マーセル盗賊団1
「これが国家権力の力ですか」
シャルトが難しい顔をしながら呟いた。それを感じたルゥは何故か楽しそうだった。
三世達はとある集団が誘拐に関わっている可能性が高いと思い接触することに決めた。マーセル盗賊団のことだ。どう考えても怪しい。
一度軍を差し向けて殲滅しようとしたが失敗。人数不足で第二陣は当分先になるとのこと。冒険者ギルドでは第二陣に向けての調査依頼が貼ってあった。
三世はそれを受けようと思った。だがそれは銀級以上の依頼だった。特例で鉄級依頼を受けたことから面識のあるコレットになんとかならないか相談する。
「すいませんが依頼を受けることが出来ませんか?」
三世は丁寧にコレットに頼むが彼女は首を横に振った。
「申し訳ありませんがあちらは危険性の高い依頼ですので鉄級以下の方の参加をお断りさせていただいています」
コレットは丁寧に答える。その顔は心配する顔だった。当たり前の話だ。いくら忙しいからといって軍の掃討が失敗するというのは普通じゃない。それをたった三人で受けるというのだから。
「本当に申し訳ありません。こちらも手段を選べないのです」
三世は懐からちらっと短刀を見せた。他の人に見せないように。
コレットは首をかしげたが、その短刀を良く見て、そしてその細工に気づき青ざめる。
「なんでそれ持ってるの?偽造なら死罪じゃすまないわよ」
とても小さい声でコレットは三世に尋ねる。他の人に聞かれないようにだ。
「とあるお方から直接授かりました。よしなにと一言添えていただいて」
三世の言葉に更に青ざめる。今三世達の地位は近衛特別部隊となっている。具体的に言えばギルド長よりも更に上だ。悪用できるものではないが。
「了解しました。依頼を発注させていただきます。ご武運を」
そうコレットは言って書類を通した。小さい声で気をつけてと付け足して。
そして冒頭のシャルトの言葉である。依頼を受けるだけでなく自分達専属の依頼扱いとなった。
更に本来馬車が出ていない場所だが行きは馬車で送ってもらえることにもなった。至れり尽くせりである。
盗賊の居る場所は王都から少しずつ離れていっていた。その為大変遠くで馬車でも本来なら一日以上かかるだろう。
ただし今乗っているのは軍用の馬車。それも相当な名馬なのだろう。数時間で目的の場所についた。ただし三人とも馬車酔いは避けられなかったが。乗りなれた馬車が非常に快適な為三世達には初めての経験だった。
ふらふらしながらでも目的地にはついた。観光も何も無い。小さな農村に。
村は人より高いくらいの柵に囲われていて入り口であろう安っぽい作りの木の門の前に、不釣合いなほど立派な鎧を着た人が二人で門番をしていた。軍による最低限の盗賊対策だろう。
そのお蔭か今回村人の怯えた様子は見えなかった。
馬車の馭者をしてくれた軍人が門番に事情を話して、そしてそのまま敬礼をして馬車は去っていった。三世達は門番をしている二人の軍人に近づいた。
村人に情報を尋ねようと思っていたが軍人がいるならソッチの方が都合が良い。三世達は軍人から情報を聞き出した。
まずは村の様子だが、見たとおり落ち着いていた。むしろ害獣対策も軍人がしてくれるから普段より仕事が捗るそうだ。
また、盗賊団の村人に対する接触も一切無い。今の所この付近に拠点を作って待機しているだけらしい。拠点もわからない。人数不足で探すことも出来てないからだ。
次に失敗した軍による盗賊団の討伐について尋ねることにした。運が良いことに門番の片方は討伐任務に参加していたらしい。
一部隊十人による三部隊合同の一個小隊。殲滅を目的に作戦を開始した。
作戦自体はスムーズに進んだ。相手の拠点破壊まで開始から一時間もかかっていない。うまくいっていたのはそこまでだった。
相手がゲリラと化した瞬間に軍の被害が増大。装備は破損し怪我人も続出。
相手自体は大したことないが逃走がやたら上手く、結局こっちの負傷者が多くなっていった。
その隙を突かれてか気づいたら相手は撤退していた為作戦は失敗となった。
相手の装備が貧弱だったからか怪我人は全員軽症。こっちは死者重傷者はいない。二十人以上軽傷になったが、全員翌日に軍に復帰できる程度だった。
相手側も死者はいないだろう。失敗後の探索で死体を一つも見なかったからだ。
軍人は声を荒げて言った。王に誓って全員真面目に任務に勤めたと。手を抜いたとか賄賂を貰ったとか色々言われたがそんなことは無い。ただ、相手が上手くやっただけだと。
その言葉に嘘は感じなかった。
三世は来て良かったと理解した。
本当に危険な相手だという可能性を否定しきれなかった。だがさきほどの襲撃の話を聞くとそうでもないとわかる。
