何かが急に生えてきた
料理人ギルドでの料理勝負から翌日以降。しばらく同じような過ごし方をした。
まず午前中に冒険者ギルドに行く。そこで低級の簡単な依頼をこなす。時間があまりかからないもの限定で。
午前中に依頼が終われば昼食時、終わらなければ夕食時に料理人ギルドに行く。そこでルゥの練習もかねての食事をする。
外食も悪いわけではない。ただルゥの食事はそれ以上に三世には御馳走だった。
気づいたら元奴隷のペットに餌付けされている自分を感じて三世は自分を笑う。
修行も兼ねていて文字通り大量に料理をするルゥ。あまりの量に見ていたギルド員が手伝いに出ようとするほどだ。
それをルゥは全て断る。手伝ってもらったら修行にならないからと。
ギルド員にも良い影響を与えたようで修練に身が入る子が増えたとギルド長のラッドが喜んでいた。
その本人のラッドは忙しいとは何だったのかと言わんばかりにルゥの料理を毎回食べに来る。
誰よりも多くの種類を食べて、そして的確なアドバイスを残していく。
それらもあわせてルゥも何か得るものがあったようだ。
過去作った料理をまた繰り返し作る。
「まだ出来ることがある。まだ美味しく出来る方法が沢山あったんだ」
とルゥは嬉しそうに技術を蓄えていく。それをラッドは嬉しそうに見ていた。
三世もせっかくだからと調理場を借りて簡単なお菓子をいくつか作った。自分で言うのもなんだがそこそこの物が出来た。本当にそこそこだが。
レシピ本を見ながら、または過去作ったお菓子を思い出しながら作る。アドバイスもルゥに貰ってだから失敗することはなかった。
そんな生活のせいか他のギルド員からは『幹部候補のルゥ様とその弟子ヤツヒサ』という風に思われてしまっていた。
依頼が見つからなかった日や時間が余った場合は情報収集に出る。
未だにたいした情報は見つかってないがそれでも探し続けないと答えも見えない。
一番情報が多そうな軍には常に人の行列が出来ていた。直接誘拐を解決しようとする人達だろう。
その上でいつも忙しそうな軍人しか見ない。今行っても相手にすらされないだろう。
そんな生活が一週間ほど経過した。
夕食を食べた後で宿泊施設に戻り、まったりとした時間を過ごしている時。
「突然ですが報告があります」
三世が二人に話しかける。ベットの上でじゃれあっていた二人はそれをやめてこちらの方に来た。
「なになに?何か面白いことあった?それとも新しい依頼とか仕事?」
ルゥの言葉に三世は首を横に振り、こほんと咳払いをして一言発する。
「私に新しいスキルが生えました」
三世の二つのスキルは自分の物とは言え最初は貰ったもの。本当の意味で自分の手で手に入れたスキルはこれが最初のことだった。
ぱちぱちと小さな拍手をする二人の獣人。
「このタイミングでですか?」
「このタイミングでですね」
シャルトの言葉にオウム返しのように反応して応える三世。確かに不思議なタイミングだとは思った。
「どんなスキル?動物関係?物作り関係?」
ルゥは普段の三世のしていることを思い出しながら尋ねる。
三世は毎日の生活の中で毎日繰り返して練習しているものがある。
一つは地球にいたころからの習慣で手術時の縫合の練習だ。糸と布と針があればいつでも出来る。用は刺繍である。
それと槍の練習。旅行中の今も宿泊施設の人に頼んで槍を振っても良い庭を用意してもらっている。毎日一時間は行うようにしていた。
最後にレザークラフト関係だ。簡単なエンチャント装備と難易度の高い装飾用の物を旅行中でも作るようにしている。嵩張らない大きさの物しか作れないが。
この中で三世がどれだけがんばってもスキルが生えないものがある。それは槍関係だ。マリウス曰く『本当に才能無いから突くだけにしていけ』らしい。
三世は才能という物は残酷だと思った。
確かにこの世には努力で何とかなることは多い。三世も獣医になれたのも技術が高いのも努力の成果だ。三世にそちら方向の才能はあまりない。
だが努力で上に到達した者と同じ領域に容易く上れる者もいる。それが才能を持った者だ。
