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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
ガニアル王国滞在記

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ガニア旅行記3

 一晩泊まり翌日となった。

 三人で一緒に寝ても、変な緊張感は無くなり、今では安心感しか無くなってしまった三世。

 男として、これで問題無いのかと思い悩むが、嬉しそうな二人を見て、まあいいやと考え直した。


 朝から早く、三世の提案により全員で馬車に乗ることになった。

 ガタガタとした荒地を馬車がゆっくりと駆けていく。

「それでヤツヒサ。これどこに向かってるの?」

 ルゥがこちらを向いて尋ねてきた。

 シャルトは興奮気味に外を見ていた。

 景色の移り変わりが楽しいようだ。

「まあ着いてからのお楽しみということで」

 三世はルゥの質問を微笑みながら誤魔化した。

 実際に見てから判断してもらいたいと、考えたからだ。

 ルゥもそれ以上は聞かず、外の景色を見ることに集中した。


 二人が夢中になるのも三世にはわかる。

 最初はただ乾燥した土地から砂漠を抜け、

 気づいたら今は緑豊かな土地となり、桜が咲いている。

 といっても、最初に通った桜通りのようなのでは無く僅かな桜が木々の中にまじっている程度だが。


 シャルトは非常にのびのびとしていた。

 他の人が馬の上にいる業者くらいだからだ。

 ガニアル王国首都から伸びる定期馬車の一本だが見事に人がいない。

 かなりの数の定期馬車があるのも理由だが、

 これから行く場所の雰囲気が崩れないよう、人数制限しているのも理由の一つだろうと三世は考えた。

 ただ単純に人気が無いだけというのは考えたくない。


 しばらく行くと山岳地帯に見慣れた物が見え出した。

 水田である。

「あれ何?」

 ルゥが尋ねる。

「あれは水田と言って水を張った畑ですよ」

「ふーん。なんで水張ってるの」

「お米を作るのに水が沢山必要だからですよ」

 なるほどなーと一言呟きルゥは水田を眺めていた。

 洋式の布の服を纏った人が稲作をするのを見るのも、

 なんとも言えない不思議な感覚になる。


 水田が見え出してからすぐに目的地に着いた。

「ここが目的地ですか?」

 シャルトが早く降りたそうにしている。

 三世が頷くとシャルトとルゥは飛び出していった。

 人込みが出来てない適度な人口密度。

 木造の建築に屋根は本瓦。

 周囲には大量の畑や水田。

 団子や汁粉が売っている甘味処。

 ガニアの国の観光地の一つ日本村だ。


 馬車から降りた所に武士風の格好をした男が尋ねてくる。

 格好は薄い青のような落ち着いた色の上着と袴。そして派手な羽織りを纏っている。

 何故かブロードソードを背負っているが。

「ようこそお客人。わが村には如何様な用事で訪れなさったか?」

 武士っぽい青年の言葉に三世は事前に調べた言葉で返す。

「狩猟コースで」

「了解した。しばし待たれよ」

 そういい残すと青年は奥に戻り木製の城門の様な大きな扉をゆっくりと開く。

「開門!お客人よ。しばし中を楽しまれよ。準備が出来たら呼ばせていただく」

 ごごごごごと言う何かがこすれる音をさせながら開く扉にルゥとシャルトは楽しそうにする。

 なお三世の感想は楽しそうだが日本とは何か違うだった。

『うーん。外国人の想像する日本っぽい村だ』

 だからといってつまらないという気持ちにはならない。

 実物を知っているからこその楽しみに三世は期待していた。


 中に入るとイメージで言えば江戸時代くらいだろう。

 建築物は極めて現代の瓦屋根の家に近いが。

 現代の田舎と江戸時代と日本風テーマパークが混ざった。

 そんな感じで構成されていた。

 ちなみに某ねずみの国のように日本村は複数ある。

 特に名前は決まっていないがこの村は『日本村参』と呼ばれているらしい。


 町並みを少し歩く。

 着ている服から食べ物まで今ままでと最も違う。

 ルゥもシャルトもさっきから興奮しっぱなしだ。

「ヤツヒサあれ何?」

 ルゥが広場にある謎の器具に興味を持った。

「あれは和太鼓ですね。音が出る楽器です」

 なんで村の広場に置いてあるのかわからないが。

 しかも

[ご自由に叩き下さい]

