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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
成長する獣人奴隷。獣離れ出来ない甘党人間
46/293

シャルト

2019/1/23

リメイク




 

 三世は猫の獣人を連れ、被害にあった村人全員への謝罪巡りをした。

 既に村長が村人事情を通してくれており、また村人全員は獣人の謝罪を受け入れるつもりでいた。

 だから今回の騒動はすんなり終わるだろうと三世は考えていた。

 だが、そんな三世の予想をはるか斜め上にぶっちぎり、膨大な時間がかかってしまった。

 三世はまだ侮っていた――村人の善良さを……。


 そもそも、この村はゼロからの開拓村ではない。

 国の中央である王都付近に新しく作った、完全に国に管理された上に発展が約束されているモデルケース的な村である。

 王都が近い為交流は便利で人が多く、周囲に盗賊も危険な生物もほとんどいない。

 かといって、発展が約束されているからといって皆がこの村に移住を決めたかと言うとそうでもない。

 村の移住というのは大変な作業であるし、一番近くの城下町からわざわざ移住する理由もない。

 そして、実験的な側面もある為入ってくる人の身元と人柄はしっかりと調べられる。

 そんな立地と事情を考えると、そこそこ裕福だけど元の住処に居られなくなった。

 そんな複雑な事情を持った人がカエデの村には多かった。


 つまり、それなりに裕福な生まれでかつ不幸があったけど折れずまっすぐ生きた善良な人が大半という事だ。

 そんな村人が『ガリッガリに痩せて、しかも怯えて震える存在』を見たらどうなるか。

 全員が、特に年配の女性は子を見る親のような目を獣人に向け、とにかく、ただただひらすらに甘やかし始めた。

 ただの謝罪巡りなのに、甘やかされる時間があまりに長くなり、既に日が落ち始めていた。




「おーもーいー」

 ルゥは両手、背中いっぱいに食料を持っていた。

 複数の袋に分けて入れられた大量の食糧。

 果物、パン、加工肉、魚の干物、その他色々。

 ルゥだけでは持ちきれないというあり得ない事態に遭遇し、三世も両手いっぱいに食料を抱え困っていた。

 貰った当の獣人本人にも荷物を持って欲しいのだが……。

「ひっく……ひっく……」

 村人に会って、心配されて、抱きしめられて。

 いろんな人の愛情を一度に受け取って感極まったのか、もう数時間ほどずっと泣きっぱなしである。

 また泣きながらの謝罪がまた村人の親心をくすぐり抱きしめて手荷物を持たせて……。

 そしてこの食料の山となってしまった。


 三世が家に着くころには、すっかり日は落ちきっていた。

 三世とルゥは家に荷物を置き、そのまま獣人の子を連れてまた外に出る。

 夕食はフィツ食事亭に行くことになっているからだ。


 最初の方、午前中のウチにフィツの元に謝罪に行った時……。

「つまりその体型は料理人に対する挑戦だな」

 そうフィツが謎の対抗心を燃やし、更に村人のカンパによって、『この子』の為だけの食事会が開かれることになった。

 三世とルゥもご相伴に預かるが今日の主役はこのやせ細った獣人である。




 フィツ亭に着くと、三世達は真ん中のテーブルに案内され、そのまま座った。

 泣いていた主役の獣人は泣き止んではいるが、目元は真っ赤である。

「えー今日は特別太らせることを中心と考えていますので、参加の皆様は食べすぎにお気をつけ下さいますようご留意願います」

 フィツはそんな恐ろしい呪言を残して奥の厨房に引っ込んだ。

 今この食事会にきてるのは自分達三人に村長、ルカ、そして獣人の子が心配でついてきた奥様の方々である。

 マリウスは何か用事があるようでこれなかったらしい。


 最初に出てきた食事は『うどん』で、出てきた瞬間ざわついた声があがる。

 ルゥが頭に疑問符を浮かべている。

 他の人もみんな同じような顔をしているだろう。

 三世だけは別の意味で驚いていた。


「えー。まずはこちらのうどん。稀人の世界の料理にて消化の良くて食べやすい主食でございます」

 カツオブシの香りが顔元まで漂ってくる。

 麺も見る限りコシが強そうで思った以上に本格的だった。

 ――まさかこの世界で本格的な和食が来るとは……。

 三世は少しだけノスタルジックな気持ちを覚えながら、久しぶりのうどんに胸を躍らせた。


 獣人の方は麺がぶよぶよになっている。

 消化をよくするためだろう。

 九州地方は麺が柔らかいほうが喜ばれるとも聞いたことあるが、まさかその辺りまでフィツはカバーしているのだろうか。


