はじめてのおやすみ
2018/11/29
リメイク
カエデの村で生活を始め、一週間が経過した。
その間で、三世の生活は安定の兆しを見せはじめた。
朝起きて、ルカに朝食を用意してもらいマリウスとルカの三人で食べ、マリウスの指導の元で革をいじって昼食を食べて革をいじって夕食を食べて帰る。
そんな日々の繰り返しだった。
たった一週間、されど一週間である。
みっちり付きっ切りでのマリウスの指導のおかげで、三世の出来る事は相当増えた。
日常的に使う基本的な衣類に加えてアクセサリーなどちょっとした小物は粗方作る事が出来るようになっていた。
それに加えて、皮をなめすという作業も覚え始めた。
だからと言って天狗になる事はない――というよりもなれない。
一番大切な仕事でもある冒険者用の装備、もっと言えば戦闘を想定した装備の作成がうまくいっていないからだ。
見よう見まねですら未だ一つも成功していない。
マリウスに相談してみても。
「普通はそうだ」
という慰めの答えしか帰ってこなかった。
成長の速度が鈍化した事を感じ、三世に焦りが生まれ始めた。
おそらくスキルでの成長が頭打ちになったのであり、これが本来の成長速度なのだろう。
ただ、気が急いたところで何も意味がない為、三世はじっくりと練習を重ね、焦らずに集中して挑戦していくことにした。
代わりに戦闘用以外の物なら割りと作れるようになった為、三世はマリウスの細々とした仕事を手伝うようになっていた。
三世が日用品の依頼をこなし、その間にマリウスが冒険者など戦闘用装備の依頼をこなす。
怪しい存在から受け取ったスキルありきなのは少々悲しいが、それでもそこそこに早いペースで製作できていると三世は自負していた。
溜まっていた依頼のストックがみるみるうちに減っていくのを見るのは少し楽しかった。
そして、低くなった依頼票の山を見るルカの明るい笑顔から自分が役に立てているのだと三世は実感することができた。
そんなある日、マリウス宅での食事中にマリウスが三世に言ってきた。
「明日は休みだ」
「おや師匠。何か用事が?」
「いや、何もない」
「では何が?」
そんな三世の質問に、マリウスは溜息を吐いて答えた。
「働きすぎだ」
ごもっともである。
流石に一週間休みなしは少々しんどい日程だなと三世も思っていた。
と言っても、一月休みなしでも三世はがんばる気でいたが。
「ところで、本来は一週間に何日くらい働くのが普通でしょうか?」
曜日や月日の概念は過去の稀人が作ったのだろう。
地球での物と非常に酷似していた。
ただし、一月は一律三十日というとても数えやすい物になっていたが。
「仕事が溜まったり重なったりしない限りは、一週間に四日までって感じかしらね。最近はそうもいかなかったけど」
ルカの答えに三世は驚きを隠せなかった。
「――少なくないですか?」
「一週間の半分以上よ。少ない事はないと思うわ。本来革の加工って結構力が要る作業だから重労働に分類されるし。……まあしばらくは一週間六日七日の労働だけど」
そう言ってルカは小さく溜息を吐いた。
なるほど。異世界がおかしいのではなく、現代がおかしいのだと思っておこう。
そう、一週間七日勤務というのがおかしいはずである。
「そういう事でしたら、ありがたく休みをいただきますね」
ちょうど試してみたい事がいくつかあったからだ。
三世の身に着けている革の衣類は全て自分で作った物になっていた。
自分での着心地を確かめられる為練習には丁度良かった。
ただ、成長曲線の鈍化を感じていた為そろそろ新しい方向性からのアプローチを試してみたいと考えていたところだ。
つまり――次は布の衣類加工である。
簡単な手提げかばんくらいなら作れないかと三世は研究中だった。
「そうだ。休みの間は全ての加工関連を行う事は禁止する」
そんな三世の内心を読んだかのようにマリウスは無慈悲な一言を告げた。
「なぜですか!? まだ試していない事も作ってみたい物もたくさんあるんですよ!」
そう言って驚く三世にルカは溜息を吐き、マリウスは三世を見据えて呟いた。
「そろそろ限界だからだ」
最近のマリウスは口数が多くなったおかげで大分会話が成立するようになった。
