おっさんは割と内政系ゲームがおすき
仕事も一区切りついてようやく自分の今後を見つめなおす機会が出来た。
そう思っていたがそんなことは無かった。
メープルシロップにラベルを貼りながら町中のお手伝いで走り回る日々。
流石に異常だ。原因はすぐにわかった。明らかに町にいる人が多い。
急に観光客が増えたからだ。何故なのかはさっぱりわからないが。カエデの村は観光用の場所でも何でも無い。受け入れ準備はほとんど出来てなく、各自が忙しなく動き対処する。また同時に観光客問題でトラブルも増えていた。
マリウスの店で接客を担当する三世。これはマリウスの接客が致命的という理由もある。緊張しやすく、緊張すると途端に言葉が少なくなる。つまり、マトモな受け答えが出来なくなるのだ。ただ一つ良いのは、緊張している時は気難しい職人に見えるということだ。
本来の経営関係は全て娘のルカが受け持っているが、村の手伝いも兼ねている彼女は今あちらこちらに大忙しで手が回らない。必然的に三世が店の接客から経理までを受け持った。
観光客の中でも冒険者兼用の者が多く店に来た。マントや手袋、ブーツなど消耗した物を買っていき、また同時に今の装備の調整や修復を頼んでくる。
これが三世には非常に良い経験になった。本格的な調整や修復というのは時間がかかる。マリウスですら一人に一時間はかかるほどだ。
本人の体に合わせるのは当たり前。癖などの僅かな違いや磨耗しやすい部分を補強。それらを行いつつ購入時の性能に近づける。
なかなかに難しい作業だが、製作関係が頭打ちになってきている三世には良い刺激になった。
三世には関わりが少ないがフィツの店も多忙で大変なことになっていた。
客の気持ちもわかる。あの値段であの味はそうそう無いだろう。観光客がなだれのように押し寄せた。この狭い村によくこれだけの人がいたなと関心するほどだ。
特に昼間は酷い。本来ここで食事を取る村の人と観光客が我先にと押し寄せてくる。そのせいもあってか暴力沙汰のトラブルも増えた。柄の悪いのも多く、セクハラ等女性に対するトラブルもあった。
大多数のトラブルはフィツが睨みつけたら終わる。顔に傷がある恐ろしい男を見たら大体の人が危険を感じて静かになるのは当然だ。だがそれでも止まらない場合があった。
その場合はルゥが外に強制的に退出させる。獣人の身体能力を知らない人は最初に恐れおののくだろう。
百キロあろう大男を指先だけで投げる。それでも文句が出るようなら。ルゥは目の前で岩を握り潰すパフォーマンスを行う。そうしたら何故かどんな乱暴な人も黙り込んだ。
料理を手伝い、接客をして、用心棒も兼ねる。今フィツの店はルゥがいないと何も出来ない状況にまで追い込まれていた。
見た目も含めて絡まれやすい為シャルトはしばらくフィツの店に立ち寄れなくなった。だからといって暇というわけでは無い。観光客に対する入村受付から果物売りの手伝いまで便利なお手伝いとして幅広く使われていた。
三世達が旅行に行っている間に一軒だけ店が増えた。酒場である。これに一番喜んだのはフィツだった。これで自分が無理に酒場を兼ねなくて良いと。
なので夜の時間帯には必然的に客は酒場に集中する。安酒と安い飯で騒ぐ由緒正しき酒場だった。
ただ、この状況で酒場がどれほど大変なことになっているかはわかりきっている。
大変な人員不足の為、三世達三人だけでなく、フィツまで皿洗いとして協力する体制になっている。
朝から深夜までびっちり仕事。確かに金は凄い勢いで貯まっていく。ただ、忙しく何か考える暇は無かった。
忙しい時にこそ、仕事は嵩んでいく。断りきれない仕事が更に増えた。
三世が送った資料。まだ僅か四日しかたっていないのに既に本に纏められていた。名前は『基礎獣医学』
その本の最終チェックと何か付け足すことは無いか頼まれた。自分が原因だし、これが量産されたら即獣医が増える。断るという選択は無かった。
