最初で最後の盗賊稼業-前編
歓迎会から数日たったある日。既に準備は全て終え、作戦を開始した。
王都の町のとある場所のとある大部屋の一室。そこで三世とシャルト。そしてマーセル盗賊団のグランの三人で来客を待った。
カーテンを使って外からは見えないようになっている。また小さな明かりが一灯あるだけなので大変薄暗い。その上妙に埃っぽい。
裏通りで人が少ない場所の一室。密会をするなら最適の場所なのだろう。相手がここを待ち合わせに指定したため良くわからない。
グラン一人だけを置いて三世とシャルトは隠れている。いざというときの人員。というよりもグランを生贄にする形だ。
死ぬならまずは自分から。グランは三世達にそう話した。もちろん三世も目の前で死なす気はないが、それでもいざということはあるかもしれない。最大限に注意して隠れる。
ざっざっと部屋に近づく足音の合唱が聞こえる。数は数え切れない。少なくとも四十はいるだろう。足音が止まると扉の音と共に来客が来た。
王族暗殺にマーセル盗賊団の力を借りたいという連絡があった。つまり彼こそ事件の黒幕だ。狙うのはソフィ王女。出来たら王と王妃もだが、それは不可能に近い。だからこそソフィに狙いをつけた。
続々と人が入ってくる。大勢が入れるように念のために大部屋が指定されていた。入って来たのは大体五十人くらい。不味いというほどではないがかなり厳しい数字だ。マーセル盗賊団が三十くらいと考えたら少々しんどい。
そしてその中央で大切に守られる人は三世達の見知った顔だった。料理人ギルド長のラッド・カンパネルだ。
「お待たせしました。マーセル盗賊団の代表の方で宜しいでしょうか?」
ニコニコとした顔をしながらラッドがグランに話しかける。グランは静かに頷いた。それを見てラッドはにっこりと笑顔をする。
「ではさっそく本題の交渉をしましょう。何を提供すれば手を貸してくれるでしょうか?」
ラッドがグランに話しかける。それにグランはこう回答した。
「そちらが何を求めていて何を出せるのかを教えていただきたい」
こちらの目当ては時間稼ぎだ。正直な話取引の内容は全く関係無い。守る気も無い。
ただ事件を今日中に全て終わらせる。それが作戦目標だ。全部がそう上手くいくとは思っていないが。
グランが何かを話そうとした時取り巻きの一人がそれを止めた。料理人ギルドでは無く盗賊関係の人材だろう。目立たない服装だがその瞳はギラギラと飢えている。何より三世ですらわかるほど雰囲気が常人のソレではない。もちろんシャルトも悪意がある人間と断定した。
「ちょっと待った。話を続けるなら隠れている奴を出せ」
取り巻きの一人がこちらの方に指を向ける。その瞬間全員がこちらに注目した。
「どうします?今からやりますか?」
シャルトがこちらを向いて小さな声で尋ねる。この場合のやるというのは殺すという意味だ。三世は首を横に振る。
「すぐに出ます」
三世とシャルト隠れるのを止めてはラッド達に姿を現し、グランの傍に立った。ラッドはそれに驚き、そしてこちらに対して敵対する瞳を向ける。
「ふむ。顔見知りの方がいるのは好みませんね。その上あなた達はこういったことと関わるような人とは思えませんがねぇ」
ラッドは三世に強い疑いの目を向けていた。
「どうしてこんなことを」
三世は搾り出すように声を出した。実際はそこまで興味が無い。三世の目的は時間稼ぎだからだ。少しでも会話をしようと試みる。
「こちらも聞きたいことがあります。どうでしょうか?お互い一つずつ答えるというのは」
ラッドの提案に三世は頷いた。
「まず私の動機ですね。簡単です。国をよくする為ですよ。色々限界が来ているんです。武力頼りになっている王族中心の政治体系に」
ラッドは順番に説明していく。
成長率が低く、軍の無理な行動による疲弊が大きいこと。経済の成長が悪いこと。そして王族に頼りきりの武力行使は次代にどうするのかと言うことを。
今経済を握っているのは料理人ギルドだ。その料理人ギルドが中心になって経済を発展させないといけないのに他のどこも足を引っ張る。
だからこそ、料理人ギルドに権限を与える為に王族の誘拐騒動を考えていたと。
「まあ色々うまくいかなかったですが、誘拐が無理でも暗殺だけでもうまくいけば何とかなったのですが」
ラッドは本当に残念そうに話す。三世は共感は出来ないと考える。出来ないが、彼の言いたいことがわかる自分もいた。封建主義の限界から一足飛びに金本位制。または民主主義に鞍替えが目的だったのだろう。
