異世界でも現実世界でもかっこいいものはかっこいい
家での最初の一泊を迎え、早朝に目を覚まし着替えながら三世は、ある重大な事実に気が付いた。
そう。洗濯機がないのだ。
最初の拠点は洗濯機が複数台完備され、宿屋では人に洗ってもらっていた為三世は洗濯が必要という事すら忘れていた。
――洗濯板が売っていれば良いのですが……望みは薄そうです。
そんな事を考えながら三世は自分の新しい勤め先であるマリウスの仕事場に向かった。
当然、洗濯物は放置したままで――。
「おはようございますヤツヒサさん。朝食まだですよね? 良かったら食べていってください」
仕事場に入るや否や後ろからルカに話しかけられ、そのまま三世は引っ張られるように隣の自宅らしき家に連れていかれた。
テーブルの奥には既にマリウスが席について三世を待っていた。
「おはようございますマリウスさん。今日からよろしくお願いします」
「ああ」
マリウスは一言だけ呟いた。
朝食はパンにスープとベーコンエッグだった。
以前はまずい保存食、昨日までは宿屋の食事だった為、こういったほっこりする食事というのは本当に久しぶりである。
――家庭での手料理が食べられるってのは、一種の贅沢ですね。
そんな事を考えながら、三世は幸せをかみしめた。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです。お礼というわけではありませんが、洗い物代わりましょうか?」
「いいよいいよ。すぐに終わるし」
そう言いながらルカはテーブルに乗っていた皿を持って流しに向かった。
ルカの手際がとても良く、本当にすぐ終わってしまいそうだった。
「ところでちょっと相談したいのですが、洗濯機ってどこかに売っていませんか? 投げ込んだら服を綺麗にしてくれるアレ」
三世の質問にマリウスはルカの方を見て、ルカは洗い物をしながら首を傾げた。
「あーそっかー。ついてないのかそっちは。うーん……」
「ルカ」
マリウスが短く呟くと、後ろを向いたままルカは首を縦に動かした。
「うん。お父さんならそう言うと思った。それじゃあヤツヒサさん。洗濯が必要な服は全部持ってきて。私がやっとくから」
「いえいえ。それは流石に悪いですよ。手間という意味だけでなく、若い女性におじさんの服を洗わせるというのもなんだが申し訳が――」
「いえいえ。どうせぽいっと押したら終わるんだし大丈夫ですよ。大した手間ではないから遠慮しないで」
三世の言葉に合わせ、若干声を真似しながらルカは言葉を返した。
「そもそもさ、これから食事もずっと一緒にするんだし、もう家族みたいなもんだって」
そう言いながらルカはケラケラと笑った。
「ん? あの、食事もずっと一緒とは?」
「一月くらいは給料でないし一人分の食事の用意ってめんどうでしょ? だから賄い代わりに食事はうちが用意しようってお父さんと決めたの。お昼は悪いけど弁当ね。嫌なら断っても良いけど遠慮はしたらダメよ?」
そう言ってルカは三世の方を見てにこっと微笑んだ。
どうやら自分は相当幸せ者らしい。
この世界に来てから、基本的に善人にしか巡り会っていない。
他人の食事を毎回用意するというのは相当な負担となるはずである。
だが、そんな様子を一切見せずにルカはそう言ってくれた。
これは、断る方が失礼だろう。
「すいません。これからお世話になります」
三世の言葉にルカは満足そうに頷いた。
「まあ、本当に家族みたいなものだしね。お父さんの弟子になるんだから」
ルカの言葉に三世は何か違和感を覚えた。
――ん?弟子?あれ、そういう話でしたっけ?
