表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/293

ガニアの国





 かっぽかっぽとゆっくりした音を出しながら馬車は走る。

 走るというよりも歩くという速度が適切かもしれない。

 しかし、これが通常の馬車の移動速度である。

 足の速い馬に慣れすぎたのでそう感じるだけだった。

 ただ、それはそれで心地よく、快適な旅だった。

 馬車の揺れに三世が慣れたというのもあるが。

 

 ラーライル王国から離れれば離れるほど乾燥した土地が増え、強い風が吹いている。

 といっても砂漠などの不快なもの、というほどでは無くむしろ風が心地よい。

 ラーライル王国が瑞々しい空気だとしたらこちはからっとした爽やかな風だ。

「この辺りから素晴らしい物が見えますよ」

 馬車の馬に乗っている今回の依頼人のトリーが楽しげに話しかけてきた。

 それは驚く人を見るのが楽しみないたずらが混じった顔だった。


 トリーは貿易を主にしている商人でガニアル王国に拠点を持っているそうだ。

 高校生ほどの年齢にも関わらず一人で商売をしていることに三世は驚く。

 親から馬車を譲り受けたのでそこまで苦ではなかったというがそれでも凄いことには変わりないだろう。

 そして人柄も良く、ここに来るまでにガニアル王国のことを色々教えてもらった。


 ガニアル王国。

 本人達はガニアの国と自分達の国を言って住むものをガニアの民と呼ぶ。

 常識の面ではラーライル王国とさほど変わらない。

 共に元の文明を大切にしながら稀人の文化も同時に受け入れてきた下地があるからだろう。

 大きな違いは料理人の立場だろう。

 あちらだと食という文化はその国一番の文化で料理人専用のギルドがある。

 料理人になるためにはギルド公認の免許も必要である。

 それも国が最大級の支援をしていてそこで最上位に認められたら王族とのパイプすら持てる。


 ガニアの国はラーフェン王家によって統治されており、

 軍隊から内政まで非常に安定しているようだ。

 ラーライル王国との違いは騎士団が無いくらいだ。

 代わりに軍隊の中でも少数精鋭の優秀な部隊が作られているようだが。


 三世は依頼人に申し訳なく思った。

 自分達は馬車の中でのうのうとしているのに依頼人はずっと馬を引き続けている。

 それでもトリーは止めようとはしなかった。

 護衛依頼なのでいつでも動けるようにいて下さいと。


「驚く物ってどんなものでしょう」

 三世は馬の上にいるトリーに馬車の中から話しかける。

 数日間移動中はこうやって二人でよく雑談をしていた。


「もう見え始めましたね。あの辺りとかがわかりやすいですかね」

 トリーの指を指す方向を三世は目を凝らして見た。

 遠く遠くの方に色の違う木々。

 ああ。なつかしい物があるな。

「桜ですか。そういえば春の頃でしたね今」

「ありゃ。ヤツヒサさん知ってましたか。もしかして稀人様でした?」

「ええ実は。まだ数ヶ月しかこっちに来て間もないくらいですが」

「おや。稀人様と話したのは初めてですね」

 トリーは驚愕しながらも楽しそうに話す。

「そうなんですか?結構居ますが」

「ガニアの国にもいますが僕と話すほど身近な人はいませんでしたねぇ」

「どんな立場の人がいます?」

「そうですねぇ。僕は取引していない農家の人とかいました。これでもかってくらい大量に土地を使ってジャガイモ作ってました」

「へー。元でも農家だったのでしょうかねぇ」


「そういえばトリーさんは」

「トリーでいいですよ。ただの商人なのでさん付けまではいりませんよ」

「では私もヤツヒサで」

「了解しました。それでどうかしましたか?」

 三世は聞きにくそうに尋ねた。

「トリーはどのようなことを商売にしているのか尋ねてもいいでしょうか?」

 トリーは笑顔で答えた。

「ええもちろん。僕はガニアで綿農家の方と提携して綿とそれに伴う油をラーライルに持っていって売っていますね」

「ガニアでは綿などが主流なんですか?」

「主流と言うほどでもないですが質は良いので高く買ってもらえるのですよ」

「なるほど。ラーライルからは何か仕入れないのですか?」

「いやー。立ち寄るだけなので何も知らなくて何が安く買えるかわからないので」

 トリーは恥ずかしそうに答えた。

「あと帰りは家族に土産だけ買って残りはこうやって護衛の人を馬車に入れたら安く済むので」

 馬車の隅においてある大荷物を指差した。

 トリーの家族は多いようだ。

「なるほど。勉強になりました」

 三世は頭を下げつつ礼をした。

 見えてないが何か教えを受けたら自然と頭が下がってしまう。

 習性のようなものだ。


