始まったのは【slow living】
2018/11/27
リメイク
――さて……どうしましょうかね。
村についた三世は自分一人で生活の第一歩について思考していた。
仕事を探しても良いしメープル関連の見学をするのも良いだろう。
先行きが見えないという不安の中ではあるが、今三世は確かに自由だった。
選択肢は山ほどあり、悩んでいる自分がいるのも確かなのだが、実際にはすべき事は既に決めていた。
中年以上の年齢になると、何かに冒険したり行き当たりばったりの行動が一切取れなくなり、安定した道以外進めなくなるからだ。
三世は近所付き合いの基本でもあり、コルネに最初に言われた事でもある村長の家に向かう事にした。
チリンチリン。
三世はコルネから聞いていた村長宅の前に着き、ドアについた呼び鈴を鳴らした。
そこから少し待つと、ゆっくりとした足音が聞こえ、ガチャっとドアが開けられた。
ドアの先にいたのは、真っ白い髪と髭をたくわえ背が曲がった老人だった。
この男性が村長とみて間違いないだろう。
「はいはい。どちらさんかの」
杖を片手に、村長は優しい瞳で三世を見ながら三世に話しかけてきた。
「申し遅れました。この度この村に入村させていただくヤツヒサと申します。色々ご迷惑をかけるかもしれませんが、これからどうかよろしくお願いいたします。」
三世は丁寧に、深く頭を下げた。
「おやおやご丁寧に。よろしくのぅ。あんまり固くならないでええよ。小さい村の村長なんて大した事ないもんじゃからの」
そう村長は微笑みながらフランクに返事を返した。
だが、三世はこの雰囲気を知っていた。
軽い口調ではあるが、それは相手が目上だからである。
実際にこちらがフランクに接すると、一気に急変するだろう。
そう、この雰囲気は――悪名轟く圧迫面接の前段階である。
――そうか。遠いこの世界にもこんな文化があるのですか……。
【礼儀正しく生きられるかワシが見てやろう】
村長からのそういう挑戦なのだと三世は受け取っていた。
当然、ただの勘違いだ。
そんな悪趣味な人間そうそういるわけがなく、村長は堅苦しい態度は疲れるだろうと三世に気を使ってそう言っただけである。
「はい。ありがとうございます。これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
そう三世はお辞儀をしたまま、微動だにせず言葉を紡いだ。
村長は三世を微笑ましいものを見る目で見つめていた。
その瞳は――とても優しかった。
「ははあ。なかなかに楽しそうな若い人が来てくれたの。じゃこれ家の鍵とそこまでの地図じゃ。君は独り身であってるかの?」
村長がそう尋ねると、三世は顔を上げ丁重に丁重に鍵を受け取った。
「はい。しばらくは独り身ですし、場合によっては生涯独り身ですね」
「そうか……まあ本当に困っているなら、ワシのとこに相談においで。未亡人とかそういうのが大丈夫ならいくらでも紹介してあげるから」
「はい。ありがとうございます。もしそういう時が来たら是非お願いします。では、失礼します」
三世は最後に深く頭を下げ、そのまま村長宅を離れた。
渡された手書きの地図を見ながら三世がその場所に向かうと、そこには一軒の平屋が建てられていた。
一階建ての木造建築。
コテージのような感じの造りであり、屋根の角度は非常に鋭角となっていた。
これが雪対策であるなら、ここはそれなりの豪雪地帯らしい。
三世がカギをドアのカギ穴に差し込み捻ると、ガチャリと音をたてて扉のロックが外れた。
ここで間違いないようだ。
入ってすぐに玄関があり、その奥は廊下になっており廊下の右側と正面に二部屋見え、それとは別に廊下左側に二つの扉が見える。
右側の部屋はベッドが置かれた寝室のようで、正面の部屋はテーブルとイスが置かれ、その奥にはキッチンが付いていた。
キッチンの脇には大量の炭と火打石が置いてある。
これで火を付けて調理をしろということらしい。
それと、シャワーとトイレが別々についている。
