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魔法が使えないから物理を鍛えるのは間違ってないはず

 もしかしたら使える魔法かもしれない。

 僅かな期待を胸にシャルトと三世は数日かけて例の魔法の実験をした。

 ルゥが仕事で居ない時間でかつ、革製作が無い時間。

 昼前の時間を中心に色々試してみる。


 一回で大体四センチほど成長する。

 同じ木には二度と使えない。

 そして次の使用まで最短で五時間。

 唯一良いことは使っても疲労感も虚無感も無い。

 魔法を使うことによる疲労は無い。

 というよりもほとんど魔力を使わないようだ。

 だからなんだという話になるが。


「……やっぱり魔法なんて使わなくて良いと思います。物理があれば何でもいけますよね」

「そうですね。全くその通りだと思います」

 悲しい顔をしている三世の言葉に魔法が使える気配が見えないシャルトが同意する。

「うん。師匠に鍛えてもらおう」

「そうですね。私も出来る範囲で見てもらいましょう」

 悲しい顔をしながら二人はマリウスに戦闘の訓練をお願いすることにした。


 ルゥも是非参加したいということでマリウスに三人で頼んだ。

 もちろん許可は出た。

「まずはシャルトか」

 マリウスはシャルトと見つめあった。

 何故か十メートルほど離れてだが。

 人見知り同士のシンパシーがあるようで二人は無言で通じ合っていた。


「うむ。やはり弓だな。スカウトとしての仕事の併用で使えるしヤツヒサよりも適正がある」

「そうですね。私は暫く槍ということでしょうか?」

「そうだな。だが別の武器を試してみるのは良いと思う。出来たら切断できる武器使いが欲しい」

 とりあえず三世の武器選びは後回しでシャルトに弓を使わせてみることにする。

 マリウスはシャルトに小さな弓を渡した。

「まずは子供用の練習の弓だ。速度も威力も出ないが怪我しにくい」


 シャルトはむっとしながら受け取った。

「このくらい簡単ですよ」

 先端に丸い綿が詰められた矢を持ち、弓を構える。

 小さな身体のせいか子供用の弓でもサイズはぴったりに見えた。

 弓を張り詰め、的にめがけて狙いをつける。

 張り詰める空気の中に一矢放つ。

 びーん。

 弦が無様な音を奏でる。

 そして矢が真下にぽろっと落ちた。

 そして悲しい静寂が流れた。

「何事も練習って大切ですよね」

 笑顔で誤魔化すシャルトを追求できる人は誰もいなかった。


 シャルトは毎日巻藁に弓を撃つ練習をすることにした。

 まずはその弓でまっすぐに射る所から始まる。

 


