勲章授与式?
朦朧とする意識が少しずつ覚醒していく。非常に深い眠りだったような。何があったか未だに空ろだった。少しずつ何があったか思いしていく。
今日はガニアル王国最後の日。起きたら片付けて家に帰ろうと三人で寝ていた。そこまでは思い出した。傍の温もりは起きた時にはすでに居なかった。
朝起きて、三世は何か大切なことを忘れているような気がした。何かを思い出せない。ただ、とても大切で、しないといけないことがあったような……。
おきた時に周囲をきょろきょろと探すとシャルトとルゥがいた。二人は真剣な眼差しでこちらを見ている。その目は真剣というよりは怯えているようにも見えた。
「ご主人様おはようございます。覚えていますか?」
シャルトの言葉に三世が首を傾げる。その様子にシャルトがやっぱりと呟いた。三世は違和感を覚える。呼び方だ。様付けはしないと以前約束していた。だがそれを否定する気にはなれなかった。自分が許可をしたような。そんな薄い記憶のような知識のような何かが残っているからだ。
「それでシャルちゃん。これから何があるの?」
怯えたような不安な顔でシャルトを見つめるルゥ。シャルトはルゥに三世の危機が迫っているとしか言っていなかった。
「まあまあ。今から説明しますから。紙芝居で」
「紙芝居で!?」
シャルトの言葉に三世が驚く。確かに木枠に大きな画用紙のような紙が数枚準備されていた。いつ作ったのだろうか。ただ、絵はあまりうまくなかった。
そしてシャルトは絶妙な味のある不思議な絵と、それとはミスマッチな流れるような上手な説明で何があったか説明する。
三世が力を求めて力に溺れること。
それを止める為に犠牲が出たこと。
そして、それはありえない未来では無いということを。
三世はそれを信じていた。自分のうっすらとした記憶と一致している。必死に思い出したら一つだけ思い出したことがある。ルゥとシャルトを信じて強くなってほしい。昨日の自分からの唯一の願いだった。
ルゥは首を傾げていた。良くわかってないような顔をしている。
「難しかったですか?説明うまくいかなかったですかね」
シャルトも首を傾げていた。
「ううん。わかったよ。それに信じる。でも、それっていつもの何か変わる?」
おろおろとしながら自分の考えを説明するルゥ。今までもそうだったしこれからもそうだ。何が変わるのかわからなかった。
ルゥにとってすべきことは、信じる主と一緒に強くなる。誰かが間違えたら止める。そして日常を全力で楽しむ。今までと何ら変わりは無かった。
「いいえ。違いませんよ。いつもと同じように、私を助けて下さい」
三世の手がルゥの頭に触れるとルゥは嬉しそうに頷いた。気づいたらルゥもシャルトも気持ちが落ち着いていた。変に緊張した上にどんどん悪い方に考えてたようだ。三世もシャルトも、ルゥのこういう所が大好きで、そして敵わないと思う部分だった。
それでも変わったことはある。やるべきことが増えたことだ。
スキルの成長、魔法を使うべきかの相談。装備の更新。他にも大陸や国の情報。魔族魔王の情報。沢山あるが、今はそれを一つたりとも実行出来そうにない。
三世達にはまだまだ暇が訪れないらしい。
こんこんこんこん。四回のノックが聞こえる。三世はいつもと違うノックに何か不思議な感覚を覚えた。宿泊施設の職員はいつも三回までだ。そんなにノックが多かったことは無い。そしていつもならすぐにドアを開けて入ってくる。だが、誰も入ってくる気配が無かった。
「はい。少しお待ち下さい」
軽い緊張を覚えながらも三世がドアを開ける。ドアの正面には懐かしい顔がいた。コルネだった。
ラーライルでお世話になった騎士団の人で、そして友人。ただしいつものような軽い態度では無い。まず笑顔では無くきりっとした顔になっている。いつも笑っているコルネの変化に三世も戸惑う。いつも以上に格好が正装に見える。いつもの部分金属の軽鎧だが、今のコルネはそれに勲章をつけて剣も実用のではなく宝石などがついた儀礼剣を腰に携えていた。
「ラーライル王国王立騎士団第2中隊隊長コルネです。冒険者ヤツヒサ様ならびにその従者をお迎えにあがりました」
その言葉に合わせて後ろにいる数人の騎士団も背筋を伸ばしこちらの様子を見守る。
「は?」
いつもと違う態度に驚きルゥがぽかーんと口をあけて声を出す。普段の優しい声では無く、綺麗ではあるが威圧的にも聞こえる事務的な声で対応するコルネ。あの騎士団内でも調子の変わらないコルネの反応の違いにどのくらい大事になったかを知った。
