料理人ギルド-解決編
わけもわからないままアルアンと傍にいた取り巻きはみんな武装した集団に連れて行かれた。
誰一人として暴れることに喚くことすらせずにただ呆然としていた。
どちらかと言うと理解出来ない展開に頭がおいついていない印象だった。
三世達も既にこの展開に理解が及ばなかった。
その後の彼らのことは三世達にはわからなかった。
そのままギルド長に客室に案内されたからだ。
豪華な客室に案内されてソファーに座る三世達。
成金のような金色の厭らしい場所ではなく、雰囲気が非常に良い上品な一室。
そこで言われるままにソファーに腰を下ろしてすぐに秘書らしい人がどうぞとお茶を置いて音も無く去っていった。
お茶は緑茶で、火傷しない程度に温かく風味もとても良い。
三世は湯のみを持ち、それを一口飲む。
渋みがかなり少なくお茶特有の甘みがよくわかる。
まろやかな口あたりを邪魔しない後味。
飲んだ後に鼻に抜ける緑の風味。
三世はほぅと自然とため息がもれた。
「まずは謝罪を」
料理人ギルド長ことラッド・カンパネルは名乗りつつ深く頭を下げる。
特にルゥを意識してかそちらの方を向いて頭を下げ謝罪の意思と示す。
「不快な思いをさせてしまいました。皆様には本当に申し訳ないことを」
その言葉に三世が区切る。
「こちらこそ、騒ぎを大きくしてしまって申し訳ありませんでした」
三世も深く謝罪をする。
「ああ、料理勝負のことでしたら気にしないで下さい。よくあることですので」
ギルド長曰く、争いやいざこざ、偉そうにしたい場合は料理勝負で決めることにしていると。
互いに切磋琢磨して腕を磨いて欲しいという願いをこめて。
「ただねぇ。自分で料理を一切作らずにコネと権力で勝つアレらには正直うんざりしていました。丁度良いタイミングでしたね」
ラッドは苦笑しながら言う。あんなことをする為の制度じゃないのにと。
「ですが良かったのですか?非常に高いコネとか持ってるみたいでしたが?」
三世は心配して尋ねる。
数十人の取り巻きに受付にまで影響出来る権力は流石に不安が残る。
場合いによっては逆恨みを買いかねない。
三世はあの場のことは少しだけ後悔していた。
あの場では無理に戦わずに放置した方が娘達は安全だったからだ。
「では尋ねましょう。ギルド長である私と料理人幹部の息子。どっちが偉いですか?」
「なるほど。理解しました」
ラッドの言葉に三世はよくわかった。
親の七光りのみで他にコネは無いらしい。
つまりその程度であれだけ偉そうに出来てあれだけ人を集められたらしい。
それはそれで凄いなと三世は思う。
自分だとどれだけ権力を持っていてもあれだけの人を囲うことは出来ない。
「特に今回は外部からの客の侮辱。更にギルド員ですらない一般人に料理勝負で負けるという汚点まで残したからね」
けらけらと楽しそうに笑うラッド。
汚点という割には非常に愉快そうだった。
「なんで楽しそうなの?人が減るのって困ることじゃないの?」
ルゥが素直に疑問をぶつける。
「今回の騒動で彼の父親が幹部からの脱落。彼の父親派閥争いが好きだったからねぇ。これで仕事が減るので彼らには悪いですが嬉しいことなんですよ」
「それはここで言っていいことなのでしょうか」
ラッドの言葉にギルドの面倒な闇を見た三世は尋ねた。
腹芸にしても自分達にする理由が無い。
「だって君達派閥争いとか興味ある?あるなら私の部下として活躍してもらっても良いけど」
ラッドの言葉に三世は首を横に振る。
「派閥争いしたらもっと美味しい物作れるようになるの?」
ルゥの純粋な言葉を聞いてラッドは大きな声で笑った。
「ははははは。そうだね。派閥争いなんてしてたら美味しい物を食べる人が減るね」
「じゃあしたらいけないことなんだね」
