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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
成長する獣人奴隷。獣離れ出来ない甘党人間
36/293

城下町にお出かけ-囲んで叩けば大体解決する-

2018/12/26

リメイク


お手にとって下さりありがとうございます。

楽しい時間になれば幸いです。

 

 その景色を見て、三世は夢の中だと確信した。

 騒がしい町並みの中を走る車の音。

 スマホを持ってせわしなく歩く人達。

 そして自分がいるのはお洒落な喫茶店。

 そんな不釣り合いな場所のテラス席でノンアルコールのワインを飲む自分。

 煩わしい都会の喧騒の中で優雅な時間を過ごす三世は、その現実離れした状況により違和感が拭いきれない。

 おしゃれな喫茶店で優雅な時間を過ごす自分なんてありえない。

 それが、夢だと断言できる理由の一つである。


 あと二つ、夢だと確信出来る程の理由があった。

 一つは、ここが現代日本のような風景をしているからだ。

 自分は確かに、異世界に漂流し生活をしている。

 夢の中でも、それは忘れていない。

 そしてもう一つ、これが夢だと確信出来る最大の理由。

 それは、目の前に見知らぬ美女がいて、自分と対面に座っている事だ。

 当然、そんな経験三世は今まで一度もなかった。

 だからこそ、悲しい事に夢だと確信出来た。


 

 