何となく何があるか分かった気がした。以前と同じ気配がしたからだ。ガニアの王に勲章を授与された時の前はこんな雰囲気だったからだ。
「少々お待ち下さい。準備します」
三世は一言お願いをしてドアを閉める。そして部屋を急いで片付けて退出した。慌てていたからか朝食を食べ損ねたことに気づいた。しかし、これ以上待たせるのは精神的につらい。外に待っているのは間違いなく彼女一人では無いだろう。
外に出ると数十人の騎士と豪華な馬車が三世達を待っていた。嫌な予想が当たっていた。とても胃に悪い光景だ。その上心の安らぎのメープルさんもいないようだった。
「どうぞ。護衛の為に相席失礼します」
コルネが無表情で三世の横に座る。必然的にルゥとシャルトが三世の正面にある席に座った。落ち着かない妙に豪華な馬車。一つだけ良かったのは。馬車の中に軽食が準備されていることだった。
三世は基本的に小市民だ。貴族とか権力を避けている。たしかに成り上がりに憧れが無いわけでは無い。ただ、それ以上に儀礼とか行事が嫌いだった。もっと言えば失敗出来ない場面の緊張が死ぬほど嫌だった。ガニアでは目的があった為ある程度我慢出来た。王女救出とルゥのしたいことを手伝うという目的が。
だが全てが終わった今は意思が弱くなったのか、緊張感が悪い意味で三世を襲う。三世の胃がちくちくきりきりと痛んできた。帰りたい。だが三世の心からの願いは、当分叶いそうになかった。
「んでんで、メンツとかあるからしょうがなくって感じでこっちも授与式っぽいことするんだってー」
他の人が聞いてない馬車での中でコルネがいつものようににこにこ顔に軽い口調で説明する。最上位の扱いをしないといけないからああいった態度になったらしい。コルネも本当は嫌だったそうだ。固くなって話すのに慣れてないから緊張したとのこと。こっちの緊張はその比では無かったが。
コルネの話を要約するとこうなった。
盗賊団とかの内情を出来るだけ隠したいガニアの国側は外部の冒険者が逃亡した王女を助け黒幕を追い詰めた。という情報に統制した。盗賊団が助けたという事実はそれほど国としての汚点となるらしい。
ラーライル冒険者ギルドがその事を調べていると自分の所の下位の冒険者だとわかった。しかも同時にラーライル王国にガニアル王国から正式に三世と国王宛に感謝状が届く。
さらに調べるとその冒険者は王妃と友好関係を結び、王女とも良好な関係がある。その上で国の中では英雄として扱われていると。
これはうちでも丁重に扱わないとガニアの国との友好にヒビが入る。というか信賞必罰が出来ない国と見られると冒険者も軍人も騎士団も人が来なくなる。
だから王が直接感謝状を送る場を作ろう。ということになったらしい。
「いやー。何かすると思ったけどまさか救国の英雄とは思いもしなかったわー。今度そのこと教えてね」
楽しそうに話すコルネに笑顔で頷くルゥ。やはりこちらのコルネの方が一緒に居て楽しい。
「んでんで。ここから内密な話だけどね。報酬で揉めてるの」
小さな声でコルネが三世に近づいて話す。その顔は困っているという顔に見えず、むしろいたずらっ子のそれだった。
「何故ですか?もらえなくても気にしませんが。というか会わずに帰りたいです」
疲れた顔の三世。その肩をぽんと叩くコルネ。それは逃げられないという合図だろう。
「揉めてる理由は色々あるよ。ガニアの国に対応で負けるとかたかが下位の冒険者の分際でとかの部外者の声。でも一番の理由は王がドケチだからだね」
にひひと笑うコルネ。その顔は本当に楽しそうだった。
フィロス・アーク・レセント。ラーライル王国国王にして神官長を務める。
ラーライル王国は直接神託を授かる為宗教国家でもある。ただし権力は一点集中型だ。国王が神官長を兼任することになっている。実務は他の宗教関係者が行うが一応国王が宗教としても頂点に位置する。
ラーライル王国は外交に優れた人が多い。フィロスは歴代の国王に比べても遜色無く、十分立派で有能な人物だった。
外交に優れ国と国の関係を大切にする。
また同時に内政にも長けていて民を大切にする為政者の鏡である。コルネからの視点の為、多少は強調されているかもしれないが。
気苦労が多く、人にも優しい善人。王という立場にも関わらず、嫌われることが少ない人物である。
そんな彼の唯一の欠点が、ドケチなことだった。
