幕間-本当に大切なモノはその日々の積み重ね
これは目覚めと言ってもいいのだろうか。夢の中で目が覚めるのを何と呼べばいいかわからなかった。シャルトが目を覚ました時、そこは懐かしい空間だった。
夢の中、いつだったかわからないが同じような空間にいた記憶が残っている。この光の広がる何も無い空間。
以前と違うのは、ルゥと彼女がいないことだ。今ここにいるのは自分ただ一人。
もう一つ以前と違うことがある。ここの主が自分だと、何故か直感でわかっていた。
ここが何なのかシャルトはわからない。おそらく自分の夢だろうとは思う。明晰夢という奴なのだろうか。
それも何か違うような気がするが。思い通りになるのは確かだ。
椅子を考えたら椅子が出た。テーブルを考えたらテーブルも出た。あまりに思い通りに成り過ぎてむしろ怖い。一種の万能感とも言える状況がシャルトを襲う。
他にもここに人を招待することも出来る気がした。呼べるのは自分と一緒に寝ていて、尚且つ強い絆で繋がっている人。今は二人ほど該当する。
何かあるのかとシャルトは周囲を歩いて散策する。何も無い空間だが、見えない何かがそこにあった。
近くに行くと目がじりじりと熱くなる。負荷がかかっているような軽い不快感。
何かあるのかわからないシャルトは、ためしにその空間を引き裂いてみた。
爪で縦に切り込みを入れる。その瞬間。空間は縦に割れ、白く光る空間から真っ黒な空間に繋がった。夜空というよりも闇に近い空間。そしてその奥に何か映像が見える。
シャルトはその映像は知らないはずなのに知っていた。
それはありえる未来。ありえる世界。可能性とは少し違う。シャルトの知っている言葉にそれを表す言葉は無かった。理解は出来ているが口に出せないもどかしさをシャルトは感じる。
それは異世界でも別世界でも無い。平行世界と呼ばれる場所と繋がっていた。
試しにその先に移動しようとするシャルト。しかし黒い空間に入れない。物理的に繋がっているわけではなく、ただ映像が映るだけらしい。
その映像を見てみようとシャルトは思い、映像に直視する。止まっていた映像が動き出した。そこに映っているのはシャルトの見知った顔達だった。
その一瞬を見た瞬間に状況を理解し、シャルトは顔が青ざめ、顔を逸らしそのまま黒い空間を塞いだ。残ったのは何も無い白い空間だ。
これは駄目だ。あれは自分にとって死よりも恐ろしい映像だ。
シャルトは自分の夢の中にも関わらず息苦しさと激しい動悸に襲われる。見たらいけない。見るのが辛い。
しかし、逆に見ないといけないという考えもあった。何故なら、あの世界の光景が現実になる可能性が残っているからだ。
ありえない未来じゃない。あれはありえる自分達の未来だった。理由はわからないがそう判った。
そうならない為にも見ないといけない。だがその勇気を一人では持てなかった。
見えた映像はシャルトとルゥが三世を殺そうとしている瞬間だった。
殺されるのは構わない。だが、そうなった時の三世の精神状況を考えたら許されることでは無い。
また逆もありえた。殺しあった挙句に自分達が三世を殺す。そうだった場合、それに耐えられえる気がしない。
それだけは絶対に許せないことだ。
どうしても見ることが出来ないシャルト。それでもその先を見る為にここに客人を呼ぶことにした。その人が傍にいたら自分の精神が何とか耐えられえる。
その人がいないと、きっと自分が壊れてしまうから。
三世が目を覚ますと光の世界にいた。またか。三世の最初の感想はそれだった。
一番最初に転生した時の不愉快な神のいた世界にそっくりだったからだ。
だがこの世界の主はあの神でもまだ見ぬこの世界の神でも無い。そこにいたのは自分の良く知った黒猫だった。
「ご主人様……助けて下さい」
目から雫をぽたぽたと流しながら絶望した表情で三世を見るシャルト。
