愛されることを知った猫と愛することを知った狼。そしてお金に苦しむ中年
2019/02/07
リメイク
はい二部完結です。
早いですねすいません。
いくつか番外編書いたらまた三部始めます。
フィツの店で思った以上に素晴らしい歌声を披露したシャルト。
その後家に帰り、三世は真面目な顔で話し始めた。
「今からとても大切なお話があります」
「はい」
二人が真剣な表情で正座して声を揃えて返事をし、聞く姿勢に入る。
三世もそれに合わせて正座をする。
「よーく聞いてください。……お金がありません」
三世の言葉にルゥが疑問符を浮かべたような顔をする。
「る? お金あるよ?」
ルゥが自分の小物入れをあけて中を確認してみせた。
金貨八枚。
「それは、ルゥのお金です。私のでは、ありません」
三世が小物入れを出す。銀貨が数枚ころんころん転がっただけだった。
シャルトの首輪代もそうだが、最後の大きな買い物――とどめとなったのは三世用のベッドだった。
流石にずっとベッド無しはつらかったので何とか絞り切ってベッドを購入した。
正直良く寝床に入ってくる二人の姉妹を考えれば、別になくても良かった気はするが……。
ただ、ずっと一緒に寝ると別の意味で辛いからやはり必要なものではあった。
「私フィツ様の所で雇ってもらえることになりましたので御給金が入り次第ご主人に渡しますよ」
シャルトはあの後、フィツから正式に歌を歌って欲しいと頼まれた。
歌を知らないからと断ったシャルトだが、従業員が歌を教えるという話が出て、歌を学びたい、歌いたいシャルトは悩んだ末に、その提案を受け入れた。
「それはシャルトの給料です。私が受け取ったらいけません」
「ですが私はご主人の奴隷です。お金を渡すのは義務のようなものでは」
「そんなことありません。本人の給料は本人のものです。ちなみに金貨二枚でシャルトは奴隷解除できますよ」
「わかりました。金貨二枚超えないようにお金返します」
シャルトがにっこりと微笑みそう言った。
意地でも奴隷の身分にとどまるつもりらしい。
三世は苦笑を浮かべつつ、大きく溜息を吐いた。
「というわけでルゥはいくらでも稼げます。シャルトも定職つけました。しかし私は……職はあるけど見習いで、そしてルゥに莫大な借金。そろそろ――つらいです」
それは三世の本音だった。
とにかく……情けない。
二人の面倒を見る義務がある自分が迷惑をかける。
それは三世にとって許容できない事実だった。
そして……このままだと本当にヒモになってしまいそうな気がしていた。
「ということでしばらくはお金を集めることに集中します。予定で言えば一回城下町に行きますが後はずっとお金集めです」
「はーい」
二人は適当に答えを返した。
二人にとってお金などどうでも良い事で、三世と一緒にいられるなら自分達が稼ごうと、野で暮らそうと何の問題もないからだ。
「それでご主人。城下町とはどのような所ですか?」
「人が沢山居るところですね」
三世の答えにシャルトが怪訝な顔を浮かべる。
マシになったとは言え、シャルトは未だに人が嫌いだった。
「大丈夫!何かあったらシャルちゃんは私が守るから」
ルゥはそう言いながらシャルトの方に向いて手を広げ、シャルトを抱きしめた。
シャルトは嬉しくてルゥの胸元に甘え――その後シャルトはよく自分の胸元を触ってしょんぼりした。
三世にはシャルトが落ち込む理由がわからなかった。
「シャルトの調子をギルドの人に見てもらう必要がありますからお留守番というわけにもいきません。出来たらそれなりに稼いでから行きたいところですが」
「はい。シャルちゃん治すなら私いくらでも出すよ」
三世はルゥなら絶対そういうと思っていた。
「はい。だから次コルネさんが来た時に城下町に連れて行ってもらいましょう」
三世はそう言った。
普通の馬車が怖かった。
今のシャルトに馬車移動を耐えられるとはとても思えなかった。
だから、三世は信用出来るメープルさんにシャルトを運んでもらいたかった。
「とりあえず……人数――家族も増えましたしお互い自己紹介をして情報を整理しましょう」
「るー? もう二人の事知ってるよ?」
「そうですね。でも自分の口から自分のこと、出来ることを確認するんですよ。特にシャルトは来て日が浅いから」
軽く話したとは言え、シャルトときちんとお話する機会はなかった。
それにシャルトは地頭が良い。何かの成長のきっかけになるかもしれない。
「まあ一番は自分のことを把握するためですよ」
「るー。じゃあヤツヒサからお願い」
「はい。じゃあまずは私が三世八久。異世界からの転移者の一人で元獣医。今は革製作を勉強中でその関係で弟子をしています」