わずか数日でラーライル王国につき、そのまま入ったことの無い巨大な城に案内され更に中を移動する。既に三世は緊張でか意識が空ろな状態だ。しっかり歩いてはいるらしいが自分のことながら何もわからない状態になっている。気づいたら玉座の間で跪いている状態になっていた。
玉座のある部屋の中央付近で跪く三世達。二度目なので作法は問題無かった。緊張だけは今までの比ではないが。あの場であまり緊張しないのは王妃と知り合いだったことが大きかったのだなと今更に理由に気づいた。
周囲に騎士団員を配置して剣を構えている。ガニアでは剣を掲げていたがラーライルでは胸の前に剣を構えるだけだった。
不思議なのは、この中にコルネがいないことだった。それが追加で三世を緊張させる。逃げ出したい気持ちを今だけは忘れるように努めた。
玉座に誰かが座っていた。普通に考えたら国王陛下だろう。
控えめな表現で恰幅の良い体型。優しそうな表情と穏やかな雰囲気。見る者に安心感を与える雰囲気も一種のカリスマと言っても良いだろう。どことなく狸に似ている格好も日本人の三世的に親近感が持てた。このお方こそが我らの王。フィロス・アーク・レセント国王陛下だ。三世の緊張はその雰囲気で消えることは無かった。
「我が国の冒険者がわが国の同胞を救ったこと。これほど誇り高いことはそう無い。王より民の代表してその行動に感謝を示したい」
少しオーバーにボディランゲージを混ぜながらフィロスは頭を下げる。それに合わせてどよめく周囲の騎士団。王の頭というものは重い。それを下げることで今回のことの重要性を示しているのだろう。
事前に聞いてなければきっと感動しただろう。だが事前知識をコルネより受けている為、三世は違う見方が出来た。
頭を下げるという一銭も消費しない行為でこれからかかる金額を減らしたいのだろう。狸は狸でも腹黒狸なようだ。別に責めるつもりはない。王宮という魑魅魍魎が跋扈する界隈で生き残るのはそれほどでないと無理だろう。
何も言わず頭を下げ続ける三世。緊張でいっぱいいっぱいだった。王が立派だろうと何かもええようと。正直な感想は早く終わって欲しい。という一点に集中する。
「報酬に望みの物を言って欲しい。王の名にかけて聞き、便宜を図りたい」
聞くだけということを強調しているような言い方。三世は無難に冒険者としての階級上げを頼もうとした。馬車の中でコルネとも話したがこれが一番無難だからだ。
だが三世が緊張で出遅れている間にシャルトが口を挟んだ。三世が答えない為その言葉を代弁する。少しでも三世を強くする為に、そして主の最も求めている望みの為に。
「では馬を。騎士団所属のメープルさんを頂きたいです」
シャルトの言葉に驚き、三世は王の反応を見た。一瞬王がにやりと笑ったのを三世はしっかり確認した。三世は理解した。最初から望みをある程度想定していると。そして、それを払う気が無いことも。
「うむ。確かに意見を聞いた。ただ、すまないが馬を引き渡すことは出来そうにない。騎士団は慢性的な馬不足でな。これ以上数が減ると騎士団の実務に差し支える」
王の言葉にシャルトが何も言えなくなった。ルゥが悲しそうな顔をする。
「るー。駄目なの?行きたがっているのに」
ルゥの言葉に王が悲しそうな表情をわざわざ作って首を振った。その動作に少しだけ三世は苛立ちを覚える。
間違いなく立派な人物である。人の為に自分の欲を捨てられる王の中の王と言っても良いだろう。ただ、嘘でルゥを悲しませたまま平然としているのに三世は苛立ちを感じた。
馬不足というのが嘘と三世は知っている。三世は騎士団の馬についてなら下手な団員よりも知っていた。数だけで言えば馬の方がむしろ余ってるくらいだ。それでも三世は黙っている。王にも逆らう気は最初から無いからだ。メープルさんと会えなくなるなら立ち上がるが、そうでもないならここで無理する理由が見つからない。
「ではこうしよう。騎士団の馬でないが優秀な名馬が居る。その馬を進呈しよう。金貨に治しても百枚は下らない名馬だ。きっと気に入るだろう」
黙っていようと思った三世だがこれだけは首を横に振った。その馬に乗ってメープルさんに会いに行く。これほど後ろ暗いことは無い。というかメープルさんでも流石に悲しむ。
「失礼ですが馬ならメープルさん以外は大丈夫です。何か他の」
三世の言葉が言い終わる前に王は口を開いて話に割り込み。待ってましたと言わんばかりに。
「うむ。気難しい馬と仲良くなるとは立派なことだ。まさに英雄の器。確かにその仲を引き裂くのも心が痛い。故にこうしよう。そちらの言う馬がそなたを選んだなら私も苦渋だがその馬を贈るのを認めよう。ただ、無理なら諦めてもらいたい」