ここが夢でも現実でも、三世はそれを放置できるような人間では無い。
走ってシャルトを抱きしめる。最近は泣くことも無くなっていたのに。幸せになれずに最初の頃は良く泣いていたなと三世は思い出す。
だがこの涙はそれとは全然違う。こんな悲壮感を抱えた表情のまま泣くような状況は放置して置けない。
「大丈夫。絶対助けます。だから事情を教えて下さい」
強く抱きしめながら優しく声をかける三世。シャルトは少しだけ、気持ちが楽になった。
落ち着いて泣き止んだシャルトが事情を説明する。何一つ確証が持てないこの世界だからかうまく話せないが。
ここは自分の世界。だと思う。
そして別の世界のような場所と繋がっている。はず。
そこの映像を見ることが出来る。でもそこの映像はとても怖いモノだった。
でも見ないといけない。怖いことが現実になるかもしれないから。
シャルトの曖昧な表現の言葉を三世は全て信じた。多少だがシャルトを通じてこの世界の事が流れてくる。この不思議な感覚は魔法を使う時に似ていた。色々信じるに足る理由があった。
だが信じた理由の一番は、大切な存在が涙ながらに語ったからだが。
「じゃあ私がその映像を見ましょう。それなら大丈夫ですよ」
三世はシャルトにそう頼んだ。見ないといけないのに見たくないなら代わりに見たらいいだけだ。
だがシャルトはそれを拒否する。
「いいえ。お願いします。一緒に見てください。きっと、私のこの場所にその世界が繋がったことは意味があると思うんです」
そうこれはきっと偶然では無い。意味があるはずだ。ただ、それでも一人で見る勇気には足りなかったが。
「わかりました。一緒に見ましょう。もし怖くなったら目を閉じて下さい」
シャルトは三世にしがみつきながら、先ほどの空間を開いた。
止まった映像。シャルトとルゥに対峙する三世。止まっていた映像がゆっくりと動きだした。
力が欲しかった。大切な人を守ることが出来る力が。大切な人においていかれない力が、背中を押すことの出来る力が。
そして望んだ力を得た。人ではありえないほどの力を。腕力だけで岩を砕き、剣を振れば大地が裂ける。
腕程度なら切り落とされても再生は容易で、火でも風でも雷ですら起こすことが出来る。
だがまだ足りない。力を。どんなことでも何でもしよう。僕に力を寄越せ!
気づいたら三世は、何故力を求めていたかすら忘れていた。
その世界の三世の気持ちが流れて伝わってくる。それにこちらの世界の三世は痛いほど良くわかった。これが未来の自分のありえる姿だと確信できるほどに。
力を求めた結果。目は赤く輝き、肌が黒ずんでいた。既に人には見えないそんな存在にまで変質してしまっていた。
別に力なんて欲しく無かった。ただ一緒にいる時間が欲しかった。悩みは沢山あった。
違う意味であの人が欲しかった。姉も少しずつそういうことに自覚も出てきた。
人じゃなくて獣としてなら、あの人を一人の雄としてみんなで囲う、そういうのも悪くないと思う。あの人を思う獣人は沢山いるから。一人だけ獣じゃないけど一緒にいても良い人もいた。何にしても決めるのは自分達じゃなくてご主人様だけど。
未来に不安はあった。でもずっと一緒なことに疑いは無かった。どんな形でも一緒に居続けられえると信じていた。でもそうじゃなかった。
これはご主人様の悩みに気づけなかった私の罪だ。
その世界のシャルトの気持ちがこちらの世界のシャルトに伝わる。そこまでに何があったかわからない。
唯一つわかるのは、強い後悔と失いたくない焦燥感以外何もわからなくなっていることだった。
瘴気に汚染された場所でシャルトとルゥに対峙する三世。
明らかに今よりも上位の装備をするルゥとシャルト。それに対して三世はただの布の服のみ。ただしその雰囲気は人のそれではなく、魔物の雰囲気に酷似していた。