最初の頃は五文字以上の言葉を聞く事すら稀だった。
後日、その事をルカに尋ねた。
『ああ。決して人慣れしたわけじゃないわ。ヤツヒサさんが身内認定されだしてるのよ』
そう言いながらルカは笑っていた。
マリウスは筋金入りの照れ屋さんらしい。
それでもやはり口数はまだまだ少ない。
一文、二文しか伝えてくれない為何が言いたいのかわからない事も多かった。
「限界ですか?」
そう言われても三世にはピンとこなかった。
何が限界なのか、やる気にも満ちているし目の前に最高の能力を持った職人もいるし、夜は全く仕事がない為練習する時間もたっぷりある。
これで一体何が限界なのか、三世には理解が出来なかった。
そんな三世を見据えながら、マリウスはそっと三世の二の腕部分を軽く掴んだ。
本当に軽く優しくである。
それだけで、三世の手首にとんでもない激痛が走った。
「あぐっ!」
痛みに耐えきれず三世は短い悲鳴を上げ椅子から転げ落ちた。
「一体どれだけ練習したんだ」
マリウスが心配そうに呟いた。
「普通の人なら痛かったり辛かったりだれたりでもっと適当になっていくものよ……。まさか一週間毎日家でも練習してるなんて思ってもみなかったわ」
そう言いながらルカは溜息を吐き、三世の手首を軽く見た。
「はは。正直オーバーペースかなとは思ってましたが、楽しくてやめられませんでした」
「わかる」
三世の言葉にマリウスはそう呟き返し頷いていた。
やはり似た者師弟らしい。
「んー。まあただの腱鞘炎でしょうね。というわけで三日ほどお休みにします。ヤツヒサさんのおかげで仕事も大分減ったし、私も明日でかけたかったし丁度いいわ」
そう言いながらルカは三世に小さな布袋を手渡してきた。
「これ、今までの分のお給料ね。貴族用の仕事はあの時以外なかったからそんなに多くはないけど……」
「ああ。ありがとうございます。フィツさんところに一度行けるくらいあれば良いのですが」
何歳になってもこの瞬間はワクワクする。
特にこの世界初めての給料なのだ。
胸がときめかないわけがない。
と言っても、たった一週間分である。
見習いという事もあり、給料というよりは小遣いの方が妥当だろう。
そう思いながら、三世は袋を開けて中を見た――。
銅貨が山ほど入っており、それにちらっと見える銀貨が五枚ほど。
そして、金色に煌めく硬貨が二枚入っていた……。
三世は目をこすり、再度袋の中を見る。
だが、やはり金色である。決して銅色でも銀色でもないのだ。
それは、まごう事なき金貨だった。
何度も目をこすって驚いた表情を浮かべる三世に、ルカは申し訳なさそうに言葉を放った。
「あー。変に期待させたら悪いから先に言っておくけど、それ溜まった仕事を片付けたからそれだけの給料が出たのであって、本来ウチはもっと給料安いわ。ぶっちゃけ仕事量は半分以下になるわね。まさかヤツヒサさんがこんなに早く使い物になるとは思ってなかったしこんなに作業が早いなんて思ってもなかったわ」
どうやら自分の加工速度は早い方らしい。
マリウスの三分の一以下しか速度が出ていない自分が早いとは夢にも思わなかった。
「あー。聞きにくい事なのですが、溜まった仕事がなくなった場合、今の私だと月どのくらいの給料になるでしょうか?」
今後の生活設計の為に聞いておきたい事である。
「んー。そうね。仕事次第だけど、大体金貨三枚程度になると思うわ」
「思ったよりも多いですね」
そう三世は答えた。
どうやら既に食べていける程度には技能を身に付けられたらしい。
「というわけでそのお金で金銭感覚を身に着ける為色々してみましょう。稀人ってこっちの金銭感覚良くわからないらしいし」
それは確かにそうである。
こちらとあちらでは物価の相場が全然違い混乱することも多いし、何より自分で買い物をしてお金を出した事はまだ一度もない。
これは金銭感覚以前の問題である。
「ありがとうございます。そういえば、私と違いルカさんは金銭感覚完璧ですね」
その言葉にルカは苦笑いを浮かべた。
「そりゃほっといたらお父さん破産するまで革製品作るだけ作って売り込まないからね。今販売から帳簿まで全て私が受け持ってるわ」