「あの……弟子とは?」
三世が恐る恐る尋ねるとルカは嬉しそうに微笑んだ。
「いやー。昨日あんなにお父さんに熱い告白をかまして、褒めちぎって仕事を求めて。ただの仕事ならいくらでもあるのにわざわざ教わりたいって事は。独立目当てでしょ? お父さんも珍しくやる気になってるしがんばって良い職人になってね!」
そのただの仕事目当てだったとは、とても言えない雰囲気になっている。
マリウスもこっそりとだが、確かに頷いていた。
当然そんなつもりはなかった。
ただ生活出来ればそれで良かった。
だけど……マリウスもルカも自分が弟子になる事を喜んでいるように見える。
それなら、三世に断る理由はなかった。
「そうですね……ではマリウス師匠。これからよろしくお願いします」
三世はそう言いながら深く頭を下げた。
それをルカはとても嬉しそうに見ていた。
「いやー良かった良かった。身内自慢みたいだけど腕は良いから安心して。あと言葉がわからなければ私に聞いてね。翻訳するから」
そう言いながらルカは三世の手を取ってぴょんぴょんと跳ねた。
――翻訳?
三世は首を傾げて言葉の真意を考えようとする。
その理由はすぐにわかる事となった。
「ん」
マリウスが一言呟いた。
「やる気になってるようだし時間も丁度いいからさっそく仕事を教えるって」
そうルカは言葉にした。
「見ろ」
「出来るだけわかりやすく作業をするから見て覚えてくれって」
「貸す」
「道具は全部貸し出すから何も持ってこなくて良いし買わなくても良いって」
確かに、その作業はほとんど翻訳に近かった。
「あの……どうやって翻訳しているのでしょうか?」
その質問に、ルカは心底嬉しそうに三世の肩をぽんと叩いた。
「慣れて」
その一言は、今までルカが相当苦労した事を理解するのに十分な一言だった。
三世はマリウスに連れられて仕事場に向かった。
店の奥から階段を下りた先にある広い作業場。
複数の大きな部屋に加え、更なる地下がある事から作業場は相当広い事がうかがえた。
その一番近くの部屋に入り、マリウスは三世に一言呟いた。
「まねろ」
マリウスはテーブルに工具類らしきものを全て二つずつ用意しだした。
「はい師匠。よろしくお願いします」
三世は気合をしっかり入れ、集中しだした。
最初はその気などなかったが、それでも弟子になったのだ。
その人が生涯をかけて学んだ事を教えてもらうのだ。
本気でやらないと失礼だろう。
師匠は最初、握りやすそうな取っ手が付いたキリのような道具を持ち、ソレで革に傷をつけた。
「目打ちだ。型紙を使え」
三世は傍に並べられた自分用の工具類を見た。
師匠と同じ物が置かれており、それには目打ちと書かれていた。
そしてその傍に三つの型紙があった。
一つは足底のような型紙、残り二つは見ても三世には理解できない形の型紙だった。
「三つ全部ですか?」
「そうだ」
師匠はそれだけ言って、三枚の皮にそれぞれ、型紙を当てた場合と全く同じように傷を付けていった。
真似をして、三世も急いで革に型紙を当て、目打ちで傷を付けていった。
相当遅くなったが、それなりに丁寧に出来たと三世は思った。
「……次だ」
師匠はカッターのようなものを使い、さっきの傷に合わせて革を切り取っていく。
三世もそれを真似していく。
ただ、間違えたら取り返しが付かない為、慎重に行う必要があった。
作業自体はさほど難しくない為、目打ちの時よりは時間がかからなかった。
「出来ました」
三世の言葉にマリウスは頷き、続きの作業を始めた。
革に何か目打ちとは違うキリのような道具をあて、その持ち手側をトンカチで叩く。
そうすることで、革に穴が空いた。それを綺麗に等間隔で行う。
薄くする部分をカッターを用いて削っていく。
最後に三枚の加工後の皮を濡らし、組み合わせる事で完成となった。
完成してから、ようやく三世は自分が何を作っていたのか理解した。
革靴である。
丁寧かつシンプルなデザインの革靴は日本でも良く見るオーソドックスな物で、小さいからかどことなく可愛らしくも見えた。
