マーセル盗賊団2
棍棒を落とした盗賊は慌てて棍棒を拾いあげようとする。拾う瞬間を狙い、今度は男の手を弓で射る。
前衛も必死にカバーしようとするが、当の落とした本人が戦闘経験が浅いのと矢の数は防ぐ数より多い為、うまくカバーを受けられず拾うたびに手を負傷していく。
鏃は付いて無い為ただ痛いだけだ。接近するまでに弱い相手にそれを繰り返す。お互いの棍棒が当たる付近に来るまでに後衛から二人抜け相手陣営の人数は八人になった。
人数を増やすよりも戦力の穴を塞ぐ方を優先したらしい。
これでこっちが楽になるかと言ったらそうでもない。むしろ奇襲や見張りの救出に対する用心が必要になってくる。
そして接近。後方中央の男が指示を飛ばす。以後彼をAと呼ぶ。
Aの指示の後に隊列が乱れない程度に広がってこちらを包囲しようとしてくる。それをさせない為に三世も指示を出す。
「ルゥ。左端の相手を頼む」
ルゥは頷き、左端の相手の傍に走り棍棒を振るう。
結局の所、相手も烏合の衆に近い。三世達も人数不足だったり経験不足だったりと似たようなものだが。
ただし相手陣営に明らかに動きが良いのが三人いた。
一人はA。司令官の役割もあるように少人数とは言えうまく扱っている。
一人が右端の男。体躯もそうだが場慣れしているのがわかる。接近してからは常にシャルトの動きを警戒しながら三世と向き合っている。以後彼をBと呼ぶ。
もう一人が左端の男だ。今ルゥと向き合っているが常に笑っている。体躯もBより大きい。ぼろ布の服装とも合わさり、盗賊というよりは剣闘士に見える。以後彼をCと呼ぶ。
兎に角この三人。特に実際の戦闘を担うBとCが非常に危ない。Bはシャルトの矢を何本も棍棒で叩き落している。Cも同じかそれ以上の腕と見て間違い無いだろう。
一番怖いのは両端の二人が接近するほど囲まれた場合だ。一人でも危険なのに二人に連携を取られるとあっという間に磨り潰される。
そうさせない為にCを一番戦力の高いルゥに任せ、シャルトと三世の二人がかりでBに向き合う。その他の人も一緒に相手にする為圧倒的に不利だが仕方無い。
三世は棒を持ち牽制も兼ねてBに突きを繰り出す。とは言え本気で攻撃しているわけではない。軽い突きを繰り返して引っ込める。相手の行動を縛るだけで良い。
本気の攻撃を止められる可能性もある。他の盗賊の攻撃も来る。何より相手を倒せる気がしない。三世は時間稼ぎを中心に立ち回る。
Aの何かを叫ぶ声が三世の耳に届く。内容までは聞こえないが。そしてその後に盾持ちの一人が三世の方に迫ってきた。大きな盾でそのまま三世を殴りつける。
うまく後方に飛びのく三世。そのまま盾持ちがBをカバーするように立ち回る。二度目の盾殴りを行おうとする相手にシャルトが矢を放つ。
非常にゆっくりとした弾道の矢。先端に鏃が無いどころか布で丸い玉が作られていた。バランスも悪い空気抵抗も酷い。挙句に弓は弱い。
通常なら放っておくほどの矢だが、盾持ちの顔めがけて飛んでいるため盾持ちは慌てて大盾を動かしガードに専念する。シャルトがそれに反応して走る。
目にも止まらぬ速度のまま盾持ちの前まで走り、油断した盾持ちの盾を蹴飛ばして草むらに飛ばした。そのままもう一度蹴りを放つ。今度は盾の無い為体に直撃する。そしてそのまま相手は動かなくなった。これで後七人。
シャルトの強みは弓だけではない。技術は未熟で体力は無い。ただし、その瞬発力はこの中の誰よりも高い。既に後方にて弓を構え待機している。
中途半端だと逆効果になると相手は思ったのか盾持ちが二人三世とシャルトに迫る。これで盾持ち二人とBの三人と、シャルト三世の二人との構図が出来上がった。
牽制のみで有効打は打てないが拮抗していた。見事に状況が動かない。シャルトの弓を警戒してか相手もうかつにこちらに人員を増やせないように見えた。