ただ、報酬だけは断りたかったが。繰りかえしケチだケチだといわれる王だが、王は偶に発症するドケチが出ない限りは報酬は必ず適正で払う。
今回も資料代に金貨八十枚。最終チェックに金貨百二十枚の報酬を既に先払いしていた。小切手のような紙に金貨二百枚と書かれていた。これを冒険者ギルドか城に持っていけば金貨袋に交換してもらえるらしい。額が大きすぎて恐ろしい。断りたかったが、断ることは出来なかった。
細かい仕事も含めたら一人二十近い仕事の割り振り。それが村人全員にのしかかっている。普段遊んでいる子供すら、修羅場を経験していた。
三世も獣人二人も夜は死んだように寝ていた。そんな忙しい日々が更に続く。
流石にこれ以上に忙しくなることは無いだろう。そう思っていた。そう思っていたのだった。
こんこんこん。小さい申し訳なさそうなノックの音。時刻は夕時、三世は教科書の注釈を足している時だった。
「はーい。どうぞー」
三世の迎え入れる声に反応して扉の開けたのはルゥだった。奥に村長もいる。
「何事でしょうか?」
三世は教科書を置いてすぐに玄関に走った。ついにルゥがセクハラしてくる冒険者を殺してしまったのか。そんな嫌なことを考えていた。
「るー。村長困ってるの。助けてあげて」
しょんぼりしたルゥと申し訳なさそうな顔をする村長。特に村長は目に見えるほど疲労していた。元々細いご老人だが、唯でさえ細いのに今はガリガリ。ガイコツのような見た目になっていた。
「詳しい話は中で聞きましょう。どうぞ」
仕事でいないシャルトの代わりにお茶を用意して、村長に詳しい話を伺った。
「実はの、今村の拡張工事の最中なんじゃ」
お茶に手をつけず、申し訳なさそうに話し出す村長。
「だが実際に増えたのは酒場が一軒のみ。予定だと今頃五軒くらいは店関係は増えているはずなんじゃが」
ただでさえ忙しい時期に何故かわからない観光シーズンの到来。更に間が悪く、丁度村長としての雑務が重なって手がつかなかったらしい。
「正直忙しすぎて考える余裕が無いんじゃ。そこで、すまないが君にこの業務を任せられないだろうか。まだ村に入って間もないが、君ほど交流が広いなら村人の求めている物とかわかるんじゃないだろうか」
村長が頼みたいことはつまり工事の総合責任者だ。何をどこに建てるか。どの順番に建てるか。そして予算内でどうするか。そういうことを頼みたいらしい。
「もちろん何かあったら責任は全てワシが取る。ただ、このまま工事が停滞すると頼んだ業者にも悪いし最悪拡張工事の計画が白紙になりかねん」
三世は忙しい。自分の時間など既にほとんど無い。だが、この仕事を断る気分にはなれなかった。村長に対する恩。良心。村への恩返し。
色々と理由はある。あるが、一番の理由は単純だ。凄く面白そう。その一点に尽きる。
つまりリアル町作りゲームだ。しかも内政ありの。三世はそれほどゲームが好きというわけでは無い。むしろ苦手な方だ。それでも、この状況に胸がときめいた。そこに浪漫を感じてしまった。
「わかりました。お受けしましょう。こちらも忙しいのでそこまで早くは出来ませんが、全力を尽くします」
三世のはっきりした態度に村長は三世の両手を握って感謝した。
ありがとうありがとう。ちいさい声で繰り返し呟く村長。楽しさの為に受けたという事実が、少しだけ罪悪感に響いた。
「では作戦会議をしましょう」
シャルトの言葉に三世とルゥが頷く。テーブルを囲んで三人は座っていた。テーブルの上には今日頼まれた資料が山のように置いてある。
「ごめんね。どうしてもほっとけなくて」
ルゥの言葉に三世もシャルトも首を振った。
「大丈夫ですよ。ルゥ姉が気づいてなくてもご主人様は間違い無くこの仕事請けたので」
さすがによくわかっていらっしゃる。三世は頬を掻いてごまかすことにした。
「それで、何から始めますか?」
三世の言葉にシャルトが一枚の資料を提示した。
「予算は僅か金貨三百枚。通常の工事ならもう一桁増えても良い金額です。ただし、この拡張計画は国の推進したもの。国の基準に則った建物なら無償で建築可能です」