足のサイズから考えて、おそらく女性向けの物だろう。
三世は一息取り、腕時計を確認した。
大体一時間ほどの時間が経過していた。
「良くやった」
師匠は無表情だが、褒め慣れた人ではない。つまり、お世辞ではなく本当にうまく出来たのだろう。
ただ、三世は全く満足していなかった。
「師匠。今は師匠の真似をして道具も使って、型紙まで使ってです。正直これだけでうまく作れる気がしません。どうしたら良いでしょうか?」
師匠は三世の質問に少しだけ困った表情を浮かべた後、部屋の奥に指を差した。
「作り方は全く同じだ。アレを作れ」
師匠が指を差した方角にはブーツが一足と大量の皮と、大量の足首からふくらはぎまでの模型だった。
「あの模型の足に合わせたブーツを作れば良いのですか?」
「そうだ。俺は別の仕事があるから、一人でやってみろ」
そう言われ三世は理解した。
これは一種の試練のようなものだろう。
さっきの作業が理解出来ているのなら、きっとこれも出来るはずだという師匠からの――。
「わかりました」
三世がそう答えるとマリウスは頷き、更なる地下の方に行った。
足首までしかない木製の模型の数は実に二十。
革に至っては数えるのが億劫になるほど置かれている。
そして、型紙用の紙は空白になっており何も書かれていない。
つまり、型紙の製作からしろという事だろう。
――やるしかないですね。
三世は気合を入れて型紙とペンを取り、足に合わせながら作業を始めた。
時間が過ぎる。
時間が過ぎる。
時間だけが流れていく。
間に合う気がしなかった。
何時までに作り終えろと聞いてはいないがどれがリミットだとしても間に合う気がしない。
確かに、いい勉強にはなった。簡単なデザインのブーツや靴なら自分だけでもう作れるだろう。
型紙を合わせ、切り抜き、穴を作って紐を通して組み合わせる。
その過程は理解出来た。
だが、今完成した物は五つのみである。
既に二度の失敗をして革を無駄にした。
革も時間も無駄にしてしまった。
あと十五足分もあるのに……。
三世は時計を見るのを止め、全神経を作業に集中させ――。
パシーン!
強い衝撃と脳に響く音に三世は驚き、後ろを向いた。
そこには、鬼のような形相を浮かべるルカがいた。
「何時までやってんのよ!」
そんなルカの言葉を聞き、三世は腕時計を見た。
時刻は七時である。
――あれ?時間が巻き戻った?
朝食を食べる時間になっていた事に首を傾げつつ時計を見て、そして理解した。
今が十九時だという事を。
作業を開始して約十時間、ぶっ通して作業をしていたらしい。
「そうだ。師匠に謝らないと、失敗もありましたし課題が間に合いそうにありません」
そう言って三世は師匠を探そうとして――足をもたつかせぱたっと地面に倒れた。
そりゃあそうだ。十時間も座ったままで体を動かさずにいたらふらつくに決まっている。
「ちょっと座って待ってて。私がお父さん見つけるから」
そう言って色々な部屋を探すルカ。
しばらくすると、パシーンと自分の脳天に響いたものと同じ音が聞こえ、怒鳴り声がこちらまで響いてきた。
「あんたも何時までやってんのよ!」
どうやら同じ理由で怒られているらしい。
夕食の時間となり、三世は夕食を食べながらマリウスに謝罪をした。
「すいません師匠。全く間に合いませんでした」
「……何がだ」
三世もマリウスも話しながらでもほとんど手を止めていない。
集中しすぎて気づかなかったが、体は相当飢えているらしい。
「ブーツの製作です。結局十五足分しか作れなくて」
それを聞いたマリウスは、ぽろっとフォークをテーブルに落とした。
普段表情を見せないマリウスにしては珍しく、茫然としたようなあっけにとられたような表情を浮かべていた。
「食べ終わってから確認にいく」
そう言いながらマリウスは食事を高速で詰め込み、喉につまらせ咽ていた。
夕食後、せっかくだから私もとルカが言った為、三人で三世の課題結果を確認することとなった。
それを見て、マリウスは元の無表情だがルカは目をまーるくさせて驚いていた。