二人は首を傾げながらも、三世の話に集中した。
「スキルが二つあって一つはクラフター。器用と製作関係に補正がかかるもの。もう一つが獣医をしていた経験のスキルですね」
「質問宜しいでしょうか?」
シャルトがおそるおそる尋ね、三世は頷いた。
「スキルとは何でしょうか」
「んー……私も詳しくは知りませんが、一定以上の技量に達した技術を神が祝福したものらしいです」
「へー。神っているんだ」
シャルトはそう呟いた。
その口調はまるで氷のように冷たかった。
「ヤツヒサも最初は神様に助けてもらったんだよね?」
「なるほど! 神様って素晴らしい方なんですね」
冷たい表情をくるっと切り替えシャルトが笑いながらそう言った。
「あまりこの世界に干渉出来ないみたいですけどね。異世界から……とても遠い所から来たから私達異世界人には神様がよくしてくれるみたいですよ」
「なるほど。ご主人は異世界という場所から来たのですね。スキルが二つあるということはご主人はとても凄い人なのですか?」
「いえ。異世界から来たから授けられただけで実際は凡人もいいところです」
「そんなことありませんよ。スキル関係無くご主人は素晴らしいです。でないと私達は今ここにいません」
シャルトが自分の胸に手を置き、幸せそうに呟くとそれに合わせてルゥは何度も頷いて見せた。
「そうです。例えご主人が獣人が好きな特殊性癖でも! 私は気にしません!」
シャルトがこちらをちらっと見た後、「むしろウェルカムですよ?」と小声で艶っぽく呟いた。
三世は溜息を吐いてからシャルトの頭を軽く小突いた。
「るー? とくしゅなんたら? んー?」
「ルゥは知らないままでいて下さい」
三世は痛くなりそうな頭を抱えて話を続ける。
「というわけでズルしてスキルもらっただけの一般人ですね私は。じゃあ次ルゥ。自己紹介してみて」
「るー! 私の名前はルゥ。ヤツヒサに買われた奴隷で死にそうだったのを助けてもらった。後は村の人のお手伝いしたりしてるよ。スキルとかわかんない! 普通の人より耳と鼻が良くて足も速いよ。力もそれなり。盾を使うことが出来るよ!」
そう言った後、思い出したように言葉を付け足す。
「あと歌は好きだけど苦手!」
ルゥはえへへと恥ずかしそうに笑った。
「うん。うまく自分のことまとめてます。後好きな物とかしたい事とか教えてくれたら嬉しいですね」
「んーとんーと。食べ物はトマトとか好き! 後はヤツヒサに頭撫でられることと絵本読んでもらえることが好き!」
「はい、よく出来ました」
そう言いながら三世はルゥの頭を撫でた。
「では次は私の番ですね」
シャルトがすっと立った。
「私の名前は三世シャルト。ご主人の奴隷兼ペットでルゥ姉様の妹。手弱女で今日もご主人に酷いことをされるんじゃないかワクワ……ビクビクしながら生きています」
よよよと崩れるシャルト……ただし顔はにやけている。
三世は色々なことがよーくわかった。
スキルが繋がると一部知識か記憶が受け継がれるらしい。
わざわざ別の言い方のペットなどこの世界の常識にはないはずだ。
「はい。ふざけないでもう一回真面目に」
三世がこつんと頭を叩くとはーいと楽しそうにシャルトは答えた。
「では改めて、ご主人の奴隷となりシャルトという名前を頂いた者です。ルゥ姉という優しい姉代わりと愛情を注いで下さるご主人に恵まれた……めぐま」
シャルトが言いよどみ辛そうにしていた。
良く見ると……その目には涙が浮き出ている。
「幸せになりました。生きる楽しさを知りました。弱くなってしまいました。強い獣だった私が冗談でも言わないとすぐ泣く情けない人になりました……なれました」
下を向きながらぽろぽろ泣き出す。
それをルゥは優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ。幸せになってもいいんだよ」
ルゥは少しだけ寂しそうに、笑いながら呟いた。
三世もそれに頷き、シャルトの頭を撫でる。
「もっと幸せになっていいんだよ」
その言葉にシャルトは泣き笑いを見せる。
なかなか泣き癖が治らない。
だけど……それでもいいかなと三世は思った。
最近の涙は、昔と違って悲しそうではないからだ。
「お待たせしました」
目元が少し赤い。それとは別に頬も赤いシャルト。
「ああ情けない……油断するとすぐに泣いてしまう」
下を見て羞恥にぷるぷるするシャルト。
「大丈夫! 泣いてる姿も可愛いよ!」
「お姉さま。それは私に対するトドメですか?」
よりいっそう赤くなるシャルトだった。
パン!