ルゥの言葉にラッドは大きく大げさに頷く。
ラッドはルゥが気に入ったらしい。
「謝罪代わりと言ったらなんだけどこれを」
ラッドは懐からすっと一枚のカードを取り出す。
それは料理人ギルドのメンバー証だった。
ルゥの名前が入っていて役職が特別協力者となっていた。
「これがあればいつでもこの町の料理人ギルドに入れますし食材も使い放題ですよ」
「おおー。今忙しいから暇になったら料理作りに来るね!」
ルゥは喜びそれを受け取った。
「外国の人間ですが良いのですか?ルゥ自体言いにくいですが正式な身分すらありませんが」
三世の言葉にラッドは頷く。
「問題無いです。あれだけ料理出来たら大丈夫。からまれたら料理作って見せたら大体の相手が黙りますよ」
ラッドは楽しそうに言う。
ルゥの実力は料理人ギルドでも十分に通用するというお墨付きをいただいたようだ。
「ああでも一つだけお願いが。もし料理作ったら私にも頂けたら嬉しいですね」
ラッドの本心からの言葉にルゥは喜び約束した。
「さて謝罪案件もこれで一区切りとして本題に入りましょうか」
ラッドの言葉に三世は頷く。
そして二人で見つめあい、しばらくの間無言が続いた。
たっぷり男同士で見詰め合う。とてつもない不快な時間が三世を苦しめる。
おっさん同士の見つめあいがこれほど苦痛な物だとは三世は知らなかった。知りたくもなかった。
しかしきっと相手もそうだから三世は我慢をする。
ただただ見詰め合う時間が増えていく。
永劫の時を過ごしたような、そんな錯覚にすら三世は襲われた。
だが感覚とは別に時間はたった五分ほどしか過ぎていない。
「なんで何も言わないの?」
待ちきれなくなったルゥが二人に尋ねる。
三世は正直待ってましたと言わんばかりの気持ちで答えた。
「いえ用件が何なのか待っていまして」
三世のその言葉にラッドはあれ?といった顔をする。
「あの、用件は?」
ラッドは三世に尋ねる。
「あれ?」
そして三世は自分の思い違いにようやく気づいた。
「はぁはぁ。なるほど。つまりまったく用事も無いのに非常に貴重な会談を時間をとったわけですね」
ラッドも自分の勘違いに気づいた。
ギルド幹部との会談と言えば相当大きなコネや力が無いと実現しない。それを行うということは何かの密談や大規模な融資に関わる。
だからこそラッドは三世達の目の前でアルアン達を追放した。追放自体は前からしたかったのは確かだが。
それらを考慮して、少しでも三世達からの評判をラッドはあげておきたかった。きっと大変な交渉がこの後あると思っていたから。
全部勘違いだったわけだが。
「本当に何か無いですか?こういう機会は滅多に無いですよ?特に迷惑かけたので多少の融通は聞くつもりでしたし」
ラッドが内心をぶちまけつつ相手を有利になるように会話する。
腹芸をする必要が無い相手だからこそ素直に話す方が得だと考えたからだ。
下手に返すと評判に関わるし、何よりラッド自体彼らが気に入っていた。
「えー。ルゥ何か欲しい物ありますか?」
三世は今回の主役のルゥに話を回した。
「えー。急に言われても……ああ。新しい絵本欲しいかな。そろそろ夜読むの新しいのみたくなってきたし」
同じ本を何十回も読みこむのがルゥの楽しみ方だが流石に飽きてきたらしい。
「それは帰りにでも買ってあげますから他に無いですか?」
三世が困りつつルゥに尋ねる。
「そうですね。名誉とか役職はいらないと思うのでお金とかでどうでしょうか?」
ラッドがあとくされない提案をする。
確かに痛手ではあるが今回の場合はそれで終わらせるのが早いと考えたからだ。
「うーん。でも何もしてないのにお金もらうのって変じゃない?」
ルゥの言葉を聞いて呆然とするラッド。
そして言葉の意味を考え、理解した時自然と笑いがこぼれた。