「どうかしました?」

 テーブルを中心にして対面にいる美しい女性は丁寧な口調で三世に話しかけた。

「いえいえ。夢の割にリアルだなと」

 そう三世が言うと、女性は微笑を浮かべた。

「そうですね。ところで……ここがあなたの夢なのでしたら、私はあなたの理想の女性ということでしょうか?」

 優しく、しかしちょっと意地悪そうに女性はくすくすと笑いながらそう尋ねた。

 それに対し、三世は適切な言葉が見つからず言葉に詰まり、女性はそれを見て楽しそうにしていた。


「お待たせしました」

 ちょうどいいタイミングでウェイトレスが食事を持ってくる。

 三世は誤魔化す意味も込めて、目の前に用意された食事に集中した。


 ベーコンとアスパラのパスタ。

 オリーブオイルの匂いが食欲をそそる。

「あら来ましたわね。ですけど、これ私が頼んだということなのでしょうか?」

 女性は口元に手を当てながら上品に微笑む。

 そう、届けられた料理はこの一皿のみである。


「どうでしょう。私もわかりかねます」

 三世は肩をすくめながら言った。

 自分の夢なら料理くらい人数分用意してほしい。

 そう思わざるをえなかった。


「どちらのかわからないなら、こうしましょう」

 女性はいたずらっ子の様に三世に笑いかけた。


 最初は清楚な印象だったのだが……なんというか、今は肉食系なような雰囲気を醸し出している。

 被食者の気持ちはこんな感じなのだろうか。

 失礼ながら、三世はそう思ってしまった。。

 同時に、ちょとくらいなら捕食されてもいいかと思うくらいには三世も女性が気になっていた。


 女性は器用にパスタをフォークでまくと、それをこちらに差し向けてきた。

「はいあーん」

「いえ自分で食べれますし」

 三世はそれは流石に恥ずかしいらしく必死に抵抗した。

 が、女性の意思は強くずっと手をこちらに向けたまま三世を見つめ続けていた。


 ――思ったより強情ですね。

 三世は苦笑いを受けべながらそう思い、抵抗をやめて女性の方を見た。

 何故か女性は泣きそうな顔で笑っていた。


「どうか……しましたか?」

 三世が尋ねると、女性ははっとした表情を浮かべた後小さな声で呟いた。

「こんな時間を過ごせたらいいのに――」


 その言葉に合わせて、世界が、風景が消えていく。

 自分が目覚めようとしてると何となくだがわかった。

 女性は寂しそうな笑顔のまま、消えながら手を振っていた。


 ――食べ損ねてしまいましたね。

 三世は少しもったいなかったという気持ちのまま、まどろみに溶けていった。

 それは決して、女性にあーんされそこねたのではなく、純粋にパスタを食べ損ねた事に対するがっかりである。

 そう、三世は自分に言い聞かせた。

 まだ鼻にあのパスタのおいしそうな匂いが残っていた。



 目を覚ました三世は、夢を見た理由に気が付いた。

 台所から誰かが調理する音と、美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくるからだ。

 そんな理由で食べ物の夢を見たらしい。

 うっすらとしか夢の内容は覚えていないが、食べ物の夢だったのは確かである。


 ベッドから起きて顔を洗い台所に向うとルゥが料理をしていた。

 出来るとは知っていたが思った以上に手際が良い。

 複数の品の料理を同時に上手く調理していくその動きは料理人のソレである。


「るー。おはよヤツヒサ! ちょっと待ってね。もう出来るから」

 複数調理したものを全て、一つのフライパンに入れてさっと絡ませて皿に移す。

 手が淀みない動きをしてあっという間に二人分の料理が完成した。


「ベーコンと春野菜のパスタです」

 店の人みたいな言い方で、ルゥはそう言った。

 ガーリックとオリーブの匂いが食欲をそそる。

 なんとなく夢で同じようなものを見たような気がした。


 三世は自分が大切な事を忘れていた事に気が付いた。

「おはようございますルゥ。朝ごはん作ってくれたんだね。ありがとうございます」

