこそ、魔法が使えるということは大きなステータスだと。

 だが、この世界は、少なくともラーライル王国は魔法をそこまで重要視していない。魔法とそれに加えて何かが無いと評価はほとんどされない。

 センスの塊で何が出来るかそれぞれ異なる魔法よりも、誰でも出来るが覚えるのに時間のかかる知識の方が仕事として上に見られていた。

 つまり力仕事と近い扱いだ。

 一人で数百キロの荷物を運べる男や魔法が使える者よりも、勉学に励み、専門的な知識を身につけた者の方が優遇されやすい。そういうことを三世は知らなかった。

 知らなかったのだ。建築関係者も割と底辺職として扱われ、冷遇されているということに。

 設計できる者は多少マシだ。だがそれでもそこまで重要視されない。国がバックアップする極一部の建築関係者。城を含む軍事拠点に関わった者以外の建築者は軒並み扱いが悪かった。

 もちろん彼らもプライドなど持っていない。やりたくないがしょうがなくやっている。建築関係はそんな人ばかりだ。

 他に仕事が無いのだから建築関係しか出来ない。長いこと続けたらそれなりにノウハウは溜まっている。だが、それは本人にとってどうでもいいことだった。

 どれだけがんばっても、冷遇されているという事実は変わらないからだ。一言で言えば性根も環境も腐っていた。


 三世は知らなかった。

 建築関係者は使い潰す前提の扱いが基本だ。お前らはテントでも買って仕事しろ。そのくらいの認識で間違い無い。

カエデの村の村長はそこまで性根が腐ってる訳では無い。が、余り関わろうともしなかった。同情しつつ彼らと距離を置いて付き合っていた。


 そんな冷遇されている自分達が、呼ばれて小さい村に来た。

 最初の仕事は自分達の拠点を作って欲しいだった。作業が効率的になるように好きにしてくれと言われた。

 自分達用の寝床が作ってあった。仮拠点として使って欲しいと言われた。今住んでる場所の何倍も上等な場所だった。

 仕事内容について自分達に良く相談が来た。村を発展させたいから手伝って欲しい。そんなこと言われたのは初めてだ。

 今まで言われたことはよく覚えている。

『言われたことだけやっていろ』

 こっちが原因でない失敗でも殴られ蹴られていた。

 だが、ここの人達はわざわざ自分に意見を尋ねた。そして学の無い自分たちの意見を一つずつ丁寧にメモしていった。

 その後はとびっきり豪華な食事でもてなされた。今まで食べたこと無かった。

 お別れ前に最後に一言。それが特に効いた。

「この村の為にあなた達の技術が必要なのです。どうか私達に力を貸してください」

 深く頭を下げられた。この仕事をしていて頭を下げられたことはあまり無かった。給料を無理やり減らされた時くらいだろう。頭を下げるのはいつも自分たちだった。

 今までプライドなど持って無かった。

 この村に来たのは五人。基本的に馬鹿で、考えたらずのロクデナシしかいない。当たり前のようにやる気など無い。適当に作れば良いか。その程度だった。

 拠点の中で泣いた。全員が泣いていた。今までやりがいを感じたことは一度も無かった。

 だからがんばろうと全員心に誓った。柔らかい場所でゆっくり眠るのは本当に久しぶりだった。



「うーん。こっちの世界の職人さんって本当にとんでもないんですね」

 三世は建築予定の場所を見ながら話す。早いだろうとは思っていた。流石に一日に三箇所工事が完了するのはちょっと予想出来なかった。

 建築用の拠点と新しい武具屋と食事所の外側が完成していた。ついでに畑を作る予定の開拓地も開拓が完了してあった。かなり広い面積を全部耕したのだろうか。

 あまりに早いので作りが甘いのかと思ったがそうでも無い。素人目だが、かなり立派な状態だった。

 もうちょっとこっちの建築だしレベル低くてもしょうがないと見下していた自分を叱りたいほどだ。

「大将。何かうちらの仕事に悪いとこありましたかい?あったら言って下さい。一から作り直させていただきますが」

 三世に話しかけているのは来てくれた建築者の一人。現場監督のような仕事をしている者でブルースと名乗っていた。渋い名前で三世は少し羨ましかった。

 彼らの見た目は盗賊達とその親分にしか見えない。

 ブルースの年は五十は過ぎているだろう。目つきが悪く、盗賊、またはチンピラ。ゴロツキ。そういう言葉が似合う見た目だった。

「いえ。何も問題無いですよ。流石です」

「へい。大将にそう言っていただけたならあっしらも報われるってもんです」

 頭を下げながら少し照れているブルース。三世は戸惑っていた。何故か妙に懐かれている。というか好かれている。

 特別なことは何一つしていない。むしろここで住み込みで働いてくれという無茶を押し付けた上にかなりの過密スケジュールを頼んだ。その十倍くらいの速度で建築が終わっていっているが。とにかく好かれる理由が思い当たらなかった。