これは今まで見たものと同じく、白い玉を押すと自動で使える謎技術のものだ。
三世はキッチン付の台所に入り、ぐるっと周囲を見回した。
壁に白い玉のボタンが見え、天井には大きな丸い玉が付いている。
三世はその道具の使い道を察し、壁のボタンをそっと押してみた。
その瞬間、天井にある丸い大きな玉は白色にぴかーっと発光を始めた。
もう一度ボタンを押すと光が消えた。
――次は電灯ですか。異世界凄いですね。
そう思いながら、三世はテーブルの上にコルネから渡されたリュックを置き、中身を漁り始めた。
最初に見えたのが、地図である。
田所達と共に見た城下町と王城を中心に描かれた周辺地図。
端の方にカエデの村が載っているものだ。
次に小さなチケットのようなものが入っていた。
『ラーライル王国 管理施設 閲覧許可証』
そのチケットの裏には小さく『一部の書物を除く書物関連と魔法関連の閲覧に限定する』と書かれていた。
次に食料……最初の拠点で苦しめられたとてつもなく不味い保存食が三日分ほど。
正直、三世はこれを食べ物と認めたくなかった。
最後に封筒があり、その封筒の中には手紙と金貨が三枚ほど入っていた。
手紙はコルネからのもののようだ。
銅貨十枚で大体リンゴ一個。
銅貨百枚で銀貨一枚。
銀貨一枚でそこそこ豪華な夕食一回分。
銀貨百枚で金貨一枚。
金貨一枚で、そこそこの武具一式とか家具一式が揃う。
稀人様は最低でも一月に一回 少量ずつでもメープルを摂った方が良い。
そう書かれ、最後にとても大きな文字で『がんばれ!』と書かれていた。
三世は金貨二枚を家の別々の箇所に、普通そんなとこ探さないだろうというような場所に金貨を隠し、一枚を服に隠して家を出た。
次にすべきことはこの村の事を知る事である。
何がどこにあるのか、生活するのだから調べないといけない。
三世は踏み固められた、行先もわからない土の道を移動し始めた。
どうやらその道を進んだのは正解だったらしく、大通りというべきか商店街というべきか、そういう場所にたどり着いた。
露店や店がずらっと並んでおり、その前にちらほらと人が居て、買い物を楽しんでいる。
店も人もそんなに多くなく、またほとんどが女性である。
この村が田舎の村なのは間違いないようだ。
野菜屋、肉屋、果物屋らしき露店と雑貨屋兼武具屋、酒屋兼飯屋らしき店が建っている。
実際にそう書かれているわけではないが、看板の絵や置かれている物の雰囲気で考えると間違ってはいないだろう。
スプーンとフォークの絵が描かれた店が武器屋である可能性は考えなくても良いと三世は思った。
目に入った店は大体こんな感じだ。
それ以外の店はあっても、精々一件二件程度だろう。
商店街を抜け、更に道なりにまっすぐ進むと、動物の皮を吊るしている家と何らかの店を発見した。
それが鞣していると考えるなら、靴や服など革関連の店だろう。
更にその奥に移動を続けると三世は嗅いだことがある香りと、見覚えのある物が見えた。
メープルの強い香りと、目視できるギリギリの距離にサトウカエデらしき木があった。
良く見ると、サトウカエデの木の樹皮は真っ赤だったり黄色だったりと木とは思えない不思議な色をしている。
これがこの世界独自の進化を遂げたサトウカエデなのだろう。
そして三世のいる場所から右奥からメープルの香りが漂ってきている。
そこが工場らしいが、残念ながら作業中らしく進入禁止となっていた。
――いつか自分だけの木を手に入れよう。
三世はそう心に誓い、その場を去り来た道を戻った。
その帰り道、商店街のような場所で果物屋の女性が三世に話しかけてきた。
「兄ちゃん。新しく来た人かい?」
「あ はい。お兄さんという歳ではないですが新しくこの村に来ました」
「何言ってるのよ。私より若けりゃみんなお兄さんさ」
そう言いながら、恰幅の良い四十代くらいの女性はケラケラと笑っていた。
「んじゃ。ここに来たお祝い代わりにこれでもどうぞ」