 と書かれていた。バチは置いていない。

 他にも気になる物が沢山あり二人の『あれなにこれなに』は長いこと続いた。

 三世自体も半分はわからなかったが。


 例えば、

 伝統衣装の販売場所の説明だ。

 売られているのは4種類。

 サムライスタイル

 ニンジャスタイル

 キモノスタイル

 キモノスタイルフルバージョン

 最後のは十二単らしい。

 作務衣すら置いていないのに十二単は売っているのか。


『日本』ではなく『日本村』としてみたらどれも非常に出来は良いが、やはり違和感がぬぐえない三世。

 道中団子を一人一串ずつ食べた。

 醤油がしっかり効いた甘いみたらし団子。

 ルゥとシャルトが食べる場合、うっかり喉に詰まりそうだからちょっとずつ食べるように厳命しておいた。

 この団子は元の日本とほぼ同じ物のようだ。

 久しぶりの団子だからか忘れられない味になりそうなほど美味しかった。


「おまたせしました。狩猟コースのお客人はこちらに」

 最初にあった侍……サムライ?……武士風の格好をした青年が三世達を呼びにきた。

「るー?何を狩猟するの?」

「果物です」

 三世の答えにルゥもシャルトも不思議な顔をする。

 日本村では果物狩りが何故か狩猟と呼ばれているようだ。

 別に果物が暴れるわけでも動くわけでもない。

 ただ呼び方が違うだけだ。


 今の時期は葡萄狩りをしているそうだ。

 時期は少し違うがそういうものだと受け止めておこう。


 良くわからないまま三世について歩くシャルトとルゥ。

 目的地に近づくにつれて目が輝きだし、

 そして現物を見ると目が星のよう煌いた。


 大量に吊るされた葡萄の房。

 近づくだけでわかる市販のベリーとは比べ物にならないほど芳醇な香りと甘さ。

 これぞ大量生産を捨て品質を極限まで上げることを目的とする日本の生き方の一つだ。


「ねぇねぇ。これ食べていいの?食べていいの?」

 これでダメって言ったら一生恨まれそうだ。

 三世は苦笑した。

「いいですけどあの男の人の良いって言った範囲だけですよ」

 二人は青年に期待の眼差しを向ける。

「うむむむ。中々の健啖家と見受けられた。三人で一列。いや某の権限で二列まで許可しよう」

 一列と言ってもかなり先まで房が成っている。一列だけで三家族分くらいあるだろう。

「いいんですか?」

 三世は尋ねると青年は頷く。

「うむ。サムラァイに二言は無い」

 サムライの発音が妙に英語ぽいのは拘りなのだろうか。

「ただし。房は綺麗に取って出来るだけ残さないように」

 傍に木製のテーブルが設置してありその上にナイフが置かれている。

「るー。どうやって取るの?」

 三世は房の上の部分をナイフで切り取って見せた。

「こうだよ。手でちぎらないでしっかり切ろうね」

 二人は受け皿も持たずにナイフを持って飛び出した。

「皮などのゴミはあちらの容器に、流水があるので冷やして召し上がりたいときはあちらをお使いくだされ」

 そう言い残すと青年は去っていった。

 流水の方を見る。

 井戸が設置してありそこから延々と水が流れていてその下に籠が設置してある。

 籠の上に葡萄を置いて三世は一休みした。