「大将。本気であっしらが使える奴らだと思ったなら、今朝の件、考えといてくだせぇ。ではあっしも仕事に戻ります」

 そう言った後、ブルースは部下を怒鳴りながら仕事に戻った。


 今朝言われたのは雇って欲しいということだ。今まで自分達の扱いが悪く、きちんと仕事を評価されたのは初めてだ。だからここで、出来たら三世にこれからも雇って欲しいと。

 そのことに関しては特に異論は無い。ただ、三世に人事権など無い。ついでに言えば建築者を個人で雇う理由も無かった。申し訳ない気持ちを持つ三世。だが、どうしようも無いことだった。



「それでは本日の定時会議をします」

 深夜になる前くらいの時間帯、フィツの店に関係者が集った。人数が増えたので三世の家では狭い。ということでフィツの店を一部借りることになった。酒場が出来たお蔭で、この時間帯は割と暇になっていた。

 今ここにいるのは、まず三世達三人。

 次に村長。といっても実はこの中で一番忙しい。途中で帰ると先に言っていた。

 次にフィツ。今回の議題の目玉に関わる為参加を要請した。三世をなんとも言えない顔で見つめていた。その顔の理由はわかる。店の名前を決めるのを助けてくれという顔だろう。三世は顔を逸らした。

 そして最後に建築組だ。実際に建てる際の意見や村人でない者の意見として参考にさせてもらっている。今回は一つ。三世はお願いがあって呼んでいた。ただ、建築組と言ったがブルースしか参加していなかった。

「すいません。あいつら親方一人いたら良いでしょ。自分ら頭悪いんで。という言い訳した後酒を飲みに行ってしまって」

 頭を低くして申し訳無さそうに言うブルース。昨日の夜の歓迎会の時でも半泣きになりながら酒を飲んでいたのを三世は覚えている。よほど飲み足りなかったらしい。

「いえいえ。ただ、お酒が好きなら今日の会議に来てもらえたら喜んだのにとちょっと残念な気持ちになりますね」

 三世はにやりと笑いながらワインボトルを取り出す。

「シャルト。私とブルースさん。フィツさん。村長にこれを」

 シャルトはお辞儀をしてそれを受け取り、人数分グラスに注いで配った。

 ルゥとシャルトはお預けだ。肉体的にはたぶん問題無い。だけど年齢がわからない。一応控えさせておいた。

 シャルトは何も言わないがルゥはむくれていた。申し訳ないがもう少し待ってもらう。


「大将。酒なんですよね?これ。ずいぶん綺麗ですけど」

 グラスを持ってまじまじと見るブルース。琥珀色より更に濃く鮮やかな色で色に表すと黄金色。それほど美しい色をしていた。

「はい。新商品のテストです。考案を伝えたら一日で試供品が届くとは思いませんでした。この世界の人ってみんなとんでもないですね」

「じゃあいただいていんですかい?」

 ブルースの言葉に三世は頷く。むしろ飲んで欲しかった。他ならぬブルースに。事前の試飲で、どうしてもつけたい名前があったからだ。

「じゃあありがたく。あの馬鹿共には後で自慢してやらないとな」

 笑いながらワイングラスを傾けるブルース。情緒もへったくれも無い一気飲み。そして飲んだ後不思議な顔をした。しかめっ面というほどでもないが楽しそうな顔でもない。まさに不思議な物を飲んでいる気分になったのだろう。

「ん。んんー?甘い。わけでもない。匂いはそれなりに甘い。その割に飲みやすくさっぱりしている。むしろ甘味はほんの僅か。だけど甘い。不思議な味ですね。美味いのは確かですけど」

 今度は自分でワイングラスに注いで飲みだすブルース。気に入ってくれはしたみたいだ。

「うん。良い味じゃ。ワシはもっと甘い方が好きだがの」

 村長も飲んでそういう感想を出す。

「はい。もちろん用意しています」

 村長の前に違うボトルを出した。シャルトがそれを新しいグラスに注いで村長の前に出した。

「あー。これなら元の味がわかるし飲みやすいの。女性が好きそうな味で人気出そうじゃ」

 新しい物を一口飲んで村長が微笑みながら言った。女性が好きそうというのはどの国でもわかる人気の出る商品のうたい文句だ。三世もどちらかというとこっちの甘い方が好みだ。

「そうですね。この甘いのを主商品として考えています」


 三世が考案してアーケルが実用化したこのお酒。原料はメープルウォーターだ。ワインが酒になる。サトウキビが酒になる。だったらメープルが酒になっても良いんじゃないか。

 思いつきで考案したこの企画は、思った以上にうまくいった。お酒という利益率の高い商品。日持ちもするから輸送で色々な国にも送れる。その上美容や健康に良いということまでわかった。もちろんお酒だから飲みすぎたら健康に悪いが。

 三世が企画したのは三種類。

 最初に出した大人の男性向けの物。甘味は風味くらいでお酒らしい味。ちょっと辛いくらいだ。

 次に出した甘い女性向けの物。かなり甘味が強く、それでいてさっぱりしたジュースに近いお酒。甘くて飲みやすいお酒はどの世界でも人気が出ると思いこちらを中心に企画をしている。

