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マーセル盗賊団+3

 

 マーセルと三世は二人で話し合って作戦立案する。問題点を挙げ、作戦に必要な物をリストアップ。意外なほど計画は上手く纏まった。

 日が落ちだすと眠っていた盗賊達も目を覚ました。睡眠不足は残るものの体調に問題は無さそうだ。三世達のことを話すと彼らはあっさり受け入れてくれた。

 怪我や疲労は概ね問題なさそうだ。ただし一人だけ骨折していた。三世が足に棒をたたき付けた盗賊だ。三世は謝罪するが相手は気にしていなかった。

 あの時は戦いだったから仕方無いし今はもう盗賊仲間なんだから気にしないで。何より自分は戦闘員じゃないから問題が無いと。


 マーセルは今までの自分の足取りを振り返る。

 盗賊団とは別に二つの目的を持ってマーセルは行動していた。

 一つは黒幕との接触だ。目立ちやすいマーセル盗賊団を自分が握っているという情報を手に黒幕の部下になり情報を集めようという考えだ。

 もう一つは他の盗賊を減らしていくことだ。黒幕の手札を減らしつつ、運良く黒幕と親しい盗賊が出てくればそれだけで証拠になるからだ。

 そういう目的で動いていたが、前者は兎も角後者は全く上手くいかなかった。というよりも自分達以外の盗賊に会うことが無かった。

 優先順位の高い、名前が通っていてかつ怪しい盗賊は皆かたっぱしから軍が滅ぼしていったからだ。

 ガニアの国は容赦しない。外国に対するアピールでかつ国民を安心させる為の行動だが、今回は特に酷い。それを率いているのがベルグ・ラーフェン。ガニアの国王だ。

 ラーライルのように異様なほど外交がうまいわけでもない。ただしガニアの王も突出した異常な部分がある。単純に強い。二つ名は『ガニアの(つるぎ)』と呼ばれている。

 半分はプロパガンダだが世界最強の王と呼ばれているのは伊達では無い。確かに王の中では世界最強だろう。


 魔族が出す瘴気が成長すると、あるとき突然拠点が生まれる。それでもなお放置を進めると中にいる魔族は魔王となる。魔族と魔王の関係は出世魚みたいなものだ。

 強さは軍百人規模の中隊が撤退するほどの戦力だ。最高位冒険者が数人掛りでようやく打倒出来る。そんな存在だ。しかも拠点の中では更に戦力が増す。瘴気が濃いほど魔王は強く硬くなる。