「初心者なら四時間はかかるであろうブーツ製作を十五足? しかも初めて触ってが?」
「スキルのおかげですかね?」
ルカの質問に三世はそう答えた。
「そういや稀人様って最初からスキルを持っている人もいるんだっけ? 何のスキルか聞いても良い?」
「まだよくわかりませんがどうやら器用を高めるスキルらしいです」
「――それだけじゃあこれは説明出来ないね。これはきっとアレよ。ヤツヒサさんは神様に愛されてるのよ。革の神に」
ルカの言葉に三世は微笑んだ。
「そうですね。……そうだと良いですね」
「十五足全部、問題ない」
マリウスが三世の用意したブーツを見てそう呟いた。
「ルカ」
「ああはいはい。ヤツヒサさん。この十五足こっちで買い取りって形で良い?」
「いえ、材料費もそっち持ちですし弟子としての課題ですからタダで構いませんよ」
「……それ、もう一度言ったら怒るわよ」
ルカは怒りながら三世にそう呟いた。
「あなたは市販出来る物を作った。それを正当に扱わないと私もお父さんも悪者になるわ。ついでに言ったら、そんな事がまかり通ると多くの職人が職を失うわ。適正な物に適正な価格を。弟子の功績は弟子のもの。わかった?」
くどくどと説教をするルカ。
その貫禄は少女のものではなく、年長者に説教されていると錯覚するほどだった。
「わかりました。ただ、材料費を払っていないのに満額貰うのはどうも気が引けますから。そちらの取り分が多くなるようにしていただけますか?」
「ん。切り替えられる人は好きよ。という事なら、今回は物品支給という形でどうかしら?」
「ああ。良いですね。我がままを言って良いのでしたら、革を分けていただけませんか? 練習に使いたいので」
「ん? 安い革ならいくらでもタダで上げるわ。それより現物支給だけど、今日使った道具に加え、他の加工道具一式を加えてあげるわ。それで良い?」
そうルカが言うのに合わせ、マリウスが大きな箱に道具を詰め始めた。
「ついでに、三枚だけだけど簡単な革細工のレシピも入れておいたわ。合わせて金貨五枚はくだらないものね」
それを聞き、今度は三世の方が目を丸くした。
流石にそれは貰いすぎとしか思えない。
「そんなに貰ってもいいのでしょうか?」
「ええ。ヤツヒサさんが用意したブーツにファーを付けて完成なんだどね、これ貴族からの依頼なの。足に合わせた専門のもので、一足金貨二枚はするわ。材料費や工房としての利益を考慮してもそれくらいにはなるわ。」
断ろう。
そう思ったが、そんな雰囲気ではない。
というか、既にマリウスはうきうきとした雰囲気を醸し出しながら道具を持って待っている。
流石にこれは断れない。
「ありがとうございます。これからより一層励む事を約束します」
そう言葉にするとルカはにっこりと微笑んだ。
マリウスは無表情ではあるが、恐らく喜んでくれただろう。
店の玄関で二人が三世を見送っている時に、マリウスが一言呟いた。
「助かった」
「貴族用の仕事は早くしないと文句がくるのよねー。特に平民を見下してるやつら。うちに頼む時点で二流なのにね」
ルカはそう言った後、一流の貴族は自分専門の職人を雇っているものだと三世に教えた。
「今日の事が少しでも師匠の役に立てたのなら幸いです」
そう言って三世が微笑むと、マリウスは若干涙目になっていた。
一つだけ分かった事がある。
マリウスはルカが傍にいると、普通に感情を表に出すようになる事だ。
「それでは、失礼します」
三世は大きな箱を手に持って、そのまま自分の家に戻った。
両手一杯な上にとても重たい工具箱。
腰が心配ではあったが、ずっと持っているのが辛い為何度も地面に置き休みながら三世は帰宅した。
大体十分ほどの距離の道なのに、一時間近くかかった。
家の中で開けて、中身を確認してみる。
名前が書かれた工具一式。
良く考えると、工具に名前なんて普通書かれていない。
そうなると、誰が書いたかと言えば……考えるまでもない。
つまり、二人は最初から三世に工具をプレゼントするつもりだったのだろう。
三世はその事が嬉しくて微笑みながら、残りの入っているものを確認していく。