王はまくし立てるように早口で言い切る。王の言葉に三世もシャルトもルゥも唖然とした。三人とも王の発言の意図が読めなかった。
王の考えは一部を除いて完璧だった。
何を求めるか知っていた。その馬と仲が良いと事前にコルネから聞いていたからだ。だからこの馬を譲らないように考えていた。色々理由はある。騎士団の価値を下げない為や、最近メープルさんという馬は非常に成長しているからだったり。確かに理由はあった。一番の理由は結局ドケチなことだが。
そしてその為にこの状態に持ってきたかった。騎士団の厩務員の中でも特に人気のある人とその冒険者を並ばせ。馬に選ばせる。そして駄目になったドサクサに紛れて報酬を極限まで削る。もちろん恩賞として最低限は払うつもりではいるが、本当に最低限に抑えたかった。
王フィロスの失敗は一つだった。この場にコルネを配置しなかったこと。その一点に尽きる。冒険者個人と仲が良いから有利にされたら困るという理由でこの中に配備しなかった。
コルネの国に対する忠義は絶対だ。もしここにコルネがいたら。少なくともこの状況にはしなかった。というかもしコルネだったら馬の話題に一切触れず獣人奴隷引換券でも渡していた。
だが王は三世を試した。試してしまったのだ。
「そのメープルさんという馬と厩務員の男をつれてまいれ。馬自身にどちらが良いか選ばせるのが一番だ!」
良い思い付きと言わんばかりに事前に頼んでいた最も人気のある厩務員の男を連れてきた。せめてここでもコルネにしていたらまだ可能性は残っていた。
そして厩務員の男とその反対側に三世を配置する。玉座の前でちょっとした余興が開かれた。こういう軽い余興を玉座の間で行うフットワークの軽さも王の人気の一つだ。
そしてメープルさんが来た。来たというよりは走って突っ込んできた。一直線で三世の方に。
顔が見える前。王宮の扉の大分前からつれてきた人を無視してメープルさん一人で三世に飛びついた。普段ならもう少し大人しいが今は大きな理由があった。単純に寂しかったのだ。
さすがに一月以上会っていない状況はメープルさんにも心に来たようだ。そんなメープルさんの不安を解消するように三世は首の後ろや背中を撫でる。フィロスは首を傾げる。どうも予定と違う流れになっていることに。
フィロスは厩務員の男の顔が曇っていたことに、今ようやく気づいた。
「そこの男よ。何故あの馬はそなたに来なかったかわかるか?」
フィロスは嫌味でも何でも無く、純粋に質問する。約束を反故にするような恥をさらす気は無い。ただ、気になった。騎士団外部の人間にあれほど懐くとは予想もしてなかったからだ。
「はい。まず最初に自分よりもメープルさんは同性だからかコルネ隊長の方を気に入ってます」
厩務員の言葉に王は頷く。そこまでは知っていた。
「そしてそのコルネ隊長より更に懐いているのがあの人ヤツヒサ様です」
「あれ?知り合いだったの?というかナチュラルに様付けするほど良く知ってるの?」
王の口調がはがれてきたようだ。今の話し方だとその辺のおっさんにしか見えない。
「あれ?知りませんでした?知っていて皆に認めさせる為にこのような場にしたと思ってましたが」
厩務員の男は不思議な顔をした。知っている前提で話していたからだ。
フィロスは悩んだ結果。コルネを呼ぶことにした。
その間の三世達は、皆でメープルさんとじゃれあっていた。緊張感もどこかに行ったからか気楽に玉座の間で戯れる。メープルさんも今日ばかりはいつもより構えとわがままを言っていた。
誰も王の話を全く聞いていない。騎士団も剣を掲げるのを辞めて勝手に休憩を始めた。いつものことらしい。
フィロス・アーク・レセント国王陛下は偉大な国王だ。ただし、忠誠は受けていても尊敬はされない。本人もそれに納得している。そんな人物だった。
コルネが敬礼して入った瞬間。メープルさんとじゃれている三世一行を見て、あーあという顔をしていた。
「ちょっと事情教えてくれないかな?いやこれだけ懐いた子を取り上げる気は無いけどさすがにこの懐き方は異常というか凄すぎというか」
王がさっきまで起こったことと言ったことを軽く説明した。コルネはため息をつく。
王の言葉にコルネが一言恐ろしい事実を返した。
「良かったですね一頭で。もし今回の条件を騎士団全ての馬に適用したら六割近い馬がヤツヒサさんの元に行きましたよ」