「これで蝉の音が聞こえたら完全に日本だな」

 少年の頃。田舎に遊びに行った時のことを三世は思い出す。

 別に戻りたいわけではない。

 こちらの世界の方が間違いなく自分に合っている。

 だがそれとは別の、

 自分が少年だった頃の思い出が蘇り、

 ノスタルジックな気持ちに三世は溺れた。

 だがずっと過去に溺れている程、今の三世は孤独では無いらしい。

「ヤツヒサ!はやくはやく!一緒に食べよ!」

「ご主人!時間制限制だとなぜ教えてくれないのですか!さあ早く!」

 ルゥとシャルトが三世を急かすように呼んでいた。

 自分の子供の頃と同じようなことをする二人を見て、

 三世は初めて、自分が大人になったのだと実感した。


「うーん。なんでこんなに美味しいのだろうか」

 ルゥが珍しく真面目な顔になって真剣に悩んでいた。

「美味しいから美味しいじゃダメなんですか?」

 シャルトがある意味真理を突いた答えを出すが納得しないようだ。

「いやー。フィツさんとこで何度か同じような果物食べたけどこんなに美味しくは無かったよ」

 もぎたて新鮮に加えて雰囲気もある。

 だが一番の理由は違う。

 単純に糖度が高い。

 もっと大量に生産して大量に売るスタイルを外国が多く取る為、

 土地の少ない日本ではどうしても少量しか売れない。

 また国民性にて旨いものを食べられないと暴動すら起こしかねない。

 毒があるのを知っていても河豚を食べ続けた日本人という人種はそう言った物を受け継ぎ続けた。

 そういった食中心的な考えも強い為、日本の果物の品質は安定して高い。

 高級で素晴らしい果物は探してたら外国にもあるが、

 庶民クラスの果物でこれだけの物を食べられるのは日本くらいだろう。

 そしてガニアの国は日本の考え方に近い。

 民を豊かにする食。

 それを最重要としている。

 稀人の知識を食に全部突っ込んでいるのだろうと三世は想像した。


 たっぷり二時間楽しんでお土産に日持ちのしそうな物を買っていく三人。

 二列ほとんど無くなったのは流石に三世も予想外だった。

 最初は兎も角食べる量は落ち着いてそこまで食べないルゥ。

 普段は少食なシャルト。

 二人で何人分かわからない量の葡萄を食べきった。

 二列にした最初の青年の目は確かだったようだ。


「ちょいとそこのお客人。この老い先短い老人の質問に答えてくれんかね」

 背の曲がった老婆が三世の方に言葉をかける。

 周囲に武士風の男を数人連れているのを見ると立場の高い人のようだ。

 三世は答える。

「はい。私達がわかることでしたら」

 老婆は一言尋ねた。

「お主は稀人様かね?」

 三世は悩んだが静かに頷いた。

「おお!おお!ついに来てくださったか!間に合った!稀人様!お話がございます。是非我が家の方に!おもてなしをさせていただきますゆえ!」

 断れる雰囲気でない為老婆に着いていく。

 気づいたら自分達の後ろにも武士風の男が居た。

 逃がさないようにだろうか。

 シャルトが三世の腕を両手で掴む。

 三世はルゥを見た。

 お土産の葡萄キャンディをころころ転がしながらにこにこしている。

 

