マーセル盗賊団4
「ヤツヒサと言ったな。詳しい話は外でするぞ。クローバー。誰も外に出すな、話を聞くな聞かせるな」
マーセルの命令にクローバーが頷き、マーセルは一人で外に出たいった。三世はそれを慌てて追いかける。家を出ると既に結構な距離が開いていた。追いついた時にはログハウスが視認出来るかどうかの位置になっていた。
マーセルは周囲を確認した後、何か砂のような物を周囲に撒いてこちらに話しかけた。
「すまんな。そっちの仲間かも知れないが獣人は避けさせてもらうぞ」
その言葉に三世は逆に尋ねた。
「それはどういった意味で、でしょうか?」
三世の言葉にマーセルが不思議そうに更に尋ねる。
「優秀な獣人は人の嘘を見抜くからだが。他に何か意図があるのか?」
その答えに三世は安堵した。相手が獣人嫌いだった場合三世は会話が出来る気がしないからだ。
「いえ。獣人差別でないなら何の問題もありません。確かにうちのルゥはそういう能力がかなり敏感です」
三世の言葉にマーセルが頷く。
「むしろ獣人は好きだぞ。といってもガニアの国にはほとんどいないが」
三世もそれは思った。奴隷としてならラーライル王国で多少は見てきた。だがガニアル王国では全く見てない。
「なぜでしょうかね。獣人なんてどこでもいそうですが」
その問いにマーセルは答えることが出来た。
「理由は二つだな。まずガニアに獣人の奴隷制がうまく定着していない。強欲な奴隷商が高く売る上に奴隷の扱いが悪いからうまくいかない」
三世はそれを聞いて理解した。ラーライルでは一番奴隷らしい生活をしているのが奴隷商の元締めだ。自分の生活身分名前全て捨てて獣人の保護を行っているからだ。
「もう一つは近場に獣人の集落が無いからだ。大昔に大体滅ぼした」
「滅ぼしたですか?何か事情でも?」
マーセルは三世の問いに頷いた。顔半分は見えないが、複雑な表情を浮かべているのがわかる。
「国の特色というやつだな。うちは軍事力が高いわけでも物流が栄えているわけでも凄い特産物があるわけでもない。だからこそ他の国に狙われやすい。突出してはいないが何でもあるからな」
「それならラーライル王国もそうなのでは?」
三世の問いにマーセルはまた頷いた。
「ああ。ただしあそこの王族は昔から腹黒い。敵を作らないように立ち回り利益を確保出来ている。正直凄く腹立つがガニアもかなりの恩恵を受けたから文句は言えない」
マーセルの口調には嫌味は感じない。ラーライルと仲が良いのは真実だろう。更に話を続けた。
「それで狙われない為にどうするかというと、徹底的にやると周囲にアピールする必要がある。だから敵対してきたら種族関わらず相手が降参するまで徹底的に戦う。勝ち負け無視してな」
三世もその考えは知っている。元いた世界で良くあったからだ。それが正しいか悪いかはわからないが、彼らに必要なことなのは理解出来る。
「なるほど。だから獣人との争いになった時に……」
三世の問いにマーセルは頷く。ラーライルはそれすらも奴隷に繋げて成功している辺り本当にその辺の匙加減が上手いらしい。
「問題は獣人に降参という概念と国家という概念が無かったことを昔のガニアが知らなかったことだな」
「ああ。お互いがお互いを知らないから結局滅ぼすまでいってしまったということですか」
争いの理由なんてどこも一緒だった。お互いのことをお互い誤解して曲解して間違えて。良く知らないから争いが起こる。理解しあうというのは簡単なことではない。
「そうだな。一応極少数の生き残りを保護する活動も出ている。といってもこれは機密だがな。徹底的な王族というイメージから離れるからな」
「なるほど。色々ご教授ありがとうございました」
三世は頭を下げて礼を言う。そしてそれ以上に言いたい言葉を飲み込んだ。どうしてそんなことを知っているのかと。自分を普通の盗賊だと言っていたが、たぶんそんなことは無く、王女の護衛か何かなのだろうと考えた。相手が黙っていることに踏み込むほど三世は鈍感では無かった。
「話を戻しますが、その前に一つだけお尋ねしたいことがあります。ソフィ王女は無事ですか?」
マーセルはそれを聞いて頷いた。
「本人からこれを預かった」
マーセルは一枚の絵を三世に渡した。それは写真に近いほど精巧な絵だった。
そこに描かれているのはレベッカ王妃と女の子の二人だった。レベッカは優しく微笑んでいた。もう一人の女の子は睨んでいるようなぶっきらぼうな表情を浮かべている。
