常識的な目標を持った最も非常識な存在
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午前中まるまる横になって震え続けた三世。
午後も過ぎて三世の筋肉痛も多少はマシになり、動ける程度には回復した。
午前中は、
「あがー」
「あばばばば」
「ぐえー」
と謎の奇声を発するオブジェと化していた。
それと比べ、今は生まれたての小鹿のように足をプルプルさせて立てるようになった。
ルゥの方はまだ回復の見通しが立っていない。
体調は問題無いのだがずっと落ち込んでいた。
首輪が無くなったのがよほどショックだったようだ。
未だに部屋の隅で三角座りをしている。
シャルトとヘルプとして来てくれたルカが必死で慰めている。
三世は傍に寄れない。
傍に寄ると涙目となり泣き出すからだ。
ここは任せていいからどこかに行け。
実際にそう言っているわけでは無いがルカの目はそう言っているように三世は感じた。
音を出さないようにそっと静かに玄関の扉を開ける。
ルカとシャルトが手を振っていた。
三世はそれに返して出かける。
一冊の本を持って。
奴隷用の首輪が壊れて外れたことに対してどのようなことがおきるのか。
何か問題があるのか。
それを奴隷商に尋ねなければならない。
といってもルゥの機嫌が良くなってからの話だが。
少なくても今連れて行くことは出来ない。
今日はアレをしようとマリウスの家に行く。
マリウスの残っている仕事を手伝う。
ルゥの面倒を見てくれているルカへ少しでも恩返しも兼ねて。
二人でさっさとこなしたら三十分ほどで仕事は終わった。
腰から上は無事な為椅子に座っての作業なら特に問題は無かった。
足は未だに生まれたての子鹿だが。
「というわけで師匠。これを見てください」
暇になったタイミングで三世はマリウスに話す。
その手には分厚い魔法書が持たれていた。
「その本はなんだ?俺は読めないが」
「エンチャント装備の製作ノウハウが書かれた本です」
「ほぅ」
マリウスは目を細めた。
「どうしましょうか?」
三世の提案にマリウスは選択肢を用意した。
「まずは一人で試す。躓いたら教えられるなら教えよう。俺の自己流でいいなら」
「次は俺と一緒に試す。ただし俺は字が読めないから時間はかかるだろう」
「そして最後だ。何も考えず今すぐやりたいようにやってみろ。俺は見てるだけだ。質問にだけ答える」
マリウスは楽しそうに最後の選択肢を話した。期待しているように。
「じゃあそうしましょう」
三世は答えるとその場で本をめくりやりたいことを調べだした。
それをマリウスは近くで眺める。
二人は少年のような期待した眼差しで本を見る。
「それで何を作る予定だ」
師匠が尋ねる。
「今回はある魔法を組み込んだ手袋を作ろうかと」
今日の為にある魔法とそれを組み込む方法を用意しておいた。
革のグローブをさくっと作る。
そしてそれにエンチャント用の魔法陣を組み込む。
「ほほぅ」
師匠が感嘆の声を上げる。
三世は刺繍で魔法陣を編んでいた。
本来は紙を中に入れたり直接革を溶かして模様にし、魔法陣を組み込む。
糸で魔法陣を作るという発想は無い。
単純に手間がかかるからだ。
三世にとっては別に苦でも何でもないが。
抜糸縫合と手術の技術を以ってながら未だに雑巾で練習をかかしていない三世ならではの方法だった。
あっさりエンチャント用の魔法陣も完成した。
右手部分だけの普通の革の手袋。
裏側に赤い糸で魔法陣が刻まれている。
「初歩の初歩ですが一応完成しましたね」
「うむ。それで何の魔法を組み込むんだ?」
マリウスが質問する。
エンチャント用の魔法陣は普通の手法と違い今は何の効果も無い。
ブランク状態だ。
これに何かの魔法を入れることでその効果が手袋に反映される。
「植物生長の魔法を使います」
三世は答えた。
もしかしたらエンチャントした手袋でブーストした状態なら大きな効果が得られるかもしれない。
またはこの手袋に触れている間植物が育つとかそのような効果を期待している。
何が起こるかわからない。だからこそ二人の期待は膨らんでいく。
「では行きます」
三世が手のひらを魔法陣に向ける。
「生長せよ」
魔法が発動したのか手袋が光り輝く。
二人が最初に目にしたのは逆立ちした手袋だった。
「「んん?」」
二人とも変な声が口から漏れた。
人差し指と中指の先端を地面に向けて逆さになるように立つ。
人差し指と中指を足のようにして。
そして呆然とする二人をあざ笑うかのように2本の指で走り出した。
テーブルから飛び降り、一直線に外に走っていく。
それを呆然と見送る二人。
「師匠。革って動物由来ですよね?」
「ああ。そうだな」
「師匠。生長の魔法って植物が育つだけですよね」
「ああ。たぶんな」
「師匠。どうしましょうか?」
