愛情と権力と直感で
翌日の早朝にノックの音が響いた。その日のノックは前日より一時間ほど遅くだった為、三世達の着替え等の準備は既に出来ていた。
ノックに返事をしてドアを開けると昨日と同じ近衛隊の人達がそこにいた。その中でも代表と思っていた人がやはり近衛隊の隊長だったらしい。
昨日と違うのはこの人が頭頂部の怪しいと部下に言われている隊長かという三世の同情の視線だけだった。
そのまま昨日と同じように王城に入り、宮殿の奥に行った。
言われるままに扉を開けると中にいたのは顔を真っ赤にしてぷるぷるして俯いているレベッカ王妃様。
「昨日は大変申し訳ありませんでした。またお見苦しいものをお見せしてしまい」
顔を真っ赤にさせながら羞恥の表情でレベッカは震える言葉を必死に続けて言く。
レベッカの後ろを見ると昨日と同じ従者が昨日と同じような無表情で立っていた。ただ何故か小刻みに震えていた。
「大丈夫だよ!気にしないで」
本当に気にしていないルゥが優しい表情でレベッカの頭を撫でる。その様子を見て従者の方から笑いの噴出す音が聞こえた。どうも従者は笑うのを我慢するのに必死になっているようだ。
そんな従者をレベッカは睨みつける。
「大変失礼しました。どうぞ私のことは気にせずに続きを」
元の無表情に戻り、何事も無いようにルゥに頭を撫でるのを続けるように指示する。レベッカは羞恥の限界からか涙目になりだした。
「今から!真面目にお話しましょうか!」
怒鳴るように話しを切り替えようとするレベッカ。それを見て三世達が椅子に座る。ルゥも撫でるのを止めて椅子に座った。
「今回はお茶会では無く、会談といたします」
従者の一言に全員が頷いた。わざわざ強調してお茶会を否定するということは、心を読む能力を使わないということなのだろう。
「話し合う前に約束して欲しいことがあります!」
ルゥが立ち上がり手を上げる。
レベッカはそれを見て頷き発言を許可した。
「表情を作らない。泣きたくなったら泣く。無理しない。みんな約束しよ?」
ルゥの言葉は当たり前だがレベッカに対しての言葉だ。他の人にとってそれは当たり前のことだが、その当たり前すらレベッカは出来なかった。
レベッカは優しく微笑み頷いた。その顔は昨日の最初の表情と同じ穏やかなものだった。それが彼女の素顔なのだろう。
レベッカ陣営は国から独自の方針で動くということは無い。
娘は大切で辛いが、娘が愛する国をないがしろには出来ない。更に言いたくないが既に二週間近く経過している。生きているのは絶望的だ。
だからこそ、せめて遺体だけでも一目見たい。それがレベッカ陣営のしたいことであり、して欲しいことだった。そしてそれはルゥの親子を合わせたいという望みと一致していた。
「でもヤツヒサは違う考えなんだよね?」
ルゥは三世に話しかけた。三世はそれに頷く。
「ではあなたの方針を教えて下さい。それによってこちらも支援する内容が変わりますので」
レベッカの言葉に三世は困った顔をしながら口を開く。
「犯人探しの方向では無く、私は生存を前提にして動いてみたいと思います。無駄で、意味の無い、文字通り徒労の可能性もあります。だからこそ、せめて私達だけでもそうしたいと」
一部本心を隠しながら三世は話す。下手に希望を与えたくなかったからだ。
「それは私のしたかったことだからですね。あなた達には感謝をしないといけないことばかり増えていきます」
親だからこそ、最後まで生きている望みにかけて最後まで娘を優先したい。その気持ちを三世は叶えたいと思っていた。
ただし三世はもう一つ考えていることがある。それは生存の可能性だ。
あくまで可能性なためこれをここで言う気は無かった。無駄に希望を抱かせるだけ抱かせて絶望させるような人でなしになりたくないからだ。
それでも三世は低い可能性とは思ってない。絶望的なほど細い線のような可能性しか残っていない。
未だに生死が判明せず、犯人すら出てこない。何もかもがこちらの想定外に動いている普通じゃない事態に陥っている。三世はそう考えた。
普通なら死んでいる状態だが普通じゃない何か特別な事態が起きているならもしかしたら。その程度の浅知恵だが、三世はそれを正しいと確信していた。
「それでは私達にどのような支援を求めますか?前払いの報酬も兼ねさせていただいているので本当に何でも言って下さい」
レベッカの言葉に三世は人差し指を立てた。
「一つだけ。王家の人が見て、レベッカ様と繋がりがある。そうわかる物は無いでしょうか?出来たら後ろ盾になるとなお良いのですが」
三世の中では水戸黄門の印籠のような物を考えていた。特命で動いていても使える権力。そういった物があればベストだった。