「切り替えまして!」
手を叩いてから少し怒鳴り気味に話を戻そうとするシャルト。
かなりのごり押しである。
「長年の無理のせいで体はぼろぼろ。治癒に時間ばかりかかる迷惑な体。特技という特技も無いおろかな身……。強いて言えば声だけはそれなりみたいですね。声量ないのが申し訳ないですが」
「うん。元気になったら色々変わるはずですから、今は無理しないでください」
「心得ております。この身体は主の物ですから」
妙にうっとりと自分の身体に手を当てるシャルト。
この子は危ないんじゃないかな……いろんな意味で。
そう三世は思った。
「一応健康になれたら遠距離攻撃を担当出来ると思います」
シャルトは話を続けた。
「ほう。そうなんですか?」
三世の言葉にシャルトは頷く。
「はい。目はルゥ姉より良いです。耳も鼻もルゥ姉ほど優れてませんが」
「それでも私達普通の人よりは優れてますよね?」
シャルトは頷いた。
「あとは長距離は走れません。今は本当にスタミナないですが、これはたぶん健康になってもたぶん変わりませんね。代わりに瞬発力はかなり高いと自負してます」
「はいよく出来ました。シャルトの武器は地頭が良くて自己分析力、判断能力が高いことですね」
そんなことありませんとシャルトは言おうと思ったが、隣で頭に疑問符を浮かべ続ける姉を見て止めておいた。
「それと一つだけ良いですか?」
「どうぞ」
「お邪魔にならない限り。私は何があってもご主人の元を離れるつもりはありません。奴隷でなくてもです」
その言葉に三世はシャルトの頭を撫でる。
「そっか。じゃあ大切にしますね」
「あ、でもペットとして楽しみたいならずっと奴隷でいることもやぶさかではござ――」
言い切る前に三世は、頭を叩いた。
――ルゥの教育に悪い妹が出来てしまいましたね。
三世は苦笑いを浮かべた。
忙しかったのか、ほぼ毎日来ていたコルネが最近全く顔を見せない。
もう来ないのかなと思いだした頃――シャルトが来て一週間以上経過したくらいにコルネが突撃してきた。
「お邪魔しまーす! 忙しかったよ! 疲れたから私労って! ルゥちゃん癒して!」
そんな事を叫びながらコルネはノックもせずに扉を開け放ち突撃してきた。
目の前には絵本を読む三世。
それを正面で聞くルゥ。
そしてルゥの膝の上に座って一緒に聞いているシャルト。
「おおおおおおおお! 何その子可愛い! え? 天使?」
興奮するコルネにルゥはにっこりと微笑む。
「妹だよー。よろしくしてねー!」
ルゥはシャルトの頭を撫でながらそう言うがシャルトは警戒していた。
「始めまして」
それだけ呟き、シャルトはルゥにしがみついた。
「この子人嫌いなんです。色々ありまして」
三世が申し訳無さそうに呟いた。
「いいよいいよ。例の件の子でしょ。無事に終わったなら良かったよ」
コルネは優しい笑みを三世に向けた。
「それでこの子ちょっと身体に問題があるから何とかしたくて……。出来るだけ揺らさないように城下町に行きたいのですがお願いできますか?」
三世の言葉にコルネがぴくっとした。
三世の傍に来て小さい声で話す。
「それは女性的な話? 子供が産めないとか酷い事をされて生きたとか」
コルネは別の事情を心配していた。
獣人は人よりも野生が強いからか、そういう話は人よりも多かった。
「いえ。そうでないです。ただ、長い野生生活で骨がちょっと」
三世の言葉にコルネがにっこりとした。
「じゃあちょっと君。身体触らせてくれないかなー?」
「嫌です」
つーんとした態度を取るシャルト。
それを見てコルネはちょっとだけしょんぼりしていた。
「うーん懐かしい。出会った時はこうでしたね。そしてこれはこれで可愛いです」
「ねー。こっちのシャルちゃんも可愛いね!」
三世とルゥは頷きあい、シャルトは恥ずかしそうに目を反らす。
そして、それを見てコルネは悶えた。
「何この可愛い生き物ずるいなーもう!」
ただし、シャルトは意地でもコルネに身体は触らせようとしなかった。