人の気持ちに敏感なルゥが、この状態なら大丈夫な人達なのだろう。

「ルゥ。シャルトにも飴をあげないとダメだよ?」

 はーいとルゥは笑顔で返事をしてシャルトに飴をあーんとさせてあげる。

 一つ食べたシャルトも安心したのか笑顔になった。


 大きな屋敷に入り靴を脱いで家にあがる。

 靴を脱ぐという発想の無いルゥとシャルトは驚いた。

 そしてお座敷のような広い場所に案内された。

 座布団がしいてあり、そちらに座るように丁寧に指示された。

 そして座ると熱いお茶と饅頭が出てきて、食べる直前で全員が土下座を始めた。

 老婆も含めて綺麗に一斉の土下座。

 饅頭に興味が行き、食べようとしたルゥですらも呆気に取られるほどの見事な状況だった。

「どうか老い先短いこの老婆を助けて下され!」

 腹に力の篭った非常に響く声。

 その声は、とても老い先短いとは思えなかった。


「話を伺いましょう。私に出来ることがあるかわかりませんが」

 戦闘ならルゥとシャルトでなんとか。それ以外なら特に出来ることは少ない。

 人相手でも最低限の治療は出来るが病気などを治すことは出来ない。

 自分の出来ることを考えていたがお願いの方向性は全然違うことだった。

「何か変わった果物やとても美味しい品種とかをお教えいただけないでしょうか?」

「はい?」

 老婆は腹の底からの声でのお願いは想像の範囲外だった。

 三世は思考する。

 それは村の財政などの危機なのか。

 それとも王や上役の無茶振りなのか。

「事情を説明願えますか?」

 自分の協力出来る範囲なのかを確認するために、三世は老婆に尋ねた。

「事情とは?」

 しかし、老婆はただきょとんとしただけで、そのまま尋ね返してきた。

「村の経営の問題ですか?」

「いいえ。おかげさまで大好評じゃ。国からの補助金も太いしの」

 三世の質問に、老婆は手を振って否定しながら答えた。

「では誰か上役や王に嫌がらせを受けていたり嫌われているとか」

「いいえ。王様は時々視察がてら遊びに来てくださっていますが」

 三世の質問に、老婆は笑って否定しながら答えた。

「では一体どのような理由で果物を所望して?」

 三世は、困った表情でそう尋ねると、老婆は首をかしげながら、はっきりと答えた。

「この婆が死ぬ前に食べたいからですが?」

 その瞬間、沈黙が流れ、気まずい空気と貸した。

「……それだけですか?」

「それ以上の理由がありますか?」

 三世は心の底から理解した。

 この老婆は、間違い無く長生き出来ると。


「そのためにわざわざ稀人をお探しに?」

 老婆ははっきりと頷いた。

「食い意地はった婆とお思いかね?」

 老婆は笑いながら三世に尋ねる。

「少しだけ」

 三世はつられて微笑んだ。

 それを聞いた老婆は大きく口をあけて、笑った。


「食べることは生きること」

 老婆が言葉を紡ぎだした。

 

「死が近いからと言ってたかがそのくらいでそれを止めるほど老いる気はない。食が細くなった?ならばそれでも食べられる美味い物を探そう。今から探すのも作るのも間に合わない?無理なら出来るまで生きればいいだけじゃ」

それは自らの人生の集大成と呼んでも良いだろう。

「それが無理なら?歯軋りしながら悔しがって逝くだけさの」

 老婆はかっかっかっと高笑いをした。


 ルゥが一言呟いた。

「凄い。このお婆さん全部心の底からそう言ってる」

 好きなことをとことん追求するその姿勢。

 三世は少しだけ、自分が昔お世話になった獣医のお爺さんを思い出した。

「作り方とかは知らないですがそういうもので良ければ」

 三世の言葉に老婆は反応した。

「ならばそれをワシらが作ったら面白いじゃろ?」

――これは勝てないな。

 三世は、苦笑しながらも、そう思った。


「シャインマスカットという品種があります」

 三世は話し出した。

「それはマスカットの仲間かい?」

 老婆の目の色を変えながらの質問に三世は頷いた。

 回りの武士風の男は全員が紙に書き写している。

 何故か筆と墨で。


「稀人の世界の別の国にある品種のアレキサンドリアという品種と他の品種を混ぜて作られた日本向けの葡萄ですね。他のマスカットよりも実をつけるのに長い年月がかかると言われています」