十七歳という年の割には小さい背に綺麗な薄い紫の長い髪。小柄な猫のような風貌に目つきが悪い。レベッカに言われていたソフィの姿そのままだった。
「その絵は?」
「二人の思い出の絵らしい。俺が王女と関わりあるとこれで信用してもらえるか?」
三世は黙って頷く。最初からその点は信用している。そしてこれで生きているのがようやく確実となった。
三世はその絵を黙ってみているとマーセルが話しかけてきた。
「あまり半目でジト目なことは言わないでやってくれ。気にしていることだ。この絵だって本当は笑って写りたかったが緊張したそうだ」
レベッカからも聞いていた。素直な良い子だけど笑うのが苦手で少々シャイな子だと。
「私はこの二人ならソフィ王女の方が可愛いと思いますよ。愛くるしいじゃないですか。ちょっと懐きかけた猫みたいな顔」
それを聞いてマーセルはぴくっとした後苦笑いをして、そして半目で三世を見た。
「そうそうそんな顔です。ツンツンした猫がちょっとかまってほしいような顔」
「これはお前に呆れている顔だ」
マーセルは半目でジト目のまま三世を見つめた。
「いい加減本題に行こうか。どこまで知っているか知らないが王女関連の情報は無いだろう」
三世は頷き、まずは自分の持っている情報を話した。といっても全く無い。噂話を集めて依頼こなしていたらレベッカから接触があったくらいだ。だから話の大半はルゥの話になった。
ルゥが料理人ギルドの協力者枠に入ったこと。レベッカを抱きしめて泣かせたこと。泣いた翌日に恥ずかしそうにしているレベッカを撫でて更に羞恥に追い込んだこと。それらを話しているときのマーセルは表情は読めなかったが集中して聞いているようには見えた。
「なるほど。お前らが規格外なのはわかった。それにしてもその程度の情報で良くここまで来たな」
三世は頷いた。
「情報が集まらなくなってきたので諦めて直感に頼りました。なんとなく王女が生きてるような気がしてたので」
「案外馬鹿に出来ないものだからな。直感。じゃあ次はこっちの番だな。と言っても言いたくないことは避けさせてもらうが」
そう言い、マーセルは順番に何があったかをこちらに説明した。
まず王女は別に誘拐されたわけではない。自分で逃げただけだ。
逃げた方法は秘密らしい。軍人に協力者がいると三世は思ったが尋ねるようなことはしない。
逃げた理由は暗殺されかかったから。
運良く暗殺される前に相手の話を聞けて無事だった。相手が誰なのかも理由も言えない。それほど厄介な相手だから。
王女を助けるついでに情報を集める為に王女が内密に人を集めた。独自に王女が支援している孤児院の出自の人だったり王女が親に内緒で外に行った時の遊び相手だったりを。
ちなみにそれらがマーセル盗賊団の正体だ。正しい意味での盗賊はマーセルただ一人だと本人は語った。三世はただの盗賊だと信じていないが。
後は暗殺対策と証拠集めに奔走する日々だと。
「これだけ色々聞くと一つだけわかることがありますね」
三世の言葉にマーセルは何だと尋ねた。
「王女様はとても良い子で人に愛されているってことですね。誰一人王女の情報を漏らさないでコレだけの人が集められるというのはとても凄いことだと思います」
逃亡してからの為しょうがない話だが、計画が杜撰すぎる。誰か一人でも王女のことを話したら終わりだ。だがそうはならなかった。三世も町内は全て回った。孤児院も含めてだ。それでも一人たりとも情報をもらしていない。幼いながらも、既に王族として必要な物を持っていた。
それを聞いてマーセルは苦笑しながら頷いた。
「そうだな。目つき以外は王族らしいんじゃないか?俺には良くわからんがな」
マーセルのその言葉に三世はいつもよりも少しだけ大きな声で強く否定した。
「その目つきが良いんじゃないですか」
それを聞いてマーセルはまた先ほどのジト目になった。
「お前趣味が悪いな」
「そうなら盗賊団全員趣味が悪いことになりますね」
三世の言葉にマーセルは噴出した。
「確かにそうだ。よくもまあ趣味の悪いやつらが集ったもんだ」
マーセルのその言葉は盗賊団の仲間達への信頼や絆を感じるものだった。
「大体これでお互い話せることは話したことになるか?」
その問いに三世は頷く。ここからが本当の意味で本題だ。情報のすりあわせが終わった後はお互いの妥協点を探る。
「それでこれからどう動く。こっちとしてみたらこの絵やるからとっとと戻って待つように王妃様に言ってくれたら助かるんだが」
マーセルの要求は三世にとって好ましいことではない。王女を無事に届ける。ここまでは問題無い。だがその先の方向性は違った。