 朝の挨拶は大切なことなので忘れてはいけない。

 特に子供の前だと。

「おはよヤツヒサ! 今日から出来るだけ私もご飯作るから! いいよね?」

 ルゥがおたま片手に笑顔で挨拶をする。

「良いも何も見る限り私より美味しそうですからね。お願いしても良いですか?」

 その言葉にルゥは喜び、任せてと大きな声で言った。

 その顔は自信に満ち溢れていた。




「ご馳走様でした。美味しかったですよ」

 そう、本当に思った以上に美味しかったのだ。

 今までがんばっているのは知っていたがここまで出来るようになるとは思ってもみなかった。

「ご馳走様でした。美味しいなら良かったよ!」

 ルゥが食器を片付けて流しで洗いはじめた。


 こうして実際に生活してみると、異世界でもほとんど生活には困らない。

 手伝いましょうかという三世の声を、もう終わるよーとルゥが答える。


 実際にルゥは、すぐに全部片して三世の傍により、頭を下げて下から三世を見上げた。

 がんばったよね?という期待に満ちた瞳が三世に突き刺さる。

 時に瞳は口より物を言うという言葉があるが、それは本当なのだなと三世は感心した。


 三世は期待に答えようと、ルゥの頭を優しく撫でた。

 最近忙しくて撫でる回数が減った事に三世は気づき、いつもより念入りに撫でる。

 それをルゥは感じ、むふーと嬉しそうな表情で三世にすり寄った。




「それでヤツヒサ、今日はどうする?」

 ルゥの言葉に三世が答える。

「今日といいますか……今日明日はちょっと城下町の方に行きたいのですがどうします?」

 着いてくるかという意味だがルゥに選択肢はない。

「じゃあ絵本買ってね?」

「いいんですか? ルゥはこっちに残っても良いんですよ?」

 最近はルカと一緒に仕事をするのも馴染み、フィツの店で料理修行も欠かしていない。

 それに料理も生活も全て一人でこなせるから三世に付いて行く必要もなかった。

 だけど、ルゥは首を横に振る。

「いいの。約束はないしヤツヒサとのお出かけも大切だもの」

 ルゥはにこにことしながら荷造りをはじめた。

 それに倣い、三世も泊まり用の荷物をそろえていった。




 最近は荷物が増えてどうしようか悩んでいた。

 練習用の革素材と持ち運べる予備の道具。

 念のためのルゥ用の絵本。

 日用品。

 お弁当。

 それとライダースジャケット用の念のためのハンガー。

 皺にならないように脱ぐ時はかけるものが必須である。

 冒険以外では出来るだけジャケットを着るようにしていた。

 出来るだけ付けろというマリウスの言葉もだが、これを着ないと自分が地味すぎるような気がするのも理由の一つである。

 とは言え、お気に入りの衣装が一着しかないのもどうかと思うし、そろそろ違う服装も欲しいとも三世は考えていた。


 旅行に行くための荷物は想定より多くなってしまった。

 そのため、荷物の半分以上はルゥに持ってもらう事になってしまった。

 ちなみに、ルゥ本人は余裕である。

 体力も力も、ルゥは三世の倍を遥かに超えていた。


 準備も終わり、村に来た定期便の馬車に乗り二人は移動を開始した。

 たっぷり十三時間。

 絵本読んで、御者さんの休憩時間にお弁当食べて、そして残りは寝る。

 長距離馬車になれてきたと三世は感じていた。

 時間を潰す事も出来るようになったし、なにより最近では、体が痛くならなくなってきたからだ。




 目的地に到着し馬車を降りる二人。

 ルゥは硬くなった体をほぐす為背中を伸ばしていた。

 身長的にも種族的にも、窮屈なのはつらいのだろう。

「それでヤツヒサ。どうするの?」

「ああ。今日はまずは本を見に行きたいので、悪いですがちょっと待っていてもらえますか?」

「それって絵本がないとこ?」

「はい。絵本がないとこです」

「じゃあいいよ! 待ってる。代わりにさっきの絵本貸してね。読んで待っているから」

「んー。それなら先に絵本を買ってから行きましょうか。ルゥも新しい絵本の方が嬉しいでしょ?」

 そんな三世の言葉に、ルゥは大きな目をキラキラと輝かせた。