「はははは。確かに。全くその通りだ」
「でしょ?」
ラッドの言葉に自慢げに返すルゥ。
とりあえず三世とラッドで話しあうことにした。
ラッド側は何か渡さないと面子があること。
三世側があまり教育に良くないものは受け取れないということ。
二人はルゥのことを中心に何にするか考える。
「ルゥは何か普段使わないで欲しい物ある?」
三世の言葉にうーんうーんと頭を悩ませる。
シャルトにも一応聞いたがルゥ姉の欲しがる物という答えだった。
その時ぴこーんという音が聞こえそうな顔をルゥがした。
何か思いついたようだ。
「冷蔵庫!便利で冷凍庫もついてて出来たら氷とか作れるやつ!」
三世はここにあった冷蔵庫を見ていたく気に入ったようだ。
三世の家にあるやつは冷凍庫も無い。
それでも金貨二枚という高級な物だが。
「わかりました。ではうちの頼んでいる所から良さそうなのを用意しましょう」
ラッドはにっこりとしながらルゥの提案を飲んだ。
「流石に宅配まで頼むのは申し訳ないのでこちらで頼みます」
シャルトがラッドに提案する。
それをラッドは了承した。
何とかお互いの同意点が見つかったようだ。
ほっとする三世。
まずは今いる宿に冷蔵庫を送り、それをこっちで業者に頼むという形で収まった。
「さて、料理を振舞ってもらったお礼に私もちょっとした物を作ろうと思うので着いてきてくれますか?」
ラッドの提案を三世達は受け入れ移動する。
すぐ傍の調理場に来てからエプロンと帽子をつけるラッド。
「ヤツヒサさんは稀人でしかも米を食べる場所から来ましたね?」
ラッドの質問に三世は驚いた。
「正解です。どうしてわかりました?」
ラッドは笑いながら答える。
「簡単ですよ。顔つきでどこでどんな物を食べて育ったかわからないとギルド長なんてなれません」
簡単だと言うが理屈はさっぱりわからない。
「というわけで今日は中華尽くしでいきましょう。炒飯ご存知ですね?」
ラッドの質問に三世は頷いて答える。
「はい。まあ一番は私が食べたいからなんですけどね」
材料を用意してルゥの方を見るラッド。
「良く見ておいてくださいね。私と同じ実力にきっとあなたはなれます」
ラッドそう言った後調理を開始する。
材料は塩油卵に米のみ。
中華鍋に良く似たものを振るい混ぜ、あっと言う間に完成した。
ネギすら入ってない純粋な黄金チャーハンだ。
「さて。食べてみてください」
ラッドは最初の器をルゥに渡す。
ラッドは本当にルゥが気に入っているようだ。
ルゥは一口それを食べると心の底から驚いた。初めて理解の及ばない者に出会った。
フィツの修行の末、ある程度は材料で味が予想出来るようになった。
だからこそ、目の前にあるものはありえないことだとわかる。
思いやりでも、複雑な工程でも、特別な材料でも無い理由での美味しさ。
ルゥは自分の考えの狭さを思い知った。
「どうやってここまで美味しくするの?」
簡単な工程の為、既にマネは出来ると確信しているルゥ。
ただしここまで美味しく作ることは絶対出来ないとわかる。
「ははは。内緒です。極みの道は遠いということですよ。私もまだ頂が見えてすら、いません」
「むー。何か悔しいな」
膨れるルゥ。それでも食べ進める手は止めない。
三世達にも料理が届く。それを一口食べると三世も感動した。言葉を失うほどの味だった。
流石はギルド長。その実力は本物なようだ。
ラッドはただ食べたいからと言ったがこれはルゥに見せる為に作ったのだと三世はわかった。
慢心せずに極め続けろということだろう。
炒飯を食べながら三世は最後に気になることを尋ねた。
「すいません。今誘拐事件について調べているのですが何か知っていることがあったら教えてもらいたいのですが」
三世の質問にラッドが渋い顔をしながら返す。