「ヤツヒサ。また来た」

 ルゥが耳をぴくっと動かしたらさきほどまでゴロゴロと三世の膝を占拠して枕にしていたとは思えないほど機敏な動きで反応した。

 シャルトも既に弓を持って構えている。

「あらー。珍しいですね。普段は片道に一回遭遇するかしないかなのに」

 トリーが軽い口調で愚痴りながら馬車の中に入る。

 それと入れ替わりルゥとシャルトが外に出る。

 三世も一応槍を持ち依頼人のトリーを庇うように馬車に篭る。


「食い物を出せ!そうしたら見逃してやる!」

 屈強な男が四人がかりで現れた。

 見るからに山賊とわかるようなボロ布をまとって手斧をもちこちらを威嚇する。

 ああ可哀想に。

 三世はそう思わずにはいられなかった。



 依頼を受けて馬車に乗り始めたばかりの頃は緊張し最大限の警戒をし続けた。

 人と戦うのは初めてだ。何よりほぼ確実に襲撃があるとギルドに説明を受けていたからだ。


 そして想定通りか開幕ラーライル王国内で山賊らしき存在に襲われた。

 十人単位で、しかも弓を持った数人込みの人数が攻めて来たときは本当に死を覚悟した。

 ルゥとシャルトは決死の覚悟を持って立ち向かう。

 ルゥは矢から依頼人と三世を守るように立ち、

 シャルトはその弓で弓兵を一人でも減らすように。


 そして戦闘が始まった。

 その戦闘はあらゆる意味で想定外だったが。

 

 まず彼らの弓はこちらに届く前に全て地面に刺さった。

 それほど距離があるわけでも無くただ彼らがとてつもなく酷い腕と弓だっただけだ。

 まさか矢が届かず落ちるとは思ってなく、シャルトは射手の手を狙って射る。

 狙い通りきっちり射手の手のひらを貫通した。

 射手の一人が倒れたのを見て動揺した残りのメンバー。

 そしてその瞬間残りの九人は全力で逃げ出した。

 同じ方向に。しかも足も遅い。

 それを見て獣人二人は全力で追いかけあっという間に九人全てを捕まえた。


 トリーに尋ねたら基本的にここにいるのは犯罪などで村にいられなくなった元村人らしい。

 装備も貧弱戦闘経験も少ない。

 そもそも凶悪なことをしそうな人間は全て騎士団と軍隊が先に処理をする。

 ここにいるのはこっそりと生きている弱い山賊崩れだけ。

 良く考えたら国と国をつなぐ道なのだから凶悪な存在が出たら軍が黙っているわけが無い。

 更に両国が定期的に見回りもしているから山賊は出ても被害にあった行商人はここ数年で一人もいない。

 流石に護衛無しで通る商人は知らないがそんな人はいないだろう。

 青銅級の自分達でも護衛出来る依頼の理由を三世は理解した。


 最初の十人ですら烏合の衆で一瞬で戦闘が終わる。

 四人程度の山賊などルゥとシャルトの敵では無かった。

 これは四人がかりでも自分だけで勝てるなと三世は思った。山賊の腕前はその程度だった

 最初の頃と違ってシャルトは器用に武器だけを狙い弓で射抜く。

 最初の一人が手に穴を開けて泣いていたからだ。

 正直申し訳が無い気持ちになった。


 手斧に矢が当たり衝撃で手斧が落ちる。

 それだけであちらは怯み隊列が崩れた。

 それに合わせてルゥが突っ込み全員を纏めて足払いする。

 なんでそんなに密集していたかわからないが一斉に足に当たり、全員が綺麗に転がった。

 それだけで全てが終わった。

「まだする?」

 見下ろし尋ねるルゥの迫力に負け、

 全員両手を挙げて降参した。


 邪魔にならないように道の脇に全員を一つの縄に縛り逃げられなくする。

 今のとこ三世の仕事はこの縄を縛ることだけだった。

 慣れたもので三回目ともなればもう手元を見なくても器用に結ぶことが出来た。

 倒した山賊は縄で縛って放置しておいたら軍か騎士団か冒険者か、警戒任務中の誰かが拾って回収する。

 そしてそれらの事情を聞き、罰として労働を課す。

 その段階で他の罪がわかったらそれも一緒に罰則とする。

 割と長い期間の労働刑を受けるらしいが流石に自業自得である。


「いやー。最初は三人だけというので少し不安でしたがギルド一押しなだけあって素晴らしい腕ですね」

 トリーの言葉にルゥはえへんと自慢そうに胸を張る。

 三世は何もしていないので少し心苦しい。

 ガニアル王国との国境間は通常なら青銅五人程度で護衛依頼を受けるそうだ。

 どう見ても今のルゥは青銅五人より強いしシャルトだけでも青銅二人分以上の十分な戦力と化している。

 足をひっぱるのは典型的な青銅レベルの自分だけだなと三世は思い悩んだ。


「まあ切り替えて、それじゃあ桜でも見ましょうか」

 三世は山賊を縛り上げて放置して馬車を走らせるようにトリーに頼んだ。

 先ほど指をさした場所より更に先に行くと予想以上の光景に三人は息を止めた。

 

