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二回目のパーティーは盛大に-中編


 この世には酒よりも酔える物がある。沢山あるが、今回のそれは女子供には絶対にわからない世界だ。

 むしろそういう世界を知っても理解したいと思わないだろう。無駄で無意味だからだ。

 無駄と言われ無意味と嘲笑われても、それでも彼らはそれを求め続ける。それこそが男の生き様だと言わんばかりに。

 度し難い男達は今日も酔いしれる。何故ならそれが男という生き物だから。


 円形のドーム状に空気の膜が張ってあった。花見の場にも関わらず美しい桜吹雪をわざわざそこに入らないようにしている。花よりも見たい光景がそこにあるからだ。


 そしてその中に数十人が円を囲って中央を見る。休憩に入った料理人や軍人。そして盗賊団。共通点は男だと言う事だけだ。

 そして更にその中央に簡易的なリングが作られている。アンカーを四方に打ち込みそれをロープで結んだだけの簡単なリング。そして中では男という生き物が二人、素手で殴り合っていた。

 歓声と怒声という環境。命のやり取りがない中でも緊張感の無い気の緩むふざけた環境での殴り合い。それでも中の二人は真剣だった。

 ルールはシンプル。お互い合意の条件で殴りあう。本当にそれだけだ。避けても避けなくても構わない。殴り合いであるなら好きに生きろというものだ。

 そこに理由は無い。理由でなんて下らない口実で彼らは戦っていないからだ。理由も義務も何も無い。ただ殴り合いたい。それが彼らの生き様だった。

 中の二人の拳が交差し、そして一方はそのまま立ち続け、もう一方は地面に沈んだ。そこに立っているのはグランだった。


 元軍人のグラン。彼は王女を守る為に軍としての自分を捨てた。王女を守る為に職も名誉も誇りすら捨て盗賊団に入った。

 死を偽装するために自分の信念の象徴である剣までを生贄とした。グランはそんなものよりも守るべきものがあったから苦でも何でも無い。後悔も一片たりともない。

 文字通り全てを捧げた彼は軍にもう一度入隊し、近衛隊に入った。それも王女の側近として彼は選ばれた。それに文句を言う者は一人もいない。

 彼よりも信念を持つ者はそうそういない。そして彼は軍人としても優秀だった。単純に強いのだ。それこそ規格外を除けば軍人の中でも上位に入る。上に行くのを嫌った為脱退前の階級は低かったが。

 そんな戦力過多の彼がこの場で素人相手に立ち回るのは良いことでは無いだろう。

 だがそれに文句を言う無粋な者はこの場にいない。このリングは誰も拒むことが無い。

 そして、今もお互い戦いあった二人共に周囲の観客は歓声を捧げる。戦いあった勇者を褒め称えるように。


 男同士で何も考えずに殴り合いたい。仕事や憎しみ恨み、そんな余計を全て捨てて戦いだけをしたい。そんな欲求を叶えるのがこの夢のリングだ。

 そこには色んな人が参加する。負けて悔しい。だから強くなる。負けて嬉しい。久々にすっきりした。勝っても負けても相手を尊重し、共に酒を飲んで称え合おう。

 女がいないのは差別じゃない。女を殴りたくないというただのわがままだ。ここは男の我欲のみを抽出し煮詰めた愚か者の夢の楽園。

 ただ戦いたいから戦う。飾りっけなしの愚か者の集りだ。わざわざ宴会で開く場ではない。だが、男が集ってしまったのだから仕方が無かった。


「良い拳でした。体が熱くなりましたよ」

 グランが殴り倒した男に手を差し伸べる。男はその手を戸惑うことなく取った。

「あんたの拳は重すぎるぜ。それが信念の重さってやつなんだな」

 敗者がグランを褒め称える。グランは敗者でも褒め称える。共に認め合った証拠だ。そして両者が共に右手を上げる。そしてその瞬間に歓声はより大きい物に変わった。

 勝ち負けを見たいのではない。戦いあう男と、そしてその後の男の格好良さを見たいのだ。だからこそ、これには文句無しの歓声があがる。

「次は誰だ?誰が戦う?誰に挑む!戦いに何を望む!」

 クローバーが大きな声で観客を煽る。彼が戦いを始めた。だが気づいたら自分が戦わず場を仕切ることになっていた。これはこれで楽しいから文句が無い。挑戦者がいたらいつでも受けるつもりでもあった。