 周囲の人達はおそるおそるはフォークを使って興味深そうにうどんを食べ始めた。

 不思議だと言う声は何度も聞こえるが、不満は全く聞こえてこない。

 食べ慣れない物ではあるようだが、概ね好意的に受け入れられているようだ。


 三世とルゥは自宅から持ってきた箸を使い、うどんを食べ始めた。

 ナイフやフォークが苦手というわけではないが、どうも使うのが億劫に感じ三世は我慢出来ずに箸を自作していた。

 そしてルゥもそんな三世を見ていたからか真似をして、気づいたら使えるようになった。

 うどんを勢いよくすすって食べる三世。

 和食に愛があるわけでもなく、故郷に帰りたい気持ちがあるわけではないのだが、それでも三世は満たされる何かを感じた。

 ルゥもマネしてうどんをすすり、ぱーっとひまわりのような笑顔をした。

「私この味すきー」

 そう言ってルゥは回りまで明るくするような笑顔のままうどんに集中した。


 周囲皆が美味しそうに食べる中、もう一人の獣人は戸惑っていた。

 野生で育った為箸どころか、フォークの使い方すらわからなかった。

 かと言って手づかみで食べたらきっと自分を連れて来た二人が恥を掻くだろう。

 かといって自分の為に用意された食事会で食べないというのはきっと皆悲しむ。

 そして何より、食べ物が目の前にあるのに食べられないというのは、死ぬほど惨めである。

 そんなネガティブな感情が渦巻かせながら、獣人は泣きそうな顔になっていた。


 それに気づいた三世がどうしようか考えていたら、三世より先にルゥが獣人の隣に移動した。

 そして獣人の前の器を取って、自分の箸でそれを掴んで……。

「はい。あーん」

 満面の笑顔で食べさせようとするルゥ。

 回りの奥様連中はそれを微笑ましい目で見ていた。

 最初は戸惑っていた獣人だが、ルゥの押しの強さに根負けした為おずおずと口を開いた。

「あ、あーん」

 口をあけて食べる獣人。

 そして少し険しい表情を浮かべた後、獣人は驚きの声をあげた。

「うわ……おいしい。でもちょっと熱かった……」

 舌を出して冷やそうとする獣人を見て、フィツはそっと氷の入った液体のグラスを置いた。

「ルゥちゃん気を付けないとだめよ。ちゃんとふーふーしてあげないと!」

 奥様連中が一斉に獣人を囲んみ、そして一人ずつが獣人あーんをしだした。

 おそらく、構いたくなったのだろう。

 獣人はその行列にオロオロしながらも受け入れ口を開いていき、あっという間にうどんはなくなった。


「はい次はトマトと果物のサラダです。トマトは甘く。果物は甘さ控えめなもの。デザートでなくきっちりサラダ感覚で食べられるよう仕上げています」

 フィツの言葉にルゥは目を輝かせながらサラダを口に運んだ。

 ルゥは何故かトマトが好きらしい。

 そんなルゥの様子を見て、獣人は自分で食べたくなったらしくフォークをたどたどしい手で持って必死にサラダと格闘しだした。

 ころころ。カッカッ。

 必死に刺そうとするのだが、トマトはころころと転がりフォークをすり抜けていく。

 フォークが空ぶって皿を突く音だけが響き、そんな様子を皆でハラハラしながら見守った。


 そして数度の挑戦の末――。

 さくっ。ひょい……もぐもぐ。

 どうにか自分の手でトマトを刺せ、そのまま自分の口に持っていく。

 自分で食べられたことが嬉しかったのかおいしかったのが嬉しかったのか。

 口に入れた瞬間、獣人は満面の笑みを浮かべた。

「初めて使ったんでしょ!上手ねぇ」

 また奥様連中が囲んで、今度は褒めちぎりだした。

 頭を撫でたり自分のトマトを獣人の器に移したり。

 そんな奥様の集団に獣人は恥ずかしそうにしながらトマトを食べていた。




 最初はヘルシーだなと思ったメニューだが、進むにつれてどんどん内容的にもカロリー的にも重くなってきた。

 うどん、サラダ、あっさりした鶏肉の前菜、サンドイッチと魚のスープ、ハンバーグ、ピザ……

 そんなあからさまに重たいメニューにもかかわらず、痩せて食が細い獣人が食べきれているというのは凄いを通り越して怖いとしか言いようがない。

 フィツの太らせるの言葉に嘘は無かったようだ。

「デザートはバニラアイスのメープル添えです。残りの時間どうかご歓談しながらゆっくりくつろぎ下さいませ」

 最後まで敬語で話したフィツ。

 今までそんなことなかった為違和感が酷かった。


「おっと君とルゥちゃんには最後にサービスだよ」

 フィツがそういって他の人とは違う物をテーブルに出した。


 上側が広いコップのような形状のガラスの器に、底からシリアル、バニラアイスと生クリーム、バナナと見たこと無い果物と生キャラメルと赤いアイス、最後にクラッカー。そしてメープルが薄くかけられていた。

