楽しくなった異世界転移
2018/12/23
リメイク
ちくちくちくちくちくちくちくちく……。
延々と針を布に差し込む音が繰り返される。
三世八久は家の中で、古くなったタオルを雑巾に加工していた。
横に広い長方形に切り、外周を一周縫ってそこから対角線上に二回縫う。
出来るだけ一筆書きのように一回で終わらせるように。
そんな三世の雑巾縫いの腕前は異常なほど高く、何回やっても一ミリの誤差もなく、全く同じ物が作れるほどだった。
同じようにルゥもぞうきんを縫っていた。
三世が延々と雑巾を作っているのを見て、沢山必要だと考えたからだ。
三世のスキルによる影響でもあるが、ルゥはその子供っぽい振舞いからは想像も付かないほど手先が器用である。
ルゥはゆっくりと、そして丁寧に雑巾を縫い続け、三十枚ほどの雑巾の山を作っていた。
一方、三世の方は何枚縫い上げたかと言うと……実は一枚も作り終わっていない。
それもそのはず、一つ完成する度に糸をほどきもう一度雑巾を縫う。
そんな作業を繰り返していたからだ。
三世の手元を見ると、雑巾だったものは何度もの繰り返しに耐え切れずボロボロになっていた。
それに気づいたルゥは首を傾げ尋ねた。
「るー。なんでほどくの?」
そんなルゥの質問に、三世は微笑んだ。
「ああ。これリハビリ代わりの作業なんです。左腕の怪我はとうに治りましたが違和感が残ってまして……。なのでちょっときつめの指先の訓練をと思い昔の訓練を――」
三世は左手で雑巾を縫いながら、遠い昔を思い出すような表情を浮かべていた。
動物を少しでも多く助ける為、そして少しでも多く苦しむ時間を減らす為に縫合の訓練を欠かさなかった昔を――。
あの儲かりはしたが失敗した冒険から一月ほど時間が経過した。
怪我が完治するとリハビリも兼ねてマリウスの仕事を手伝い、余った時間でマリウスに修行をつけてもらう。
何時ものお返しにお弁当を三世が人数分作って持って行ったり、夕食を食事亭に行くことにして奢ったりと言った恩返しをしたが、概ねマリウス、ルカにお世話になるという――何時もの楽しい日常を過ごしていた。
マリウスという偉大な師匠の元で、革職人としての技術は順調に伸び続け、気づいたら新しい問題が発生した。
元々三世では及びつかないほどの腕を持つマリウスは当然製作速度は尋常じゃないほど速い。
そして、速度だけなら今でも一流の域に達しつつある三世が加わった結果、ルカが一人で探せる仕事よりこなせる仕事の方がはるかに多くなってしまった。
気づいたらマリウスと三世は何もしないでぼーっとする一日になることもあるほどだ。
その結果、仕事時間は急激に減少し、修行自体も高度な内容が増えてきて密度が濃い代わりに時間は減少した。
つまり、三世の日程に大量の空きが生まれてしまったのだ。
マリウスの店に行ってもマリウスの会話訓練と掃除と虫を外に出すくらいしか仕事がない状態となり、あまりに時間がもったいないという事で、これから三日に一度顔を出して修行と仕事をこなすということになった。
「るー。それで、今日はどうするのー?」
今日はその三日目、仕事をする日だったのだが……マリウス宅に行ったが、仕事も修行も含めて全て午前のうちに全て終わってしまった。
それくらい、技量が高いだけでなく、仕事が枯渇しかけているのだ。
雑巾を片付けながらルゥを見ながら三世は微笑んだ。
――しばらくは雑巾に困りそうにないですね。人にあげる分もありそうです。
ルゥにも仕事はあるのだが、三世が休みの時ルゥは出来るだけ傍にいるようにしている。
三世の為だけでなく、自分が三世の傍で一緒に楽しい事をしたいからだ。
「そうですね……。そのすることを探す為にも、まずは目的を明確に言葉にしてみましょうか?」
「るー?」
「ええとですね。自分が今一番したいことを決めましょう」
そう尋ねると、ルゥは三世の方を向いて微笑んだ。
「るー! ヤツヒサは?」
ルゥは自分のことよりも、いつも三世を優先させる。
それは奴隷だからや恩人だからというよりも、ルゥの気質がそうだからだ。