空白の型紙と鉛筆。
大量の正方形の革とレシピ三枚。
そして、ルビーらしき赤い宝石が一つ入っていた。
三世はレシピの紙を確認した。
それにはマントとジャケット、そして宝石をトップに使うペンダントの作り方が書かれていた。
わざわざ宝石が入っているという事は、作れという事だろう。
三世はこの三枚のレシピは宿題であると受け取り、三種類に加えてもう一つ、マリウスに見せられるような物を作ろうと心に誓った。
「そしてこのザマですよ!」
三世は夜中、一人でそう叫んだ。
丁寧に作った、マントとジャケット、そしてペンダント。
特にペンダントは高価であろう宝石を使っている為、慎重に作業した。
問題は、部屋には一切気を使っていない事である。
台所付のダイニングルームは、一夜にして大惨事と化していた。
革の端材や滓で部屋はぐちゃぐちゃ。
物は散らかりっぱなし。
テーブルはもう買い替え必至なほど傷だらけである。
そして、苦戦に苦戦を重ねた上に完成しなかったオリジナルの服。
レシピにすることは出来た。
だが、技量が足りないのかレシピにミスがあるのかうまくいかなかった。
更に試行錯誤を繰り返したが、結局うまくいかなかった。
腕時計は八の数字を示していた。
当然、外はもう明るい。
「休め」
マリウスは三世を見て、一言呟いた。
「――まるで運命ね。ここまで似た者師弟になるなんて」
ルカは大きくわざとらしく溜息を吐いた。
三世は、マリウスの目の下に隈が出来ている事に気が付いた。
「師匠。その隈どうしたんですか?」
「あんたもよ」
三世の言葉にルカが呆れ顔でつっこんだ。
「お父さんはとても優秀な弟子の為に、次何作らせようか考えて色々準備してたら徹夜になったんだって。それでヤツヒサさんは何してたの?」
どうしたの?ではなく何したの?と決め付けてルカは尋ねた。
「課題に出たレシピ三つと、後新しい事に挑戦してみまして」
「――課題じゃないわよそれ」
ルカは三世の言葉に頭を抱え始めた。
「ヤツヒサさん一体昔どんなとこで働いていたのよ。体壊す勢い通りこしてしかも平然と成し遂げてくるから怖いんだけど」
三世はその問いに苦笑いを浮かべ――何も答えなかった。
自分一人しかいない職場で寝る時間もなくて悲しい事が沢山あって――忘れよう。
三世は気持ちを切り替え、微笑んだ。
「すいません。真面目すぎるのも善し悪しですね。ところで師匠。コレ見てください。どうしてもうまくいかなくって」
三世は失敗したオリジナルの服とそのレシピをマリウスに見せてみた。
マリウスはそれを見た瞬間驚愕の表情を浮かべ、三世の手を引っ張り仕事場に向かいだした。
「昼食になったら呼んでくれ」
マリウスはルカにそれだけ告げ、三世を拉致したまま階段を下りていった。
「――馬鹿は寝ないくらいじゃ治らなかったか……。ま、お父さんの口数も増えたしいっか。やっぱ弟子を取るのは正解だったわね」
ルカは鼻歌を歌いながら一人で朝食を取り、昼食の準備に入った。
三世の用意したレシピは厳密にはオリジナルではない。
製法はオリジナルではあるが、そのデザインは現代のものを流用しただけだ。
日本で三世がショウウィンドウで見かけ、格好いいとずっと思っていたそのデザインをずっと覚えており、それを再現したものである。
なので零から作り上げるよりはマシだが、そのレシピは細かいミスに溢れていた。
それを――マリウスは試行錯誤を繰り返して潰していった。
試して失敗して、新しく試して失敗して。
そうやって失敗を潰していくマリウス。
その工程は尋常ではない速度だった。
型紙を作らずに革を直接切っていく。
本来一時間はかかる作業でも、マリウスなら五分も掛からない。
高速作業によるトライアンドエラーにより、ついに【ソレ】は完成した。
皮革職人のプロフェッショナルが注いだ全力と、高度な技術と文明を誇る地球 最高峰クラスのデザイン。
絶対に諦めない二人の大馬鹿者の手により、それが完成してしまったのだ。
本革最高級の【ライダースジャケット】が!