「うーん。ちょっと見てあげたいんだけど何か方法ない?」
「どうでしょうね。ちょっと難しいですねぇ」
三世とコルネは腕を組んで困り果てていた。
「え? 簡単だよ?」
ルゥがなんでしないの?といわんばかりに呟いた。
「えっ。じゃあルゥ。お願いしていいですか?」
はーいという声と共にルゥはシャルトを部屋の隅に案内し内緒話を始めた。
「ごにょごにょごにょごにょ」
それを聞くとシャルトは驚愕の顔をした後ちらちらと三世とコルネの顔を何度も見比べる。
「ではつまり……ごにょごにょごにょ」
シャルトがルゥに何かを話し、ルゥは頷き二人はこちらにひそひそ話をした後――二人は戻ってきた。
「先ほどは申し訳ありませんでした。私はご主人の奴隷、シャルトと申します。ご主人の許可があるなら身体に触って頂いても構いません」
スカートのすそを軽く持ち上げながら丁寧に一礼するシャルト。
その姿は少しだけ貴族のようだった。
「ルゥちゃん。一体何を話したの?」
「姉妹の内緒!」
ルゥはえへんと言った顔でそう言い切った。
コルネが最初は笑顔で丁寧にシャルトを触るが途中から怪訝な顔をし、最後は無表情となった。
「うん。最悪だわ。すぐに冒険者ギルドに連れて行こう。歩けるのが奇跡だコレ。再起不能になった騎士団員よりも酷い状態なんて初めてみたわ」
苦虫を噛み潰した顔をしながらコルネが呟いた。
「そうですね。ですので……お願いします」
「はいお願いされました。今日メープルさんで良かったよつれてきたの。安全運転なら今や彼女は騎士団一だからね」
「そうですね。メープルさんなら信用出来ます」
三世もそう言って頷いた。
縁もゆかりもないメープルさんだけど、三世は彼女なら何があっても裏切らないと心から信用出来ていた。
「というわけでメープルさん。この子の為に出来るだけ揺らさないで走ってもらえますか?」
メープルさんを撫でながら三世は尋ねた。
別に撫でる必要はないが……三世の趣味兼精神安定剤である。
最近は忙しく会う暇もあまりなかったし……。
そしてメープルさんはその問いに答えを返さない。
ただしその瞳は言っていた。
『私に任せて』と――。
最近はメープルさんの言っていることが、なんとなくだが三世は理解出来るようになっていた。
そして、メープルさんも三世の信頼にこたえるよう、ほとんど揺らさず、中でうっかり眠ってしまいそうなほどの安全運転で城下町に到着した。
最初に、あまりの人の多さにシャルトが震えだす。
震えて顔を隠すシャルトを、三世はお姫様抱っこで持ち上げ抱きしめた。
筋力のない自分が軽々と持ち上げられる時点で、シャルトが色々おかしい事が理解出来る。
三世の胸元でシャルトは顔を隠して震えだす。
そのまま三世はギルドの裏口に入った。
「失礼しまーす! 魔法で治療出来て信用出来る人一丁!」
ルーザーの部屋に飛び込んで、怒鳴るように注文をつけるコルネ。
「ふざけるな! まあ百歩譲って怒鳴り込むのはまあ許そう。だがな、治療出来る人間は忙しいんだぞ! そんなすぐに魔法治療出来る人呼べると思うな!」
それにルーザーも怒鳴るように返す。
「ほほー。そんなこと言っていいのかな?」
コルネの挑戦的な言葉にルーザーがごくりと唾を飲み込む。
「こちらヤツヒサさんの新しい奴隷となった獣人でございます。ちなみに緊急治療必要なレベルです」
「ライダースジャケット愛好者の家族か。緊急事態なんだな。すぐに呼ぶから座って待っててくれ」
ルーザーは記述途中の書類をその辺に投げて人を呼びにいった。
「……良いんでしょうか?」
三世の呟きにコルネは微笑む。
「良いの良いの。掛け合い漫才も兼ねてるから」
コルネはそう言って微笑んだ。
しばらくすると、非常に疲れた顔をした女性が部屋に入ってきた。
三世はその人物に見覚えがある。
以前、転生者のキャロルだと名乗っていた人だ。
シャルトだけ椅子に座り、あとの人は邪魔にならないよう離れる。