「ああ。追いかけるしかないんじゃないかな」
想像の限界を超えた自体に二人の頭はフリーズ寸前だった。
「師匠。走れません」
外に出てから手袋を探索するのだが三世は最初から限界だった。
筋肉痛と極度の疲労により歩行能力が歩き出した子供と同程度しか無い三世。
「歩いてでもいいから探せ。何やらかすかわからん」
マリウスは別行動を取って、二人で手袋を探しに村を回る。
三世も歩きながら探す。
師匠の方で見つかりますように。
見つけても捕まえられる気がしない三世は心からそう願った。
「信じる者はすくわれる。ただし足元を」
普段から信仰しないでいざという時にだけすがるような人間に答えない。
特に信仰している宗教は無い三世はこっちの世界の神様に信仰しよう。
そう考えた。
目の前に普段は無い人ごみと歓声を見ながら。
あの人ごみの中心に居ると三世は確信していた。
「すいません。ちょっと通ります。すいません」
人ごみを掻き分け中を見る。
予想通りそれはあった。
予想外の行動をしていたが。
果物屋の前でそれは果物のジャグリングをしていた。
片手袋だけで器用に様々な果物を5個、6個と増やしながら。
持っていた果物を全部元の位置に戻すと大技に入った。
たしかウィズの実だったか。
その果物を10個以上同時にジャグリングしだす。
歓声が大きく轟く。
三世にはこれを止めることが出来なかった。
回りの目が期待と興奮で溢れている。
子供の頃サーカスを見た時を三世は思い出した。
そしてジャグリングしていたウィズの実を器用に重ねていく。縦に。
そしてウィズの実のタワーを作ると指でウィズの実と果物屋の女性を指指し、手を振って走って去っていった。
拍手の後に果物屋に客が押し寄せた。
その日果物屋は今までで最高の売り上げを記録した。
そっと三世は果物屋を抜け去り手袋を追いかける。
といっても既に見失っているが。
また騒動がおきるまで待つしかなかった。
なんとなく村をブラブラしていたらざわついた声が聞こえる。
「ああ……見つけてしまった」
三世は一人ごとを零し、騒がしい方向に行った。
そこには屋台をやっている手袋があった(居た?)。
薄いブレットにトマトとレタスとベーコンを挟み折りたたむ。
店の中に看板が貼ってある。
[一つ銅貨三十枚、マスタードはお好みで]
その言葉の通り店の中にはマスタードのボトルが置いてあった。
店には一人も人が居ない。
何があったのかどうしてそうなったのか三世には理解が出来なかった。
ざわついた人ごみはパンを買う為に集まった行列だった。
ものめずらしいのと大道芸と思われたらしく皆が買っていく。
呆然としていたら突然拍手の音が聞こえた。
ふと見ると既に手袋は居なくなっていた。
看板にはSOLD OUTの文字。
そして出来上がっていた屋台をばらしていく数人の男達。
そういう契約だったらしい。
どうしてこうなった。
他に言葉が出てこない。
結局二時間ほど町を徘徊したのちにマリウスが動かなくなった手袋を発見した。
「これは封印で」
マリウスの家に戻ってマリウスが最初に言葉を発した。
三世もそれに頷く。
何が起こるかわからないからだ。
動かなくなった手袋を見る。
どうみてもただの手袋だ。
微妙に色々な食べ物の匂いが残っているのがさきほどの光景が現実だと唯一語っていた。
「ちなみに師匠はどんなとこ見ました?」
「ああ。店の手伝いをして代わりに食料とか銅貨貰ってたな。そっちは?」
「料理して屋台を開いてました」
二人は顔を見合わせた後、噴き出し爆笑した。
「なんだこれ。予想外にもほどがあるぞ」
「ですね。果物でジャグリングしてましたよ」
「こっちはお年寄りの手とって助けてたぞ」
「普通に浮いてましたね。何の魔法の効果が乗ったのでしょうか」
「知らん。そもそもアレが魔法なのかもわからん」
「うーん。もう使えないのが惜しいですね」
「今度新年の余興とかにしてみよう」
「そうですね」
ゲラゲラ笑いながら冗談を言い合う二人。
人生でこんなに笑ったのは初めてかもしれない。
三世はそう思った。
「ああそうだ。師匠。ちょっと緊急で作りたい物があるので手伝っていただけませんか?」
「ん?なんだ?エンチャント系なら自己流になるが」
「かまいません。適当な効果でいいのですが……」
マリウスに三世は相談し、マリウスはそれならといつもよりいい素材を提供してくれた。
そして二人はあまり作ったことの無いものを相談しながら開発していく。
そしてソレはなんとか日が暮れる前に完成した。
「師匠。ありがとうございます。思った以上にいいものが出来ました」
今回は二人での開発だが制作は全て三世が行った。三世が作らなければ意味が無いからだ。
「いや。俺の方でも新しい技術を習得出来た。問題ないからさっさと渡してやってきたらいい」
三世は一言礼を言い自宅に帰る。