 まごうことなきパフェである。

 そしてそれを宝石を見るかのように目を輝かせる二匹の獣人。

 わんことにゃんこは全く同じ動きでスプーンを持ち、シンクロするように同時に口に運んだ。

「甘い!」

 二人とも瞳を閉じて味を脳内に反芻させ、幸せそうに声をハモらせた。

 最初の方はシンクロした動きをしていたが、元から道具を使い慣れているルゥの方が進みが早く、あっという間に空になった。


 なくなった事に対して少し残念そうなルゥの様子に気づいた獣人は、スプーンをルゥの口元に運んだ。

「今度は私があーん」

 たっぷりとアイスが乗ったスプーンを見て、ルゥは惜しそうな表情をしながら首を横に振った。

「いいよいいよ悪いから」

「いいから。……ほら、食べて」

 思ったより押しが強い獣人。

 うどんの時の仕返し(お礼)も兼ねているのだろう。


 そんな獣人の押しと自分の食欲に負け、ルゥは口を開いた。

「あーん。ありがと!えへへ。おいしいね!」

「うん。おいしいね!」

 二人は姉妹のように向き合って微笑み合った。

 分け合った残りのパフェも、あっという間になくなった。


 周囲の皿も全てが空になり、従業員とフィツは片付けに入っていた。

 老人である村長含め、誰一人残した人はいなかった。

 おそるべしフィツ食事亭逆ダイエットメニュー。



 帰り道に三世は今後を考えていた。

 それは当然、獣人の事だ。

 奥様連中が何人も大変なら私が面倒見ると言ってくれた。

 ルカもうちでもまだ面倒見れるとも言ってくれた。

 一体誰と共にいれば、この獣人は幸せになれるだろうか。


 手を握って歩いて行くルゥと獣人を見ると、なんとなく答えは決まっているように思えた。




「私は今後どうしたらいいの?」

 家に帰りテーブルに付いた獣人は三世にそう尋ねた。

「謝った。はい終わりじゃ駄目。許してくれたからこそ、私はその分返さないといけない」

 真剣な目で三世を見る獣人。

 偉いなーかわいいなーと頭を撫でたい欲求を、三世は空気を読んで必死に我慢した。

「そうですね。一応、村人の補償は私がしたのでそれがそのまま君の奴隷としての値段になってます」

「じゃあ私はあなた……ご主人様に返したらいいの?」

 ご主人様呼びに寒気を覚える三世。

 自分にはとても似合わない呼び方で、そして呼ばれ慣れないし慣れたくない。

「その呼び方はなんとかなりませんか? ヤツヒサでいいです」


「でも主だから……。じゃあご主人って呼ぶ」

 お互い妥協してそういう事になった。




「あれ?じゃあご主人に何か返したら私奴隷じゃなくなる?」

「そうですよ」

「じゃあ私奴隷じゃなくなったらまた一人?」

 未来の想像が暗い物だったらしく、獣人は徐々に涙目になっていった。

 そんなことないよ!と必死にフォローするルゥ。

「私なんてとうにお金返せるのにまだ奴隷だよ!」

 そんな自慢にならない事を、えへんと自慢するルゥ。


 ルゥは望んでここにいて、そしてここしか居場所はない。

 だが、この子は何人もの人が引き取りたいと言っている。

 ルゥと違い、選べる立場だった。


「貴方がどうしたいかはあなたが決めて良いんですよ。奥様の元でも、ココでも。そして奴隷であってもなくても、選ぶ権利はあなたにあります」

「ほんと!?」

 獣人が目を輝かせ、三世に飛び乗った。

 三世はそれを受け止め頭を撫でる。


「もちろん。ですが、本気で貴方と一緒に暮らしたいって人はたくさんいます。だからこそ、よく考えて決めましょう」

 うんと大きく返事しながら獣人は三世の胸元に頭をこすりつけた。


「でもさ、今決めないといけない事があるよね?」

「んー?」

 ごろごろ喉を鳴らしながら胸元に顔をこすりつける獣人。

 そしてそれに対抗してルゥが背中からくっついてごろごろ口で言いながらそう言葉にした。


「なんですか?」

 三世の質問に、ルゥは獣人の方を見つめて答えた。

「誰のところに行くにしても、名前はないと困るでしょ。貴方はどんな名前が良い?」

「ご主人が決めてくれるならなんでも」

「だよね」

 そんな二人の掛け合いを聞き、三世ははぁとため息を付いた。

 名前があるかどうかわからなかった。

 聞きにくい事だったのでなあなあにしていたが、名無しである事が確定してしまった。

 三世はない頭を振り絞って考えた。

 名付けなどといったセンスは三世には一切なかった。


「ああ。でももしいいなら……」

 そんな悩んでいる三世の方を、何かを言いたげな眼差しで獣人が見つめていた。

「うん。何です?」

 そう尋ねる三世に、獣人はおずおずと答えた。

「ルゥとおそろいみたいな名前がいい……かな……」

「うん! 私もお揃いがいいな!」

 三世にマーキングしながら楽しそうにする二人。

 そんな二人を同時に撫でながら三世は考える。


 シャ…カッツェ…キャット…うーん。

 ――ああ、それなら良いのがありますね。

 猫とかけてかつルゥとセットになる言葉に三世は心当たりがあった。


「そうだね。じゃあ今日から君の名前は……」


 それを聞いて獣人はニャアと一声微笑みながら鳴いた。



ありがとうございました。

シャットがメスの猫のフランス語

シャルトリューで猫の種類

シャルトリューズでワイン


その辺りでそういう名前になりました。


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