相手側の求める答えに速度は重視していない。何故なら安全であればあるほど問題が無いからだ。
だが三世側はそうではない。出来るだけ早く親子を再会させたいというルゥの願いから生まれた行動だからだ。そこを三世は否定させるわけにはいかなかった。安全であるのは当たり前だが、少しでも早く行動に移したい。それ故にお互いの妥協点を見つけなければいけなかった。
「こちらとしては後は事件の早期解決を望むくらいですかね」
三世はため息を付きながら言葉を発した。結局はここに行き着く。それが出来ないから相手は早期解決を諦めているのだから。
「それはこちらでもそうだが、手段も証拠も揃ってない。強引な手段に出ることすら出来ん」
マーセルはできないことを強く強調して言葉を出す。無理を言うなということだろう。三世は最後の推測をマーセルにぶつけることにした。
「ちょっとした予測があるので聞いていただけますか?あってたら頷くだけで良いですので」
三世の言葉にマーセルは頷いた。それでこちらに協調してくれるならという思惑だろう。
「では一つ目。盗賊団にしたのは黒幕が盗賊を使っているから」
マーセルは頷き一つで返した。
「では二つ目。盗賊と関わりが無い上に強い権力を持っているのが黒幕。誰にも信じられないから私達にも言ってない。繋がりがある可能性も感じている」
マーセルは再度頷いた。ここまでは今までの話から推測できることだ。
「その通りだ。身分の問題もだが保身も上手い奴だ。証拠すら手元以外にないだろう。こちらも後手に回り続けている」
マーセルの言葉に三世は頷いた。思ったとおりだからだ。
そして三世は最後の質問をした。それはとある人物の名前だった。
「黒幕の正体はこの人で正しいですね?」
三世の予測にマーセルは答えない。ただ驚愕の表情を浮かべるだけだった。顔半分が隠れていてもわかるほどの驚愕。
その驚き様こそ、三世の予想が当たっていることの証明となっていた。
追い詰めるのには足りない。足りないが、三世には手段があった。黒幕を追い詰める為の手段が、それは偶然手に入れた手段と権力のあわせ技だが。
「早期解決。協力していただけますか?」
三世は強めに問う。答えは決まっているだろう。
「王女様含めて王族の絶対安全と盗賊団を無駄に減らさない。これを約束出来るなら」
減らさないではなく、無駄に減らさない。マーセルの考えは軍人のソレだ。集団で生活する生き物のように。自分の命より上の優先順位がある。今回は王女の帰還だろう。
犠牲が出ても目的を達成する意思がある。きっと盗賊団全員自分の命より目的を優先するのだろう。お互いのそういう三世では考えられない絆を感じた。
「約束します。だからこそ、これからを一緒に考えて下さい。手段も方法も提供します。指令としての能力は私にはありません。全員が助かってすぐに終わる。そんな夢のような作戦を」
「良いだろう。マーセル盗賊団最後の仕事だ。全員が死なないで黒幕を追い詰め、王女が帰還出来る作戦を立てよう。ただし一つだけ条件がある」
マーセルが何か思いついたように言う。その瞳は笑っていた。
「伺いましょう。大分無茶を言っていますので多少は聞きます」
三世の言葉に満足そうに頷いた。
「うむ。ならば今日からお前ら三人もマーセル盗賊団の仲間入りだ。王女を送り返す短い間だが、頼むぞ」
頼むぞ。マーセルはその言葉を強調して三世の肩を力強く叩いた。女性とは思えないほどの強さに三世は痛みを我慢して体を萎める。
「わかりました。ボス。短い間ですがよろしくお願いします」
三世の答えに気をよくしたマーセル。三世はこの要求を盗賊団を大きくしたいというよりも、自分達と仲間になりたいという意味と受け取った。
「ボスじゃねぇ。お頭と呼べ」
「了解です。お頭」
二人は軽い口調で言い合う。お互いの顔から自然と笑みが零れていた。
「ところで部下に言うのもなんなんだが、獣人ってあんまり見たことないんだけどさ。撫でていいもんなのか?いや彼女達が嫌なら止めておくが」
マーセルが良いにくそうに三世に尋ねる。実は耳とかずっと撫でてみたかったらしい。
「ルゥの方はお願いしたら良いと思いますよ。たぶんシャルトは無理ですが」
「あー。王妃を絆した方か。後でお願いしてみるよ。なんかすまないな」
申し訳なさそうに言うマーセルに構わないと三世は答えた。むしろ三世にとっては好ましいことだ。
獣人好きなら仲良くなれる。三世はそう確信した。