どんなことでも最終地点、所謂頂点から考えたら才能が最重要というわけでも無い。努力しかない者と努力する才能もった者だと差は大きいが。
ただし努力と才能があっても頂点に達するわけではない。そこにたどり着ける者にとっては才能も努力も共に要因の一つにすぎない。
努力、才能、執着、執念、愛情、運、恨み、憎しみ、欲求、その他色々な要因が合わさり、その先に、頂点にたどり着ける。才能は無くても何とかなることすら十分ありえる。
だからこそ三世は才能とは残酷だと思う。
確かに頂点から見たら才能は一つの要素に過ぎない。
だが最初の段階からの視点では才能というものは本当に大きい。
必死な思いで苦労し、自分の壁を越えた者を、才能ある者は何の苦労も無くその先に行く。
そこまで苦労して上った者から才能ある者を見たら、絶望するのも仕方ないだろう。心が折れることも多々ある。
そんな才能にも大きな弱点がある。才能というのは見ることが出来ず、そしてどんな才能があるかは誰にもわからない。
「生えてきたスキルはお菓子作りのスキルですね」
三世の呟きはルゥが無表情となる。
「んん?」
呆然とした表情のままルゥがこっちを見る。
「お菓子作りのスキルです」
ルゥはそのまま固まっていた。
才能ある人が長いこと続けてようやく手に入るのがスキル。神の祝福とも言われているそれはある一種のステータスで、そして努力の証明でもある。
ルゥもかなりの才能があるため、スキルもそろそろ生えそうになっている。もう少しかかりそうだが。
そんな中、大したこともせずに、ちょろっと作っただけで三世はスキルが生えてきた。目覚めてしまったのだ。
三世自身も知らなかったがお菓子作りの才能だけならありえないほどあったらしい。
ちなみに他の料理はそうでもない。お菓子作りのみである。
「スキルって生えたりしたらわかるものなのですか?」
シャルトが固まっているルゥを放っておいて三世に尋ねる。それに三世は頷いた。なんとなく体にあるなーくらいの気持ちだが確かにわかる。本来体に無い器官が目覚めるような感覚だ。
「るー。るるー。るーるるー。私はスキルまだー」
ルゥが謎の歌を歌いながら文句を言う。ご機嫌斜めで口を尖らせているのがわかる。ただルゥの気持ちも良くわかる。三世自身才能という物は皆無だと思っていたからだ。
「本当に申し訳ないと思います」
三世は心の底から謝る。頑張っているルゥを知っているからこそ、申し訳が無い気持ちでいっぱいだった。
「むー。まあいいよ。ヤツヒサの美味しいお菓子今度食べさせてね!それでどんなスキル?名前は?」
ルゥは切り替えて三世に尋ねる。嫉妬はあってもルゥはそれよりも三世を祝う気持ちの方が強い。
そしてルゥの質問に三世は首を横に振る。
「名前はまだついてません。だからかぼんやりとしか見えませんね。お菓子作りが得意になったーくらいしか」
三世自身努力を繰り返したわけでもないからこそ、なおぼんやりとしかわからなかった。
「それなら試してみよう!」
拗ねた顔はもう無く、楽しそうに三世をひっぱって外に行こうとする。拗ねた顔もそれはそれで可愛かったなと三世は思ったが怒られそうなので黙っていることにした。
夕食の時に行ったから料理人ギルドに行くのは止めておいた。あまり繰り返し行くのも失礼だと思ったからだ。
三世達は今泊まっている宿泊施設に調理場を借りられないか尋ねる。お願いするときにメープルシロップの瓶を一つわたす。
それが効いたのか材料まで好きに使って良いと言って貰えた。ガニアの国ではメープルは本当に希少らしい。
「それで何を作る?簡単にプリン?チーズケーキ?変り種でトマトのコンポートとか?」
ルゥは矢継ぎ早に料理の名前を言っていく。ルゥなりに初心者でも作りやすい物をあげていた。
「そうですね。ちょっと食べたいのでシュークリームでも作りましょうか。多目に作って調理場貸してくれたこの宿の人達にお返しもかねて」
三世はそう提案するがルゥがちょっと難しい顔をする。
「大丈夫?難易度高いよ。見た目気にしないなら簡単なんだけど」