そう言いながら女性は豪快に三世めがけて果物を投げてきた。
三世はそれを受け損ねそうになりながら慌てて掴み取った。
ただ、その果物は見た事がなかった。
「ありがとうございます。それで、これは何て果物なんですか?」
その言葉を聞いて、女性は驚いたような表情を浮かべた。
「兄ちゃん。こんなどこにでもある果物知らないのかい!? 外国の人だったりする?」
「すいません。私稀人というやつらしくて」
その言葉を聞き、女性は納得した様子を見せながら何度も頷いていた。
「あー。なるほどね。稀人様の世界にはないんなら知らなくて当然だわね。これはウィズの実って言って……。そうね、見た方が早いわ」
そう言いながら女性は新しくウィズの実を手に取った。
ウィズの実は綺麗な赤色でりんごのような見た目である。
ただ異常なほど固く、そしてくるみのように二つの構成物を合わせたような作りになっていた。
「この継ぎ目があるでしょ? これを綺麗に割ってね。中のこうやって、手で絞って飲むんだよ」
そう言いながら女性はウィズの実をぱかっと割って、中にある鬼灯の実のような玉を持ち、上を向いて握りつぶし直接口に液体を流し込んだ。
なるほどと思いながら、三世もそれを真似してみた。
ウィズの実は硬さの割に驚くほど簡単に裂く事が出来、中の赤い玉を取り出す事に成功した。
その玉は輝くほどに赤く、そして水風船のように弾力があった。
それを三世はさきほどの女性のように、上を向いて口に液体が入るよう、絞ってみた。
味はほとんどリンゴ、というよりはリンゴジュースである。
ただ、のど越しと口当たりが異常なほど良く、とてもすっきりとしているが、それ以外は果汁五十パーセントくらいのリンゴジュースそっくりの味だった。
そして、握りつぶしたのだから当然ではあるが、三世の手は液体でべたべたになっていた。
女性の手はそんな事なかった為、何かコツのようなものがあるらしい。
「子供は皆、一度は手をべたべたにするわ。兄ちゃんみたいにね」
そう言って店員は笑いながら、小さいタオルを三世に投げた。
「ありがとうございます。それとご馳走様でした」
そう言いながら三世は手を拭き、タオルを女性に返した。
「ところで、貴方の手は綺麗なままですね。何かコツとかあるのでしょうか?」
三世の質問に、女性はニヤリと笑った。
「何度かウチで買ってくれたら教えるよ」
三世は両手を横に広げ、ヤレヤレと小さく呟いた。
「商売上手な女性は怖いですね」
「それなら、この村の女は皆怖いわよ」
そう女性が返すと、三世は小さく微笑み、それを見て女性は豪快に笑った。
果物屋の店員と別れ、三世は自宅前まで戻った。
まだ日が暮れるまで時間がありそうだ。
良い機会なので自宅両隣の家にも挨拶をしておこうと家の前まで行き、そして気づいた。
両隣どちらも人の住んでいる気配が一切なく、また人がいた痕跡すらない。
無駄な気遣いをしていたのが馬鹿馬鹿しくなり、三世は苦笑いを浮かべた。
両隣は、ただの空き家だった。
三世は商店街のあった方とは反対方向に道を進んでみた。
そこには、草原で子供達が遊んでいた。
更にその奥に向かうと、複数の家が見える。
最初から村にいる人の住居だろう。
三世の住んでいるコテージ風でなく、もう少し大きめの2階建てだったり横に広かったりの家だった。
おそらく、家族用に設計されているのだろう。
これで、三世が村内で行っていないのはカエデ関係の奥だけになった。
なのだが、カエデ関係の施設は、通行止めと思われるロープが張られていたので、今この村で行ける場所は全て回ったと言って良いだろう。
三世は腕時計で時間を確認した。
季節や月はわからないが、時計の針は6時に差し掛かっている。
夕食の時間が近づいて、三世はふとあることを思い出した。
――そういえば、昼食も食べてない。
そうだと体が気付くと、急に胃が自己主張しだし、強い空腹感を覚える。
三世は金貨をもらった事に感謝しつつ、酒屋兼飯屋と思しき店に足を運んだ。
ありがとうございました。