ただの昔のお話
2019/1/11
リメイク
とある獣人の村で一人の女の子が生まれた。
黒い綺麗な毛で覆われたその赤ちゃん。
両親とは全く異なった毛色で、そして両親とは全く異なった、不気味なギラギラした瞳。
村の中で黒は不吉な色だと言われ続けていた。
そんな色をした、不気味な子供――。
それでも両親は育てようとした。
しょうがないから。もったいないから。
そこに愛は無かった。
数年で赤ちゃんは子供と呼ばれるまでには育った。
自分で狩りが出来る程度には育った。
褒めてもらえるかと思った。
出来る事が増えた瞬間、子供は両親に奴隷として売られそうになった。
そのままソレは逃げた。
名前ももらえず、愛されもしなかった為、己をソレと呼ぶ事しか出来ない悲しい存在は一人で逃げ続けた。
人間の村に着いた。
今度は侮蔑の視線と嘲笑を感じる。
余所者で、獣人で、みずぼらしい恰好をした存在に優しくするほど、その村に余裕はなかった。
誰も助けてくれなかった。
食べ物が欲しかった。
お金が無いと貰えないとみていてわかった。
村人に嫌味の意味も込めてお金を見せびらかされたからだ。
子供達にもいじめられた。
石を投げられ、棒で殴られ殺されそうになった。
そして――また奴隷にされそうになった。
ソレはまた逃げた。
途中で果物や狩りをして食べ物を取った。
腹が膨れない程度の、本当に最低限だけしか食べなかった。
何故かわからないが、ソレは沢山食べたら駄目だと思っていたからだ。
ある日逃げている時に、初めて他人に助けられた。
自分と同種に近い獣人の男性。
そして、自分を見る目が妙にいやらしい男。
その瞬間にソレは、自分が女性の体をしていると気がついた。
ソレは自分の事を女性だと気づき、『ソレ』は『私』に成長した。
私は本能からか、その獣人が何故いやらしい目をしているか予想が付いた。
でも私はそれでも良かった。
誰かと一緒に入れるなら……もうそれで良かった。
男性は食べ物をくれた。
初めてお腹いっぱいご飯を食べられた。
でも、男性は私に手を出さなかった。
数日経過したある日、その理由がわかった。
獣人の男性は人間とグルになり、私を売ろうとした。
男性のいやらしい目つきは性欲ではなく、お金へのものだった。
私は逃げた。
幸い最近はご飯を沢山食べていたから体力があった。
――やっぱり、私はご飯を沢山食べたらダメなんだ。私はお腹いっぱいになったらバチが当たるんだ。
その日からまたほとんど食事を取らないように心がけた。
逃げた。
ただ逃げ続けた。
何に襲われているかもわからず逃げ続けた。
途中食べ物が全くなくて限界のまま村に入った。
初めて食べ物を盗んだ。
誰にも気づかれなかった。
そのまま逃げ出した。
罪悪感が自分を蝕むが、盗んだ食べ物は何故かわからないが、今までで一番美味しかった。
どのくらい走ったか、どこまで行ったかもわからない。
私は気づかなかった。
別の国に入っているなど知らなかった。
そもそも国という概念すら知らない私にはどうでもいいことだった。
それほど長く走った。
そして私は思った。
最近の人間は馬鹿になったのだと。
食べ物がとても盗みやすい。
そして食べても本気で怒らない。
何より、誰も自分に侮蔑の眼差しを向けてこないのだ。
それを私は、皆が馬鹿になったからだと思った。
私が上なんだ。だから私は盗んでいいんだ。
そう自分に言い聞かせる。
罪悪感と情けなさを見ないようにする為に……。
ただ元の国より豊かで、やせ細った獣人が憐れに思っただけなのだが、私はそんな事、気づくわけがなかった。
憐れに思われたことなど今まで一度もない獣人に、憐憫という感情は難しすぎた。
彼女は逃げ続けた。
最初に逃げた時から既に目線が倍の高さになっている。
小さい子供が少女となるまでの時間を、私は逃げ続けた。
それでもまだ逃げる。
捕まると奴隷にされると知ってしまったから。
途中空腹で倒れてしまい、人間に捕まってしまった。
私を捕まえたのは白い髪の老人だった。
私に食べ物をくれた。
一口だけ食べた。
お腹いっぱいは食べない。
だって私は食べたらいけないから。
本当は生きていたらいけない子だから。
老人は途中で私に何かさせていた。
よくわからないが食べ物のお礼くらいならとしぶしぶその老人に従った。
数日後、私は老人の言っていることがわかるようになった。
私は老人に言葉を貰った。
意味がわからなかった。
……意味がわからない。
私を殴ることも奴隷にもせずに食べ物をくれて言葉を教えてくれた。
それを知ったら私は二度と元の生活に戻れない。
私は怖くなった――だから逃げ出した。
その老人と二度と会わないように、全力で、遠くに逃げた。
言葉がわかるようになって更に盗みがしやすくなった。
それでも取る量は少しにした。
最近は少しだと足りなくなってきた。
倒れる回数が増えた。
だから盗む量を増やした。
果物なら三つ。肉なら二切れ。
罪悪感がまた溢れようとしている。
必死に心を押さえつけ、気持ちを消す。
私は悪くないと言い続けながら――。
教えてもらった言葉を使って盗みを働いた。
何故かわからないが最近は毎日泣いている。
泣いたら体力減るとわかっていても泣いていた。
ある日、同じ村に二度目の盗みに入った。
そこは寒くて体が震える。
空腹に寒気も加えて手が動かない。
それでも食べないと死ぬ。
最近は自分がどのくらい食べなかったら倒れるかわかってきた。
必死にぶら下がっている肉を取る。
何回か齧る。固くてほとんど噛めない。
それでも無理に齧る。そして手から滑って地面に落ちる。
それを繰り返す。
全部地面に落ちた。
だから地面に落ちた肉を齧った。
床に転がっている肉を齧っている時、山ほど散乱した肉を見てしまった。
全て、自分の所業である。
隠していた罪悪感が表に出てくる。
これだけの物を私は一人で台無しにしたのだ。
全部自分の物にしてしまった――。
わかっている。
自分が全部悪い。
自分がいなかったら食べ物も減らない。皆笑っていられる。
でもお腹が痛い。つらい。
殺されても良い。殺されるのは良い。
だから誰でも良いから。
誰か私を見て。
私はそのまま逃げ出した。
ありがとうございました。
土日のほうが忙しかったりしますのでちょっとまえがきあとがきは省略します。
というかそっちのほうが良いかもしれませんね。
ちょっとくどかったかもと今になって思います。
それでも感謝の心を忘れたわけではありません。
読んで下さりありがとうございます。
そのおかげでこれだけ長く続けさせていただいています。