 そしてその中の二人がリングの中に入った。両者共にグローブを装着している。彼らの両手は財産で、彼らの両手は商売道具だからだ。それでも、この中で戦いたい。

 そういった場合お互い合意の上ならグローブ着用も認められていた。中に石や鉄をいれるような不届き者が出た場合。クローバーとの零距離タイマンの刑に処されるが。

 もちろん観客もグローブに文句を言わない。男の立会いに外野の言葉は余計であり、無粋だからだ。


「グローブありの拳のみの勝負。他に何か条件は付けるかい?」

 クローバーの言葉に二人の男はグローブをグランのいる方向に突き出した。

「この戦いの勝者にグランとの対戦の権利を望む」

 挑戦的な言葉に盛り上がる観客。グランは文句無しに強い。その勝利者を格下の男が引き摺り下ろす為に戦いを挑む。これを浪漫と呼ばずに何と呼ぶ。観客の歓声が響き渡る。

 クローバーもグランの方を見る。グランは真面目な男だ。元軍人なのもあって一言で言うなら堅物だ。目立つのを好まない。そんな彼ですら、この場に酔っている。この場所は男を酔わせる魔性の場だ。グランも右腕を彼らに向けて構える。

「挑戦ありがたく。君達の信念を私に見せてください!」

 その言葉と同時にクローバーが試合開始を合図する。二人の男は信念を持った獣と化した。


 お互いの拳が乱れ飛ぶ。ラッシュの応酬を繰り広げるが勝者共にヒットが無い。拳闘では無い。ただの殴り合いだ。技術は二の次。考えるより殴る。

 だからこそ、彼らの攻撃はお互いに当たらない。何故なら彼らは無二の親友で、お互いのことをお互い以上に熟知した存在だからだ。

 相手ならこうする。それがお互いに分かり合っているため決定打どころかかすることすらない。お互い全力なのに全く当たらない攻防が続く。

 見ていてつまらない試合かもしれない。

 だがこの観客はそれを喜ぶ。親友が殴りあうという浪漫を理解しているからだ。彼らは両者の当たらない攻防に手に汗をかいて見守り続ける。ここにいるのは浪漫を愛する愚か者だけだった。

 それでも、避け続けるというのは不可能だ。お互いそれなりに体力に自信はあるが、殴る避けるという動作は非常に体力を使う。特にこの場にいると体力の消費は激しい。リング上の実戦は練習の十倍は体力が消耗される。お互いの動きが鈍りあった後、どちらからかわからないが、攻撃が当たりだす。お互いが回避をやめて殴り合いのみに瞬間的にシフトした。

 ここからが本当の勝負だ。体力をいかに残しつつダメージを相手に与えるか。だが残念だがお互いが信頼しきっている。

『こいつならこうする』

 それが分かり合ってしまっているため決定打が出せない。お互いに対等。だがグダグダな勝負ともいえる。お互いが削りあう泥試合。

 だが愚か者共はそれすらも肴にして楽しんでいた。お互いの絆で結び合った者同士の殴り合いほど素晴らしい物は無いと信じきっているからだ。むしろ永遠にこの瞬間が続いても文句は無いだろう。

 だが物には終わりが存在する。お互いが拮抗していて、お互いが知り尽くしていてもそれでも、それだからこそ明暗をわける瞬間が出来る。

 拳を出した瞬間に片側の男の目に汗が入った。一瞬の隙。すぐに切り替えた為本当に一瞬に過ぎない刹那の差が明暗をわけた。

 出した拳に合わせてのカウンター。直撃し、男は地面をベッドにするように倒れこんだ。必死に立ち上がろうとするが目が回り立てそうに無かった。

「あー畜生。俺の負けだ」

 負けた言い訳をするつもりは無かった。みっともない真似こそ真の敗北だからだ。内心は兎も角、まっすぐに格好つけて生きる。それだけは譲れない一線だった。

「今日は俺の勝ちだな相棒。応援してくれ」

 起き上がれない相方に言葉を発する相方。立っている彼も余裕は全く無い。むしろこのまま地面とお友達になりたいのを必死に堪えていた。

 なぜならそれは許されない行為だからだ。グランと戦う権利は二人分の信念だ。権利を奪った自分にはそれを遂行する義務がある。何より、心がグランと戦えと言っているからだ。