コルネの言葉に厩務員の男も頷いた。王は知らなかった。コルネの頼みから馬医として三世が騎士団に無償で尽くしていることを。三世もしたいからしているだけだが。
そして戦地で精神が限界に達した馬をカウンセリングしたりと、幅広く活動していたことを。一番は三世がどのくらい動物を愛しているのかを王は知らなかったのだ。
そしてそれを聞いた時。王は涙した。カウンセリングでも精神が戻らない馬を騎士団から抜けさせ、ふれあい牧場を作ってそこに移動させた時の話が特に効いたらしい。王は動物の感動物に弱かったのだ。
「というわけでメープルさんは諦めた方が良いです。ついでに言えば最近メープルさん不安定で時間の問題だったと思うのでこれは悪い結果では無いと思います」
三世達に見つからないように小さい声でフィロスに話すコルネ。涙ながらフィロスは頷いた。
メープルさんはこっそり辞表の準備を考えていた。旅行に行けなかったことがとてもつらかったらしい。
流石に空気が緩みきって何も話が進まなくなったからこの場はお開きになった。勲章授与式なのに勲章渡すのを忘れるという前代未聞の式典となり、王のうっかりドケチ話にまた一つ逸話が加わった。
三世達にメープルさんを授けた後、コルネを執務室に呼び二人で相談した。
王は三世にマウントが取れなかったことに悩んだ。三世が悪い人には思えない。だが古来より英雄と呼ばれた者は王の敵になりやすい。そういったこともあって彼女から三世の話を詳しく聞く。コルネは王に、国に絶対の忠誠がある為に全てを話した。友人として多少贔屓目に話したが。
そして、全てを聞いた上でフィロスは理解した。三世がどういう人物かを。フィロスの判断は的確で正確だった。
そして、お互いの望みが叶うよう三世に紐を付ける方法を実行する。
「良かったですね。ご主人様。まだ無理ですけどもう少ししたらメープルさん。様?も一緒に過ごすことが出来ますよ」
馬小屋の建築に日にちがかかるが、それが終わったらずっと一緒に居られるようになった。移動手段として優秀なのはもちろん、三世は何よりメープルさんとも家族となれたことが嬉しかった。
これで四人。家族が増えるのはいつだって嬉しいこと。ずっと一人だった頃を忘れてしまいそうになるほどだ。
馬小屋はまだかまだかと待っているある日。フィロスから三世の所に小包が届いた。
うやむやになって渡しそびれた勲章兼追加の報酬らしい。
三世が中を開けると不思議な勲章が入っていた。銅で出来た勲章。可愛らしい絵柄が書いてあるおもちゃみたいなふざけた勲章だった。しかし、その意味を三世は知らないわけが無かった。
星型の銅の勲章に書かれている絵柄は、薬箱と狼。それと一緒に、見たことの無いほど高級な紙と安っぽい紙が一枚ずつ入っていた。
賞状のような高級な紙にはこうかかれていた。
『ラーライル国王認定獣医』
それに続いてヤツヒサという名前と獣医としての心得のような物が書かれていた。良くわからないが現代で言う資格認定書のようなものらしい。
もう一枚の安っぽい紙にはメモ書きのように色々書き綴っていた。
今まで無かった獣医という職を正式に制定したこと。資格が無いとなれない特別な職にしたこと。それと同時に勲章は『原初の獣医』という一番最初のラーライルの獣医である三世の為に作った勲章ということ。
もちろん三世も獣医として認めること。そして、今圧倒的にノウハウが足りないことを長々と書いていた。だからもし知識を分けてもらえるなら金貨で買うから情報や知識、ノウハウを教えて欲しい。
そういったことが王の直筆証明がついて書かれていた。
三世はこれに驚き、そして心のそこから歓喜した。どれだけの動物が今回で救われることになるか考えることも出来ない。三世は王に多大な尊敬を寄せた。
したいことするべきことが増えているが、三世はまず獣医として協力することにした。
大量の紙を購入し、腱鞘炎になるほどの勢いで自分の知っていることを書き綴っていく。三世は凡庸な人間だった。学校の時から獣医になるまで。なった後でも他の人の数倍覚えるのに時間がかかった。
だからこそ、三世はそれらを決して忘れることは無かった。
時間も忘れて書き綴る。シャルトのチョップという強制的ドクターストップがかかるまで、三世は延々と自分の知識を書き綴っていった。
その書類は即座に王に届けられた。
王は書類の束を見た時、膨大な知識がラーライルに蓄積された喜びよりも、僅か数日でこれだけ書き綴った三世の根気に、若干引いた。