 先に二人で夕飯を軽く済ませ、新しい絵本を買ってあげて図書施設の前でルゥを置いて中に入る三世。

 罪悪感に苛まれるが、ルゥなら大丈夫だろう。

 獣人を中に入れられないことが本当に煩わしい。

 念のため何かあったら施設に逃げ込めとは伝えておいたが、それでも心配ではあった。

 ルゥは笑顔で手を振っていた。

「絵本! 絵本!」

 心配する三世を他所に、本人は割と余裕そうだった。



 そしてよくお世話になる寄贈図書室に入る三世。

 フリーパスがあるのも理由の一つだが、広すぎず、資料をわかりやすく並べて揃えてくれているので、三世と田中は非常に良くお世話になっていた。


 今日は動植物やこの世界の常識ではなく、魔法についての資料を見に来た。

『寄贈図書室資料課魔法関連はこちら』

 思った通り、分類されてわかりやすくまとめられていた。

 ここまで丁寧な案内書きに三世は感動すら覚えた。


 獣医だった頃、院内の全員が読む人のことを考えないで適当に使うので、いつも資料室はぐちゃぐちゃだった。

 現代の最先端かつ最高峰だった古巣の倫理レベルが負けている事を考えるとなんとも情けない気持ちになってくる。


 三世はわかりやすそうな本を数冊手にとって読んでみた。

 魔法入門。

 魔法の仕組み。

 魔法概論。

 魔法発動まで。


 そしてそれらの中でわかりやすいものだけを持ち込んだ紙に書き写していく。

 読んでも意味のわからないものや矛盾したものは避けていく。

 まるまるの写本は禁止だが、そうでないならメモも大丈夫と寄贈図書室長にも許可を得ていた。

 書きなぐった資料を、更に要点だけに纏める。


 魔法とは。

 異なる法(意味はよくわからない)を学んだ(理解した)ものが使える力。学び構築し、魔法が完成したときに自動的に呪文が頭に出てくる。

 同じ魔法でも術者によって呪文は異なる。ごくたまに呪文が同じ者もいる。


 結界とは。

 支点を作り、その範囲内に効果を発動する魔法。発動するためには魔法を覚えた上で、適した魔法陣を構築する必要がある。

 こちらは同じ効果ならかならず同じ魔方陣になる。上級魔法の一種。たぶんプログラミングの一種。


 呪文とは。

 最初から使える魔法の形態。下級魔法の一種。魔法を覚えたら自動で使える。言葉を唱えないと発動できない(音声のキー入力?)。


 異なる法とは。

 魔法の力の源。そこに存在しないものを存在させ存在を定義せよ。存在しない力。存在しない法。存在しないはずの物体。等々。

 よくわからないが理解出来たら魔法の入門が出来るらしい。



 要点だけを纏めてみた三世だが、やはり純粋な資料ではあまり意味を成さないようだ。

 正直意味がわからなかった。

 と言っても、三世も別にこれだけで魔法を理解出来るなどと思っていたわけではない。

 ただ本命に行く前に予習をしておきたかっただけである。

 次は本命の、魔法関連の施設に向かうつもりだった。

 といっても、今日は時間も遅いし最悪明日探せばいいだろう。




 施設を出て外に行くと、何やら騒がしくなっていた。

 騒ぎの中心辺りを見ると、わざわざ大通りを外れた道を妙な馬車で通っている人がいた。

 馬の鐙は真っ赤な布に金の刺繍。

 馬車自体も金色で目に悪い。

 その見た目はさながら移動式金閣寺である。


 そんな移動式金閣寺の中から一人の男が顔を出している。

 脂ぎった顔にメガネの妙に金の差し歯が目立つ顔。

 ご丁寧にメガネも金色である。

 そのいかにもな人相の男は、ニヤニヤした目で一点を見つめている。

 そこにいたのはルゥだった。




 何事かわからない三世はとりあずるルゥの傍に駆け寄った。

 すると移動式金閣寺の主は不快感をあらわににする。


「貴様の奴隷か。ふん。平民風情が贅沢な」

 侮蔑的な目を三世に向けた後、すぐニタニタとした顔に戻りルゥの方を見た。

「まあいい。貴様には勿体無い。この私がもらってやろう」

 感謝しろと言わんばかりの言葉を投げつけてくる金閣寺の主。

 