 ルゥは盾を装備している。他の武器に興味は無かった。

 もう二度と自分を見失わない。

 自分は三世を守り続けると。


 三世は空いた時間で投擲などの練習をした。

 投げナイフやスリングショットなど。

 剣はやはり自分には向いてないようだ。

 今の所槍が一番マシだった。


 練習は三世とルゥの二人にマリウスが一人で模擬戦を勤める。

 いつものやり方だ。ただし今度はマリウスの雰囲気が全く違うが。

「実際俺自身それほど強くは無い。だからこそそれでも強くなる方法を教えてやる」

 マリウスは右手に剣を持っている。刃は潰しているが金属の剣。

 片手で振るにしては妙に大きい。

 両手剣に近い長さと大きさのある剣だった。

 左手は盾も武器も持ってない。

 ただし金属のガントレットを装備している。

 銀色に輝くガントレット。

「師匠。盾はいいのですか?」

 三世の言葉にマリウスはニヤリと笑う。

「やってみたらわかる」


 三世の槍も先端が金属で補強してある。

 尖っては無いが戦力で突いたら結構なダメージになるだろう。

 ルゥの盾に至っては材質が何かわからない。

 重量はあるが金属に見えない。

 革と何かで補強してある青い盾。

「師匠。ルゥの盾は一体」

「魔物の材質の盾だ。それなりに丈夫だ」

 見る限り相当高価なようだ。

「よろしいのですか?」

「ああ。それくらいじゃないと俺の攻撃に耐えられない」

 三世とルゥに緊張が走る。

 マリウスのいつもより好戦的な雰囲気と、

 それと何故か大きな力を感じる。

 魔物の集団と戦った時以上の脅威に身体がすくみかける。

「るー。今度は守るんだ」

 ルゥは自分とも戦っている。

 前の時みたいな無様を晒さないために。


 そして模擬戦は始まる。

 別に二人共気を抜いたわけではない。

 ただ結果だけで言えば文字通り一瞬だった。

 何をされたかもわからない。

 からんからんとルゥの盾が転がり、三世の首に剣が当たっていた。

「暴れるな!」

 マリウスの怒声が聞こえた。

 三世に言ったわけではない。

 ルゥがまた凶暴化しそうになっていた。

 ぴくんと身体が反応し、ルゥが元に戻る。

「思ったより重症だな」

 マリウスがぽつりと呟く。


「何が悪かったでしょうか?」

 三世が素直に尋ねた。

 ルゥはしゅーんとしている。

「んー。そうだな。気負いすぎて体が固くなっている。特にルゥは」

 名前を呼ばれてぴくっとした。

「ごめんなさい」

「いや。責めてるわけではない。ただトラウマになりかけているから治すのは大変だぞ」

「大変ってことは治せるの!?なら何でもするから教えて!」

「ああ。とりあえず地獄の入り口を見てもらう」

 自分の知っている人見知りで職人のマリウスは一面に過ぎなかった。

 冒険者としてのマリウスは思った以上に厳しく。恐ろしかった。


「別に難しいことしなくていいぞ。村一周走って戻って来い。もちろん山も含めて」

 一山超えるのは結構な距離だ。

 昔の三世なら走りきれないだろう。

 今はいけるはずだ。それなりに身体も鍛えられている。

「ルゥはこれ持ってだ」

 マリウスは大きなリュックをルゥに持たせる。

 背負っただけで顔をしかめるルゥ。ただし何も言わない。

「じゃあ行って来い。途中で休まなければ遅くなっても構わない」

 ルゥは決意に満ちた顔で走っていった。

 三世もそれにおいかける。


 わかってはいたがほとんどが山付近。

 傾斜で走りにくく、しかも気温がかなり低い為呼吸がつらい。

 それでも休まず走る。一周くらいなら何とかなる。

 途中でルゥがばてて速度が落ちたようで三世は追いついた。

 ただし足は止めてなかった。

 ずしんとした重い一歩を繰り返し進める。

 両足を着いている時間を作らない。

 どれだけつらくても走っている状態にし続けた。

 ルゥにとって一番大切な物を守る為に。

 そのためなら死んでも良いと考える。

 三世はルゥに歩幅を合わせた。

 どれだけ遅くなって良いと言っていたのはこれを想定してだろう。

 時間が相当かかったがゴール出来た。

 ルゥは慣れない荷物を持ってだ。相当疲れたのだろう。ふらふらしていた。

 ゴールについて止まっている二人にマリウスが声をかけた。


「誰が止まっていいと言った。もう一周行って来い」

 ルゥを見る。限界だが足を進める。その顔はさきほどの決意に満ちている。

 何かを言おうと思ったが三世はそれを止めた。

 マリウスが威圧をかけるような顔で見ている。

 これくらいこなせないのかというような挑発的な顔。

 三世もルゥの後を追って走った。

 二周目は先ほどの倍かかった。


「よくやった。さあもう一周だ」

 余力をほとんどない状態での死刑宣告に近い。

 三世にも何となく何がしたいかわかってきた。

 問題は自分の体力が持つかだ。

 二周目終わりで三世もギリギリだった。

 ルゥに至っては間違いなく限界量だろう。

 それでも足を止めない。

 3周目が終わるのは更に倍かかった。

 だがルゥの顔は死んでいない。

 それでも必死の決意に満ちた状態だ。


「……もう一周だ」

 それに無言で従うルゥ。

 三世も後を追う。

「ヤツヒサ。お前は限界だろう。休め」

 マリウスがストップをかける。

 今回はルゥの為だからだろう。三世はそれほど重要ではない。

 むしろオーバーワークで逆効果だろう。