 ダウンしている相方が自分の相棒の方に必死に腕を立てて拳を向ける。天に向けるように拳を掲げるのは相棒に捧げる最後の応援だ。

 それに拳を合わせる相棒。拳と拳がドスンとぶつかり合う。これで相棒の気持ちも背負うことが出来た。その男はグランに拳を向けた。

 グランもそれを見て頷き、ゆっくりとリングに向かった。格下が連戦、不利?そんなことを言う輩はいない。そんなことはどうでもよかった。

 勝っても信念を貫く男同士の戦いが見れる。グランがまけるようならそれこそ奇跡を起こした瞬間だ。きっと楽しい。観客は歓声を二人に、いや三人に向ける。彼らの戦いに栄光を望む。

 結局勝負はグランの圧勝に終わった。だが、料理人ギルドの二人は満足そうだった。

 頂が遠いのが足を止める理由にはならないのだ。


 誰でも、どんな者でも男ならここは歓迎する。もちろん自己責任の世界としてだが。

 そして新しい挑戦者が現れた。彼を挑戦者と呼ぶのは間違いなく違うが。


「誰でも参加が許されると聞いた。構わないか?」

 豪華な衣装をわざわざ置いて、薄着で現れたのはベルグ・ラーフェン国王陛下。

 まさかの参加に観客も黙り込んだ。身分が高すぎて理解出来ない状況になっている。

「いや何でも無い。すまない邪魔をした。励むが良い」

 ベルグは自分が壊した空気を恥じ、そのまま退出しようとした。身分が邪魔になるということは良くしっていたはずだった。

 だが、そんなことはお構いなしにベルグの肩を掴み、足を止めさせた不敬な者がここにいた。

「おい待てよ。ここでは全てが平等だ。そんな下らないこと言ってないでこっちに来いよ。ここなら、あんたを殴っても問題無いだろ?」

 クローバーは犬歯がむき出しになるほど顔を歪ませて笑う。これほど楽しいことはないという顔だ。

 相手は実力でも権力でも頂点だ。だがそれがクローバーを更に燃えさせる。

「良いのか?」

 一言呟くベルグ。彼の瞳はほんのわずかな期待が篭っていた。まるで遊ぶ前の子犬のような純粋な目をしていた。一方クローバーは凶悪な顔に執念を感じる瞳。食らいつく野犬のような表情だ。

「良いか悪いかじゃねぇ。目の前の御馳走我慢できるほど上品に育ってないんだよ」

 リングに入り早く入るように要求するクローバー。それに答えるグランの顔は楽しそうな笑顔だった。


 そして戦いは始まる。ゴングも無い。中央で顔を合わせた瞬間に殴りあった。お互い回避しない渾身の一撃を叩き込み合う。周囲に何か衝撃が走り観客の体を揺らした。遅れて轟音が鳴り響く。ベルグはもちろんクローバーの攻撃も普通じゃない。

 もしあの時ルゥが指輪をつけてなかったら勝敗は間違いなく逆だっただろう。例えルゥが全開だったとしても二発は耐えられない。それほどの威力の拳。だがそれよりもベルグは上だった。

 ベルグは楽しそうに拳を振るう。打ち合える相手なんていつぶりかわからないほどだ。


 ただ遊び相手が欲しい。そんな風にも見えた。ベルグは楽しそうに拳を叩き込む。本気では無い。それでも人を殺すには十分な威力だった。衝撃と轟音の音がその戦いの凄まじさを物語る。観客は歓声を上げることすら忘れている。頂点の戦いに見入っているからだ。

 クローバーは顔では笑っているが内心では別のことを考えていた。自分は楽しい。全力を既に出し切っている。だからこそ王に同情する。

 自分は全力を出せる相手がいる。この前の赤い髪の女に目の前のあんた。二人もいた。でもあんたは俺じゃまだ足りないんだよな。なんて可哀想なんだ。俺が全力を出させてやる。