特に王女が存命だった場合、こちらが動いているとわかった場合、もしかしたらあちらから何らかの合図があるかもしれない。そう三世は考えた。
「丁度良い物があります。是非こちらを受け取って下さい」
レベッカはそう言ってテーブルの上に小さな短刀を置いた。それを見た三世は酷く驚く。
「もしかして守り刀ですか?」
三世の言葉にレベッカは首をかしげた。どうも違うようだ。こちらの世界に守り刀の文化は無かったようだ。
「こちらは儀礼用のナイフです。仕事用なので脆い上に何の魔法もかかっていません。ただの豪華なナイフです」
三世はそれを受け取りまじまじと見つめる。宝石がいくつも散りばめられ、金銀で装飾された非常に豪勢な短剣。特に持ち手にある大きな赤い宝石が発光しているように見えるほど美しく輝いていた。
「それを持っていれば私直属の部下扱いになります。知っている人が見たら私の物とわかりますし、国関係の施設の人間なら誰でもそのナイフの意味を知ってますから後ろ盾にも十分なると思います」
その言葉に三世は恐ろしくなった。想像以上に大切な物が手元にあるからだ。重要文化財を素手で触っているような気分だった。
「これは騒動が終わればどうしたらいいですか?」
三世の言葉にレベッカは首をかしげた。
「いかようにも。差し上げた物ですから」
三世はレンタルと思っていたが譲渡だったことに今更気づいた。つまり永続的に王妃側近の地位を持てるということだ。
「ですがこれを持っていると困るのでは無いですか?」
三世は自分達が部下だと困るのでは無いかという意味で尋ねた。レベッカはそれを、部下扱いになるのは嫌だと受け取ったが。
「そうですね。では騒動が終わったら新しく作り直します。古い物に効果は無くなり、飾りとなります。そうなったら売って旅費にでもして下さい」
レベッカの中では既に友人関係とし、騒動が終わってもまた遊びに来て欲しいという意図もあった。ただしレベッカの価値観は普通では無い。
確かに売ったら一財産になるだろう。だが、これを売るということはあらゆる意味で不可能だ。とてもじゃないが小市民に出来る範囲を超えていた。
「ありがたく、受け取らせていただきます」
既に断るという選択肢は消えていた。三世は短刀を両手の平の上に乗せ、手を高くにあげて跪き、拝借する格好を整える。その手は微妙に震えていて、その格好はあまり似合ってなかった。
「よしなに」
レベッカはその短刀の重さを理解し、怯える三世を見て楽しそうに微笑む。いたずらに成功した子供のような笑顔だった。いたずらされても許してしまう。そんな愛嬌ある顔。
それは国の為に全てを捧げた政務者の顔ではなく、ガニアの民の愛する王妃のありのままの姿だった。
話は終わりそのまま城の外に出た三世達。レベッカは名残惜しそうにしていたが、ルゥのまた来るという言葉に諦めて寂しそうな顔のままお別れをした。
また来るといっても自分達がここに入ることは出来ない。短刀の権力でもこちらから出向いて宮殿に入ることは出来ないから合う機会はもうほとんど無いだろう。三世はそう考えた。
「ご主人。何か隠し事ありませんか?」
帰り道にシャルトが三世に話しかける。三世はそれに驚いた。話しかけてきたことでなく、考えが読まれたことにだ。
「何故そう思ったのですか?」
三世は尋ね返した。そう尋ねる時点で隠し事がありますと言っているようなものだ。
「特に理由は無いのですが、何かあえて言わないようにしていることが沢山あるように見えましたので」
シャルトの答えは実に的確だった。
「正解です。ただ、言わないのでは無く、確証が無いので言えなかったが正解ですけどね」
三世は二つほど思い当たったことがあった。ただしそれはあの場では言えなかった。それは推理や情報からの結果ではなく、本当の意味でのただの思いつきだったからだ。
一つはもし王女がいるとしたらあそこが関わっているなという場所。
もう一つは直接誘拐に関わっていないが怪しい人物。
ただの思いつきではあるが、あの場にそれを言ったらレベッカ陣営としては調べないといけない。それは三世にとって望むものではない。助ける為に迷惑をかけたら本末転倒だ。
「なるほど。つまりその思いつきを調べるのがこれからの方針ですね」
シャルトの言葉に三世は頷いた。
「うん。王妃様の助けになるなら私もがんばるね」
ルゥも体を動かして張り切ってますアピールをする。いつも三世が考えてルゥに指示するためにこれがルゥにとって最も安心する流れだった。今回はいつもと違い三世も直感で動いているが。
「まったく無駄になるかもしれない上に結構危ないことをします。ついてきてくれますか?」
その問いは尋ねる意味は無かった。彼らは同じ方向をいつも向いている。
ありがとうございました