「次はこちらの番です。後学の為に聞きたいのですがどうして私が犯人だとわかりました?自分で言うのもなんですがうまく誤魔化せていると思ったのですが」
ラッドの質問に三世は一言で答えた。
「誘拐事件時自分も料理を作りに行っていたのに自分のことを一言も言わなかった辺りで怪しいと」
『誘拐の日の食事会も料理人ギルドが幹部主体で行っていた。』
これが当時の彼の説明だが、自分は行っているとも行っていないとも言葉にしていない。そこを見ると出来るだけ嘘をつかないように、そして曖昧にしている言葉が多かったと。三世はそう説明した。最もこれは後付の方便だが。
実際はシャルトがラッドを嫌っているのにルゥは嫌っていない。そして犯人は心を読まれないように対策している。そこから怪しいと思っただけだ。一度怪しいと思ったら調べれば調べるほどピースがはまるように答えが揃っていった。
「なるほど。事情があって計画を前倒しにしたのが仇となりましたね。本来の計画だと私に完璧なアリバイがあったので。うーん。次は気をつけましょう」
ニコニコと話すラッド。次の質問を求めるラッドに三世は尋ねる。
「最終的に自分が国のトップに立つ予定ですか?」
ラッドはその質問にきょとんとした表情を浮かべ、そして首を横に振った。
「まさか。うまくいってもいかなくても私は国から出る予定ですよ。私の跡を継げる者を用意してね。クーデターを行った人間が上に立って長続きするわけないじゃないですか」
ラッドの言葉には妙な説得力があった。まったくその通りだった。
ラッドは次の質問をしようとしたら部下の一人がラッドを肘で小突く。
「あんまり時間かけるの不味いですよ。あいつら何か企んでそうだ」
部下の言葉を聞いてラッドは頷き、質問を止めた。
「すいませんがお時間のようです。最後に聞きますが、素直に降参して下さりませんか?もちろん安全に元の国にお戻ししますよ」
最後の情なのだろうか。ラッドは三世とシャルトにだけそう尋ねる。つまりこの場にいるグランは許さないということだろう。
ラッドの中では完全に疑いから確信に変わっている。こっちは敵だと。
「すみませんがそうも行かないので」
三世は首を横に振って拒否の姿勢を見せる。その瞬間に盗賊達五十人ほどが全員でこちらに戦闘の構えを見せる。ただし大半がこちらを見下し侮っている。人数三人だからだろう。
三人ほどがラッドの回りにつく。それ以外の大体五十人近い人数がこちらを見ていた。三世は半分はったりの笑顔を浮かべながら作戦の合図を出す。
「浸透戦術というものをご存知でしょうか?少々違うのですが、何がしたいかはわかるはずです」
三世がそう言うと、盗賊の集団が騒がしくなる。突然盗賊が同士討ちを始めたのだ。
「裏切りか。お前ら抑えろ!」
盗賊の頭らしい人物が声を上げるか騒動は治まらない。こっちにまで一人も来ていないくらいだ。
実際は裏切った訳ではない。ただ十人くらい既にマーセル盗賊団の仲間が混じっているだけだった。マーセルは最初から別の盗賊の名前でラッドの所有する盗賊集団に部下を紛れ込ませていた。盗賊が軒並み国王と軍に滅ぼされた為数を誤魔化すために粗悪な盗賊も雇った。その枠に仲間を押し込んだのだ。
内側からの戦闘というものは本当に恐ろしい。何故なら防御手段が無い上に同士討ちの恐れもあるからだ。
その為人数差が酷い今回のような状況でも場は荒れ果てる。たった十人が別個に攻撃を加える。それだけで集団が一瞬で烏合の衆と化した。
ラッド付近は未だに安定している。周囲の盗賊は唯の盗賊ではないようだ。その上時間経過でなれてきたのか混乱は収まりつつあった。これで終われば楽だったがそうもいかないらしい。
「ご主人様。どうなさいますか?」
シャルトが三世に尋ねる。シャルトが様を付ける時は慌てた時や不安な時などだ。今回は後者だろう。
「嫌なら止めますか?私でも出来ることですし」
三世の言葉にシャルトが首を横に振る。
「いいえ。それこそ無意味です。私が不安なのはそんなことではありません」
三世はシャルトの頭を優しく撫でた。
「私は気にしません。あなたはどうですか?」
シャルトは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「ご主人が気にしないなら私は気にしません。だから行ってきます」