「ヤツヒサ。もどろ?みんな待ってるよ?こんなとこに長くいたら体壊しちゃうよ」
ルゥが優しい口調で三世に話しかける。だがその表情はつらそうだ。わかりやすく苦しんでいるルゥ。だが今の三世はそれすら気づかない。
「なんで?僕はここが気に入ったんだ。居るだけで強くなれるからね。強くならないといけないんだ。誰だがわからないけど邪魔しないで」
三世が楽しそうにルゥに言う。既に記憶すら曖昧になっていた。
『だがその者達は強いぞ。貴様よりも』
どこからか声だけが響いた。怨霊の様な邪悪な声、同時に機械のように感情を感じないような声でもあった。
その声を聞いた瞬間。三世は邪悪な笑みを浮かべながらシャルトとルゥを見た。その顔は色々な感情が混じりすぎて何を思っているかわからない。
「そっか。僕より強いのか。じゃあ君達を殺したら僕はもっと強くなるんだね」
少年のような口調でシャルトとルゥを見据える三世。楽しそうに獲物を見据える表情。二人はそんな顔を自分に向けて欲しくなかった。
メキメキと三世の体の中から嫌な音が聞こえる。手のひらから黒い枝のような物が皮膚を裂き這いずるように出てきていた。
軋む肉体と体の裂ける音。骨が軋みながら時に小気味良い折れる音も響く。総じて不快な音色が続いた後、三世の手には漆黒の剣が握られていた。
その黒い両刃の剣に黒い液体が滴っている。三世の体の血液だとわかるのは同じ液体が手から流れているからだ。
悲痛な表情で三世を見るシャルト。逆にルゥは決意を込めた表情で見ていた。
「シャルちゃん。やるよ。もう止まらない」
ルゥの言葉にシャルトは首を横に振って叫ぶ。
「まだ何かあるはず。戦わないで出来ることがあるはず!」
「だとしても!もう時間が無いんだよ!」
ルゥはシャルトの言葉に叫び返す。相手は待ってくれず、三世はルゥに襲い掛かった。
手に持った剣でルゥを切り殺そうとする三世。それなりに大きな剣だが、三世はそれを軽々と扱っている。人を逸脱した三世の筋力は既にルゥ以上になっていた。
対してルゥは武器が無かった。防具自体はそれなりに良い。長い冒険から厳選した装備を身につけている。
だが相手の剣にとってこっちの防具は意味を為していなかった。金属の部位と剣がかち合っても金属の激突音はせずに、シャンと綺麗な音と共にこちらの防具が切れていた。
必死に回避に集中するルゥ。相手の技量が高いからか避け切れない。それでもかすり傷だけで抑えているのは獣人の身体能力の高さのお蔭だ。
問題はその剣はただの剣では無いということだ。
切られた傷が蠢く。文字通り傷が動いて傷を広げようとする。
痛みよりも何より気持ちが悪い。傷口に蟲が這うような感触がルゥを襲う。
それを見て、ようやくシャルトも覚悟を決めないといけないとわかった。
ルゥの方を見て、呪文を唱える。
「善因善果。我が愛する者を守る武器を」
本来二人に対する呪文だが、今回は一人にしか適用されない。それがシャルトはとても寂しかった。
シャルトの言葉と同時にルゥの手に剣が握られた。持ち手に赤い装飾がしてある銀の剣。本来なら守る為だけの剣のはずだった。
その剣を持った瞬間に傷口は小さくなった。そして漆黒の剣と正面から切りあっても壊れない。ようやく対等に戦えるようになったのだ。
ルゥは三世の動きがなんとなく予想がつく。長いこと一緒に戦ってきたからだ。
逆に三世もルゥの動きが予想出来た。理由がわからないが相手を知っている。三世にはそれは何故かわからないが苛立ちを覚える。
お互いがお互いを知り合っているからこそ、千日手に近い状態に陥った。
ここまで来たら倒すだけなら問題無い。
ルゥの体力は全然余っている。三世の方も体力は無尽蔵に見えるが。近くの瘴気が三世に吸われているからだろう。
それでも、シャルトがいる。シャルトが三世にトドメを刺せば良い。だが、それは出来ない。出来るわけがなかった。