「ええい!敬語はいらない!もっと短くはなせ!」

 老婆のお叱りの声に三世は驚きながら、頷いた。

「食べられるようになるまでに長い時間がかかる分実が大きくなり、糖度、つまり甘さが増す。具体的に言えば皮ごと食べられるほど。ただし製法や育成方法などは私にはわかりません」

 三世はその後老婆と回りの男衆から質問攻めにあった。

 どういった色だ。どうくらいの大きさと。

 ほとんど答えられなかったが、しどろもどろになりながら、自分の知る限り答えていった。


「私が知ってるのは本当にそれだけですが大丈夫ですか?」

 専門家でも何でもない三世が知ってるのは精々味くらいだ。

「十分じゃ」

 老婆はニヤリとした顔で答える。

「足りない物があるならこっちで用意すればいい。実際にあるならそれに近い物を作ることが出来ると自負しておりますゆれ」

「まあ同じにならないかもしれないのでいざ出来たらご招待しますので来てくだされ」

「わかりました。遠い道のりでしょうががんばってください」

 三世は無理だろうなと思いながらも応援する。

 もし出来たら良いなという夢のお話としては、最高に素晴らしい話だ。



 時間も遅いということで老婆からのお礼の一つとして三世達は民宿に泊まることになった。

 その老婆の持ち家の一つだそうだ。


 この老婆どうも村の総合管理人兼技術長のような立場らしくこの村の実質的な貴族と言っても差し支えない。

「夕飯はどのような物を用意しましょうか?日本料理でもそれ以外でも。大体の料理は出来ますが?」

 何故か洋風シェフの格好をしている人がこちらに夕食の相談に来た。

 どうして所々洋風が混じるのか三世には理解出来ないが放っておくことにした。

「ルゥとシャルトはどうしたい?」

「ヤツヒサは?」

「私は何でも良いですよ?」

 二人ともあれだけ葡萄を食べたのに全然食べられそうだ。

 旅行だと女性の方が元気になるというのは本当らしい。

「じゃあ日本風の料理食べてみたいけど良いかな?」

 三世の質問に二人は頷いた。

「それじゃあ日本料理を三人前お願いします」

「かしこまりました」

 シェフは一言だけ残して厨房に戻っていった。


「どういう料理が出るの?」

 ルゥの質問に三世が答えられなかった。

 というより三世自身も何が来るか少し怖いくらいだ

「うーん。日本料理ならわかるけど正直何が出るのか想像出来ませんね」

「ご主人の元いた場所ですよね日本って」

「確かにそうですが……ちょっと違うというか解釈の違いに戸惑うというか」

 煮え切らない言葉にルゥとシャルトも困惑する。

 団子がみたらしだったから餅と醤油があるのはわかった。

 醤油があるなら味噌や豆腐はあるだろう。

 あと観光客向けと言えばうどんやしゃぶしゃぶ、てんぷらだろう。

 寿司はガニアで魚を見ていないからたぶん無いと思う。

「まあ楽しみにしてましょう」

 シャルトはこくこくと何度も頷くがルゥが無言になっている。

「ルゥ。どうかしましたか?」

 神妙な顔つきのままルゥが話し出す。

「食べ物じゃない匂いが混じってる。でも食べ物のような。良くわからない。きついけど臭くは無い……いや臭いのかな、うーん」

 不思議な態度に三世はまさかと言う気持ちになった。

 まさか……日本料理初心者にアレを出すのか。

 険しい顔になるルゥ。

 そしてその時が来た。

「失礼する。夕餉を持ってまいった」

 武士風の男を先頭に着物を着た女性が数人盆を持って入って来た。

 女性が三世達の前に食事を置いていく。

 色鮮やかな器。

 磁器で出来た物や木製に漆を塗ったもの。

 三世自身良く知らないが実際の日本でも一目置くほどの出来ではないだろうか。

 手元にはナイフとフォーク、それと箸が置かれていた。