 そして最後の炭酸入りの物。味がまだ安定していないから皆には出していないが、これが完成したら食事中に合うお酒になるだろう。

 フィツは一口飲んでは睨みつけ、また一口飲んでは睨みつけていた。

「うーむ。俺を呼んだということはこれをメニューで考えろということだろ?」

 フィツの言葉に三世は頷いた。

 地元ならではの料理として何品かあったら観光用メニューになる。今後は観光のことも考えて村の発展を進めたかった。

 フィツは無言で厨房に行き、一分もしないで戻ってきた。

「一番合いそうなのはこれだな。基本メープルシロップと同じ扱いで良いと思う」

 フィツが用意したのはバニラアイス。その上に黄金色のお酒をシロップのように添えていた。

 男陣で一口食べる。甘いアイスに甘味を押さえたソースとして見事に調和していた。

「いいですね。これ本来のメープルシロップより合うくらいじゃないですか?」

 三世の言葉にフィツは頷いた。

「そうだな。これはワインに近い物なんだろ?原材料がメープルってだけで」

 三世は頷いた。三世考案といったがモデルはあった。

 メープルワインという名前の商品だ。といってもワインと名乗っているがワインと何の関係も無い商品だが。

 おそらくだが、この世界には無い物だ。流石に三世も作り方は知らない。だから製法はアーケルオリジナルだ。モデルはあるが新しいお酒といっても良いだろう。

「商品名はちょっと派手に黄金酒。でどうでしょうか?」

 三世の言葉にこの場の全員が頷いた。このお酒の一番素晴らしいのは見た目の美しさだ。ワイングラスに入れるだけで高級感が出る。金色の液体というだけで素晴らしい高級感と雰囲気が出る。実際は割と安いお酒なのだが。

「では。黄金酒完成を記念して、乾杯」

 全員がグラスを手に持ち、天にグラスを掲げた。ルゥとシャルトはジュースが入ったグラスだが。


 他に決めないといけないことや話すことはあった。

 今日建てた設備についてや明日の予定。今後の予定。話すつもりだった。が、それどころでは無くなった。

 一つ誤算があった。三世はお酒が強くない。だから最初の一杯だけにしておいた。

 だが、フィツとブルースはがぶがぶ飲んでいた。そして、実は二人とも酒に強くない。むしろ三世と同レベルで弱いくらいだ。

 唯一酒に強い村長は、夜も更けてきたので先に戻った。遅い時間だからルゥとシャルトも先に帰ってもらった。

 残ったのは男三人。酔っ払い二人を放置して三世も帰りたかったが、もう一つしないといけないことがあった。ブルースには悪いが、ちょっとだけ犠牲になってもらおうと思う。羞恥の犠牲に。


 ブルースは酔ったからか、延々と三世の賛辞を述べていた。ここで初めて三世は建築業界の悲惨さを知った。

 一部を除いてみんな底辺。報酬は満額でも銀貨。ただでさえ安い報酬が減らされるのはしょっちゅうだ。材料代で金がかかるからそれで良いだろみたいに良く言われる。

 だが、材料代関連は一銭も入らない。何度辞めたいと思ったか。それでも他に仕事が見つからなかった。

 そんな中で初めて仕事を評価された。だから三世についていきたい。プライドを持たせてくれた恩を返したい。

 ブルースの発言に最初は三世も心を痛めた。ただ、さすがに同じ話題を十回以上も聞いたら飽きる。フィツにいたっては泣きながら頷いているだけだった。十回聞いているのに反応が変わらない。どうやら一回聞いてもすぐ忘れて繰り返し聞いてるとわかってないらしい。ちょっとだけ羨ましかった。

「ブルースさん。ちょっと、すいませんが名前貸してくれませんか?」

 酔っているのをいいことにさっさと本題に入った。

 三世の言葉にぴくっとするブルース。そして大げさにげらげら笑った。

「あん。こんな俺で良かったら名前と言わず腕でも足でも学の無い頭でも好きに持っていってくれ!」

 三世は頷いて手元のメモに記入した。罪悪感はあった。お酒が入って気が良くなった辺りに頼もうと思っていたからだ。前後不覚状態での口約束は卑怯だとも思っている。

 ただ、他に思いつかなかった。


 後日。記憶が無いブルースが発見したのは自分の名前のついたお酒だった。

 甘くて飲みやすい黄金酒・スィート。

 炭酸入りで食事中に向いている黄金酒・ポップ

 そして見た目の割に甘くなく、深みのある味の黄金酒・ブルース

 新しい商品完成のチラシを見て、なんとも言えない気持ちを胸にブルースは三世の元に走っていった。

 飛んできたブルースに三世は謝りつつ、黄金酒の余りを数瓶渡しつつ笑って誤魔化すことにした。



ありがとうございました。

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