ルゥの方も別に三世を殺す覚悟が出来ているわけでは無い。ただ、最初から最後まで時間稼ぎしか考えていないだけだ。
絶対シャルトが何か考えてくれる。自分の可愛い妹が何とかしてくれる。それで無理なら自分がいくら考えても絶対に無理だ。だから自分は時間を稼ごう。
シャルトの方にその手段は無かった。手札が単純に足りない。
三世に力を与えているのは魔王の一人だ。これが不当な契約だったり強制的なら契約を消す方法もある。だが、魔王の契約に嘘は一つも無かった。
力に飲まれた三世が弱かっただけだ。だからこそ、手段が無い。魔王を殺しても、契約が正等である以上意味が無い。最悪悪化して三世が魔王を継ぐ可能性もある。
契約自体を何とか剥ぎ取る必要があった。
だからシャルトはその手札を増やすことにした。
自分の魔法は瞳が接続されている場所だ。だから強制力の高い魔法が使えるように瞳の機能を拡張させる。
魔法とは別の世界からの力の流れだ。複数の異世界が何故かこの世界に力を広げ進めている。
それはこの異世界への侵略なのか助力なのかわからない。そもそもこの事実を知っている人が自体少ない。
だが今それは関係無い。必要なのは強制力の高い命令。または一方的に契約を破棄出来る能力だ。そうで無いとしても、せめて三世を救うだけの力をシャルトは求めた。
無理やり接続を広げる。既に目には強い光しか映らなくなっている。異世界に繋がってはいけない部分まで繋がっていく。シャルトの黄金の瞳がより金色に近づいてい光り輝いていく。先に血管が耐えられなかったのか血の涙を流しながら。
負荷が酷い。目が熱くなっていく。ぴしと目からしないはずの嫌な音も聞こえる。
だからどうした。
強い痛みが走る。目が限界だった。失明する予感すらしていた。
だからどうした。
シャルトはただただ自分の器以上に力を集めた。より深い部分で異世界と繋がろうとする。限界を超えて更にその先に。
そして右目が爆ぜた。
シャルトは大きな思い違いに気づいた。さっきまでしていたことは惑星を目の中に入れようとする行為に近い。それに自分の瞳は魔法の媒体ではないと。
異世界に深く繋がったからこそ、色々と知ってしまった。自分の瞳が特別な物だと。
「ルゥ姉。なんとかなる可能性見つけました。ただ可能性はあまり高く無いです」
右目のあった場所を押さえながらシャルトは言う。だくだくと大量の血液が右目のあった場所から流れていく。左目が失明しなかったのは奇跡だったなとシャルトは思った。
「うん。じゃあそれやってみよう。駄目だったら三人で一緒に死のっか」
ルゥの言葉にシャルトは頷く。その言葉は優しさだった。生きていく勇気も自信も無い自分をシャルトはあざ笑う。
「じゃあルゥ姉。ご主人が死なないように動きをとめてもらえます?」
シャルトの言葉にルゥがおっけーと軽く返事をする。そんな簡単な方法ではない。でも簡単な方法はあった。
ルゥは回避をやめて攻撃に集中した。
さくっ
軽い音と共にルゥの左手が落ちた。二の腕より先が無くなっていた。傷口がぐちゃぐちゃ蠢く。だがそんなことを無視して右手に持った剣で三世の両膝を切断した。
最低限の防御しかしなかったからこそ出来た無理やりな突破口。
ごとと音を立て三世が崩れ落ちる。そしてそのままルゥは三世の残った足、ふくらはぎのあたりに剣を刺して固定した。
痛みか怒りからか三世が獣のような怒声を上げる。何をいっているかわからない。聞きたくない叫び声だけが響く。それを見てシャルトが近寄る。
「失敗してもせめてご主人だけでも治ったらいいなぁ。神様最初で最後のお願いです。ご主人を助けて下さい」
右手を天に掲げる。形は剣が良い。想像するのが簡単だからだ。複雑な造形を想像するのがシャルトは苦手だった。