 拠点に正面から突入して魔王を滅ぼして拠点内部を皆殺しにして悠々と帰る。ベルグはそれを単独で成し遂げた。魔王単独撃破の記録は一国に五人もいない。

 特にベルグは歴代王の中でも特に強く、今現在ガニア軍全員とほぼ同等の戦力を持っていると言われている。


 そんなベルグが本気で盗賊を狩りに軍まで引き連れて行ったら盗賊もどうしようもない。降伏か死しか選択肢は無い。

 マーセルはベルグが家族思いの人間だと知っている。だからなおの事手がかりも探す意味で本気で滅ぼして行っているのだろう。

 そんな理由で盗賊とは接触出来なかった。最終的には盗賊退治の要のクローバーを拠点に置くくらいになった。

 ただこれはむしろプラスになる。盗賊がいなくなることで黒幕を追い詰めやすくなり、更に黒幕が国から逃亡する可能性を無くせる。今首都から国外に脱出できる存在はいない。


 それらを加味して作戦を更新、三世達の情報と道具も加え、早期決着になんとか出来そうな作戦が完成した。マーセルは残りの大詰めを部下に任せることにした。

 三世がAと勝手に呼んでいた人物。クラブに全部丸投げする。細かい作戦や部隊指示はクラブの得意分野だからだ。


「これでやるべきことは全部ですかね?」

 三世の問いにマーセルは考え込み、そして頷いた。

「たぶんな。そっちはどうだ?何か忘れたことは無いか?」

 逆に問いを返すマーセル。三世はそれに考えこみ、そして首を横に振る。

「いえ。思いつくことは全部言いました。これで事前準備は全部終わりです。後はどこかの町で必要な道具を買い込んだらいつでもいけます」

「そうだな。だったら俺達盗賊団のすることはあと一つだな」

 マーセルの言葉に三世は頷き、そして笑みを浮かべながらマーセルと一緒に声を上げた。これは盗賊団として必要なことだからだ。


「「宴の始まりだ!」」

 周囲の盗賊達が歓声を上げ、三世達を迎え入れる。歓迎会の始まりだ。ルゥとシャルトは話についていけずおろおろしていた。


「ご主人。良いのですか?こんなことをしている時間は無いように思えますが」

 シャルトの言葉に三世が否定する。

「急いては事を仕損じるとも言います。お互いのことを知るのも大切なことですよ」

 建前を言う三世。これも間違いでは無いが一番の理由は盗賊団のメンタル問題だった。

 元々一般人だった人が盗賊になり軍に追われる。そんな苛烈な状況なのに誰一人文句も泣き言も言わない。逆に言えばそれほど追い詰められているということだった。

 少しでもリフレッシュできないものか。マーセルの相談に三世は歓迎会という名目ではしゃごうという提案をした。


「といっても保存食とやけに豊富な酒しか今無いからなー。すまんなちゃんとした歓迎会が出来なくて」

 盗賊団の部下の一人が声を出した。何しようかと他の盗賊と話し合っていた。

「ルゥ。あれを持ってきてください」

「るー。その後も私にお任せ!」

 三世の言葉にルゥは応えて外に飛び出す。そしてすぐに戻ってきた。やけに大きなバッグを持って。

 人が入れるんじゃないかという大きなバッグに入っているのは元々盗賊に支援するつもりで用意していた食料だ。小麦粉と飲み水を中心に保存の効く肉や調味料を入れてある。

「それはなんだ?武器か?」