シュークリームを作ること自体はそう難しくない。ただ、初心者は大体同じ失敗をする。膨らまないのだ。
萎んでいても味は変わらないがどうしても見た目が悪い。
「たぶん大丈夫ですよ。ダメでもルゥなら出来るのでそっちを宿の人にあげたらいいですし」
三世の言葉に素直に頷きシュークリームを作る。この時点で三世は作り方すら知らないが。
そして作り終わった段階でルゥはまた少し膨れていた。
「それずるい!」
ルゥの言い分も良くわかる。初めてでかつ、ルゥの手順を見様見真似しただけでルゥの作った物と見た目は全く同じ物が出来たのだ。
ルゥ自体多少の失敗の上で今の位置にいるのにだ。
焼きあがったシュークリームを三世も見比べ足る。見た目は確かに一緒だった。
「とりあえず試食しましょう。スキルの効果乗ってるので失敗は無いと思うのですが」
三世はうまく行き過ぎて不安だった。全く苦労無く出来てしまったからだ。
とりえずルゥのと三世のを三人は食べ比べる。
そして結論が出た。
「これルゥ姉の方が全然美味しい」
シャルトの言葉に三世も頷いた。
確かに三世の作った物も美味しい。店に並べても大丈夫だろう。だがルゥのはその先を行っていた。
味も確かに上だが食感が良い。クリームが滑らかでシュー生地と一緒に食べた時のふんわり具合に良く合う。
「流石はルゥですね。完敗です」
三世はルゥの頭を撫でながらルゥを褒める。気づいたら料理が何でも出来るようなっているルゥの努力を感じた。
「えへへ。でも一週間前ならヤツヒサと同じ味だったと思う。太ったギルドちょーがまだ努力できるって教えてくれたから色々試してるんだ」
その違いは細かい。三世のでも十分だろう。だが確かに差がある。味で見たら小さな差だが、それを実現させるには大きな努力がいる。
才能で飛ばした者には再現出来ない、確かな経験の積み重ねの差だった。
「うーん。次はちょっとアレンジしていきましょうか」
シュークリームの作り方を覚えた三世は味に一工夫を求めた。
「どんな感じにするの?皮をクッキー生地にする?」
ルゥが三世のシュークリームを食べながら尋ねる。味はともかく好きな人の作った物はそれはそれで食べたいのが獣人二人組の総意だ。
ルゥの作った物は残り全て宿泊施設の人にあげた。
「そうですねぇ。メープルカスタードシューとシュークリームのチョコレートソースアレンジとかどうでしょうか?」
三世は完成図を紙に描く。
メープル風味のシュークリームに薄くメープルをかけて、その隣に普通のシュークリームを作り、上からソースで模様を作る。そして軽く粉砂糖を振って見た目を整える。
「そういうとこがずっこい!」
ルゥは本日三度目の口を尖らせる。何度見ても可愛いなと三世は思った。本当に怒っているというよりも軽くいじけているくらいだとわかるから安心してその顔を見れた。
「うーん。ダメでした?」
心無いことを三世が尋ねる。むすーとした顔でこっちを見るルゥ。本人は睨みつけているつもりだが軽く見ている程度にしかなっていない。そしてその口元からはよだれが見え隠れしている。
「たーべーたーいーでーすー」
ルゥが観念したのか素直に気持ちを口にする。三世は頭を撫でながら頷いた。
「ルゥが作った方が美味しいから一緒に作りましょう」
ルゥはしょうがないなぁと嬉しそうに三世の腕を引く。その様子をシャルトは見つめていた。
「楽しみにしていますね」
シャルトは一言ぽつりと呟く。三世とルゥは頷いた。
三世が考え、それをルゥが補足し、より良い物になるように仕上げる。二人は急いでいた。思った以上にプレッシャーがかかっていたからだ。シャルトの視線が二人に刺さる。
どこが気に入ったかわからないがシャルトはそれを首を長くして待っていた。その視線は鋭く、ただの物欲しそうな視線のはずが背後に肉食獣が見えるほど力強い。
早く作れという無言の合図に二人は急いで作る。
二人の合作は文句無しの出来となった。少なくてもシャルトが満面の笑みで小さい口を動かし続ける程度には。
ありがとうございました