Thelxiepia
2019/1/27
リメイク
ありがとうございました。
いまさらですが作者はフランスと縁が全く無い為、多少(多い方)適当になる恐れもございます。
その辺は三世さんがフランスを勘違いしたと脳内変換おねげーします。
あの食事会から二日ほど時間が経過した。
あの獣人と一緒に暮らしたいという声は非常に多かったのだが……残念な事にその話全てを蹴る事になってしまい、奥様方には三世の方から自分が面倒を見ると説明していった。
別にあの子が三世と共に暮らす事を願ったわけでもなく、ルゥがあの子を気に入ったからではなく――単純に、彼女の体がボロボロすぎてどうしようもないからだった。
日常生活すら困難な領域であり、例え現代医学を最大限に発揮出来たとしても完全な治療は不可能で――もってあと数年だろう。
それほどまでにシャルトの体は酷い有様だった。
三世がシャルトを触って『診た』
相変わらず悲惨という他ない。
無事で健康的な部位など目と脳くらいで、後はどこもかしこも何らかの障害が見える。
特に背骨が酷く、完全に歪み切っていた。
ルゥは一晩で完全に回復し肉体まで成長したのにもかかわらずシャルトの外見には一切の変化は見られない。
それどころか、ただの骨折すら治り切っていなかった。
回復が追い付かず栄養がまだまだ足りないのである。
ルゥの時はあっという間に戻ったが今回は状況が違う。
長い時間自分を痛めて心も病んだいたせいか、過酷な野生生活のせいか。
しかも、三世のスキルで常時治療状態となっている為これでもマシな方である。
他の人と暮らす場合……他の人の家族になった場合は数日で歩けなくなる恐れすらあったのだ。
三世が面倒を見て、治療をするという前提があれば、無理な運動を控えて栄養さえしっかり取らせたら命に別状は無いだろう。
「にしても予想外でした。子供だと思っていたのですが……」
三世はシャルトを見ながらそう呟いた。
現在、シャルトは家の中で鼻歌を歌いご機嫌な様子を見せている。
黒いボサボサなショートヘアに黄色の目。
黄色というよりソレは金色に近く、瞳孔は猫特有の縦に伸びた黒色。
美しい瞳だが覗き込むと吸い込まれそうな、どこか恐ろしさもある瞳だった。
そして140半ばほどの身長に痩せ切った小柄な体型。
こんな体つきだから最初は子供だと思ったくらいである。
しかし、残念ながらこれでもう限界まで成長済みらしい。
これは栄養とか厳しい環境とか関係なく、単純に本人の資質によるものである。
更に付け足すなら、どうやらルゥより年上のようらしい。
詳しい年齢はわからないが、肉体の経過時間はルゥよりも長い。
と言っても、ルゥより歳は上でもルゥを姉のように慕っているのであまり気にはしていないのだろう。
「それでどうしても駄目ですか?」
シャルトの言葉に三世が首を横にふる。
ちぇーと拗ねた顔をするが、こればかりは三世も許可が出せない。
『お返しに働きたい』
そんなとても可愛らしく優しいシャルトの願いだが、現在の状態では医者として、家族としてそれに頷く事は出来ない。
「その服が汚れないような仕事があればお願いしますね」
三世はそんな意地悪な事を言い、シャルトの服を見た。
シャルトは服に注目する三世に微笑みかけ、楽しそうにくるくる回りスカートをふわっと翻した。
。
今シャルトが着ているのはゴシック調なドレスである。
露出が全くない、黒を基調としたドレスで、黒い髪と金の瞳に相まってまるで人形のような美しさを醸し出している。
マリウスがわざわざシャルトの為にこれを用意した。
その為だけに、わざわざ食事会を休んだそうだ。
最初は日常に困らずもう少し動きやすいドレスだったのだが三世から運動を控えさせたいというアドバイスを受け、一日徹夜して改良を加えた。
それを見た三世は少しだけなんだか悔しくなり、シャルトの見た目に合わせてフリルの付いた日傘を用意した。
と言っても、一人ではうまく作れなくて結局マリウスに半分手伝ってもらってなのだが……。
一応普通の服装も用意はしてあるのだが、シャルトがマリウスの用意したゴシックドレスが大層お気に召した為普段はこの格好になっていた。