 マーセルの質問に三世は微笑んで答えた。

「ある意味武器ですね。私達にとっては武器みたいな物です。では盗賊団最初の仕事をさせていただきます」

 三世はそう言って立ち上がる。それに合わせてシャルトがエプロンを三世に渡した。

 ルゥの方は既にエプロン帽子着用して待っていた。

「厨房をお借りします。水は出ますか?無くても何とかなりますが」

 材料とフライパン一つあれば野外ですら三世達は調理が出来る。スカウトの修行の賜物だった。伸びる方向が少々可笑しい気がするが。


「僕が飲み水出せる魔法使えます」

 盗賊の一人が手を上げていった。三世が足を怪我させた盗賊だった。

「素晴らしい。申し訳ありませんが助力お願い出来ますか?」

 三世の問いにその盗賊は頷いた。それに会わせてシャルトがその盗賊にエプロンを丁寧に手渡す。

「なんでお前らこんなとこにエプロン持ってきてるんだ。しかも予備まで」

 マーセルの質問に三世は微笑みながら答える。

「これが私達の武器だからですよ」

 実際エプロンはただの趣味。どんなことでも予備が無いと不安になる性質だから予備は用意してあっただけだが。

 そしてそのまま三世を先頭にルゥと盗賊の一人が厨房に入っていった。その背中は妙に頼もしかった。

「なんかあいつら楽しそうだな」

 カラカラ笑いながら言うクローバーの言葉にマーセルが頷く。

「そうだな。何で歓迎される人間が厨房に行ってるんだってツッコミ入れるのが野暮だと思ったくらいは楽しそうだったな」

 マーセルは何も言えず、そのまま何が出てくるか楽しみに待つことにした。

 シャルトは一人でテーブルを拭いて料理が出てくる準備をしていた。



 分厚いハムにチーズとスクランブルエッグを挟んだホットサンド。それにフライドポテトにチーズフォンデュ。

 材料無いから簡単な物だけどと言いながらルゥが出したメニューだった。厨房に入ってから一時間もたっていない。

 甘い物もありますよと言いながら三世が持ってきたのはホットケーキ。

 五センチ近くある厚みのふんわりとしたそれに大きなバターと黄金色のシロップがたっぷりとかけられている。

 材料の割にはがんばれたと三世とルゥは思った。これなら喜んでもらえるかなと。そう思っていた。まさか盗賊の半数以上が泣く事態になるとは思いもしなかった。

「るー。美味しくなかった?ごめんね」

 ルゥがしょんぼりしながら皆に謝る。三世も横で申し訳無さそうにした。

「いんやそんなことないぞ。美味すぎて心にしみただけだろう」

 クローバーが厚いホットケーキを素手で掴みながら食べる。シロップでベタベタになっている指を舐めるその仕草は熊そっくりだった。


 泣いていた盗賊のほとんどは孤児院出身だ。彼らの大半は端的に言えば貧乏だ。具の入ったパンや上質な砂糖の甘みを経験したことなど数えるほどしかない。

 特に今は精神的に追い詰められている。全員心が悲鳴をあげながらそれでも笑っている。泣き言を一つすら今まで言っていない。王女を守る為の捨て駒になる覚悟があるからだ。

 そんな中で見たこともない御馳走。それは今までの自分のがんばりを認められた。彼らはそんな気がした。泣きながら、それでもうまいうまいと素手で食べ続ける。行儀を注意するものはいない。