キャロルは何らかの呪文を読み上げ、魔法を行使する。
次の瞬間シャルトは光輝き、それを見てキャロルはしぶい顔をしだした。
その後、キャロルは何度も何度に魔法を使っていく。
同じ魔法を何度も使い、また別の魔法も使い、シャルトが赤く光り、青く光り、様々な変化を見せた後、ドタンと音を立てて倒れこんだ――キャロルが。
その直後に、妙に筋肉に溢れた屈強な男が部屋に入り、キャロルをお米様だっこしてどこかに運び去っていく。
予想外の光景に誰もが言葉を失っていた。
「いつものことなので気にしないでねー」
屈強な男は妙にフレンドリーな笑顔を浮かべ、ドアを閉じる。
そして、それと入れ替わるようにルーザーが部屋に入った。
「一応歪みと成長のズレ、あと骨を全てを治したとのことだ。それでも、完全には治療出来ず取りもどすのにはまだまだ時間がかかる。といっても治療はもういらん。しっかり食事を取らせて普通にしてたらもう問題は起きない。ヤツヒサのスキル効果が影響を与えているのだろう。なければ障害が残っていた可能性が高い」
「ありがとうございました」
三世がを下げる。
「ただし!」
ルーザーがシャルトのほうに向かって声を張り上げるように叫ぶ。
びくんとしながらも、シャルトはルーザーの方をしっかりと見つめた。
「半年間は無理な運動の禁止だ。期間内にどうしても運動したいなら私かキャロルかコルネに聞くといい。誰かが許可を出したら認めよう」
「了解しました。約束します」
シャルトが真面目な表情で頷いた。
「それとすまないが今回は無料とはいかん。治療代を請求させてもらう」
ルーザーが三世に申し訳なさそうに答えた。
「いえ。わかってます。むしろ治療が受けられる自体回りに負担かけてコネを使ってのことです。しっかり払わせていただきます」
ただしルゥが。
三世はそれが非常に申し訳なかった。
「そうか。すまんな。一応知らん仲ではない。こっそり加減するが金貨三枚だ」
その言葉にルゥがはいとルーザーに金貨を三枚渡した。
「……いいのかそれで」
ルーザーの言葉が三世に刺さる。
三世はルーザーに自分の小物入れを見せる。
お金が入っている小物入れ。
それをルーザーが見た後怪訝な顔をして尋ねる。
「これで全財産か」
三世はそっと頷いた。
それにルーザーは三世の肩を優しく叩いた。
「とりあえず治療の結果と内容、それと今後の不安点を書いた。後で見ておけ」
ルーザーは三世に書類を渡し、三世は礼を言って受け取った。
「何度も言うがしばらくは軽い運動で留めておけ。それだけで健康体に戻れるとこまでキャロルはがんばってくれたからな」
また恩を返す人が増えてしまった。
どう返せばいいかわからない恩が増えていく。
三世は何かこちらの世界にない料理でも作れないか悩んだ。
「それとせっかくだからスキルと能力でも見ていくか? もちろんルゥとシャルトも」
二人を見ると二人とも頷いた。
「ではお願いします」
ルーザーが嬉しそうに頷いた。
それにあわせてすっとコルネが姿を消す。
スキルの説明は他の人に聞かせない、そういうものらしい。
おそらく、女性のスリーサイズのような扱いなのだろう。
そんな斜め上の発想を三世はしていた。
「じゃあまずはヤツヒサからか」
そう言った後、ルーザーは不気味な瞳を三世に向ける。
わずか五秒ほどの時間だが、不快感を覚えるくらいにはその瞳はおぞましかった。
「二つ目のスキル、そろそろ名前が着くと思ったが……そんなことないな。自覚してるからそろそろだと思ったが」
「なんででしょうねぇ」
「さあな。まあいい」
「筋力二素早さ二賢さ四器用十三魔力一耐久二精神四。体力低め。ほとんど成長無いが普通はそんなもんだ。三ヶ月がんばって才能あってようやく一上がる、それくらいが普通だ。体力が平均くらいに。素早さが五になっている。別の場所からの繋がりでの後付の強化だろう。獣人スキルの影響だな。ルゥから体力。シャルトから素早さを受け取ったと予想される」
「ありがとうございます」