逆にルゥの衣装はワンピースタイプを中心に多少走り回っても大丈夫な物で統一されている。
これは活発的なルゥに合わせてという理由もあるのだが、大体の原因は一緒に買い物し服を何着もプレゼントしたコルネの趣味が多分に混じっていた。
「狩猟なら自信あるのですが……」
シャルトがごねるように呟く。
「それでも駄目ですよ」
昨日狩りが出来ると言っていたがどのくらい出来るか聞いたら、
目の前で投石で鳥を落とした。
そしてその鳥をルゥが捌いて調理して、丁寧にいただきますをして三人で味わって食べた。
三人で命を奪うということ。
食育というものを考えさせられた瞬間だった。
それはそれとして、ドクター権限で投石含めての狩猟を禁止した。
確かにシャルトは獣人な上に猫科の特性を帯びている。
狩りが上手いのは当然である。
背骨は歪み、全身の骨に罅が残り、足の骨がすっかすかの空洞になっていなければそれでも良かっただろう。
どう頑張っても今の自分だけではもうお手上げに近い状態なので、近いうちにルーザーにでも治療お願いできないか聞いてみることにした。
現代医学に頼るなら道具が足りず、スキルによる治療だけでは効果が完治まで全く届かない。
シャルトの鼻歌にルゥが寄ってきて、気づけば二人は楽しそうに歌を歌っていた。
三世の知らない歌だった。
「その歌は?」
そんな三世の問いに二人は知らないと言った。
「シャルちゃんが歌ってたから」
ルゥがそう言った。
「頭に思い浮かんだ物を口ずさんでいるだけです。不快でしたか?」
心配そうに尋ねるシャルトに三世は首を横に振った。
「いいえ。良くわかりませんが、とても綺麗な声だと思います」
シャルトの白い肌が分かりやすい程赤く染まった。
これはお世辞でも何でもなく、本当に綺麗な声だった。
ルゥも綺麗な声ではあるのだが……偶に音を外していた。
数日一緒にいてわかったことがある。
ルゥは素直で分かりやすく、子供らしい性格だ。
子供を取り戻しているのだろうか。
または、誰にも愛されない生活をしていた故愛を回りに振りまいているようにも見えた。
同じように誰にも愛されなかったシャルトだが、その性格はほぼ真逆である。
礼儀正しく大人しい。
そして従順で……まるで従者のようだ。
無理をしてるわけではなく、そういう性格なのだ。
誰かに必要とされたい。
大切な誰かのために何かしたい。
そういう性格らしい。
正反対のような性格でも、いや正反対だからこそ二人はとても仲良しだった。
野性味が抜けて礼儀正しく大人しくなったシャルトが幼子のように振舞えるのは今やルゥの前だけである。
逆にルゥが姉のように振舞うのもシャルトの前だけだった。
「今日のご飯どうします?」
三世が尋ねるとルゥとシャルトが顔を合わせ相談を始めた。
あーだこーだとワイワイ騒ぎながら二人で楽しそうに話すのを見ると姉妹みたいで微笑ましくなってくる。
ただ……少しだけ、ほんの少しだけ三世は孤独を感じた。
「えー話し合った結果フィツさんの所に行きたいですが宜しいでしょうか?」
「でしょーか!?」
二人の言葉に三世くすっと小さく笑い、頷いた。
三世は食事が終わったら二人に大切な話をしないといけないと固く誓った。
客がまばらに入っている食事処で三人はテーブルに座った。
「すいませーん!」
ルゥが注文を頼むために大きな声で手を上げ店員を呼んだ。
気づいた女性の従業員は笑顔で頷き――注文を取らず奥に向かい、入れ替わりのように厨房からフィツが顔を出した。
傷のついた恐ろしい顔付きのフィツだが、ルゥもシャルトも恐れを見せない。
ルゥは元々人の見た目を気にせず、シャルトは前回の印象から山ほど食べさせようとする料理の凄い人という印象が強いからだ。
「よーしよく来たな。今日も二人には大盛りにしてあげよう」
いつもの微笑みでなく満面の笑みでフィツはそう言った。
「何かいいことでもありました?」
その言葉に待ってましたと言わんばかりに反応する。
「ああ。さっき村長が来て村の拡張計画の一環でな、酒場が出来るそうだ。つまり、近々俺が酒場止めても大丈夫になりそうなんだよ」
