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ガニア旅行記1

 最初の予想通り滞在許可証はあっさり出た。

 冒険者の青銅のエンブレムを見せたら素直に通された。

 滞在日時すら聞かれなかった。

 これが普通なのだろう。

 あっちの世界の常識がどうしても三世に違和感を覚えさせる。


 ただし絶対に帰る時に正門を通るという誓約と、

 奴隷とは常に一緒に行動するという誓約はあったが。


 今のルゥは厳密には奴隷ではない。

 ただそうなると立場が非常に難しい。

 本人にとっては『ヤツヒサのペット』

 これを変える気は全く無いらしい。

 自分の立ち位置と決めている為独立した存在とも出来ず、

 そのせいで正式な身分を用意できない為宙ぶらりんな立ち位置になっている。

 今奴隷商とルーザーが相談しながら正式な立場を準備している。

 それが決まるまでは奴隷(仮)ということになっている。


 正門を通り中に入ると新しい場所に来たんだなという感慨深い気持ちになった。

 ラーライル王国は良くも悪くも一般的な中世ファンタジーなイメージの町並みだった。


 それに対してガニアル王国は砂漠の中の国というイメージだ。

 実際は砂漠はほとんど無いし熱帯でも無い。

 ただ乾燥地帯ではあるから空気は乾燥していて風が舞うと口に砂が入る。

 サボテンや椰子の木のようなものが街中に植えられていて白い建物が多く見える。

 代わりに木材をメインに使った建物はあまり見かけない。

 ラーライル王国は木材の建造物は多かったが。

 ルゥはきょろきょろと落ち着きなく周囲を見渡す。

 新しい景色に見とれているようだ。

 シャルトは三世の袖を握って離れない。

 時たま目に砂が入るのかよくこすっている。


 シャルトは旅行は楽しめないかな?

 三世は一瞬そう思ったが杞憂だと気づいた。

 尻尾がゆっくり左右に揺れている。

 あれは興味があるものでわくわくしてるときの動きだと気づく。

「とりあえずシャルトはこれでも被ってようか」

 シャルトに自分が被っていた帽子を被せる。

 目元まで隠れる大きな帽子。

 多少は砂もマシになるだろう。

 ルゥと違ってシャルトは帽子を嫌がらないから助かる。

 というか何だか別方向で喜んでるような気がするが気のせいだろう。

 三世はちょっと興奮気味に帽子の匂いをかいでいるシャルトを見なかったことにした。


 まずは何にしてもこれをどうにかしないと。

 三世はルゥに持たせている大量のメープルシロップのことを考えた。

 カバンで合計四つ分。緩衝材込みで相当な重量となっている。

 ルゥは軽々と持っているが。


 こちらに来る前にメープル工場の管理者アーケルから直接交渉で大量に買い込んだ。

 小さな一瓶銀貨四枚という高価な物。

 高級志向の人間には安く見られ、

 普段暮らしの平民からは高く見られた。

 そういう値段設定のせいか大量の在庫になってしまったそうだ。

 そこを狙って出来るだけ安くなるよう交渉する。

 原価ギリギリにする代わりに大量にデザートを作って用意した。

 次に行く時はルゥと二人がかりで工場全員に何かを振舞うという約束も込みで。


 これが最後の借金になればいいな。

 その思いでルゥから新たに借りた金貨二枚。

 それで全てメープルシロップの購入に当てた。

 サービス込みで同じ品質の物百五十瓶。

 十瓶だけ家庭用としてキープして後は全て売却用だ。


 といってもどこに売るかすらまだ決めていない。

 今日中に売れないと住む所の質が相当下がる。

 二人の娘をそんなところに住ませたくない三世は頭をフルに働かせた。

 