「それは凄いですね。大したものです」
その三世の言葉にルカは胸を張り、逆にマリウスはガタイのいい体を縮こませて小さくなっていた。
翌日の朝、今日から三日ほど休暇が始まった。
手に負担をかける事は禁止されている為練習は出来ないが、それ以外は自由である。
一つだけしないといけない事はあるが、それがこの村で頼める事なのかもまだわからない。
一応相談だけしてみようと三世は外出の準備をしてライダージャケットを羽織り、靴を履いていざ外に出ようと――。
がつん。
「おじゃましまーす!」
正面から声が聞こえたと同時に頭にドアがぶつかり、三世の目に星が飛び回った。
何事かと思いながら頭を抑え三世は正面を見据えた。
「ごめんなさい! だいじょぶ?」
心配そうに尋ねる騎士風の恰好をした金髪の女性がそこにいた。
彼女の名前はコルネ。
一週間しか経っていないはずなのに、三世は酷く懐かしく感じた。
「大丈夫です。ちょっと驚いただけですので」
当然嘘です。
めちゃくちゃ頭が痛い。
「ごめん……。大丈夫かちょっと様子を見に来たんだけど……大丈夫じゃないね。色々な意味で――」
コルネの目には三世の後ろ、廊下の奥の部屋に向いていた。
革の練習に精を出しすぎて、たった一週間でダイニングルームはゴミ部屋と化していた。
もはや足の踏み場すら存在していなかった。
「すいません。とりあえず外に出ましょう」
三世は自分の汚部屋を誤魔化す為にコルネを外に誘った。
コルネと二人で歩きながら三世はこれまでの事を話した。
仕事を始めた事、革製品の加工に携わり意外とうまくやっていけてる事。
そして師匠が出来た事、このライダースジャケットの事。
それらを三世が伝えると、コルネは自分の事のように喜んでくれた。
ライダースジャケットが格好いい事は、あまり同意してもらえなかったが。
「本当に凄いね! 今回の稀人様の集団の中では一番安定してるんじゃないかな。一週間でしっかり稼げるようになるとは」
「いえいえ運が良かっただけです。ところでメープルさんは今日は――」
「ごめん。今日は騎士団が訓練に使ってるから連れてこれなかったよ」
「いえ……大丈夫です……」
露骨にテンションが下がった三世を見て、コルネは軽く噴出した。
「ヤツヒサさんは本当にメープルさんが好きね」
「メープルさんが好きなのは当然ですが、私動物なら割と何でも好きですよ」
「動物ですか。例えばどんな動物が好きです?」
「そうですね、定番ですが犬も猫も好きですよ?」
その言葉にコルネは首を傾げた。
「犬? 猫? って何です?」
「――こんなところで……別世界である事を実感したくなかったです……」
三世は嫌な事実を知ってしまい、悲しそうに呟いた。
正直、予想していた事でもあった。
牛や鶏などの家畜は見たが、それ以外の動物、特にペットと呼べる存在を三世は一度も見ていなかった。
更に言えば、流通している食肉に犬も猫もいなかった。
最後の駄目押しとして、コルネが知らないという事を鑑みるに犬猫はこの世界にいないと思って良いだろう。
ついでに言えば、人が愛玩目的で動物を飼う事もなさそうだ。
「どうかしましたヤツヒサさん?」
考え事をしていて黙り込んでいた三世にコルネがそう尋ね、三世ははっとして我に返った。
「いえすいません。何でもないです。ほんのちょっとだけ、元の世界に帰りたいなと思っただけです」
「稀人様って大変ですもんね」
そういった良くわからない相槌を打たれてしまった。
「ところで・今日のご予定なんですか〜?」
コルネがリズムを取りながら歌のようにして三世に問いかけてきた。
「今から村長の家に頼み事をしに行こうかと。その後は……何をしましょうか悩んでいたところです」
三世の言葉にコルネはにっこりと微笑んだ。
「それなら城下町に遊びに来ません? メープルさんにも会えますよ。んでんでついでとばかりに騎士団の他の馬も紹介しちゃったりなんかして――」
「行きます」
食い気味で三世は返事を返した。
動物成分の不足を感じていた三世には、断るという選択肢は存在していなかった。
三世は村長宅の前でノックをした。
「はいはい。どうぞ」