 道を挟むように両方から綺麗な桜が静かに狂い咲いている。

 風の音が聞こえると視界を塞ぐほどの桜吹雪が舞い、まるで自分だけを見てと主張しているようだ。

 まっすぐただただ長い直線。ただし桜の花びらでほとんど先が見えず、どこまで続いているもかわからない。

 幻想的というにふさわしい光景だ。

 ルゥとシャルトはぽかーんとした顔をしていた。

 桜という存在を知らなかった二人に取ったら文字通り言葉も出ないだろう。

 初めて見た光景に理解が追いつかない二人はただただ馬車の中から呆然としていた。


 幻想的な桜色の木から花びらが撒き散らされる。

 ガニアル王国の風が強いのもあるのだろう。

 満開なソレは美しすぎて恐怖すら感じるほどだ。

「ここまで美しいのは元の国でも見てませんね」

 三世は感嘆と共に素直な気持ちを言葉にした。

「ええ。でも静かで綺麗なのを楽しめるのはここまでですね」

「そうなのですか?長く続くように見えますが」

「この周囲だけはお花見禁止なので」

「ああ。そういうことですね」

 三世は理解してしまった。

 その文化もこちらに移住してしまったようだ。


 実際に馬車を数分走らせると大量の怒声と歌声が聞こえ始めた。

 それに近づくとルゥとシャルトは耳を塞いで縮こまる。

 確かに五月蝿い。三世ですら耳に負担が行くほどだ。 

 獣人の二人には相当つらいだろう。

 三世は辺りの様子を見渡す。

 飲めや歌えやの大量合唱。

 そこかしこで始まる殴り合いとそれを盛り上げる野次。

 軍人らしき人もいるが止めることなく野次飛ばしに混じっていた。


 桜名物お花見。

 それは地球よりも下品で、そして地球のよりも楽しそうだった。

 殴りあいの喧嘩をしている人ですら、何故か楽しそうな顔をしている。


「まあ安心して下さい。道に飛び出したら即捕縛されるので道には飛び出しては来ません」

 ただ五月蝿いだけですとトリーは付け足しながら苦笑した。

 殴り合いも歌も何もかも桜の木の傍だけで道を挟んだ柵を越えようとする者は誰もいなかった。

「不思議な光景ですね。これだけ荒れてるのに誰もこの道に近づこうとはしません」

「いえ近づきますよ?ああなるだけで」

 トリーがそちらを指指した。


 ふらふらと千鳥足でこちらの柵を越えてよじ登ろうとする酔っ払いがいた。

 何を言っているのかわからないが現状の不満を口にしているようだ。

 うるせー

 じゃま

 この二つの単語だけはなんとか聞き取れた。

 そして柵を越えた瞬間。

 軍人と思われる人達が一斉に囲み、ボコボコにぶん殴った後どこかに連れていった。

 数人がこちらに敬礼をしている。

 どうぞお通り下さいという意味だろう。

 それを見て周りの連中は歓声を上げていた。

「いいぞ軍人さん!かっこいいぞ!」

 彼らには見慣れた光景なようだ。


 桜通りは結局1時間も続いた。

 そしてそのほとんどが騒音兵器と化していた。


 三世の耳も未だに悲鳴を上げている。

 ルゥとシャルトも今だに耳を押さえていた。

 獣人の弱点に見事に直撃してしまったようだ。


 そこから更に三十分ほど馬車が進むとトリーがぼそっと呟いた。

「これで依頼ももう終わりですね」

「ということはもうすぐ」

「はい。もう正面は見えてますね」

 三世は正面の遠くを見た。

 そこにあるのは大きな大きな正門とそれを囲む町の中が見えないほどの高い防壁。

「あそこがガニアル王国首都。ガニアです」

 九日の旅路の末、目的の場所に着いた。


「ありがとうございました。次の機会があったらまたお願いしたいですね」

 正門の前でトリーが三世に握手を申し込む。

「ええこちらこそ。是非またお話しましょう」

 三世はそれに答えて笑顔で別れた。

 トリーが門番に何か紙を見せると、そのまま正門の中に馬車と入っていった。

 トリーはガニアの民なので証明さえあれば即入れる。

 自分達は滞在者なので一緒には入れない。

 審査の後に滞在許可証が出る。

 といっても厳しい者でなく、ラーライル王国の民ならすぐにでももらえるそうだが。


「るー。なんかわくわくするね」

 高い防壁と正門を見ながらルゥがはしゃいでいた。

 耳は復活したようで耳がぴこぴこ動きながら色々な音を拾っているようだった。

 シャルトも耳は復活したようだが対照的に緊張しているようだった。

「私はちょっとドキドキします」

 興奮半分不安半分という感じだろう。

 三世の腕を掴むシャルトは怯えながらもきょろきょろとする。


「とりあえず。入ろうか」

 三世の言葉に頷く二人。


 三世自身も新しい場所への期待と緊張で興奮が抑えられなかった。


ありがとうございました。

4部開幕です。

またお付き合いくだされば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