「よし、冒険者ギルドに聞きに行こう」

 考えた結果結局わからず、わからない時はわかりそうな人に聞くことにした。


 冒険者ギルドは真っ白な壁で作られていて外から中が見える。

 ウェスタンの酒場のようなデザインに似ている。

 ドア無い。窓は枠だけ。

 ただし内部には砂は一切入っていない。

 不思議な建造物だ。


 中に入ると三世達はギルドの違いに驚く。

 まずせまい。

 そして人が少ない。

 昼過ぎの時間とは言え冒険者側数人、受付も三人しかいない。

 ラーライル王国だと常に受付十人はいた。

 そしてガラの悪い存在が一人もいない。

 一目見て怖いような格好の人物はいるがチンピラのような見た目と違い歴戦の戦士のような見た目だ。

 どうもこちらは少数精鋭が基本らしい。


「すいません。尋ねたいことがあるのですが」

 三世は受付の女性に尋ねる。

「はい。冒険者ギルドにようこそ。失礼しますね」

 受付の女性はそう言うと三世の胸元につけているエンブレムを見つめる。

 身分にもなるという話だったためガニアの国に入ってからはずっとつけることにしていた。

「ラーライル王国の青銅級冒険者ヤツヒサ様確認出来ました。どのような御用なのでしょうか?」

「わかるのですか?」

 ただの飾りと思っていた為三世は驚いた。

 ふふふと微笑む女性。

「ええ。本人確認の為に。といっても名前と階級だけですけどね。方法は秘密ですよ?ギルドの事務とギルド長のみの秘密なので」

「いえ。いい情報を貰えました。エンブレム大切にします」

「そうして下さい。だからなくしたら早めに言ってくださいね。身分偽装の対策にもなるので」

「了解しました。所で質問なのですが商売をしたいのですがどこかに纏めて買い取ってくれる場所はありますか?」

 受付はその言葉に笑顔で答える。

「はい。持ち込みによる行商は歓迎します。どのような品種なのか教えてもらって良いでしょうか?」

「るー!メープルシロップだよ!」

 ルゥは我慢が出来なかったのか会話に混じってきた。

「あら可愛い子が。そっかーメープルシロップ売りに来てくれたのね」

 受付の女性はルゥの頭を撫でながらこちらに向いた。

「食品関係ですと料理人ギルドが大量に安定して買い取っています。多少買い叩かれますがそれでも詐欺や恐喝などは無いので私共はオススメさせていただいています」

 なるほど。料理だけで無く食べ物とも深いつながりがあるようだ。

「ありがとうございました。そちらに行ってみます」


 一礼して振り向き外に出ようとする。

 それをルゥが邪魔をする。

 そして耳元で小さい声で話す。

「ねぇねぇ。あの人メープル凄く欲しそうな感じだよ。一本くらい上げれない?」

 ルゥは心音やその人の匂いの変化などで相手の感情がわかる。

 よほど強い感情と露骨な嘘だけだがそれでも今まで間違ったことは無い。

 つまりあの女性は心の底からメープルが欲しいのに顔色一つ変えなかったということになる。

 三世は感心した。

 礼儀作法もだが何よりプロ意識の高さに。

 受付も冒険者側もラーライル王国はハズレが多い。

 仕事を請けに行って受付に馬鹿にされたこともあるくらいだ。

「家庭用のを一瓶くらい上げてもいいかな?」

 小声でルゥとシャルトに尋ねる。

 二人共頷く。


「そういえばお礼がまだでしたね。一本余ってますのでどうですか?」

 小さな瓶を一本取り出す。

 それを見て平然とした顔をしたまま微笑む受付の女性。

 ルゥを見ると大きく笑顔で頷いている。

 喜んでいるのだろう。

 本当に顔に出さない人だ。

「私にですか?仕事の範囲内なのでわざわざお礼を頂くようなことは」

 三世はルゥの頭を撫でながら答える。

「獣人は人の強い感情に察知できるらしいですよ。私はルゥで初めて知りましたが」

 それを聞いて一瞬だけ頬が赤くなる受付。

 ようやく鉄面皮をはがせたようだ。

