マーセル盗賊団3
マーセル盗賊団のボス、マーセルは忙しい日々を送る。盗賊稼業らしからぬ仕事を繰り返し、目的を達成するために本来の部下では無い人間をこき使って。
部下を複数の拠点に分けて潜伏させる。そして一つだけ分かりやすい拠点を置きそこに軍の目を向ける。そういった作戦だが別に誰かを犠牲にするつもりはない。
軍の目に届く拠点には自分の持ち札の中でも特に強力な人員をつけている。最悪でも全員で逃げるくらいは出来るはずだ。
それでももしもを考えてこまめに自分の目で確かめるようにしている。我ながら女々しいと思うが。
そこでマーセルが見たものは異質な光景だった。不可解と言ってもいい。
まず隊員のほとんどが寝ている。しかも縛られてだ。その睡眠は深く、座ったままの姿勢にも関わらず、誰一人身じろぎ一つしない。爆睡ならぬ縛睡というかなんというか。
残ったのは五人。ただしそのうち盗賊団員は二人だ。どうしてなのかマーセルにはわからない。敵かと言うとそうは見えなかった。というか妙に仲が良い。
元軍人の男は二人の獣人の女に自分の冒険譚を語って聞かせていた。わかりやすい絵本の様に、それでいて上手に話を組み立て、一人芝居だが妙に様になっている。
マーセルもそれには感心した。そういうことが出来たとは初めて知ったからだ。何故今披露しているのかわからないが。獣人の二人は齧り付きそうな勢いで聞き入っていた。
残った二人。片方は現盗賊最強の人員。もう片方はくたびれたおっさんだった。
見知らぬ中年のおっさん。中肉中背で背丈だけで無く顔にも特徴が無いありきたりのおっさん。強いて言えば気弱そうな感じに見える。妙に格好が良いジャケットを着てバーカウンター内でカクテルを作っていた。そしてそれを団員の男が飲む。
こいつは元々路地裏で一人で生き抜いてきた生粋のアウトロー。少しは落ち着いたが、それでも知らない人からの酒を飲むような警戒心の薄い男では無い。
全体的にカオスになっている自分の拠点を見て、どうしたもんか悩むマーセル。
「それで、何があったか説明してくれるか?」
マーセルはため息を付きながら、めんどくさそうにそれだけ言った。
何とか勝利した三世達。マーセルが帰ってきたのはその日の夜だった。
三世が最初にマーセルを見た時は驚いた。お頭と呼ばれるマーセルは女性だった。
ルゥほどではないがかなりの長身。三世より高いから180に届かないくらいだろう。手足も細くすらっとしたモデル体型に銀色の短髪。顔の下半分はターバンのような布を巻いて隠していた。
顔を布で覆っていても響いて聞こえるハスキーな声が非常に妖艶で魅惑的だった。
「あの。何から話せばいいかちょっとわかりません」
三世はありのままを答える。色々あって本当に良くわからなくなっていた。だろうなとマーセルも答える。この現場を見たらわかるだろう。
「最初からで良い。まずはお前ら何者だ?」
自己紹介すらしたことなかった三世は軽く自分達のことを話す。ルゥとシャルトは未だに盗賊風の元軍人の冒険譚に夢中だった。その興味津々っぷりに三世は少々嫉妬するが、話の上手さに納得するしかなかった。
お互いに名前だけの自己紹介をした。
盗賊団団長のマーセル。話をしているBと呼んでいた男はグラン。ルゥと殴り合って今酒を飲んでいるCはクローバーと言うらしい。
そこから三世達は自分達のことから今までを話し出した。
マーセルと有利に交渉する為に襲撃をかける。
ギリギリで勝利。その際に捕らえていた見張りを見ると全員眠り込んでいた。戦闘序盤に抜けた二人の元後衛はその際見張りを救助に行こうとして失敗。彼らも縄に手を持ったまま眠りについてしまっていた。
眠りに誘うエンチャントだが、それほど強力な物ではない。ただ疲労が激しく、また軍人襲撃より睡眠障害に陥っていたらしい。そうした理由から、本来ありえないほどの効果を発揮していた。
三世が勝手にAと決めた指令役の人物ももう一週間も寝れてないのでせっかくだから眠りたい人全員に眠ってもらうことにしたら、二人を除いて全員縄に自分から縛られに来た。
その間にルゥに殴り倒されてダウンしていたクローバーが起き上がる。目を覚ましたクローバーは妙に楽しそうだった。
曰く殴り合いで負けたのは人生で初めて。そして初めて全力を出せて超気持ち良かったとのこと。