 ただしここで泣き言や弱音を吐けるほどの度胸は三世には無い。

「ルゥが苦しんでるのに自分だけ休めません。せめて最後まで着いていきます」

 みんな苦しんでいた。

 ルゥが一番つらい。

 既に限界を超えている。

 三世も身体が悲鳴を上げる。

 シャルトは走るルゥを泣きそうな顔で見守る。

 そしてマリウスは右手から血が出るほど拳を握り締めていた。

 誰だってあの子を追い詰めたくない。

 ルゥは特にこの村だと愛されている。

 誰かの為に何かが出来る子だからだ。

 それでもきっと必要なことなのだろう。

 三世は自分の師匠を信じて自分もルゥの傍で走る。

 どのくらい時間がたったかわからない。既に暗くなっている。

 食事を一回飛ぶくらいの時間は走り続けた。

 水分だけは間で取ったがただそれだけだ。

 三世はもちろんルゥも顔が青い。

 ここにきてようやく決意に満ちた表情は抜けた。


「最後の仕上げだ」

 マリウスが剣を振り上げ、三世に振り下ろした。

 ルゥの手には何も無い。

 そして追いつくまでは数歩ほど距離がある。

 既に体力も尽きている。

 だからこそルゥは最後に残った自分の持っている物を見つけた。


 刃が三世に当たることはありえない。

 どうあっても寸止めするつもりだからだ。

 マリウスのしたかったことは単純である。

 決死という無駄な覚悟や変についてしまった緊張やトラウマを取り払う。

 疲労させるという方法で。

 思った以上に想いが強く相当無茶をすることになったが。

 その上で大切なことを思い出して欲しかった。

 盾で守るということに拘らずに、誰をどうやって守るかを。

 だからこそルゥの傍には石や槍が置いてあった。

 マリウスも最悪怪我しても良いつもりで置いた本物が。


 マリウスにも一つ大きな誤算があった。

 気絶寸前での僅かな体力。思いも気持ちも決意も何もかも見えなくなった。

 何も考えられなくなったルゥに最後に残された物。

 三世への想いだった。

 誰も助けてくれなかったのに唯一人本気で助けてくれた人。

 良くわからないけど強い温かい思い。

 そしてそこから三世への繋がりを感じた。

 比喩では無く、本当に繋がっている。

 今は何も出来ないただの繋がりだけど。

 きっと何か出来るはず。

 心の中に感じる繋がりを無理やり広げる。

 ルゥは心が裂ける痛みを感じる。

()()()()()

 怒鳴るように無理やり繋がりを広げる。

 身体が軋み悲鳴を上げる。

 ()()()()()

 ルゥは心の中で叫び続ける。

 何も考えられなくなった今しかない。

 そしてルゥは無茶を()()()()()


 パキン


 乾いた金属が割れる音がした。

 次の瞬間マリウスの手に持っている剣が根元から折れた。

 ルゥの拳から血が吹き出る。

 剣が振り下ろされる前に走りきり、そしてそのまま殴り()()()

「えへへ。思い出した。私考えるの苦手だった。だから……次からヤツヒサが助けるタイミング教えて。私は絶対に助けるから」

 そのままルゥは崩れ落ちた。

 駆け寄る三世とマリウス。

 静かな寝息を感じる。

 三世が『診る』

 軽い疲労と手の鈍器損傷骨折無し。

 全く問題が無かった。

「あれだけ走っても問題一つ起きてませんでした。獣人って強いですねぇ」

 三世の言葉にマリウスがほっと一息つく。

「すまなかったな。無茶して」

「いえわかります。たぶんあのまま冒険していたらどこかで大事になってたと思いますので」

「まあ予想外な事になったがな。俺が反応できない速度で来るとは思わなかった」

「そういえば師匠凄い速かったですね」

「ああ。装備で速度を上げている。装備の大切さを教えようと思ってたんだがこうなってしまってな」

 マリウスがずっと申し訳無さそうにしている。

「本当に気にしないで下さい。この顔みたらもう大丈夫なのわかりますから」

 ルゥはよだれをたらしながら幸せそうな顔で笑っていた。

 それを三世とマリウスは見て噴き出す。


 ちょんちょんと三世の背中を指で叩くシャルト。

「どうかしましたか?」

 後ろを向くとシャルトは謎の金属を持っていた。

「ん?それはなんですか?剣の破片?」

 銅のような金属片だからそれは無いと思うが。

 シャルトは自分の首輪をちょんちょんと叩いた。

 はっと気づき、ルゥを見る。


 間抜け面の顔の下、首元に本来あるもの。首輪が無かった。

「一体いつ、なぜ……」

「パキンて音がしたときに壊れるのが見えました」

 シャルトが答えた。

「うーん。どうしましょうかねぇ」

 三世が苦笑する。

 なんとなくだが無茶したのだろうというのが分かった。

 この問題をどうしようか悩む。

 悩みの種は気持ち良さそうによだれをたらしながら熟睡していた。


 翌日三世を地獄の筋肉痛が襲った。

 ルゥは朝起きてから首輪が無いことに気づき部屋の隅でいじけた。


 シャルトは一つため息をついて一息つく。

 さぁこの惨状どうしましょうか……

 料理も掃除も出来ない自分を呪うまでそう時間がかからなかった。



ありがとうございました。

気づいたらブクマ百人突破していました。

ありがとうございます。

もうお礼しか言うことがありません。


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