相手は間違い無く大きな目的がある。それは国との敵対ではない。二度の接触に加えて軍の話が聞けた三世達だからこそわかることだった。
だがわかるのはここまでだ。目的すらわからない。時期的に誘拐に関わっている可能性は非常に高い。三世にとってそれは確信だった。
ただしどう関わっているかまでは不明瞭だ。起こした側なのか、それとも逆側なのか。ソフィ王女の私設兵団だったとしてもありえる話だ。
「今回の交渉はルゥ。全て任せます」
その言葉にルゥが頷く。
既に目的とすべきことは全部二人に説明していた。真面目が過ぎる三世には今回の交渉には不向きだった。シャルトは言わずもがなだ。
農村の中で出来るだけフル装備に整える三人。といっても全力で手を抜いたフル装備だが。
まずルゥの装備は小さな丸い木の盾に木の棍棒。棍棒には当たっても大怪我しないように布を巻いてある。マーセル盗賊団の真似だ。続いてシャルト。ルゥと同じ棍棒と小さな弓。矢も当たっても刺さらないような矢にしてある。
最後に三世は槍の代わりに長い棒。先に丸い布をつけて痛いが怪我しないようにした至高の一品。どっかの僧兵が練習で使いそうな物だ。それと大量の長いロープ。むしろ今回はロープがメインですらある。
その後に警戒しつつ村の周囲を探る。盗賊団の拠点は人の痕跡が多い為割とすぐに見つかった。ルゥ曰く少なくても十人はいるそうだ。
村の中に簡易的な陣地が貼ってあり、その周囲を見張りが数人うろついている。陣地の奥には前にみたログハウスと同系統の物が作られていた。
三世は獣人のスペックの高さを再認識した。何故これで戦争に弱いのかわからないほどだ。
相手の視覚外からの探索。ルゥの嗅覚で怪しい方向を調べ、その方向をシャルトが目視する。目視と言っても木々の隙間からだ。絶対に悟られない。それを繰り返し相手の見張りの位置等を確認した。見張りのパターンを覚えて潜入すら出来そうだ。今回には関係ないことだが。
「それじゃあいきましょうか」
三世の言葉に二人は頷く。今回の先頭はルゥだ。交渉を行うのも含め、何か無い限りはルゥ主体で行う。戦闘になった場合は別だが。
「こんにちわー」
ごく普通に拠点に正面から入って挨拶をするルゥ。それに盗賊達は驚き臨戦態勢をとる。軍の襲撃に対してか全員険しい顔をしていた。だがこちらを見ると何人か警戒を解いた。
「あれ?この前の子じゃない。どうしてここに」
盗賊のうちの一人がルゥに話しかける。以前のログハウスでルゥと一緒に遊んだ人だった。大丈夫だとわかると他の見張りもこちらの方に寄ってきた。
「うーん。ちょっと用事があるんだど一番偉い人いない?」
ルゥの言葉に盗賊達が顔を見合わせて困惑した表情を浮かべる。
「お頭いつも忙しいからどこに行ったかなぁ。いつ戻ってくるかもわからないよ」
「だったら次に偉い人は?またはこの中で一番偉い人とか?」
その言葉も盗賊達は否定する。どうもお頭以外は全員平らしい。
「じゃあ全員に言えばいいかな?」
ルゥは三世の方に振り返り尋ねる。三世は頷き、シャルトと共にルゥから少し距離を取る。
「わかったー。じゃあ盗賊さん達。ごめんね」
ルゥは少しだけ申し訳なさそうにして、そして思いっきり息を吸った。
困惑する盗賊達。息を吸う音が大きく聞こえ、それもタップリ十秒以上。そして息を吸う音が無くなった時、三世とルゥは全力で耳を塞いだ。
「今から襲撃します!出来るだけ怪我はさせないけど、気をつけてね!」
とんでもない声量でルゥが叫ぶ。それは声と言うよりは爆音だった。事前に距離を取って耳を塞いだ三世達でも耳が痛いくらいだ。
すぐ傍にいた盗賊達は音の衝撃にふらふらしている。鼓膜の破裂だけが怖かったが大丈夫なようだ。三人ほど行動不能に陥り、残りの三人は距離があったからか平気そうだが、困惑していた。
三世は事前に用意していたロープで動けなくなっている盗賊を三人縛り上げる。両手は交差させ、足首にも巻いてほとんど動けなくした。電光石火の如き無駄に器用な捕縛術を残りの見張りはぼーっと見ていた。というより音の衝撃と早業に反応できないでいた。
「怪我させたくないから出来たら降参してくれないかな?」
笑顔で微笑むルゥ。既にこちらの三人は武装が完了している。
それを見た残りの三人は、諦めて両手を挙げた。
「それであんたら一体何をしようとしているんだい?」
縄で縛られた盗賊がこちらに尋ねてきた。今は六人一箇所に纏めてロープで括ったところだ。わざわざ個別に縛った後に更に全員を一まとめにして縛る。単純に救出に時間がかかるようにしたかったからだ。
「えーっとね。協力とか援護とか対等な取引とか色々あるけど。とりあえずやられたことをやり返してるの」