「馬鹿ですよねこの人達。孤児院出てからちゃんと働いてる時から、稼いだお金全部孤児院にいれて自分は極貧生活ですよ。今と食生活大して変わってないんですから」

 グランが笑いながら話す。その目には涙が溜まっている。

「思いっきり泣け。そして思いっきり笑え。今日は好きに楽しめ。……今までよくがんばった」

 マーセルの言葉を皮切りに泣き笑いが一斉に響く。ただし食事の減る速度は変わらず早いままだった。

「でも本当に美味いなこれ」

 ホットケーキの三枚目を手にクローバーが一人呟く。


 泣き声の合唱が始まって三十分ほど立った。落ち着いてきたようだが今度は騒ぎ声と笑い声の合唱が始まる。ある意味盗賊らしいと厨房で三世は微笑む。

 ルゥと二人で食材を作り続けていた。といってももう限界だ。持ってきた食材が尽きそうになっている。残りは保存食くらいだ。

 三世とルゥは最後に大皿を持って厨房から出てきた。

「ソーセージ入りクロワッサンだよ。これで私の料理おしまい!」

 ルゥが大皿を置くと拍手と歓声が響き、そして皿の上に大量の手が伸びた。

「こちらはマフィンとクッキーです。日持ちしますので残しても大丈夫ですよ」

 三世の言葉に野次が飛ぶ。いいぞー、おつかれー、新人やるじゃねーか、中年パティシエ!とかの可愛らしい野次だが。

「誰ですか中年パティシエって呼ぶのは」

 三世のつっこみに皆が知らん振りをする。当の言った本人のクローバーも知らん振りで誤魔化した。


 エプロンを取って三世とルゥが一休みと椅子に腰掛けた。その間にシャルトがエプロンをつけて厨房の片付けと洗いものを始めた。

「悪いな何も手伝えなくて。俺こういったことはさっぱりだから」

 クローバーがマフィンを両手に持って食べながら歩いてきた。

「いえいえ。そういえば甘い物ばかり食べてますが好きなんですか?私は好きですね」

 三世の質問にクローバーが頭を抱えて考えた。

「うーん。そうなのかな。食べ物に気をつかったのなんてこれが初めてだから良くわからないわ。そんなこと考えたこともなかった」

 俺スラム暮らしで食べれる物なら何でも良かったからなと笑いながら話すクローバーに三世はかける言葉が見当たらなかった。

「でも意外な所でウサ晴らしが出来たな。泣きも叫びもせずに溜め込んでいくあいつらを心配してたんだよな。お前とお頭の計画だろ。やるじゃねーか」

 クローバーは三世の背中を叩いて笑う。三世は背中の衝撃に我慢しつつ笑う。

「あなたは大丈夫なのですか?」

「下水の水飲んで死肉食らってた頃と比べたらここは天国だぞ」

 クローバーは笑いながら自分の過去を軽く言う。それはクローバーにとってどうでもいいことだからだ。

「強い人なんですね」

 三世は呟く。自分では絶対出来ない。能力的にも精神的にも彼は超人に見えた。

「おう。まあ負けてしまったけどな。あの赤い髪の子に。まさか最初に負けるのが女だとは思わなかったわ」

 けらけら笑いながらはしゃぐクローバー。負けたのにとても楽しそうだった。

「ルゥは獣人なので身体能力かなり高いですよ。それに加えて篭手は高品質装備。むしろそれと対等に戦っていたクローバーさんが尋常無いと思います」

「へー道理で拳が妙に痛いわけだ。まあそれも含めて実力だ。負けて悔しい気持ちは無いしな。ただし次戦う時は俺が勝つ」

 悔しくは無いといいながらリベンジを誓うクローバーは子供のようだった。それを聞いていたルゥが全力で首を横に振っていた。もう戦うのは御免だといわんばかりに。

 三世は知らなかった。ルゥとの差は拳一つ分。拳一つ分ルゥが負けていたということに。避け損ねて最後に一打当たっていた。それを指輪が無効化していなかったら立っていたのはクローバーの方だったと。