 だが今気になるのは中身の方だ。

 まずは茶碗にご飯が山になってつまれている。

 そして味噌汁、いや豚汁が置いていた。

 豚肉と薩摩芋、玉葱とモヤシ。

 メインであろうのは牛肉のにくじゃがには、小さな卵が入っていた。

 小さな器に漬物がいくつか置かれている。

 そして最後にルゥが真顔になりシャルトが困惑する食材。

 『納豆』が置かれていた。


「まさか納豆が出てくるとは」

 三世はつい言葉をもらす。

「おお。稀人様は納豆を知っていらっしゃるのか!」

 武士風の男性が反応する。

 食事を持ってきた女性は皆部屋を出たが先頭の男性は残っていた。

「ええ。これが出る所から来ました」

 その言葉に男性は喜ぶ。

「なんとなんと。遠い場所で食べる故郷の味もまた趣があろう。特にその納豆はなかなかの通好みの物であるからの」

「そうですね。むしろ最初に来たのに良く出しましたね。他の客なら困りませんかこれ?」

 その言葉に男性は笑う。

「然り然り。もちろん困ろう。何しろ拙者ら村人も半数は食えないからな」

 ちなみに拙者も食えないと笑いながら男性が話す。

「普段が出さないがあるお客人が来たら必ず出すようにしている故な」

「ふむ。稀人様が来たら出すのですか?」

 その言葉に男性は首を横に振った。

「否。答えは獣人が来た場合である」

「え?なぜでしょうか?」

 三世の問いに男性が指を刺す。

 その方向を三世が見ると他の食材よりも何より納豆を興味深そうに見ていた。

 特にシャルトは困惑した顔をしながら興味深そうにしていた。

「二人共食べてみたいの?」

 困った顔をしながら二人は頷いた。

 三世は納豆を混ぜながら何かを探した。

 男性はすっとそれを手渡す。

 タレまでしっかりあるようだ。

 鰹節のような香りがするタレを入れて、また混ぜる。

 それに合わせて男性が空の丼をすっと手渡す。

 三世はそれに茶碗のご飯と納豆を入れて混ぜる。

 そして醤油を数滴垂らして混ぜて手渡す。

「はい。スプーンを使ったら食べやすいよ」

 シャルトに渡すとルゥも自分の納豆を持って三世の前に目を輝かせて犬座りをして待っていた。

 尻尾は無いがあったらきっと地面にたたきつけていただろうな。

 そう思いながら三世はルゥの分の納豆も混ぜる。

「うむ。見事見事。なんと見事な作法でござろうか。流石は稀人様感服しました」

 男性がかっかっかっと笑いながら三世を褒める。

 少々オーバーだが嫌味を感じない物言いである。

「日本人なら皆出来ますから」

 納豆を食べられない人は日本人でもけっこういるが。


 ルゥは美味しそうに食べていた。

「けっこう匂いがつらいけど美味しいし不思議。なんだか元気になる感じ」

「私はこの匂いが不思議です。嫌な匂いのはずなのに嫌じゃなくてむしろ好きな感じが」

 ルゥよりもむしろシャルトの方が納豆を気に入っていたようだ。


「これが理由でござる。獣人は何故か必ず納豆好きしかいない。どれだけ最初嫌がっても食べだしたら気に入る。魔性の食料よ」

 納豆が犬や猫に相性が良いというデータも確かにある。

 もちろん塩分や量を控えるという条件付きでだが。

 それを踏まえても変な話だ。

 納豆と獣人は相性が良いというのは。

 ただそれはそれで喜ぶ二人を見て覚えておこうと心に誓った。


 他の食べ物も美味しかった。

 美味しかったのだが、

 ルゥもシャルトは納豆を気に入りすぎて他の物はどうも印象が薄いようだ。

 あの後お代わりまでお願いし、ルゥは三杯シャルトは二杯食べた。

 シャルトがお代わりしたのは実は初めてじゃないだろうか。

 そしてその後にデザートとして葡萄のシャーベットが出た。

 そして最後に薄皮饅頭と熱い抹茶。