「はぁ。じゃあ喜んでもらうわ。こっちだと珍しいからどうしても気になっちゃってね」

 少し恥ずかしそうに受付の女性は瓶を受け取る。

「いえいえ。色々教えてくれたお礼ですから気にしないで下さい」

 受付の女性は何か紙に書いて渡してきた。

「気にするわよ。コレ料理人ギルドで見せたら値段少し手加減してくれるわ」

 そこには身分証明証と冒険者ギルド事務員コレットと書かれていた。

「良いんですか?」

「良いの。というかこんなことする人が悪人とは思えないわよ」

 受付の女性にお礼を言って今度こそ三世達は立ち去った。

 その足で料理人ギルドに行く。


 料理人ギルドは一目見て分かった。

 まず外見が黒い。

 何の建材を使ってるのかわからない。

 次に大きく長い。

 4階建てくらいだろう。平たい建物が多い中珍しい。

 極めつけは近づくだけでルゥとシャルトが反応している。

 外からわかるほど美味しい物の匂いがしているらしい。


「失礼します」

 一声かけて中に入る。

 床は大理石で天井からは明かりで照らされている。

 外からは黒だったが中は基本白い。

 高級ホテルのような内装だが中にいる人はガラが悪い人が多い。


 ああ。本来冒険者になる人が料理人になるのかこの国は。

 三世は冒険者ギルドの質が高い理由がわかった。


 受付らしい女性に三世は尋ねた。

「すいません。買取をお願いしたいのですが」

「料理人ギルドにようこそ。買取でしたらあちらの奥にどうぞ」

 女性は手を右奥に向けた。

 三世は一礼して右にまっすぐ歩く。

 途中急に空気が綺麗になったのを感じた。

 一枚空気の膜のようなものがそこにあり、そこを過ぎると外気と完全にわけられていた。

「いらっしゃい。何を売る予定かい?」

 そこには妙に体躯の恵まれた大男がこちらを値踏みするように笑いながら待っていた。


「これを」

 三世はメープルシロップの瓶を一瓶目の前に置いた。

「ほう。けっこう良さそうだな。品質を調べるのに一瓶あけていいか?」

 三世は頷く。

 冒険者ギルドの話なら信用出来るそうだからだ。

 そしてここの冒険者ギルドは信用に足る。

 ならば問題は起きないだろう。


 瓶を開けて少し垂らし、それを舐める大男。

 三世はちょっとだけハチミツを舐める熊に似てると思った。


「品質も上等。文句なしだな。銀貨五枚で買おう」

 すっと三世は冒険者ギルドのコレットに貰った身分証明書を見せる。

「……旅行客じゃねぇのか。銀貨六枚。これ以上は無理だ」

「よろしくお願いします」

 交渉は成立した。

「それでどのくらい持ってきた。これ一瓶じゃないだろ?」

 三世はルゥの方を向く。

 ルゥは背負っていたバックと手に持ったバックを三つ置いた。

「るー。重くは無かったけど邪魔だったからやっと楽になった」

 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶルゥ。

「ごめんなさいルゥ。私じゃ持てないもので」

 三世はルゥの頭を撫でながら謝罪する。

「いいよいいよ!ヤツヒサの代わりに働くのが私の仕事だもん!」

 頭を撫でられながら喜ぶルゥ。

 その間に大男は計算をしていたらしい。


「ちょっと予想以上に多いな。まあこっちとしては嬉しい限りだが。百四十本で金貨八枚に銀貨四十枚。間違いはないかい?」

 三世は頷いて確認した。結局最初にあけた一本も普通に払ってくれていた。

「よし良い買い物が出来た。次も頼むぜ」

「はい。機会があれば」

 大男と三世は握手をして別れた。


 貰った金貨のうちルゥに今まで借りた分と今回借りた分。

 少しオマケして金貨二枚と銀貨四十枚を渡した。

 残りで金貨六枚。


 ようやく三世はルゥの借金を完遂し自分のまともな資金を手に出来た。




ありがとうございました。


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