冷たい笑顔を浮かべながらシャルトは盗賊集団の方に向かった。
冒険用の装備ではなくゴシック調の黒いドレス。マリウスの作った物では無くこちらで揃えた物だ。相手の油断を誘う為に、そして警戒させない為に。
現に相手は油断しきっている。シャルトが近づいたことに気づかない。そして盗賊の一人に近づいた瞬間。盗賊は崩れ落ちた。
注目されたのを確認してシャルトはスカートを軽くつまみ劇のように大げさに一礼した。
「私は夜に愛された者。私に触れられた人は皆夜になる。さあ。楽しい悲劇を始めましょう」
薄暗い中で冷たい笑顔を見せるシャルト。そして宣言どおり、盗賊を優しく撫でる。その瞬間にまた一人盗賊が倒れる。その後すっと消えるように移動して、次の人の前に立ち、そして撫でるように地面に落とした。
死を振りまく存在と感じた盗賊達はまた慌てだし、戦況がぐちゃぐちゃと化した。
ちらっとシャルトはこちらを見た。三世は軽く微笑んで頷いた。薄暗い為近くじゃないと表情は分からない。だが間違いなく照れているのはわかった。
別に難しいことじゃあない。盗賊の中で特に弱そうなのを見繕って見えないほどの速度で顎を手で揺さぶっただけだ。それっぽい服装にそれっぽい言葉で偽装してだが。
シャルトは不安だった。自分に演技が出来るのか。それより何よりこんな恥ずかしいことをして三世に笑われるのでは無いかと。三世の気持ちは児童参観に来た親の気持ちだったが。
だが効果は確かになった。最終的には四人の意識を奪い、恐怖と不安から戦況をかき乱すことに成功した。
うまくいって安堵する三世。そしてグランと共に少し離れた場所から見続ける。
戦況が混乱しているから場に入りにくいという理由もあるが、一番はラッドが逃げないように見張るのが目的だ。
だがラッドは逃げることは無く、手下が減っているのにこの状況を笑って見ていた。その理由はすぐにわかった。
相手の人数はラッドを除いて十五人となった。人数が減って有利になったかと言ったら逆に思いっきり不利と化した。相手の内側に潜り込んでいた人員全てグランの下に集い、お互い正面から見る構えとなっている。こっちの有利を全てなくされたのだ。
「面白いことしてたけど正直意味無かったな。この十一人が俺の直接の部下達だからな。さっきまでのカスとは違うぞ」
その通りで相手の連携によってこっちの盗賊の仲間が全員押し返された。
相手の十二人の連携。それと別個でラッドを守る三人。この三人は他の盗賊と身なりも雰囲気も全く違う。暗殺者とかSPとかの特別な職なのだろう。常にラッドを護衛する構えを取っていて手が出せない。
「旦那。あんたらは帰っていいですぜ。こいつらの目的があんたみたいだから後は俺らに任せてくれ」
盗賊の団長らしき人物がラッドに話しかけラッドが頷く。マーセル盗賊団の仲間や三世もそれを阻止しようと動く。動くが、十二人の盗賊だけで手一杯でそこまで注意が行き着いてなかった。
「待った!」
三世が声を張り上げてラッドを止める。時間稼ぎの言葉だと相手からもわかる。事実その通りだ。ラッドは止まる気配が無い。
「ルゥのことはどうでもいいのですか!」
無視して退室しようとしていたラッドだがその言葉に足を止めた。ルゥにかけた時間と気持ちは偽りではなかったらしい。
「そういえばいませんね。あの子をどうしたんですか!」
ラッドは珍しく語尾を高めて怒鳴る。それに一番驚いたのは回りの三人だった。
「え?どうしたって?え?え?」
三世が不思議そうに言葉を発した。今いないから気にならないか位の気持ちで言ったのだが、ラッドは考えすぎてどうも悪いことを考えたようだ。
「えーと。一応安全な所にいますよ。気になります?」
嘘でもルゥを脅しに使いたくない三世は正直に話す。それを聞いてラッドは興味を失ったのか去っていこうとした。たった一会話。一分にも満たない時間。
ラッドが他人のことを気にしたその時間が運命の分かれ目だった。
「動くな。ガニアル王国軍だ。誰一人としてその場を離れるのを許さない」
フルプレートを来た集団が部屋に入り込んでくる。既に周囲も軍が囲い込んで誰も逃がさないようにしているだろう。
そして諦めるような表情で、ラッドは両手を挙げた。
一人、また一人と軍に連れて行かれた。大量の軍人と共にルゥとこの前まで一緒にいたマーセル盗賊団の集団がこの薄暗い汚れた部屋に入って来た。