つまりこの予算はむしろ諸経費や内装代の方にあたるらしい。
「村人が求めているのは新しい食事亭や雑貨屋。それと武具屋が本格的な武具屋を新しく建てるのを求めています」
「ん?どういうことですか?」
シャルトの言葉に三世が尋ねる。武具屋が武具屋を求めるのは一体どういうことか。
「やり手がいなかったから武具製造販売していたそうで、それほど得意じゃないそうです。村人が増えてきたし転職したいと」
「ふむ。元武具屋は何か志望は?」
「はい。元々農家だったそうでそちらになりたいと。武具じゃなく農具を自分で作れる農家さんだったらしいです」
シャルトの口から農家さんという言葉を聞いてちょっとほっこりした三世。聞いたことを手元のメモに残していく。農家さんという言葉に二重丸をつけながら。
「それで次ですが、滞在中の観光客の要望です。まずもっとも多い要望の宿泊施設。次に武具屋、冒険者ギルド支部。騎士団駐在所。教会。等実現が怪しい物ばかりでした」
宿泊施設はまだ何とかなる。武具とそれに類する鍛冶屋は優先で考えて良い。だがそれ以外が問題だ。冒険者や騎士団は人の問題や国との絡みがある。教会については三世は全く知識が無い。
「うん。じゃあその辺りを後日調べてみよう。騎士団の駐在は確かに少し考えたい」
村の拡張によって犯罪等の問題は必ず増える。その際に村の自警団だけでは対処出来ない。そもそも今は自警団すらいないが。
「他に村人の意見は何か無かったですか?」
三世の質問にシャルトもルゥも考え込む。
「あ。はいはい。フィツさんが店の名前を考えてくれって言ってた」
ルゥの言葉を三世は一応メモしておく。村人からの募集とかを企画する方向で考えた。
「あー。私以外の吟遊詩人がいたらいいかもしれません。私はフィツ様の方に行くので酔っ払いの相手も出来て冒険者に怯えないような吟遊詩人がいたら酒場も助かると」
シャルトの言葉を三世はメモする。人手の問題は少し難しい。きてくれる人がいるかどうか。
「それと私がアーケルさんに聞いたのは。メープルシロップの産業拡大をしたいと言う意見でした」
既に事業拡大は決定していた。山三つほど買い取りそこもカエデの木を植える。その上で総合管理者のアーケルはメープルシロップをもっと多角化して売りたいと考えた。
つまり、シロップ以外にも売り方を考えて欲しいという要望だ。
「るー。すること沢山あるねー。でもちょっと楽しくなってきた」
ルゥの言葉に三世は頷く。同じ気持ちが共感できてちょっと嬉しかった。
「そうですね。それでご主人様。最初は何の建築を頼みます?どの意見を優先すべきだと」
最初に建築する建物は決まっていた。資料を見た時にどうしても不思議に思っていたことだ。
「最初は建設関係者の資材置き場と仮宿舎を建てましょう」
何故大事業なのに事業関係者が村にいないかと言うことだ。
確かに魔法やらのお蔭でこの世界の建築は早く優れている。だからといって村にいないのでは移動時間がもったいない。かなりの数の建物が予約されているのだから、三世はまずその人達が工事を行いやすい環境設備をすることにした。
「なるほど。建築とか知りませんが言われてみたら住んでいないのと住んでいるのでは全然違いますね」
シャルトがメモに書き足していく。最初の建築は建築準備とその環境を整えることと。
そして三人はその後を話し合った。最初はただの工事事業という考えだったが、途中からどう村を発展させるかに変わっていった。
ある意味仕方が無いことでもあった。単純に楽しいことは、どうしても止め難い。
気づいたら、ぼくのかんがえたすごい町みたいな案件になった為没になった。
ただ、下らない妄想も無駄では無かった。シャルトが一つ、とんでもない案を思いついた。
「ご主人様。牧場持ちませんか?」
とんでもない案だが、話を聞くと実行するメリットは多大にあった。
しむなんとかよりもとろぴなんとかとかのほうが好きです。
ありがとうございました。