Bの接近を許したら三世達は負けが確定する。だが棒という長物と高速移動と弓という武器のあるシャルトによってBは近寄ることが出来ずにいた。
小さな合間に三世はCと戦っているルゥの方をちらっと見た。その光景は予想外の状況になっていた。
まずお互いが何も持っていない。ルゥの木の盾も両者の棍棒も無かった。周囲に木の残骸が転がっていた。全部壊れたらしい。
等の本人同士は拳と拳による素手喧嘩だ。お互いが拳を繰り出す。三世が目をこらしたらようやく見えるというような拳での応酬を繰り返す二人。
一歩も動かないほぼ零距離での打ち合い。ルゥは全て拳で防いで一撃も直撃を受けていなかった。拳で攻撃を防ぎ拳で反撃する。通常なら不可能な攻防一体のスタイルを可能としたのは特別製のガントレットのお蔭だった。その効果は体力と筋力と耐久の増加。そしてそれ本体も革製とは思えないほど硬く丈夫だ。故に相手の攻撃を防ぎきれている。
だからこそ、異常なのはルゥよりも相手側のCだ。拳をユニーク装備で固めた獣人の全力の一撃。それを既に何発も食らっていて未だに笑いながら戦っている。むしろその笑いはより深くなっているようにも見える。
ルゥの全力のパンチは岩を抉り鉄を凹ませる。それほどの攻撃を何度も耐える相手の耐久は三世にもルゥにも想像外のことだった。気づいたらルゥは手加減を忘れて全力で戦っていた。
さすがにあちらには混じれない。そう思ったのは三世達だけで無く相手陣営もそうだろう。
ラッシュの応酬にこちらまで衝撃を感じるほどの攻防。ルゥが有利のはずなのにルゥは苦痛の表情を浮かべてCは笑っていた。
ルゥとCに混じれないとわかったAはこちらにC以外の全勢力を傾けだした。人数が増えて行動が荒くなったため戦い自体は脅威では無くなった。だがその人数に押され、後退せざるをえなくなってしまっている。さっきよりは苦しくない。だがこちらが後退しないと囲まれる。相手もわかっているため囲いこもうと狙う。三世達は少しずつ後退しながら応戦するしかなかった。
じりじり後退していく三世達。既にルゥは敵陣営の後ろで見えなくなった。そろそろ逃げ場も無くなる。一応三世にもいくつか手段はある。今回の対策もあるが出来るだけ使いたくなかった。それでも使わないといけない。三世はシャルトにお願いする。
「すいません。前衛頼めますか?」
シャルトは笑顔で頷く。
「そこは一言、任せるだけでいいのですよ。私はあなたの物です。如何様にも」
そのまま三世の前に出て前衛を務めるシャルト。弓使いな為耐久のある装備というわけでもない。体力も耐久も三世よりも低い。その上既にかなり動き回っているため体力も低下している。そんな状態で弓を捨てて前に出る。
後退を止めた為シャルトに攻撃が集中する。特にBは油断も容赦もしない。的確に倒れるように棍棒を振る。しかし、それは一度たりともあたらなかった。
シャルトにも一つだけスキルがある。生存本能という名前のスキルはその名の通り、危機察知に鋭くなる。特に体力が下がれば下がるほど鋭くなっていく。しかもシャルトは非常に脆い。その弱さから多くの手加減攻撃も危険察知の範囲となる。ただし例外はある。危険察知が発動しないほどの手加減の場合だ。相手がなれてないからか複数の棍棒がシャルトを襲う。
Bの攻撃は一度も当たらないが、それ以外の攻撃は被弾が増え、シャルトに打撲痕が増えていく。それでもシャルトは引かない。後ろに三世がいる限りは死んでも引かないだろう。
三世も状況をそろえようとするがなかなかチャンスは回ってこない。囲われないように援護するので精一杯だった。何度もシャルトが殴られ、そしてようやくチャンスが到来した。
相手は人数が多く、そして疲労が溜まってきている。疲労に関してはこっちも同じだが。そのせいか相手の行動が雑になっていた。B以外だが。
三世は相手の隙を狙い、盾持ちの一人に足払いを仕掛ける。