 シャーベットで冷えた口を暖めつつ食事の〆としろということだろう。

 ただし抹茶は三世だけでルゥとシャルトには温かい麦茶が出ていた。

 二人共気になったようなので一口だけ抹茶を上げたら、

 無言になって饅頭を口に入れて麦茶を飲みだした。


「うむ。全員見事完食なり。お代わりしたから不安だったが皆残さずにいてよかったよかった」

「ご馳走様でした」

 三世の言葉に二人も慌てて手を合わせて御馳走様をする。

「はいお粗末さまでした」

 その男性は笑顔で答えた。

「ところで質問していいでしょうか?」

「うむうむ。拙者に答えられるなら何なりと」

「あなたはどういった理由でここにいるのでしょうか?」

「おっとうっかり。説明してなかったか」

 男性は一つ咳払いをして説明を始めた。

「自分は食事からこの後の予定の管理をしている。黒子という役職である」

 良かった。間違った日本文化に少し安堵する三世。

 そして思い返したら納豆の時など絶妙なタイミングで器やタレを出していた。

 食べ方が特殊だからそういうものの説明役でもあるのだろう。


「なるほど。それでこの後のご予定は」

 男性はニヤリと笑いながら質問する。

「うむ、お主は泡の出る麦茶はどうだ?」

 ビールのことだろうか。

 何でこういった文化だけ妙に通ってるのにまともな文化は伝わってないのだろう。

 少しチグハグな感じだ。

 それはそれで面白いが。

「お酒なら遠慮します。特に強いわけでもないので」

「あいやわかった。ならば最後の行事、芸者遊びに現を抜かすと良い。ではさらば」

 そういって礼儀正しく去っていく男性。

 きっと芸者遊びも別の意味だろう。

 ルゥとシャルトを連れて女遊びも何も無いだろう。

 そう三世は思い、安心して何が来るか楽しみにした。


「はーい!お待たせしました。今宵の芸者をさせていただきます」

 部屋に入って来たのは三人組の若い女性だった。

 ローブのような物を加工してドレス風にしている。

 ミニスカートだったり肩が露出していたりとしているがいやらしさは余り無い。

 あっちの世界のアイドルの格好に少し似ている。

 そして後ろの二人は、何か良くわからない楽器を持っていた。

 三世達は拍手をして、彼女達を歓迎した。


「はーい拍手ありがとうございます。今夜を勤めます吟遊詩人のシャイニーブルーです。良ければ覚えてって下さいねー」

 芸者という職業はそのまま吟遊詩人となり、プチライプが芸者遊びになるようだ。

 三世は納得しつつ彼女達を見る。

 せっかくの吟遊詩人なのに客が三人だけというのが少々申し訳なかった。


「それじゃあ聞いてくださいね。といっても有名な話なのでみんな聞いたことあると思うけど」

 楽器から優しい音色が響きそれに音を合わせて朗読するように少女の一人が歌った。




 王国の王の元に一人の稀人が訪れた。

 王国は危機だったがその危機を稀人は救った。

 それから王と稀人は友となった。

 新しい危機が訪れた。

 外部から魔王が襲ってきた。

 王は軍をつれて、稀人は単身で魔王に挑んだ。

 たどり着けたのは王と稀人だけだった。

 魔王の剣が稀人に襲った。

 それを王は庇い稀人は生き残った。

 その傷のまま王は魔王に向かっていき王と魔王は共に死んだ。


 稀人は国に戻り王の息子に謝った。

 自分のせいで王が、あなたの父が死んでしまった。

 いや自分が殺したようなものだ。自分を恨んでくれと。

 王子は言いました。


 あなたを恨む理由は一つも無い。

 でももしあなたの心に傷が残ったのなら。

 それなら私とも友となってほしい。

 父の代わりでなく私自身と。


 その日から新たな王と稀人は無二の友となった。