酒が苦手な上に深夜までまで店を開いていた事が相当の負担になっていたそうだ。
「というわけで嬉しいニュースがあったんだよ」
「それはおめでとうでいいんですかね」
三世は苦笑しながらそう言葉を返した。
「それで従業員の人を呼んだのですが、フィツさんがわざわざ来たということは何か用事でも?」
「あーん? 俺が来るのは当たり前だろ! 俺が来た理由? そりゃこの可愛らしい二人にサービスする為だよ。他にあると思うか?」
お酒に酔ったみたいな絡み方をするフィツ。
普段はもっと理性的な人なのだが少々タガが外れている。
よほど酒場が出来るのが嬉しいそうだ。
――酒嫌いなのにがんばって酒場兼用してましたからねぇ。
フィツは白い皿にアーモンドが乗ったものをテーブルに出した。
「まあ食事前だしこれくらいでいいだろ。ちょっと食ってみろよ」
三世が言われるままに一つ掴んで口に入れる。
香ばしいアーモンドの香りにうっすらとした塩味、噛むと風味が広がる。
「おおーいいですね。コーヒーとか欲しくなる味です」
三世の答えにフィツはにかっと満足そうに微笑んだ。
「酒場用のメニューなんだけど栄養価高いらしいからな。食べてくれ。あとこれもな」
そう言って透き通った水の入ったグラスを三つ置いた。
それはメープルウォーターだった。
数に限りがあるのでメニューにも載っていないソレをシャルトとルゥの為に用意してくれるフィツには感謝以外の言葉が出てこない。
ただ……最近はそんな二人のオマケに自分も色々貰ってしまい少々もうしわけなく思う。
どこかでフィツに還元する方法を三世は考えることにした。
返す恩が増えて悩む自分がおかしくて、三世は笑った。
手渡されたメニューはシェフのオススメ料理三人分セットしか載っていなかった。
しかも妙に安い。
デザート分抜き二食分の値段くらいだ。
デザートは最初からの約束。
そしてシャルトちゃんがもっと元気になるまでは無料にしてやると依然言っていた事を三世は思い出した。
また恩が増えて三世は苦笑を浮かべた。
流石に申し訳なかったので三世は食後の飲み物としてコーヒーを頼み、二人にはココアを用意してもらった。
甘い飲み物に嬉しそうに飲むルゥ。
必要以上にふーふーして冷ますシャルト。
そしてこっそりフィツが置いていったアーモンドを齧りながらブラックを飲む三世。
がやがやした食事処にはありえないようなゆったりとした時間。
それは三世にとってほっとする至福の時間だった。
「これで雰囲気のいい音楽でもあれば良かったのですが……」
元の世界での喫茶店を思い出しながら三世は呟いた。
アナログレコードのジャズを流す喫茶店。
そんな世界に三世は憧れを持っていた。
そういった店に行っていた時期もあるのだ……忙しくてほとんど行けず常連になる前に移転してしまいどこかに行ってしまったが。
「るー。音楽が聞きたいの?」
「うーん。どうでしょうか」
ルゥの言葉に三世は曖昧に返すしか出来なかった。
それを聞いて……シャルトは周りに邪魔をしない程度の小さい声で優しく歌いだした。
歌詞の無い『ら』しか言わない歌。
それでもそれは優しくて今の三世の胸に響く歌声。
うとうとする子守唄のような音楽だった。
「はいストップ!」
突然、フィツがシャルトの歌声を止めた。
小さい声だし迷惑になるほどでもないと思ったが駄目だったのだろうか。
「ごめんなさい……。お邪魔になりましたか?」
シャルトがぺこぺこ謝るのをフィツは首を横に振って否定し、奥を指差した。
そこは木製で一段だけ高いところにある小さなお立ち台。
四人ほどしか上がれないほどの大きさをした、小さな吟遊詩人の為の場所だった。
従業員がフィツの指にあわせてそこにイスを置き始めた。
「せっかく歌うなら。みんなに聞かせてやってくれよ」
フィツの突然な提案に、シャルトは驚きおろおろとしだした。
どうしようか悩んでいるようだ。
「どうしたいです?」
三世が尋ねるがシャルトは悩んでいた。
「私、ずっと静かにしないといけなかったのでほとんど歌の経験なくて……。とても人前で歌うなんて……」