「なあなあ。全部終わったらまた飯作ってくれよ。盗賊団解散するだろうしその前にさ」

 クローバーの言葉に三世は頷く。王女が元に戻れたらこの盗賊団は解散して全員元の生活に戻る。戻れない人はマーセルが面倒見るらしい。盗賊以外の道を用意しているそうだ。

 だからこそ、最後にお別れ会でも開きたいのだろう。どちらかというと理由をつけて甘味を補給したいようにも聞こえるが。三世にはクローバーが某黄色い熊に見えてきた。

「いいですよ。最後にパーティーを開きましょう。約束します」

 それを聞いたマーセルは喜び、声を上げる。

「聞いたかお前ら!作戦成功した時にはヤツヒサら新入りがまた同じ物作ってくれるってよ!」

 うおおおおおおおおおと魂の慟哭をあげる盗賊達。最高に盛り上がった瞬間だった。

 それを更に声を上げて否定するルゥ。

「同じ物とか出せないよ!」

 ドンとテーブルを両手で叩き立ち上がる。

「豪華なパーティーにしよう!もっと美味しい物準備しよう!もっと沢山作ろう!そしてもっと皆で楽しむんだ!」

 大きな声で高らかに宣言するルゥ。一瞬だけの静寂。そしてすぐに先ほどより大きな歓声が響く。最高を更に更新した。

『ルゥ!ルゥ!ルゥ!』

 盗賊全員でルゥを呼ぶ声。それに手を上げて答えるルゥ。全部もっていかれた三世とクローバーは顔を合わせて笑った。

「んでお前とルゥって赤い子どっちが飯美味いんだ?」

 三世はその問いに答える。

「私を一としたらルゥは百ですね。比喩でも何でもなく」

 クローバーはヒュゥと口笛を吹く。

「それはすげぇな。俺を殴り倒した女は料理も最強ってか。まったく世界は広くて面白いな」

 才能ある者に腐らずにそれを素で言えるクローバーが一番凄いと三世は思ったが言えなかった。難しく考える自分よりもそれが尊く見えて、そして少々悔しかったからだ。

 自分も高潔な精神であろう。そう思う瞬間だった。当の本人はマフィンを全体の半数食べて盗賊達から責められていたが。


 食も落ち着き少しだけ騒ぎも落ち着いてきた。三世はクローバーとマーセルにカクテルを振舞っていた。シェイク限定でしかも偶に間違えるがそれも含めて楽しんでいた。

「騒ぐのも何だか飽きてきたな」

 カクテルを傾けながらマーセルが呟く。

「お開きには早い時間ですぜ」

 クローバーが横で答える。どうしたもんかと考える二人。そんな二人に新しいカクテルを入れてグラスを渡す三世。

 そして三世を見てマーセルは思いついた。

「よし。新入り三人。何か芸しろ。面白くなかったら罰ゲームな」

 マーセルの言葉に回りの盗賊が乗っかる。やんややんやと騒ぎ出した。


「んー。料理と大声くらいしか出来ないけどどうしようか?全力で声出してみる?まだ出したことないけど」

 ルゥの言葉にこの場にいる全員が首を横に振る。特に見張りをしていた盗賊は首が千切れるほどに振り乱す。それほどの恐怖だったようだ。

 三世も未だに全力で声を出さないように注意していた。


「じゃあ私の代わりにヤツヒサよろしく!」

 ルゥの非情な声が三世を襲う。

「何故に!?」

 三世の反論は周囲の声にかき消された。ヤツヒサコールが流れる。もう撤回は出来そうにない。

 頭を抱える三世。ふと横を見ると自分以上に慌てている存在を見つけた。シャルトだ。集団の前で何かするということに慣れてないシャルトはあわあわと右往左往していた。

 自分よりも慌てているシャルトを見て三世は少しだけ落ち着いた。


「あー。じゃあ大したことは出来ませんが一つ自分の出来ることを」

 そう言いながら三世は常に用意している簡易式のレザークラフト工具一式を出した。重たい工具、嵩張る工具を抜いた工具一式。最低限だが補修くらいは出来る物だ。

「エプロンといいそれといい良くそんなもの持ってたな。その時点で芸みたいなもんだぞ」

 マーセルの言葉に三世は答えた。

「ちょっとした革製品なら補修にも使えますし、あと何日もあけるとどうしても鈍ってしまいそうなので」

 苦笑しながら三世は革を取り出す。今回は戦闘準備だったから大した量は持ってきていない。それでもちょっとした物ならすぐに作れる。

「それじゃあいきますね」

 三世は準備をして、そして目隠しをして製作を開始した。目隠ししたまま手を動かし続ける三世。歓声は上がらず周囲は呆然としていた。どちらかと言うと引いてる感じだ。

 そして僅か五分ほどでブーツが一足完成した。目に見える歪みはなく、見るだけなら完璧な出来だった。

「どうでしょうか?ちょっと地味でしたか?」

 三世の言葉に周囲は小さな拍手をしている。若干冷えた空気を三世は感じる。

「すいません。こんなことしか出来なくて」

 ブーツだけしかまだ目隠しでは出来ない。だから駄目だったのかなと見当違いの方向で考えていた。割と凄い芸だと思う三世。ただ凄すぎて気持ち悪かっただけだが。

「ああこれはクローバーさんに作ったのでどうぞ。せっかくなので記念品代わりに」

 次は目の前で料理にしよう。そう固く誓い、クローバーに作ったブーツを渡す。