そこでグランとクローバーと自己紹介をしあった。その時に元軍人というのを説明する為にグランは冒険に沢山出たと話したらルゥが冒険について尋ねた。
三世は獣人の二人は子供みたいなものだから。あまり残酷なのは避けて欲しいとグランに頼むとグランは頷き、そして幼児向けの冒険譚のようなお話を始めた。獣人の二人が夢中になるのはあっという間だった。
残されたクローバーと三世。お互いにお互いが正反対で苦手だと会話するまでも無くわかってしまった。沈黙が痛い。
インテリよりの三世とアウトローのクローバー。お互い何を話したら良いか非常に困っていた。
どうしても思いつかず、三世がお見合いのように趣味を尋ねる。クローバーはそれに殴り合いと酒と答えた。
三世は困った。どっちも自分の苦手分野だ。飲めないことは無い程度の酒に苦手な殴り合い。確かに男なので拳の喧嘩に憧れが無いことはない。ただし自分が絶対に出来ないと知っているからこその憧れだが。
まだマシな方の酒について尋ねると、クローバーの酒の趣味は意外なほど紳士的で、本格的だった。何故か置いてあるバーカウンターの中からノンアルのカクテルをさっとシェイクして三世に出した。
詳しいことはわからないが、柑橘系の甘い味が疲労したからだに染みわたるのがわかった。
実は『かっこいい』ことが好きな三世。バイクに興味ないのにライダースジャケットに夢中になったりするような男である。大男が無言でカクテルをそっと出すその仕草を気に入らないわけが無かった。
様になって格好が良い。とてもお洒落にまるで雰囲気の良いバーみたいだ。とクローバーを褒め称える。実は将来自分のバーを出すのが夢なクローバー。しかも彼はあまり褒められなれていない。クリティカルヒットなその言葉に一気に三世と仲良くなる。
「そんなにかっこよかったならお前もやってみろよ」
クローバーは照れくさそうにしながら、三世にカクテルのことを教えていく。三世が一番格好良いと思ったシェイクのみだが。
器用の数値のごり押しで初心者の割には出来るな位になった三世。ある程度出来ると今度は見栄を張りたくなった。必死に現代知識を思い出そうとする。
だが酒自体さほど興味なかったのでなかなかうまくいかない。
二人で現代知識をうまくこっちに再現するために色々試し、そして酒が好きなクローバーがそれを評価する。気づいたら、この世界に無い新しいカクテルに挑戦していた。
「という感じになりますね」
三世の言葉にマーセルは頷くことも怒ることも出来なかった。どうしてこうなったかはわかったが、何故こうなるか目的も何もかもわからなかった。
「とりあえずこの惨劇は置いておこう。お前達の目的を話せ。色々な意味でこっちのマウント取られた上に誰も死んでない。多少は聞いてやらんわけにはいかないだろう」
最悪なのは戦力の大半が熟睡状態。これが無いなら強引に全員で逃げられる。次に悪いのは人嫌いのクローバーが懐いてしまったことだ。最大戦力が不安になってしまった。
グランも未だに楽しそうにお話を続けている。完全に精神的なマウントを取られていた。
「凄く長くなりますがわかりやすいお話。凄く短い代わりに誤解される可能性も理解されない可能性も高いお話。どちらにしますか?」
三世の質問にマーセルは迷わず後者を取った。基本わずらわしいことは嫌いな性質だからだ。
それを聞いて三世は、にこっと最上級の笑顔を見せながら、カバンの中から短刀を取り出してテーブルに置いた。これはマーセルを試す意味もあった。反応次第ではここであることが確定する。
それをマーセルは驚愕し、そしてその短刀を手に持って確認した。
「……本物だ。しかもあの人の今の物だ。何故これを持っている?盗める物でも無いぞこれは」
驚きを隠すことすらしていない。表情を豊かにして三世を睨みつけるマーセル。三世は本心から笑顔になった。ようやく確信できたからだ。ソフィ王女とマーセル盗賊団は繋がっていると。
「ソフィ王女救出の密命をレベッカ王妃様よりお引き受けさせていただいた者です」
三世は安堵した。ようやくレベッカに喜ばしいニュースを持って帰れそうだからだ。
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