「うーん。少しくらいはありますが、何故調べているのでしょうか?」
「私が調べたいって言ったから。王妃様なんだか苦しんでいたから」
ルゥは悲しそうな顔をしながらラッドに言う。自分が三世に頼んで一緒に調べていると。
「ああ。料理と同じように綺麗な心の子なんですね」
ラッドの言葉に三世は深く頷いた。
「そういうことで何か知っていることがあったらお願いします。大した事は出来ませんがそれでも少しくらいは協力したいと」
三世の言葉にラッドが真面目な顔をして頷く。
「といっても大したことは知りませんが」
ラッドは自分の持っている情報を話していく。
城の食事会をギルドが開いている。
誘拐の日の食事会も料理人ギルドが幹部主体で行っていた。
ただ幹部五人は常に一緒にいる上に食事会の準備に忙しく最初から最後まで暇はほとんど無かった。
また食事前に全員揃ってもいた為誘拐自体はほとんど関わりがない。
更に言えば王女の部屋付近は常に近衛軍が配置されている上に料理人ギルドのメンバーはは調理場と食事会の場所とその通り道以外禁止されている。
調理開始前は騒ぎになってなかったので城にいたと思われる。
調理完了前には既に賑やかになっていたからその間の誘拐だと思われる。
「はやく王女様が見つかると良いんですけどねぇ。多少は参考になりましたか?」
知っていることを話し終わったラッド。
「ありがとうございます。助かりました」
実際直接関わってない三世に出来ることは余り無い。
それでも少しは情報を集めたかった。
と言ってもこの情報を生かすことは難しいと考えているが。
最後に三世とラッドは握手をして別れた。
ギルドの入り口前にサリスが立っていた。
こちらに気づいたら笑顔で挨拶をしてくる。
「良かった見つかって。これを」
サリスはこちらに袋を渡してきた。
三世は中身を確認する。
レシピの紙が数枚と妙に貴重そうな本が三冊。
「これは?」
三世はサリスに尋ねた。
「はい。まずレシピは今回の蒸し料理と炒飯のレシピです。蒸し器は後日そちらに冷蔵庫と一緒に送らせていただきます」
サリスはレシピの紙の内容を一枚一枚丁寧に説明していく。
「それと料理本はギルド長からルゥ様へのプレゼントです。是非とも練習して身につけて欲しいと」
サリスの言葉にルゥが頷く。
「うん。あの人に追いつかないとね」
ルゥは決意に満ちた瞳をする。
ギルドから出ての帰り道にあった雑貨屋により絵本を買う三世。
しっかりした本屋が見つからなかった為また後日に探すことにした。
それでも新しい本が見つかってルゥはご機嫌になった。
それを横目にシャルトはぼそっと呟く。
「私はあの人どうも苦手です」
ラッドのことをシャルトはどうも好きになれなかった。
悪い人には見えないけど少し怖いようだ。
「うーん。私は好きかな。料理が上手だし嫌な音してなかったし」
腹芸は出来るが、根が素直だからルゥには分かりやすい人に見えた。
「まあ仕方無いですね。妙な威圧感とかありましたからね」
三世はシャルトの頭を撫でて肯定する。
シャルトもその言葉に頷く。
妙な威圧感というかオーラというか、そういったものをラッドからは感じた。
偉い立場の人特有の力強さ。
三世も日本で何度かそういった人物とも会ったことがある。
だからこそそういったものに敏感なシャルトと『お偉いさん』は相性が悪いのだろう。
そう考えたら、非常に上の立場なのに全くそういった威圧感が無く、誰とでも仲良くできるコルネ隊長は凄かったんだなといまさらながら関心した。
ありがとうございました。
毎回サブタイに本当に悩む。
そのうちサブタイを一新するかもしれません。
ではありがとうございました。
そろそろもっとこうルゥとかシャルトの可愛い感じを書きたい衝動に襲われている作者でした。