 クローバーはそう誓い、そして咆哮を上げ拳を前のめりで更に強く叩き込む。受けることを捨ててだ。それをベルグはもちろん避けずに正面から受け、そして返す。それは本当に楽しそうだった。

 クローバーは避けないし避けれない。元から受けるスタイルで確立しているからだ。だがベルグは違う。避けようと思えば避けることは出来る。ただ避けない。相手がそうしてないからだ。

 つまりそれはただの余裕の現れだ。それがクローバーをよりイラつかせる。何より本気を出させられない自分にだ。


 一層激しく殴り合いが続く。体力もいらない。体の限界も知らない。ただ相手を本気にさせてあげたかっただけだった。全てを捨てても届かない。

 戯れることに楽しむ少年と全てを捨てた獣のような男。それでも、その力の差は埋まることは無かった。

 体力がまだ残っているうちに勝負に出るクローバー。せめて一撃。自分の全てを込めてぶん殴る。

 距離をあけて助走を付ける。技術も無視してただ渾身の力を振るう。獣のように咆哮を上げて突き進むその姿は男達の望む生き方そのものだった。

 自分の目的の為に一直線にひたむきに。ここにいる男はこれが見たかったのだ。


 技術も無い。力も予想出来る。何も自分を狩るに届かない。ベルグはそう理解した。理解したが、しかし王は僅かに一瞬だけ怯えた。それが恐怖だと覚えた後に理解した。

 何も無い、しかしドロドロとした執念を感じる拳、これは自分を滅ぼしえる一撃だと錯覚したベルグはその拳を受けずに叩き落した。

 そしてそのままカウンター気味に、本当の意味で全力の拳をクローバーに叩き込んでしまった。

 衝撃波は観客を襲い、そのまま文字通り吹き飛ぶクローバー。ベルグはようやく我に返り、してはならない失敗に気づいた。


 どしゃっと音を立て地面に落ちるクローバー。そのままごろごろと転がり観客の傍まで転がり続けた。ベルグは慌てて走りクローバーを支える。生きていることを確認したベルグは安堵し、そして本気で自分を恥じた。

「すまない。大丈夫、なわけないな。なんと詫びたらいいのか」

 心配するベルグ。痛みは尋常じゃないはずだ。骨が折れてないわけもない。体中傷だらけだ。それでもクローバーは笑っていた。

「試合は負けた。だけど俺の勝ちだ。王様よ。全力出すのって気持ちいいだろ?」

 王はようやくこの愚か者の真意に気づいた。その恐怖を感じた執念も全力で振るった拳も、ただ己の為にだけの行動だと知った。

 それに気づいた時焦燥感は消え、爽快感が体を駆け巡る。心は自分の想像以上に穏やかとなっていた。


「そうだな。これなら明日からも政務に励めそうだ」

 娘を心配していた日々の疲れもどこかに行っていた。ベルグは自然な笑みでクローバーを見る。

「それは良かった。王を助けた俺も英雄の仲間入りか。いやマッサージ師の方が近いかな」

「それなら王宮で雇うぞ。勤務時間は週5日の三時間くらい殴りあうか?」

 王の冗談をクローバーは真顔で拒否する。

「冗談。週一でもうんざりだ。悪いけど肩貸してくれない?ちょい立てないわ」

 クローバーの言葉にベルグは肩を貸して立ち上がらせる。この怪我なら背負っても良い。それでも自分の足で歩くということだ。この男はそういう男だとベルグは知っている。

 短い間だが、濃厚な時間が強い絆を結んだ。観客は皆自分が黙っていることにようやく気づいた。拍手と大きな歓声が二人を包んだ。

 ベルグはそれを受けてクローバーの手を上に掲げさせた。王は誰が本当の勝者か分かったからだ。


 クローバーに続くようにベルグに挑む者が続出した。本来は王を守る役目もある軍ですら挑戦していく。

 最強の称号に群がる彼ら。そしてそれを全て軽く打ち倒していく王。それは火の中に飛び込む虫のようだった。見るに耐えない無駄な行為。だが誰もそれを不快と思っていない。

 それこそが男の生き方だと思っているからだ。


ありがとうございました。

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