ルゥの言葉に盗賊が不思議そうな顔をする。何を言っているのかわからない。そんな顔だ。
といっても計画している三世自体よくわかっていない。協力体制にする為と信用を得る為に自分達に有利な状況で取引したい。そして相手側は出来るだけ怪我させないように立ち回っていた。
だったらそれを真似しよう。怪我させないようにしつつマウントを取れたら信用してもらえるだろう。無理でも取引をゴリ押せる。そのくらいしか考えていないからだ。
無茶な計画だがこれにも理由がある。単純に時間が無いからだ。軍の二度目の襲撃がいつになるかわからない。そしてたった一人でも軍から死者が出たら、もう取り返しがつかなくなる。
だからこそ、急いで盗賊団と取引がしたかった。出来るだけこちらが有利な状況で。
話している内に準備が終わった。一まとめにして安全な位置に放置。更に以前作った失敗作のエンチャントアミュレットを全員を縛った縄につけ、能力を発動させる。
戦闘中の精神高揚を抑えて冷静に戦う。それを目的に作ったアミュレット。ただし結果は大失敗。効果が弱い上に眠気を誘う。
その上効果はとても弱い。健常な時ならつけても何の効果も得られない。疲れすぎて眠れない人にはぴったりかもしれないがそのくらいだ。
この中で疲れがたまった人がいて一人でも寝たら良いな。その程度の気休めだった。
そしてそのタイミングで見張り以外の盗賊がログハウスから出てきた。
合計十人で前後五人ずつの横に広い陣形を取っている。前衛の中三人が盾を装備していてそれ以外は前衛後衛全員棍棒を装備していた。
特に気になるのは前衛の両脇の二人だ。体躯が一回り大きく、ただの棍棒にも関わらず堂に入った構えが強敵だと示している。また両脇の二人の棍棒だけは布が巻かれていない。
今更彼らが大怪我を狙っているとは考えられない。つまり布が無くても手加減出来る技量があるということだろう。この二人は間違いなく三世達より技量は上だ。
だがそれ以外はそうでもないようにも見える。何人かは三世にも格下とわかるくらいだ。
せめて皮の盾でもルゥに装備させておけば良かった。三世は内心で愚痴る。
ルゥの盾は小さな木のバックラーだ。だがこれには大きな理由があった。
単純に力が強すぎるからだ。いつもの盾で人を殴ると破裂する。ただの皮の盾ですら重量があったら骨折ではすまないほどのダメージになる。
故に、小さくて軽い木の盾以外選択肢が無かった。わざわざ武器防具をこっちで探してまで弱い盾を探したのだ。
だがそれが仇となった。格上相手にこれでどこまでやれるかわからない。
相手の装備も貧弱で、鎧すらないのが唯一の救いだった。
「前進、開始!」
相手の後衛中央にいる盗賊が声を上げる。それと同時に一糸乱れぬ動きでこちらに向かってきた。盗賊とは思えぬほどの練度だ。訓練したのがわかる。
ただし、事前の雰囲気で全員が歴戦の戦士ではないと三世にはわかっていた。
「ルゥ。あの中で特に緊張している人はいるかい?」
ルゥは耳を動かし心音を聞き分ける。緊張はルゥにとって一番わかりやすい音だった。
「うーん。三人ほど凄い緊張してる。体が強張っているね。逆に前の端二人は凄い。心音は軽い緊張をしてるのに足音や歩き方は全然緊張していない」
適度な緊張すら自分で作って調子を整えているのだろう。なおのこと厄介なことがわかった。
「そうだなぁ。あの人が一番緊張してるかな」
ルゥは目線だけで三世に教える。後衛右端だ。見た目は普通にしているが、ルゥがそういったなら間違いなく集中しきれないほど緊張しているのだろう。
ルゥの声をシャルトも聞いていたか三世は確認し、そして指をパチンと鳴らす。
それに反応し、シャルトが弓を射る。構えてから射るまでの間が見えないほどの速度。反応出来る人の方が少ないだろう。
だが前衛右にいる男がそれに反応し、飛んでいる矢を棍棒で叩き落す。そしてその後に木材同士が当たる音が聞こえ、後衛右にいる男の棍棒が後ろに飛んでいった。
シャルトは最初から二連続で矢を射っていた。最初のはフェントとして右前衛に、そして二発目を右後衛の棍棒めがけて。
鏃を外して先を丸くした矢な為当たっても痛いくらいで、しかも弓も弱い物をわざわざ用意した。それでも緊張した相手の武器を落とすくらいは出来た。
「そっちと同じ様に出来るだけ怪我させないように戦うよ!だからよろしくね!」
笑顔で盗賊に話しかけるルゥ。それに緊張した様子を見せる盗賊。前衛両端の男達は妙に挑戦的な笑顔をしていた。戦う男の顔だ。
これは戦争でも戦闘でもない。言うなればチャンバラごっこだ。大切なモノを賭けあったチャンバラごっこだが。
ありがとうございました