「いや。信用出来るギルド員が成長するのは嬉しいことだ。問題ない」
「次はルゥだが」
「……筋力四素早さ五賢さ二器用六魔力一耐久四精神二。体力がとても高い。そしてヤツヒサ補正で器用が十になっている。大きく伸びたな」
「ありがとうございます! よくわからないけど」
「いっぱい成長したってことだよ」
ヤツヒサが優しくルゥの頭を撫でる。
「うん。がんばったからね!」
と嬉しそうにはしゃぐ。
「それと凄まじいことにスキルが生まれようとしてるな。何かわからないが」
「なるほど。多分料理でしょうね」
三世はそう呟き、ルゥの方を見た。
ここ最近ルゥの料理の腕前は尋常じゃないからだ。
気づいた時にはフィツの店であらかた作れるようになっていた。
「なるほど。飼い主ににてワーカーホリックなんだな」
ルーザーが苦笑を浮かべた。
「じゃあ最後はシャルトだ」
ルーザーがシャルトのほうを見る。
それを見てシャルトがひっと悲鳴を上げる。
確かに、アレは怖い。
ルーザーは寂しいような悲しいような顔をしていた。
「筋力一素早さ八賢さ三器用三魔力五耐久一精神一。体力かなり低い。ヤツヒサ補正で器用が七体力が少しだけマシになっている」
「魔法が高いのは何故でしょう?」
三世が尋ねる。
「偶にいるんだ、魔法が効き易い体質の人間が。たぶんそれ系……だと思う。さっきも治療魔法の効果も良く効いていたそうだ」
「なるほど。ですが魔法が使えなかったら魔力は増えないのでは」
「既に、自分の中にある異なる法を理解しているのだろう。本能でな。人間は学ばないと理解出来ないが亜人は偶にそういったことがあるそうだ。専門外だからよく知らんがな」
「なるほど。という事は、シャルトは学べばすぐに魔法が使えるということですね」
「たぶんな。但し効き易いということは相手の魔法も効き易いということだ。魔族魔物はもちろん。野生生物でも偶に魔法使えるやつはいるから対策は考えておけ」
「わかりました」
「あと……スキルが完全な状態で発現している」
ルーザーは苦虫を噛んだような嫌悪を感じる顔をしていた。
ここまで露骨な表情を浮かべるルーザーを三世は見た事がなかった。
「スキルの名前は『生存本能』体力に補正がかかり体力が減るほど危険察知が出来るようになる。また食べれる物食べられない物を自動で判断出来る。こんなスキル持ち早々いないぞ。山篭りに修行に数年かけるような人間くらいだろう。またはスラム街に長く住んだ人間が極稀に覚える」
「なるほど。そういったスキルが目覚めたから私は生き延びられたのですね」
シャルトがあっさりとした声で答えた。
「そうだな。よほど劣悪な環境に長くいないと生まれないスキルだ。間違いなく有用な上に成長性も高い。なんたって生きているだけで成長するんだからな」
「まだ成長するんですか?」
「ああ。何もしなくても育つ。成長方法が生きるだけだからな。役に立つぞ。私はコレを神の祝福なんて呼びたくないがね」
「そうですか。ありがとうございます」
ルーザーの嫌そうな顔を無視し、シャルトは笑顔でお礼を言い小さく頭を下げた。
同情している事などシャルトにはどうでも良かった。
「……今は幸せか?」
ルーザーの問いに、シャルトは笑顔で三世の腕にしがみついた。
「これが答えということで」
三世はそんなシャルトの頭を優しく撫でる。
「まあそいつは獣人の為に生きているような人間だからな。きっと良くしてくれる」
「ではこんなものかな。ヤツヒサはもっとおかしい伸び方をしていると思ったが割と普通だったな」
「ええ。最近仕事も修行も減らしてますから」
「ああ。それがいい。無理しても誰も得しないからな」
「代わりにあの子がワーカーホリックに」
三世がルゥを見つめる。
「親の責任だ。きっちり躾けろ」
「はい……」
三世が苦笑いながら頷いた。
マネして欲しくない部分をマネしてしまったらしい。
そのままルーザーに礼をして部屋を足り去る。
傍にはコルネがいた。