「おっと逆らうとは言うわけないよな平民の分際で」

 そんなありきたりの言葉と共に、三人の男が三世とルゥを囲いこんだ。

 その三人は装備こそ冒険者のようだが全く動きに無駄がなく、無表情で感情を読む事が出来ない。


「私には全てがある。金! 地位! そしてこの傭兵による圧倒的な力だ! 平民の貴様には理解出来ないだろうがな」

 そんな言葉の後、見下しながら三世を脅し始める。

「早くしないとどうなるか知らんぞ。私が慈悲をかけてるうちに立ち去ればいい」

 そんな言葉の後に、高笑いを始める移動式金閣寺の中身。


 ふはははは!といかにもな高笑いの後自分がいかに優れた商人かを語りだす。

 ただ。金閣寺のインパクトと妙に早口な為内容はほとんど頭に入ってこない。

 なんとか理解できたのは、他所の国から来た商人でわざわざ取引にきたという事だけだった。


「るー。これどうしよう」

 ルゥはコレと言いながら商人の方を見て、心配そうに呟いた。

 これは自分の心配をしているわけではない。

 どうしたらいいかただ戸惑っているだけである。


 最初三世は、この緊急事態をどうしようかと悩んだ。

 金閣寺のせいで雰囲気こそゆるいものの、相手の戦力は格上で厄介ごとである事は間違いない。

 せめて狙われているルゥだけでも助けられないかと三世が周囲を見渡すと……奇妙な違和感に気が付いた。

 回りの人間が皆、同情しつつもニヤニヤとしたような雰囲気を出している。

 狙われているルゥを同情するのはわかるが、それにしても何か変だ。


 本来なら、もっと険呑な雰囲気が流れる場面であるのだが、そういうわけでもない。


 割と穏やかで、とても奴隷とは言え人さらいが起きようとしている空気は感じられなかった。

 今の雰囲気を例えるなら。

 子供が親の前で見得はって中辛カレーを頼む、そんな雰囲気である。

 ほらいわんこっちゃないと笑いながら子供を見る大人の気持ち。

 しかも、そんなゆるーい空気の中に流れる僅かな同情も自分達ではなく、商人のほうに向いていた。

 というより、周囲の視線は全て商人に向いていた。

 自分達を見てるのは商人一味くらいだ。


 なんだこれ……。

 そんな圧倒的な違和感の原因を探す三世。

 そしてその違和感の正体は、すぐに見つかった。

 奥のほうに手を振るコルネが見えたからだ。

 ――ああ。そりゃあそうですよね。そういう事になりますよね。城下町で狼藉すると騎士団出ますよね……。


「るー。これどうしたらいいの?」

 ルゥはコルネに気づいていて、それで困惑していた。

 自分達が逃げればいいのか倒せばいいのか。

 コルネは任せてというようなニュアンスでハンドサインを出していた。

 それになお困惑するルゥと三世。


 よく見ると周りにフルプレート装備の人が数人いる。

 あれも騎士団のメンバーだろう。


「あのー。やめといたほうがいいですよ?」

 三世は出来るだけ刺激しないように商人に話しかける。

 そんな中、自分の自慢に忙しい商人は眉をひそめた。

「はあ。何も言う権利すらない弱者の虫が何かほざいてるわ」

 ルゥが怒りの形相を浮かべる。

 何かを抗議しようとするルゥを、三世は止めた。


 三人の傭兵は明らかに格上であり、下手なことをすると怪我する恐れがある。

 何より、自分達がどうしようとも、この後の展開は全て決定しているからだ。




「あの……謝罪するのでどうか今回はお見逃しいただけないでしょうか?」

 三世が下手に下手に、出来るだけプライドを刺激しないようにそう告げる。

 だが、それが逆に商人のプライドを刺激してしまった。

「何が見逃すだ。平民以下のカスの癖に。おい。こいつにわからせてやれ」

 その言葉と同時に、三人の傭兵は殺気のようなものを三世に向けた。


「あーあ」

 ルゥは一言ぼそっと呟いた。


 そして傭兵三人がこちらに襲い掛かる直前に、突然傭兵が地面に倒れそのまま商人も馬車から引きずり下ろされ地面に押し付けられ確保された。

 電光石火の早業で、三世もルゥも茫然とする他何も出来なかった。

 そんなあっという間に制圧が終わり、気づいたら四人ともずるずる引きずられてつれていかれた。

 商人もあまりに早すぎて何が起きたかわからず、連れていかれる間無表情になったままだった。


「ご協力感謝します」

 フルプレートの一人がこちらに声をかけてきた。

「いえ。お疲れさまでした。……これ見たら悪さする気が起きませんね」

 移動式金閣寺も既にどこかに移動され、立ち止まっていた人達も歩き出し気づいたら元の町並みに戻っていた。

「はっ。ありがとうございます。もう大丈夫だと思いますが護衛は必要でしょうか?」