「二人共大丈夫?怪我とか無い?」
三世はルゥを撫でながら頷く。三世達にも盗賊にまぎれていたマーセル盗賊団にも怪我は無かった。
作戦は二つだ。
こっちでラッドの足止め。単純明快だ。相手内部に工作員が居るため最小限の人数で事にあたった。顔見知りという利点を生かす為に三世達が残って。
もう一つの方が大変だ。証拠入手から軍に協力要請を出す。時間的にも方法的にも絶対無理だが、二つの最高クラスの道具でそれは可能となった。
一つは軍に協力を出す時に必要なコネだ。これはレベッカから三世に与えられた短刀がその役目を果たした。
そしてもう一つ。これが無いと証拠を集めることは出来なかった。それは皮肉にもラッドに与えられた特別協力者としてのギルド証だった。
ラッドがギルドにいないうちにルゥがマーセル盗賊団を引き連れてギルド証を使い中に入る。そこからラッドの部屋に侵入して証拠を探す。慎重な性格で証拠は残す性質なのをマーセルは知っている。その為潜入するのに躊躇いは無かった。中々見つからなかったが、ルゥの嗅覚からマーセル盗賊団とのやり取りに使った契約書の場所を特定。連鎖的に他の証拠も集まった。
そしてその足で証拠と短刀を持って軍に協力という名の脅迫を行う。短刀が無いと盗賊団のマーセルが軍に接触できない。証拠が無いと信用がもらえない。この両方をラッドがいないうちに成さなければならなかった。マーセル達とルゥはそれをやりきった。
「ところでマーセルはどこに行きましたか?」
三世は周囲をきょろきょろと探しながら人を探す。今この場にマーセル以外は全員いるのにマーセルだけはいなかった。
「別の用事があるからってどっか行ったよ。心配無いと思う」
ルゥが複雑な表情を浮かべながら言う。ルゥがどうして心配ないと知っているかわからないが、ここは黙って信じておくことにした。
「完敗ですねぇ。はははは。正直どうして捕まったかまだ私には理解出来ませんが貴方達に負けたのはわかりますよ」
軍に連れて行かれるラッドが三世達、というよりもルゥに話しかけていた。
「るー。寂しいけど悪いことしたなら仕方ないよね」
ルゥがしょんぼりしながら言う。色々習った人物な為何か思うところがあるようだ。
「はいその通りです。私にはすべきことが、そしてやらないといけないことがありました。でもやり方を間違えました」
淡々とした口調で話すラッド。その言葉は妙に重みがあり、引っ張っている軍人ですら足を止めた。
「もし私と同じようなことを考える愛国者の人がいたならば!次は間違えないように、私のことを話してください。皆さんに対して唯一のお願いです」
ラッドはそういい残し、自分の足で去っていった。縄で引き連れている軍人よりも先に。後に残るのは気まずさと悲しさだった。
「悪いことを考えた訳でも無いのに最悪のことをしでかす。それも何をしているかわかった上で。これってどんな気持ちだったんだろうな」
クローバーが三世に話しかける。彼も何か気まずいような気持ちになったのだろう。
「わかりません。ですが、誰もが間違える可能性があると私は思いますね」
三世の言葉にまた場が静まり、全員が同じようなもの悲しい表情を浮かべた。だが一人だけ違う表情を浮かべている。シャルトだ。
うーんとうなりながら小首を傾げるシャルト。小骨が刺さったような表情だった。
「どうかしました?何か思うことがあったら是非吐き出してください」
正しいことをしたはずだから。せめて悔いを減らして欲しい。その気持ちで三世は尋ねる。だがシャルトは全く予想外のことを話し出した。
「ご主人。私が人を見る時って悪意や敵意に反応します。この悪意ってのは最近わかったのですが、自分勝手な欲で他人を蹴落とそうとする場合に反応するみたいです」
シャルトが淡々と自己分析を語る。
「それで、どうかしましたか?」
三世は未だにシャルトが何を言いたいがわかってなかった。そこでシャルトはその違和感の正体を話した。
「私はラッド様に悪意を感じました。でも言っていることは悪いことじゃないです。つまり、ラッド様は別の目的があるのでは?」
三世は少し考えこみ、そして頭を抱えた。軍に連行された為脱走は無理だろう。だがまだ何か隠し事があったようだ。確かに思い返したら違和感が残る。
「あー。本当に大人って汚いですよね」
三世はまだ一仕事ありそうな嫌な予感を感じた。
ありがとうございました。