「おかえりー! さてどうしようか? シャルトちゃんは何かしたことある?」
コルネが遊ぶ気満々で話しかけるた。
「せっかくですし、女性だけで遊んできてはどうでしょうか?」
ルゥは当然として、シャルトもコルネと一緒にいて楽しそうに見えた為三世はそう提案した。
「確かに女子会も楽しいけど……ヤツヒサさんは良いの?」
「はい。代わりに女性の必要なものとか見繕っていただければ」
自分ではその辺りはさっぱりわからない。
三世は申し訳なさそうにコルネに頼んだ。
「そういうことならーまっかせなさーい」
「ルゥ。使った金額は後で教えて下さい。溜まったら返します」
三世は溜まったらという言葉に情けなさを感じた。
――早くお金をなんとかしないと。
「あーそうだ。ヤツヒサさん暇ならちょっとお願いしていい?」
コルネの言葉に三世は首を傾げる。
「ん? いつもお世話になってますし出来ることなら」
「うん。ちょっと馬を預かって欲しいの。私達三人で遊んでいる間。この辺りなら遠くに行ってもいいし町付近で戯れてもいいよ」
「ああいいですよ。私で良ければ」
三世は二つ返事で答えた。
メープルさん以外には乗れないから町の脇で待つかじゃれるか体の調子を見るくらいが関の山だが。
だがそんな事は関係なく、動物と触れ合う時間を三世が拒絶することなどあるわけがなかった。
「じゃあ後で門の前に連れて行くからよろしくねー」
「では行ってまいります」
「いってきまーす」
三人は楽しそうに去っていった。
門の前で待っていると十五分ほどでコルネがその馬を連れてきた。
さっき会ったばかりの馬だが。
「というわけでちょっとメープルさんとデートしてきてよ」
メープルさんがこちらを見つめている。
その目はいつもより嬉しそうに見えた。
「ああメープルさんならいつでも歓迎ですよ」
具体的に言えば三時間撫でても苦にならないくらいは歓迎である。
……やっぱり六時間で。
「……でしょうね」
コルネはため息を付きながら相槌を打った。
「忙しいからか最近ちょっとストレス溜め気味なのよメープルさん。んでんでついでにヤツヒサさんに会えないから尚のことね。だからちょっとリフレッシュしてあげて。五時間くらい遊んでるから」
「わかりました。二人のことお願いします」
「まっかせなさーい」
コルネが笑顔でVサインを出して自信ありげに答える。
そのポーズを後ろでマネするルゥ。
同じようにマネしようとするが恥ずかしくて出来ず、小さくvサインするシャルト。
三世はそんな三人を微笑ましく見つめ手を振った。
「いってらっしゃい」
三人は手を振り返しながら、町に消えていった。
「じゃあ私達も行こうかメープルさん」
三世の声に合わせて、メープルさんは小さくかがみ、三世はそっと背中に優しく乗る。
そして門を抜けて外に出て、駆けまわった。
あっという間の五時間だった。
メープルさんも楽しい時間を過ごせたようで楽しそうだった。
別れていた三人も楽しい時間を過ごせたらしい。
そしてコルネとメープルさんに送ってもらい、三人は家に帰った。
「明日から。お金を稼ぎましょう」
最近気にしすぎて胃がちくちくしてきた。
「良いですが……何をして稼ぎましょうか」
シャルトが尋ねる。
「それも明日考えましょう」
特にコレといった何かが思いつかず、三世はそう答える事しか出来なかった。
「おー。がんばって稼ぐぞー!」
ルゥは深く考えず、そう言って手を振りあげた。
自分は金欠のまま姉妹だけお金持ちになる。
三世はなんとなく……そんな未来が見えた気がした。
ありがとうございました。
長いようで短い話にお付き合いくださりありがとうございました。
まあまだまだ終わりませんが。
少しペースが落ちるかもしれません。
単純に構想を練る時間が増えたからです。
出来るだけ一日最低一本は書きたいですが出来なければごめんなさい。
それでも変わらないで読んでくださると嬉しいです。
二部終わりまでの付き合い感無量です。
では再度ありがとうございました。