「いえ。大丈夫です。お仕事ご苦労様でした」

 フルプレートの男はその言葉に一礼して返し、そのままがしゃがしゃ音を立てて消えていった。


「るー……もうつまみ食いとか止める。悪いこと駄目だね」

 ルゥがちょっと震えていた。

「そうだね。悪いことは駄目だね」

 三世は良い教育になったと微笑みながら何度も頷いた。




「せっかくきたしもう数冊本買いましょうか?」

 普段いかない道に見たことない本屋があったため、三世がそう言って寄ることを提案した。

 もう一冊買ってもらったよと断るが遠慮しないで好きな本もっておいでと一言言うと店の中にすっと消えていった。

「何冊くらいいいのー?」

 ルゥの声に三世が三冊までだよーと言うとるーと楽しそうに返事した。

 ちなみに肯定的な時は少し高く「るー」

 否定的な時は少し低く「るー」

 になる。


「これいい?」

 ルゥが三冊を持ってきた。

 二冊は普通の絵本だった。

 残りの本は『メイドさんのお仕事』という本だった。

 中を見るとメイド服の種類やメイドの分類、仕事内容などの資料書である。


 どうもこちらに来た転移者にも濃い趣味の人がいたらしい。

「これがいいの?」

 冷や汗をかきながら三世は尋ねたが、ルゥは何度も頷いてみせた。

 断ることも出来ず結局その三冊を買う事になってしまった。

 これにルゥがどんな反応を見せるのか、ちょっとだけ不安だった。




 そして本屋の後、目的地である魔法士ギルドの前にたどり着いた。


 魔法士ギルドとは魔法を極めようとする人を保護する為の組織である。

 魔法専門職は妙に悪い印象を持つ人が多く、また人付き合いが苦手なため一時期魔法士=犯罪者と思われていた。

 ローブで全身隠しこそこそしていたら印象が悪いのもわかる。

 それに加えて魔法に依存する人は学者肌の人が多く、人付き合いを放置したり人嫌いだったりということもあって迫害されるほどになってしまった。

 そして、これを何とかしようと王が動いた結果……。

 一箇所に纏めて管理、代わりに研究する場所予算を提供するという形になった。

 民は怖い存在が国に管理されて喜び、国は研究結果が手元に入り喜び、魔法士は人の金でじっくり研究できて喜んだ。

 そういう経緯から生まれた為、魔法を覚える人を歓迎するギルドとなった。

 ちなみに、今は魔法士が犯罪者だと思われる事はなくなった。

 代わりに偏屈な人が多いという正しい事実が広まったが……。


 そしてそんなギルドに足を運んだ三世だが、思わぬところで落とし穴があった。

「るー。要予約って何?」

「それはね。先に来ること言ってないと駄目だよってことだよ」

「そっかー。よやくした?」

「してませんね」

「るー。残念だね」

 ルゥが肩をぽんぽんと叩いた。


 三世は中に入り、受付の人に尋ねてみた。

「二日のうちどっちかみたいな感じの予約って出来ますか? 決まった日にこれるかわからないもので……」

「問題ないです」

 受付の人は微笑みながらそう答えた。


 明々後日か四日後が開いているという事なので、三世はどちらかという形で予約をいれてもらった。

 

 


 二人が帰りの馬車に乗ろうとした時、コルネが姿を見せた。

「やっほお二人さん。さっきは大変だったね」

 そう言いながらコルネは笑うのを必死で堪えていた。

 理由はわかる。

 移動式金閣寺だ。


「ええ。大変でしたよ。眩しくて目が痛かったです」

 そう言って苦笑する三世に、コルネは笑うのを我慢出来ずに噴出し三世の背中をバンバンと叩いた。


 送ろうかと提案するコルネに、三世は頷いて返しお願いした。

 もちろん送ってくれるのはメープルさんだ。

 メープルさんは三世の胸に顔をこすり付けてきて、それを三世は受け止め抱きしめる。

 何故かわからないが、メープルさんが少し寂しそうだったからだ。


「今日は馬車の中で寝るからゆっくりでいいですよ」

 三世はメープルさんにそう告げた。

 太陽は落ち始め世界は赤みを帯びて薄暗くなっている。

 そんな時間帯な上に移動疲れと気づかれで三世は少々眠たくなっていた。

 ルゥも眠そうにしている。

 長距離移動でルゥも疲れたのだろう。




 宣言通り、メープルさんはいつもよりも大分ゆっくりと馬車を走らせた。

 心地よい揺れは眠気を誘い、三世もルゥも五分もせずに馬車の中で仲良く肩を並べて寝入った。

 メープルさんの上でコルネは居眠り運転をしていた。


 その異常ともいえるほどの心地よさのせいか、三世は馬車の中で夢を見なかった。


ありがとうございました。

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