「おうあんがとさん……」

 笑顔で受け取ってそのまま履き替えるクローバー。そして無言になった。

「なあ。なんでこれぴったりなんだ?俺の足の大きさ知ってたのか?」

 両足ともにジャストフィットするブーツを持って冷や汗をかきながらクローバーは尋ねた。

「え?歩き方見たら大体わかりますよ。足だけですが。師匠なら一瞬で全身のサイズを把握しますよ」

 マリウス基準の為に革関係だけは妙に常識が通用しない三世。クローバーは三世を宇宙人を見るような顔で見る。こいつの常識がわからないと顔に書いてあった。


「それって全員の足の大きさとかがわかるものなのか?」

 マーセルの問いに三世が首を振って答える。

「いえ。割とわからない人もいます。間違える人も」

「ほう。俺とかどうだ?」

 マーセルは自分の足のサイズとかわかるかと尋ねる。三世はこれも首を横に振った。

「足運びが特徴的な人や極端に身軽な人は分かりません」

「なるほどな。俺の場合は忍び歩きが癖になってるからか」

 何故か少しだけ残念そうに答えた。


「さて次はシャルトの番ですよ?頑張って下さいね」

 三世はにっこりとシャルトの方を見る。未だにあわあわと落ち着きなく慌てていた。

「シャルちゃん凄いよ!うちの中で一番凄いんだからね」

 ルゥの大きな声で期待値が上がっていく。シャルトを呼ぶ声が回りに響き、そして顔は赤くなったり青くなったりしていた。

「ルゥ姉。私何も出来ないのですが。あれですか?食べられる物と食べられない物を見分ける芸でも出せば良いんですか?」

 おろおろとしながら話すシャルト。これ事態が一種の芸のようだった。

「シャルト。もしかして忘れてます?」

 三世は自分の喉をとんとんと指で叩く。シャルトは三世をぼーっとみて、そして手をぽんと叩く。

「ああ。そうか。これも芸ですね。すっかり忘れていました」

 これが芸じゃないなら何が芸なのか。三世は苦笑しながらシャルトを見る。

「頑張っておいで」

 頭を撫でてシャルトを送り出す三世。それを受けて嬉しそうに目を閉じるシャルト。

「リクエストありますか?」

「だったら落ち着いた感じで。ちょっと騒ぎすぎましたからね」

 三世の答えに微笑み頷くシャルト。そして目立つ所に歩いていく。


「では失礼します。お静かにしてお待ち下さい。どうか皆様の大切なひと時を私に下されば光栄でございますわ」

 芝居じみた動きをしながらシャルトは深々と一礼する。


 声を発した瞬間に声に支配される場。それは歌声というよりは音色だった。

 いつもの歌ではなく、今日は童話調の歌だった。

 それは熊の話だった。熊が山を降りて自分の子供を捜す。子供が見つかったさあ家に帰って寝ましょう。

 そういった内容だ。穏やかな短い内容の歌詞を繰り返す歌。いつものような引きずり込まれそうな魔性を感じない。その代わりにただただ安心させてくる音が響く。

 落ち着いた雰囲気に穏やかな気配。どこかに誘われるような歌を三世は優しい気持ちで聞く。そしてはっとして気づいた。これは子守唄だと。必至に寝そうになるのを堪える。

 シャルトが頭を下げて終わりを示すとそこはほぼ全滅していた。

「これお店で歌うの禁止されてるのですよね。どうしてか今理由がわかりました」

 周囲を見回してシャルトが呟く。おきているのは自分とマーセルとルゥだけだった。クローバーも起きていると手を上げるが声も出せず下を俯いたままだった為に寝ていると判断した。

「キリも良いしこれでお開きにしましょうか」

 三世の言葉にマーセルが頷いた。三世達は片付けを、マーセルは部下達を蹴飛ばしながら寝床に行かせた。



 自分達のテントで寝ているとルゥはふと目を覚ました。特に理由は無い。ただ夜に呼ばれたような気がしたくらいだ。

 テントを出て外に行くとそこにはマーセルが一人で空を見ていた。

「一人でどうした?何かあったか?」

 マーセルがこちらも見ずに空を見上げたまま尋ねてきた。

「ううん。ちょっと起きちゃっただけ。そっちは?寝て無さそうだけど」

「ちょっと余韻に浸りたくてな。ずっと無理させてきたのわかってたんだ。だからあいつらを楽にさせてくれてありがとうな」

 マーセルの言葉は安堵と、そして若干の寂しさを感じているように見えた。

「マーセル。私言わないからね?」

 ルゥの言葉にマーセルがルゥの方を向いて尋ねた。

「何をだ?」

「うーんとね。色々」

 ルゥの答えにマーセルはため息をつく。

「そうか。そうしてくれると助かるよ」

 呆れたような困った顔をしながらマーセルは空を見上げる。

 もうすぐ今までの生活が終わる。悪いことでは無い。むしろ良いことしかない。だが少々寂しい。終わったらまた寂しい世界になるからだ。

 だからこそ、今日くらいはこの静寂を楽しもう。マーセルはそう願い空を見上げた。空はいつも一緒だ。それでも、今日は星が少ないように感じた。



ありがとうごじゃいました。

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