三世は槍の才能が無い。だからこそ、マリウスは基本で安全範囲の広い突きだけを徹底的にさせた。そのお蔭で今もある程度戦えている。だが突き以外は本当に微妙である。
練習すらしていない上に才能無いものの足払い。うまくいくほうが可笑しい。実際には足を払うことが出来ずに相手の足に直撃するだけだった。
盾持ちの踝に棒が直撃し鈍い音を立てる。そしてそれと同時に相手から声にならない悲鳴が聞こえる。シャルトはそんなことお構いなしにその盾持ちの盾を奪った。盾は使ったこと無いが少なくとも殴られるだけの今よりはマシだろう。
そして盾で耐えているうちにもう少し人数を減らす為に三世はB以外の人間に攻撃を集中させる。
ふと見ると一人脱落していた。さっき踝に直撃した元盾持ちだった。思った以上に痛かったのか戦線から離脱して蹲って震えていた。三世は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
Aが何か指示を飛ばす。だが何を言っているかやはり聞き取れない。盾に棍棒が当たる音と人の音でこちらまで聞こえない。
そしてその声の後に相手の動きが露骨に変わった。戦闘を極力減らしてこちらを囲むことに集中しだした。それをされると三世とシャルトはとても困る。
盾の後ろに回られることも三世に敵が集中することも避けたかった。少ない人数でうまく囲まれないように立ち回る。後退はもう出来ない。横軸移動と牽制で後ろの回りこみを防ぐ。
だが相手の狙いは囲むことではなかった。気づいたらシャルトと三世は分断されてしまった。三世の前にいるのはBだ。残りはシャルトがこちらに来ないように道を塞ぐようにシャルトを襲う。
「ご主人様!」
シャルトの悲鳴のような声が聞こえる。シャルトにも三世にもわかっていた。真っ向からの一体一で勝てる要素は一つすらないことに。
「卑怯な手段だ。許せとは言わない。むしろここまで良く耐えた」
Bが初めて言葉を発する。その声と態度には騎士道を感じる。正々堂々とした戦いを望んでいたのかもしれない。
Bはそのままじりじりと三世に近づく。その姿に油断は一つも無かった。棍棒を片手剣のように持っている。疲れが出だして本性が出だしたのか、これがBの素の戦い方なのだろう。
三世は相手を見据えながら、棒を背中に背負って両手を開けた。相手は諦めたのかと思い動きを止めて三世に話しかけた。
「降参なら受け付ける。投降して事情を話してくれたら良い。場合によってはあの人に会わせるのも考えよう」
Bの真摯な言葉だ。きっと嘘ではないのだろう。だが三世は首を横に振って拒否する。
「最後まで降参はしません。全力で来てください」
Bは何かを考え込むような仕草をして、そうかと一言呟き、言われるままに三世に全力で棍棒を降りかかる。その動きはまるで騎士の動き。この国に騎士団は無いから彼はきっと軍人だったのだと三世は理解した。
Bがこちらに飛び掛る瞬間に、三世は両手で腰に抱えていた縄を思い切り引っ張る。縄の先は地面に転がっていて、そして地面には縄で輪がいくつも作られていた。
縄で出来た輪にBは足をとられてそのまますとんと腰を下ろされた。その隙を三世は見逃さず、棍棒を蹴飛ばしその辺に飛ばしてそして背中から棒を取り出しBの顔に向けた。
「卑怯な手段です。許せとは言いません」
Bの言葉をもじって言葉を返す三世。Bはそれに苦笑して両手を挙げる。
「本当の意味でそれは卑怯じゃないかな?」
Bの言葉に三世は笑いながら応える。
「卑怯なのも大人の醍醐味ですから」
Bはおっさんという言葉だけは飲み込んだ。そのまま三世は両手足を縛りBを拘束する。
ルゥの方を見るとそちらも終わったようだ。Cが地面に倒れこむのが見えた。
「もう無理……疲れた」
ルゥが呟きそのままルゥも地面に倒れこんだ。見る限り怪我は無さそうだ。
「降参します。本命二人が倒れたので勝ち目なくなりましたし」
Aの言葉と同時に残った全員が武器を捨てて両手を挙げた。