「私は出来る範囲の獣人の保護が目的ですね。どうも争いがあるらしくこの国の人とはそこまで仲良くないみたいですが……戦いたくない獣人もいるはず。そういう獣人の受け皿になれたらいいなと」
「るーみたいなのね! そしてもふもふするの増やすのよね!」
ルゥが私知ってるよ!偉いでしょ!みたいに嬉しそうに言った。
嫉妬の心は微塵もないようだ。
そしてその言葉は、百パーセント正解である。
「そうですね。ただ無理やりという形なのは嬉しくないのであくまで獣人の幸せが第一で」
そうは言いながら三世は獣人専用の病院の計画まで既に考えてあった。
そうなれば自分の傍に獣人が増えるだろうという浅はかな考えで。
ただ、それはそれでしんどいのを知っている三世は実行に移す勇気を持てなかったが。
「んじゃ私ね。私のしたい事は……ヤツヒサを守る事。次は怪我させないように、次は心配させないように――」
静かにルゥは言葉を紡いだ。
決意を固めるように――。
前の冒険で一番辛い思いをしたのはルゥだった。
その時の事をルゥは一時も忘れた事がなかった。
「そうですね。私より強いですからねルゥは。頼りにしています」
三世はそう言いながらルゥの頭を撫でた。
「えへへ」
ルゥは耳を動かしながら嬉しそうに目を細めた。
彼らの大切な日常の時間だった。
「そして次は小目的を決めましょう。今すぐ出来そうなことでしてみたいことですね」
「るー? 例えば?」
「最初の目的に続くことでも良いですし気になってやってみたいことでもいいです」
「例えば私なら、そろそろサトウカエデの木が欲しい。とかですね」
「るー! いいねいいね! 家の庭でメープル取れるの楽しそう!」
ルゥが目を輝かせて三世に飛び乗った。
「庭はちょっと難しいと思いますが……自分で取れるメープルというのはやっぱり憧れがありますね」
「るー。おいしいホットケーキ焼いてね!」
三世は肯定の意味も含めてルゥの頭を撫でた。
「それでルゥは今してみたいことってありますか?」
「る? うーん。……あ! 今家で料理してるのヤツヒサだけだから料理覚えたい」
休みが増えた為、三世が自分で料理をする回数も増えてきた。
ただし三世自体そこまで料理が得意なわけではない。
一応出来るという範囲である。
ただし甘い物を作る時は例外である。
ここぞとばかりに、いつも全力で現代知識と器用な手先を駆使して作り上げる。
「ああいいですね。フィツさんもルゥはしっかりお手伝いできてるって言ってましたからすぐ覚えられますよ」
だからこそ、三世もルゥが料理を出来るようになるのは期待していた。
ルゥが何か考え込むような仕草をした後、話を切り出してきた。
「ヤツヒサ今日はこの村出ないよね?」
「出ませんね」
「だったら……今からルカとかフィツに教えてもらいに行ってきて良い?」
仕事の時以外はかならず三世の傍にいるルゥの珍しい一人でのお出かけである。
「もちろんいいですよ。でも心配しますから遅くなる前に帰ってきてくださいね?」
三世は些細な寂しさを覚えつつ笑顔でそう呟いた。
「うん! ヤツヒサも危ないことはしちゃ駄目だからね!」
ルゥはそう言いながら三世をぎゅっと抱きしめ、駆けるように外に飛び出していった。
「じゃあ私もサトウカエデの木の視察に行って見ましょうかね」
三世は少し寂しい気持ちを抱えながら独り言を呟く。
今までつきっきりだったルゥが自分から行動する。
決して悪いことでは無い。
むしろ自立を始めていると考えたら良いことだ。
だが、それはそれとしてなんとも心が小さい空虚を訴えてくる。
三世は親離れする子供を見守る気持ちみたいだと思い、苦笑いを浮かべた。
お待たせしました。
投稿が遅く申し訳ありません。
流し読みを推奨するような作品なので出来るだけ作品ペースを落としたくないのですが、
元々適当な人間のため誤字脱字が多く、確認作業や修正に時間がかかってしまいます。
それでもよろしかったら是非お付き合い下さい。
ではありがとうございました。
二部でもお付き合いいただけると幸いです。