ルゥが手を横にぶんぶん振る。
「あんだけ上手なんだから大丈夫だよ」
ルゥはシャルトを励ます……というか嘘を付くのが苦手なルゥである。
ただ、事実を言っているだけのようだ。
三世はあまり聞いたことないがルゥはその綺麗な歌声をよく聞いているらしい。
ちょっとだけ悔しい。
シャルトは上目遣いで三世を見つめた。
「私どうしたらいいですか?」
三世は優しく微笑んだ。。
「人に二択を尋ねるときは大体答えが決まっている時らしいです。やってみたいんじゃないですか?」
シャルトはそれを聴いて……こくんと頷き、とことこと歩いてステージに上った。
「今からうちの新しい家族のシャルトが歌います!みんな聞いていってね!」
大声でルゥが客席に声をかけた。
そしてそれに呼応するように歓声と盛大な拍手で客は答えた。
ノリがいいのもこの村の良いところである。
食事を終えた客達が椅子をシャルトの近くに動かして移動する。
そんな中、ちゃっかりとステージに一番近いテーブルにルゥが移動し椅子に座った。
三世もこっそりルゥの隣に移動した。
おろおろと慌てふためくシャルト。
それは緊張というよりも……戸惑いのようだった。
沢山の人が自分を見ることは今まで何度もあった。
見下されながら……穢れた物を見るような侮蔑の眼差し。
だけど、今は違った。
誰もが優しい瞳を向けている。
純粋な楽しみな瞳、子供がお遊戯をするのを見るような瞳、応援するような瞳。
ここでシャルトが失敗をしたらどうなるか。
きっと何もなく、問題も起きないだろう。
もし失敗したら誰かが助けてくれる。
何をしても必ず自分が困ったり苦しんだりする事はないだろう。
ここに立つと、シャルトにはそれがわかった。
特に強いのが、自分を守ろうとしてくれる視線。
一番近くにいた二人がこちらをそんな暖かい瞳で見てくれている。
シャルトは椅子に座り、息を大きく吸った。
黒いゴシックドレスの……漆黒の髪をした女の子がそこにいた。
その雰囲気は確かに美しいのだがどこか恐ろしさもあった。
この世ならざる神秘的ながらも喪失感をあわせた……そこだけ別世界から切り取ってきたような異質な雰囲気。
まるで幽霊である。
そんな表現も的外れとは感じないほど――儚く壊れそうな雰囲気を少女は内包していた。
金色の瞳がまるで全てを見通すかのようにこちら側に向けられた。
ただそれだけで――世界が静寂と化す。
そして息を吸い、少女が声を放った瞬間。
静寂の世界を声が支配した。
恐怖に近い雰囲気とは正反対な優しい音色がその喉より奏でられる。
料理屋に合っているか、酒場らしいかといわれたら否である。
しかし安らぎを覚える音色は万人に共通のようで、それに異を唱える者はいない。
ただ、残念ながらその声は非常に小さかった。
美しく優しい音色の音楽を奏でる喉は非常に弱弱しい。
それも当然だった。
むしろ、傷だらけで擦れ腫れ上がった喉で歌が歌える時点で十分凄いと言える。
その聞こえるかどうかわからない歌声を聞くため、客達はさらに前に移動した。
全員がステージの傍に歩み寄った。
テーブルは払いのけられ、ステージの傍に椅子だけが並べられる。
気づいたら店の客全てがステージの傍に移動していた。
食事の音もなくなった。
移動の音もなくなった。
周りを見るとみんなが少女を魅入っていた。
それが終わるまで、皆が声以外の静寂を愛した。
「ありがとうございました」
黒猫が控えめに小さな声を出した。
それに全員が静かな拍手で迎え入れた。
ありがとうございました。
ヒメロペーという優しい声を意味するセイレーン
テルクシエペイアーという魅惑的な声を意味するセイレーン
二人の姉妹。
まあ何の話かと言うとそういう話です。
別にネタバレというほど深い内容では無いですがちょっとした小ネタ代わりに。
気づいたら評価も300超えています。
見てくださってありがとうございます。
妙に食べ物と動物に偏る作者ですが見てくだされば嬉しいです。
では再度ありがとうございました。
これからも続けされていただきます。