そう初日にあった村長の声が聞こえ、三世はドアを開けた。
「失礼します」
「おやヤツヒサさん……と隊長さんですか。お勤めご苦労さまです」
老人特有のゆったりとした動作のまま、人懐っこい笑顔を浮かべ村長は小さく頭を下げた。
「それで、今日は何の用ですかね?」
「まずは謝罪をと。すいませんお借りしている家に備え付けのテーブルを壊してしまいまして」
「ほっほっほっ。見た目とは違いやんちゃなんですな。まああの家はもうあなたの物ですので、そんな事気にしなくてもええですよ」
村長が笑いながらそう答え、三世はつられて笑い小さく頭を下げた。
「それとこっちの方が本題なのですが、相当部屋を汚くしてしまったので掃除の方をお願いしたいのですが、そういう職業の方っていますか?」
「あーなるほどの。掃除専門の業者はおらんが、主婦で暇そうな人達に任せるというのはどうじゃ?」
村長のそんな提案に、三世は首を縦に動かした。
「問題ありません。どちらかと言うとゴミが多く、人手が多く欲しいと思っていたのでむしろ都合が良いですね」
「なら決まりじゃ。依頼として出しておくの」
「ありがとうございます。依頼料込みで幾らくらいになるでしょうか?」
「お金なんかいらん。ウチのルールは手伝った人全員に夕食をご馳走することじゃな」
村長はニヤリと笑いながらそう言った。
「それは、飯屋などでも可能でしょうか?」
「うむ。もちろんじゃ。その場合はワシも参加しようかの」
――これはお金を残しておかないと大変な事になりそうですね。
三世は苦笑いを浮かべながら、村長の言葉に頷いた。
「ではこれで失礼します」
一声かけた後三世は深く頭を下げ、家のドアを閉めて立ち去った。
「ヤツヒサさんて大分交渉とか慣れてますね。あっちだと良くやってたの?」
「いえ。それなりに経験はありますが、交渉が鍛えられたのはこっちの世界でですね」
地球での生活や仕事の話。
良くわからない光の世界での良くわからない存在との交渉。
集団生活での話し合い。
それら以上に三世の交渉事の糧となったのは、マリウスとの会話が原因だった。
未だにうまくコミュニケーションが取れない事があるくらいだ。
特にルカがいない時は、酷いという言葉では足りない位に酷い。
「おい」
「はい」
これだけで会話をすることがあるくらいだ。
「ふーん。良い人生送ってそうで良い事です。騎士団はそういう交渉主体の仕事もたくさんありますよ?」
そう言いながらコルネはこっちをちらちら見ていた。
「師匠から免許皆伝が頂けて、やりたい事がなければ考えましょう」
「はは。期待して待たないといけないね」
そんな軽い冗談のやり取りを二人は行った。
村の入り口に大きな馬車が用意してあった。
そしてそれを、非常に大きな馬が牽引している。
その大きさは重馬種の比ではない。
「この馬の名前はトウバ。馬二頭分の大きさを誇り、三頭分の力を持っているすごい馬だよ」
そうコルネはトウバを紹介した。
背も高く撫でにくい為、三世は手を上にあげて背中を撫でた。
それを受け、トウバは嬉しそうに鼻を鳴らした。
「ほんと馬キラーですねぇヤツヒサさん。メープルさんを泣かせた後はもう次の馬ですか?」
コルネがからかう口調でそう言葉にした。
その目はおもちゃを見つけた子供のような目だった。
「ははは。甘く見ないでください。私は今日中に騎士団の馬全部撫でるつもりです」
手を酷使しないと言っていたような気がするがそんなことはもう忘れた。
撫でるだけならセーフだろう。
そんな自分ルールを三世は勝手に作っておいた。
コルネが笑顔ではあるが、なんともいえない複雑な表情を浮かべていた。
「ヤツヒサさんって思ったよりおかしい人なんですね。最初は普通の人と思ってました」
「私は普通ですよ。少なくともこの前の男二人よりは」
「私から言ったらみんな変ですよ」
三世はそのまま馬車に乗り、コルネはトウバにまたがりそのまま城下町に向かった。
御拝読ありがとうございました。
そろそろタイトル詐欺でなくなります。
がんばってペースを出して飽きられないようにと考えています。
読みにくかったり誤字脱字あったら本当に申し訳ありません。