 そして彼らの作った王国の平和は未だに続いている。



「ありがとうございました」

 少女は小さくお辞儀をする。

 それに三世達は大きな拍手で答えた。

 こちらでは有名な詩なのだろうが三世には聞いたことが無かった。

「凄く良かったですよ」

 三世の言葉に真ん中の少女の顔が輝いた。

「ありがとうございます!お客さんに応援してもらっちゃった」

 後ろの二人にぴょんぴょん飛びながら話しかける少女。

 場慣れしていると思ったがそうでもないらしい。

「応援の声に答えて次に行きたいけど次は私の番じゃないっぽいねー」

「どういうことでしょうか?」

 少女の言葉に三世が尋ねる。

 少女はシャルトを指差した。

 耳をパタパタさせながら尻尾が揺れ動いている。

「歌うかい?」

 少女はシャルトに尋ねる。

 シャルトは迷わず頷いた。


「いいんですか?歌わせて」

「いいんですよ。歌わせて」

 芸者遊びなのでと笑顔で呟く少女。

 ライブだけじゃなくてカラオケでもあるらしい。

 少女が三世の横に座る。

 シャルトは二人の楽器の女性と話し合っていた。

「素人でも大丈夫ですか?迷惑かけないといいのですが」

 三世の言葉に笑顔で頷く少女。

「大丈夫ですよ。私達がプロなので合わせますよ。安心して下さい」

「そうですか。それじゃあ安心してあの子の歌を楽しみましょう」


 準備が出来たようだった。

 少し照れながらシャルトがぺこっとお辞儀をする。

 ルゥが思いっきり拍手をする。

「シャルちゃんの歌凄いんだよ!」

 自分の事のように喜ぶルゥ。

 それを微笑ましい目で見つめる全員。

 それを聞いて余計照れるシャルト。

 少し恥ずかしそうなまま、息を大きく吸った。


 黒猫(シャルト)が声を出すと世界が変わった。

『ラ』

 という言葉しか使わない。

 即興で音合わせをしただけなので歌詞すらない。

 それでも、それだからこそ。

 その声は全てを魅了した。

 本来の優しい雰囲気は消えている。

 楽器に合わせた高音が高く甘く響き渡る。

 ただただ人を魅了する魔性のような音色。

 その(こえ)に聞き惚れない者はいなかった。


 短い歌だったのか気づいたら終わっていた。

 シャルトがぺこっと小さなお辞儀をしてから終わったことに気づき慌てて三世は拍手をした。

「うそつき」

 隣の少女がぼそっと呟く。

「素人じゃないじゃん。私より上手いじゃん。なにあれずっこい」

 楽器を演奏してくれた少女二人もポカーンとしていた。

「プロから見てもそれだけのモノがありました?」

「そうね。凄すぎて悔しい気持ちが起きないくらいは凄いわ」

「そうですか。だったらあの子を褒めてあげないといけませんね」

 君は凄いんだよ。

 がんばらなくても無理しなくても得意なことがあるんだよ。

 だから幸せになっていいんだよ。

 三世は沢山伝えたいことがあった。

 だが伝える必要は無いとも思った。


 ルゥも歌いたいと叫びだしたから、シャルトは笑顔でルゥを傍に呼んだ。

 次はルゥとシャルトが二人で歌うらしい。


 幸せそうな娘二人を見て、何も伝える必要は無いとわかった。

 二人共既に十分幸せそうだったからだ。


 ルゥとシャルトが一緒に歌う。

 今度は凄く普通な感じだった。

 シャルトがルゥにあわせているからだろう。

 それでも、二人はとても楽しそうでそれはそれで良かった。


 シャルトを中心に三世以外の皆は色々な詩を唄を歌を歌い続けた。

 楽しそうに5人全員が姉妹のように。

 

それは夜が深くなりルゥが眠そうになるまで続いた。


ありがとうございました。



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