ゆっくり歩いていたからか筋肉痛は軽くなっていた。
走ることはまだできそうにないが。
「るー。おかえり」
ちょっと涙目のルゥが出迎えてくれた。
少しは元気が出たようだ。
まだ悲しそうな顔をしているが。
「ただいま」
ルゥの頭を撫でる。
「るー。首輪壊してごめんなさい」
すんすんと泣くルゥ。
「泣かないでいいよ。壊れたんだからしょうがないよ」
「るー。でも……でも……」
ルゥは思いつめたような表情で涙目になっている。
「これじゃあ代わりにならないかな?」
三世はさきほど作った物をルゥに見せる。
ルゥの髪の色に近い赤い革製。
1センチ間隔で小さな八角形の平たいメダル状の金が埋め込めれていた。
小さなベルトのような作りでデザインは完全オリジナル。
お洒落がわからない三世が必死に考えた唯一ルゥの為だけの首輪だった。
それに気づいてルゥがぱぁーっと笑顔になる。
「私の!?だったらつけてつけて!」
こちらに飛びつき首を大きく突き出すルゥ。
三世は優しく首輪を付けた。
顔が凄く近くなり三世は少しどきっとした。
近くで見たルゥの顔はいつもの天真爛漫な顔でなく清楚で美しい女性のそれに近い。
首輪をつけてもらう時に目を瞑った為、なお違う雰囲気で美しく見える。
三世はそういう関係でなかったとしてもときめいた。
当の本人のルゥはそんなこと知らないといわんばかりに首輪を付けた瞬間飛び去っていった。
鏡の前でキラキラした瞳でそれを確認している。
喜んでもらえて良かった。
三世はさきほどの気持ちを切り替えるように母性なのか父性なのかわからなき気持ちを高める。
「良かったですねルゥ姉」
その顔は良かったという顔よりも羨ましいという顔になっているシャルト。
それに三世はもう一つ首輪を見せる。
黒色の首輪にメダル状の銀が埋め込まれている。
ルゥの色違いだった。
「私のも作って下さったのですね」
寂しそうな表情から打って変わって輝かんばかりの笑顔になるシャルト。
「うん。でもまだ奴隷の首輪残ってるからどうしようか。取る?」
「いいえ。これもこれで大切なのでこれを取ることになるまでは手首に付けたいなと」
そう言いながら手首をおずおずと差し出すシャルト。
三世は跪いてシャルトの手首にソレを巻いた。
「はい。これでどうかな?」
シャルトは答えず跪いた三世の首めがけて抱きついた。
ぎゅーっと強く抱きついてくる。
気づいたらもう一人、ルゥも抱きついていた。
「ありがとうヤツヒサ。大好き!」
しがみつくように抱きついてくる二人を優しく抱きとめる。
ずっと一人だった三世は、確かな家族の絆を感じた。
「というわけで次は私の話を聞いてもらえるでしょうか」
はとが豆鉄砲を食らったような顔でルカがこちらを見ている。
「すいません。本当にお世話になりました」
三世は深く深く頭を下げた。
朝からずっとルゥを見てくれたわけだから本当の意味でも頭があがらない。
「それはどうでもいいの。私にとっても大切な家族だし」
ルカは手をぶんぶん振って否定する。気にしないでと強く言いながら。
「そんなことよりこれ」
ルカは手元の箱を見せる。
この村になるお土産用の箱だった。
中には普段口にしないようなかなり高級なメープルシロップと果物のジャムが入っていた。
一箱で銀貨数十枚はするだろう。
「それはどうしたのですか?」
三世の質問にルカが指で箱を指す。
そこには何か書いてある紙が貼ってあった。
[うちのヤツヒサが迷惑かけたお詫び&いつもお世話になってます]
「まさか手袋ですか?」
三世の言葉にルカが頷く。
つまり、
自らの手で材料と金銭を集め屋台を開いて金銭に変換し、それで菓子折りを買ってルカに届ける。
菓子折りの文化もこの村の情報も知っている手袋さん。
いったい手袋さんは何だったのだろう。
手袋の謎がより深まった。
「あの手袋何だったの?ヤツヒサさんの新しい奴隷?」
「色々あったんです。面白いことが。師匠に聞いてください」
「そうするわ。ああそうそう。明日朝皆家に来てね。貰ったこれでホットケーキでも作って皆で食べましょう」
それを聞いて喜ぶルゥとシャルト。
常識から商売。
そして菓子折り選びのセンスすら手袋に負けていることに三世は気づいた。
困ったら手袋さんをまた使ってみよう。
三世はこっそり心に誓った。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
なろうの情報でちらっと見たらこの話を全部読んだ場合平均で8時間以上かかるそうです。
それなのにここまで付き合ってくださりありがとうございます。
ただまだまだ終わる気配どころか序盤あたりという怖い話ですが。
というより興が乗るほど話が長くなっていっていて終わる気配が無いんですが。
長い付き合いになってますがよろしければこれからもお付き合いください。
では再度ありがとうございました。