思っていたよりも使えない……
学問所で学んだことは多々あった。
しかし今出来ることはあまり無かった。
シャルトの体調が万全になるまでは冒険に出られず。
商人として学んだことを試すにも戦力は欲しい。
結局は自力を高めることしか出来なかった。
三世は一冊の薄い本を取り出した。
魔法士ギルドに貰った魔法の本だ。
初歩の知識といくつかの魔法が載っていた。
横からシャルトが覗き込んでくる。
「ご主人。それが魔法の本ですか?」
シャルトが興味深そうに見る。
ただし文字を読むのは辛そうだった。
魔法関連は複雑な単語が多いから読解力が求められる。
最初から全て読める三世には無縁な話だったが。
「そうだよ。せっかくだから一緒に勉強してみようか?」
その言葉にシャルトが頷く。
魔力があるから覚えられたら主の役に立てるという思いからだ。
三世の方も力ある子には学んで欲しいという親心があり、両者の思いは一致していた。
「それじゃあ読んでいきますので気になる所があったら止めて言ってください」
わかりましたと大きな声で返事をするシャルト。
わくわくする気持ちが顔に出ていた。
三世もその気持ちは良くわかる。
魔法というだけで謎のわくわく感がある。
「えーっと。魔法において自分の力は一切必要ない。むしろ自分が無能であればあるほど効果的とも言える」
「必要なのは『異なる法』だけである。そのため考え構築する頭とより深く『異なる法』を理解している必要がある」
延々と読み続ける三世。そしてそれを興味深く聞くシャルト。
少しずつ顔から笑顔が消えていき、三十分も立った頃には目が死んでいた。
「わかんにゃいですご主人」
「そっか。まあ今日はもう良いからまた続きをしましょうか」
「あい」
頭を使いすぎて疲れたのかそのまま三世の膝を枕に寝だすシャルト。
それを優しく撫でる三世。
喉を撫でろとアピールするシャルトの喉を優しく触る。
ごろごろと気持ち良さそうに喉を鳴らす。
やはりルゥと比べたら動物の特徴が多く出るらしい。
五分ほどじゃれついてきていたシャルトは、ぱたっと電池の切れたおもちゃのように止まり寝息を立てだした。
三世はそれを確認してまた本を読み込む作業に戻った。
本を繰り返し読む三世。
最初の数ページが魔法の基礎らしきもの。
残りが実際の魔法についてである。
最初のほうを纏めるとこんな感じだった。
自分の力は全く関係無く目覚めた『異なる法』をどう使うかのみ。
完成物である作品を作るために『異なる法』を何とか加工する。
料理で例えるなら呪文は調理後の料理『異なる法』は食材である。
どう食材を集めてどう加工するかで完成する作品も変わってくる。
残りは実際の魔法。
攻撃呪文や回復呪文があると思っていたがそういったものは載って無かった。
そもそも攻撃系の呪文は危険度が高いので最初に教えることは無いそうだ。
他にも悪用しやすいものや危険と判断された場合は情報を制限するそうだ。
この本に載っているのは五種類の魔法だ。
いずれも旅向けのものと思われる。
水を浄化し泥水などを飲めるようにする呪文。
物や身体を清潔な状態にする呪文。
明かりになる弱い光の玉を生み出す呪文。
文字や言葉を翻訳する呪文。
そして三世の望んでいる呪文。
植物を成長させる呪文だった。
三世が特に必要と感じているのは二つ。
カエデを急速に成長させる方法。
そしてカエデを維持出来る環境を作る方法。
これさえあれば庭にサトウカエデを植え、メープルを常に入手出来るからだ。
「ふむ。これはがんばる必要がありそうですね」
誰も聞いてない独り言を言いながら三世は必死に一つの呪文の習得を目指す。
頭で繰り返し考え、そして胸に感じる何かと絡めて組み合わせる。
ごちゃごちゃした絡まった紐のようなイメージのそれを丁寧に解き新しい形に直す。
何度もそれを繰り返していった時紐が一本まっすぐになったイメージと同時に頭に呪文が生まれた。
三世は才能があるわけではない。
むしろ魔法の才能なら最低ランクと言ってもいいだろう。
これは魔法の習得速度にももちろん影響する。
ただここに例外がある。
甘い物を求める熱意と努力が才能を凌駕した。
三世は自然と笑みがこぼれている自分に今頃気づいた。
早速試そうと思ったが自分の膝の上の暖かい感触を思い出す。
動けない。
しょうがなく三世は頭を撫でながら膝の黒猫が起きるのを待った。
「流石です。もう呪文を覚えたとは」
寝起きで目をしぱしぱさせるシャルトは三世を褒める。
「ありがとう。運が良かったんでしょう。早速試してみたいので外に行きましょう」
うとうとふらふらと危なっかしい動きで外に出るシャルト。
そしてぶるっと震えた後三世にくっついた。
「ご主人。ちょっと寒い」
むしろ春の陽気で温かいくらいなのだがシャルトには少し寒いようだ。
外套を部屋から取ってきてシャルトにかける。
茶色のマントのような外套にマフラーまで装着していた。
長い外套で身体を出来るだけ出さないようにするシャルト。
まるでてるてる坊主みたいになっていた。
「これなら寒くないです」
てるてる坊主が甘えるように三世にくっつきながら歩いていった。
三世とシャルトは丁度いい植物を探す。
出来たら苗の段階が良い。
村の外を超え、周囲を歩きまわる。
「ああこれとかどうでしょうか?」
シャルトが指を刺す。その方向に果物の木の隣に苗が出来ていた。
自然と落ちた果物の種から芽が出たようだった。
「うん。いいですねさっそく試してみましょう」
わくわくする瞳を向けるシャルト。
三世は興奮を抑えつつ手のひらを対象に向ける。
そして自然と沸いてきた言葉をゆっくり唱える。短く唯一言を。
「生長せよ」
その言葉に呼応するかのように輝く苗。そして苗が成長する。
「おおー!お……おお?」
興奮気味の声から戸惑いの声に変わるシャルト。
確かに成長した。五センチくらい。
「……うーん。……うーん」
三世は他に何も言えなかった。
言葉を失ったと言ってもいい。
「もう一回は唱えられないですかご主人?」
手のひらを再度向ける三世。
「うーん。ダメそうですね」
がっくりする三世。
「まあそんな時もありますよ」
必死で慰めるシャルト。
今だけはその声は三世には届かないが。
夜には再度本を読み魔法習得を目指す三世とシャルト。
一つの呪文を見て少しテンション上がったらしく熱意はあった。
しかし熱意に反して結果は出なかった。
三世は基本的に能力不足で習得に時間がかかる。
シャルトのほうはもっと致命的で一歩も先に進まない。
後日改めて勉強をしてもシャルトが魔法を習得することは無かった。
原因は謎だった。
相性が悪いのか獣人だと違う方法なのか。
どうすることも出来ず、魔法士ギルドに行くまでシャルトの魔法習得はお預けとなった。
思ったよりも時間が余ったので投稿しました。
ありがとうございました。
運がよければもう一本いけるかな?
いけなければ明日か明後日に投稿します。