「過去、現在、未来、三つの世界は巡り還る。因果、干渉。Seirernes!」
呪文を唱えると剣が生まれる。今までは出来なかった新しい力。それをシャルトはしっかりと握り締める。最初で最後のチャンスだからだ。
シャルトは剣が使えない。動けない相手でも失敗する可能性はある。これは魔法だが剣としての機能も残っているからだ。だから、失敗したらこの剣で三世を殺すことになる。
そして狙う場所のせいで二度目は無い。一度で成功しないと確実な死が待っている。だからこそ、失敗は許されないと覚悟を込める。
Seirenes。頭に出てきた名前だが、シャルトはそれを皮肉に思った。自分が本当にしたいことはこんなことじゃない。その本当の願いが剣の名前になっている自分を嘲笑わずにはいられなかった。
「私はこの因果を認めない。捻じれて、消えろ!」
慟哭のような声をあげながら、シャルトは三世の心臓を突き刺した。
人ならば即死。今の三世の体が異常なことを願う以外に可能性は無い。契約をしている部位が心臓だから他に方法が無かった。
刺した剣は光り輝き、三世の中に侵食する。剣の効果はシンプルだ。因果に干渉出来る。
今回なら契約という因果に干渉し、契約を終わりに導く。契約を破棄出来ない。だからここが終わりだと契約の内容を強制的に変えた。
光が消えたと同時に三世の肌は元々の色に戻り、黒い血液は赤くなった。足以外元通りに戻った。それと同時に、三世は意識を失った。
黒い世界が途切れ途切れになり別の映像を映した。
戦闘の場面からかなり跳んだようだ。一年か二年かわからない。少なくとも何年かは経ったらしい。
三世の足は魔法の治癒で治った。ただし魔王の契約の代償はどうしようもなかった。無理やり契約を終えた副作用かもしれない。
足はほとんど動かず杖が無いと歩けない。立つことすら出来なくなった。手にも痺れは残り箸も持てない。何も出来なくなった。
ルゥの左手は戻った。ただしルゥは味覚を失った。精神的なせいか何かの代償か。味を全く感じなくなったのだ。
シャルトももっと被害が大きい。右目が完全に消滅した。何をしても治す事はできなかった。左目も視力がかろうじて残っている程度だ。
また無茶をしたせいか左腕が完全に動かなくなった。腕だけでよかったとシャルトは思ったが。更に魔法も全く使えなくなった。正しい理を理解したのにと残念がった。
その生活にあるのは平穏だった。もう何もしなくても生きていける。
ただ三人一緒にいる。それだけでもう何もいらなかった。三世に付いていきたいと言ってくれる人は沢山いた。だが、三世はその全員を拒絶した。
傷がある三人だけで良い。お互い傷を舐めあって生きていこう。それはそれで悪い生活じゃないだろう。
その生活はただの諦めだった。
全てが終わるとシャルトが黒い空間を閉じた。
こんな未来はありえない。二人はそうとは言えなかった。
「ご主人様。力が欲しいですか?」
シャルトの言葉に三世は頷いた。
「うん。ルゥにも、もちろんシャルトにももっと自由に羽ばたいて生きて欲しい。だから邪魔をしない力が欲しい。少なくとも目的はそうだね」
正直な気持ちを吐き出す三世。少し気持ちが楽になった。ここでお互い、きっちりと考えを話すべきだと考えるからだ。
向こうの気持ちが流れていたからこそ、その未来がありえるとわかるからだ。
「口で何を言っても無駄でしょうね。ご主人様は頑固ですから」
シャルトが必死に微笑もうと頑張りながら言う。だが笑えてなかった。口が痙攣しているように動いていた。
「うん。だからこの後ルゥにもお願いするよ。恥も何も捨てる。私が強くなるのを手伝って欲しい」
三世はそう結論付けた。ここで戦う力を全て捨てるのも考えた。
だがその場合燻った自分の感情から同じことをするような気がした。そしてもう一つ。自分の意思と関係無く巻き込まれる可能性もあると思えた。それは嫌な直感だった。