チャックの部分は再現してみてもさほどかっこよくならなかった為、服を止めるのは金属のボタンである。
ただし、縫い込まれて見えなくなっている為コートのようでとてもオシャレな作りになっている。
ある意味、ライダースジャケットは三世にとって思い出の品である。
恰好良いと思い、いつか欲しいなと思っていたが、バイクに乗らない為 結局買わないままにおっさんになってしまったという悲しい思い出だが。
「着てみろ」
期待の眼差しを向けて来るマリウスに答え、三世はソレを羽織った。
今回は仮なので、ボタンを留めずただ羽織るだけでとどめた。
「……素晴らしいデザインだ」
マリウスはそう小さく呟いた。
「元の世界で叶わなかった事が一つ、この世界で叶いました。師匠。あなたは世界一の職人です」
三世は涙がこぼれないように、そっと上を向いた。
ただ単純に、ジャケットを羽織った自分に酔っているだけである。
「俺の方こそ感謝する。良い仕事が出来た。俺の人生の中でも、最高の仕事が出来たと言えるだろう」
たしかにメイドイン師匠ジャケットの出来は尋常ではなかった。
密着するライダースジャケットなのに稼働範囲は着ていない場合とほぼ同じ。
そして傷対策の服だと説明したからか、地球での防刃ジャケットくらいの刃物耐性を備えていた。
異世界と元の世界のハイブリッドな技術の結晶と言えるだろう。
「師匠、これどうしましょう?」
三世は恐る恐る尋ねた。
わかっているのだ。
試作の段階で予算度外視となり、明らかに革や紐、ボタンですら異常なほど質の良い物を使っているという事は。
昨日の革靴が金貨二枚になるならこのライダースジャケットは、金貨三十枚はくだらないだろう。
だが、予想を反してマリウスの返事は二文字に集約されていた。
「やる」
「いえ……流石にこれを貰うわけには……」
「どうせお前にしか着れん。体に合わせてるだろ?」
そうだったと三世は思い出し、頭を抱えた。
「代わりに、仕事中以外は出来るだけ着てくれ。店の宣伝になる」
「――わかりました。師匠。この恩は忘れません」
そう三世が伝えると、どちらからとなく師弟の二人は熱い抱擁を交わした。
その後、大きな声のまま、かっけーかっけーと繰り返しジャケットを見ている二人を、ルカは冷たい目で見ていた。
「男って、馬鹿な生き物よね」
その発言を否定出来る者は、ここにはいなかった。
とりあえず今回のライダースジャケットですが、見たこと無い方はグーグルでもいいので画像検索してください。
確かにカッコいいデザインなので。こんなの来た人が異世界で戦ってたら超かっこいいですよね。
ウチのおっさんは戦わないですが。
どんなデザインか一言で書くとFG○のライ○ー金時みたいなやつです。
ではありがとうございました。