だから結局、目的は一つに絞られえる。あんな力に頼らないで、もっと強くなる。
「そうですね。じゃあ。一つだけ条件を付けましょう。それを聞いてくれるなら手伝います」
シャルトの言葉に三世は頷く。シャルトはゆっくりと自分の条件を話し出した。
「これからはご主人様って呼びます。答えは聞いていません。様付けしても問題無いように、立派で強い主様になってください」
シャルトもまた変わろうと考えていた。自分の欲しい物をもっと求める強欲な方向に。我慢して、失ってからでは遅い。求めて守る。シャルトがそういった存在になろうと決めた。
三世はそれに了承する。呼び方に拘っている場合では無いと知ったからだ。
二人は話し合う。後でルゥに話す為に話を纏める。それと同時に情報や事実を思い出す。
魔王との契約。そういうことが出来る魔王がいる。または魔王全員出来るのかはわからない。それの効果は三世が嫌というほど実感した。
魔法の真実は異世界からの力が流れていること。それを受け取ってこの世界で行使するのが魔法。その事実を知るだけで、魔法が上達した。これはまだ調べる必要がありそうだった。
そして最後。シャルトの瞳だ。見る限りで相当強力な魔法を行使出来る。もちろん最後のあれは認める気が無いが、早いうちに使える様になった方が良いと考えた。
他にも気になる所はあった。色々記憶や感情が流れて来たというのもある。だが、上記三点以外映像や記憶を信じるのは良くないと結論付けた。
所詮平行世界で現実と同じになるかわからないからだ。
「もう一つしないといけないことがあります」
三世の言葉にシャルトが三世の顔を覗き込んだ。
「日常を大切にしないといけません。あの時の私は悩んで日常を余り重視してなかったようなので。だから大切なモノを忘れちゃったんだと思います」
シャルトは頷いた。力に溺れたとはいえ、いつもの三世ならルゥやシャルトに襲い掛かるのはありえないはずだ。
「日常を大切にしていくからこそ、本当に強い力と意思が持てると思います。まあわかりませんけどね」
三世は軽く言うが、シャルトはその通りだと思っている。何故ならシャルトにとって三世はいつも強いヒーローだからだ。
「つまり今までと大して変わらない生活をするということですね」
シャルトの言葉に三世は確かに今までと変わらないと気づき、笑った。
「そうですね。ちょっと私が強くなるのを優先するだけで、いつもと同じように暮らしたら大丈夫ですね」
「はい。きっと」
シャルトは微笑みながら言葉を返す。ようやく、笑えるように戻った。
「まあこれだけ話してますがご主人様この世界の事忘れる可能性あるんですけどね」
シャルトの言葉に三世は固まった。シャルトは知っていた。以前夢の世界でルゥが忘れていることを。忘れていても何か残っていることも。
「その場合どうします?」
三世がシャルトにすがるように見つめる。そんな三世をシャルトは愛おしく、そして可愛いと思った。
「大丈夫ですよ。忘れてもたぶん体が覚えてるので。それでも駄目なら私が一から話します」
「そうですね。その時はお願いします」
話が終わったと同時にシャルトは三世の膝の上で目いっぱい甘えた。大切なモノが何なのか再確認するように。
ありがとうございました。これで四部終わりです。
これから不定期では無いですが更新頻度が三日に一回くらいに下がります。
これは最低ラインとして考えてますので時間が余ったら更新速度上げていきたいとは思っています。
もしかしたら技量が上がって更新頻度があがるかも。とはあまり思えませんが。
成長したかはわかりません。ただ文章にかかる時間は増えました。
とにかくこれからも変わらぬお付き合いお願いしたいです。
では再度ありがとうございました。