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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
甘党中年と獣人奴隷

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番外編-Reincarnation

2018/12/22

リメイク


 美しい白馬が銀色の鬣をなびかせ、草原を駆け抜ける。

 その光景を見たものは必ず魅了されるだろう。

 視線は優雅に動く四肢に集中し、乗馬している存在を忘れるほどだった。

 その目を奪いにくるような神々しさすら感じる姿により、目を疑い二度見するほどだ。


 そして白馬の虜となった者は城下町で調べ、必ず驚愕する。

『メープルさん』という謎めいたその名前に――。


 その美しすぎるほどの見た目と違い、わがままな上にじゃじゃ馬で、不機嫌になるとカエデの木にかじりついて働くことを拒否する。

 彼女はしばしば『残念美人』という名で呼ばれていた。


 彼女が生まれた時はみんなが驚いた。

 騎士団の老いた牡馬と荷物運びの得意な雌馬から、寒い地方で生まれた白い雌の馬。

 何を思ったのか、その雌馬は生まれた瞬間にいきなり歩きだし、カエデの幼木を齧りだした。


 ガジガジと齧っていただけなら微笑ましい光景なのだが、幼木とは言え人のふとももより太いソレを幼い馬はそのまま齧り切り、折ったカエデの木をごろごろと寝転びながら味わいだした。

 その顎の強さと意地汚さから、最初はやっかいな馬が生まれたと苦笑いされ、笑われた。


 だがわずか一年後に、人の言葉を解するほどの知能を持っているという事がわかり評価は一変した。

 言葉を理解するだけの馬ならば、この世界なら珍しくない。

 簡単な言葉の命令ならしつければ大体覚えるし、人の友と呼べるほどにこの世界の馬は賢いからだ。


 しかし、わずか一年で完全に人の言葉を解し、人の気持ちを推し量れるとなると話は別だった。

 異種族である人を解する馬など、今までいなかったからだ。


 またその知性ゆえか、一つ変わった問題が起きた。

 丁寧に乗ろうとする団員以外を拒絶するようになった事である。

 一部の乗馬が得意な隊員以外乗せなくなり、更に男性が乗った場合は露骨に顔をしかめるようになった。


 これで無能なら騎士団から追い出された。

 だが、そうはならなかった。

 他の馬を誘導し、先導し、そして騎士団の危機には必ず手伝い助けてくれる。

 やっかいだがそれ以上に活躍する面倒で優秀な馬。

 それがメープルさんの評価だった。


 ちなみに、自分を可愛がってくれる人にはほどよく懐く為、彼女を嫌いな人間は騎士団内にはほとんどいなかった。

 ただし、メープルさんの心を理解出来る人もまた、騎士団にはいなかった。





 メープルさんの最初の記憶はカエデの木を齧ったときではない。

 原初の記憶、それは自分が犬だった頃、その時の記憶はあまりないが、確かに自分は犬だったのだ。


 その時は難しいことを考える知能を持っていなかった。

 ただ自分は家族に捨てられ死ぬ間際だという事。

 そしてそんな最後おわりの瞬間、死で穢れた自分を抱きしめ続けてくれる人がいたという事。

 それだけは、今でも忘れずに覚え続けている。


 その人は自分を抱きしめて泣き続けていた。

 なんで泣いているのかわからない。

 なんで抱いてくれているのかわからない。

 でもこの人は最後まで自分の傍にいてくれた。

 それだけしかわからない……だけど、それ以外はどうでも良かった。

 その時犬だった自分はこう思った。

『ああ。この人に恩を返したい。最後の最後まで傍にいてくれた人にどれだけ救われたか話し、そしてその涙を止めてあげたい』

 そのまま意識が闇に落ち、その犬は二度と目覚めることはなかった。


 そして起きたら自分はカエデの木を齧っていた。

『なにこれ甘い!』

 メープルさんは頭に駆け巡る甘みという衝撃に驚いた。

 そしてそのまま気に入りすぎてカエデの木を齧り切って折り、折れた木をまたかじった。

 犬だったことは完全に忘れていた。


 そしてメープルをかじって仕事して、文句言う代わりに嫌がらせして、またメープルかじって仕事する日々を送っていた時……。

 とても懐かしい匂いを感じた。


 その人のことは覚えてない。

 だけど、その人はもっと消毒臭かったような気がした。

『なんか覚えてるけど誰だったかなー?』

 メープルさんは基本的に他人に関心がない。

 唯一の友達のコルネは例外だとしても、それ以外はどうでもいいと普段から考えている。


 だからこそ、赤の他人が気になるということはメープルさんにとって、非常に珍しいことだった。

 思い出せない……だけど、大切な記憶だったような気がした。


 その人が仕事のお礼にメープルをくれようとしていた。

『なんだわかってるじゃない』

 メープルさんはその人が久々に手で直接メープルをくれようとしているのを見た。

 そういう人はいたずらもこめて毎回手ごとがぶっと行くことに決めていた。

 ――さあ噛むか。

 いたずらっこのように目を細めて笑い、その手に顔を近づけると、突然泣いている顔を思い出した。

 ――あれ? 三世先生?

 声は届かない。言葉も届かない。

 それは昔からそうだった。

 どうしても、届けたい気持ちがあったのに……。


 その人がどんな人かも思い出した。

 犬だった自分が死んだことも思い出した。

 その手を噛むことだけは、自分には絶対出来なかった。

 差し出されたその手は、自分を抱きしめ続けてくれた手なのだから――。


 その人のことを思い出し、そしてメープルさんは決めた。

『騎士団所属の私が三世先生の元に行くのは難しい。だからそれまでは力を溜めて、いざという時に助けられるようになろう』

 その日から人が変わったようにメープルさんは真面目になった。

 誰が乗るのも拒否せず、訓練も積極的に行くようになった。

 男性が乗るのは嫌がったが、拒絶だけはしなかった。

 そんな変化の理由に気づいたのはコルネだけだった。







「というわけで練習しましょう!」

 三世の所にコルネが押しかけた。

「えぇ……いきなりですね」

 三世が苦笑いを浮かべながら困惑した。

 突然押しかけ馬の練習をしようと言われたら戸惑うのは当然だろう。

『コルネ。やるじゃない』

 メープルさんは嬉しそうに話すのだが、その言葉を理解出来る者はここにはいなかった。


「ヤツヒサさん馬好きでしょ? だったら乗れますよ。馬は賢い生き物ですから」

 メープルさんがドヤ顔で自己主張しながら三世の傍に寄った。


「まあ。そうですね。いざという時に私も乗れるようになったほうがいいですよね」

「そうそう。逃げるときでも馬車に乗るときでも何かあったら役にたつから」

 そんなコルネの口車に乗り、三世が馬に乗ることを決意した。

 ついでに言えば、メープルさんに乗ってみたいとも思っていた。


「じゃあ迷惑かけますけどメープルさんお願いしますね」

『三世先生のすることに迷惑なんてありませんわ。是非のってください』

 メープルさんは嬉しそうに体を落とし、乗りやすくした。

 三世は大切に、優しく傷付けないようメープルさんの背にまたがった。


「お、おお……。結構高くて怖いですね。ゆっくりお願いしますね」

 三世の言葉に従うよう、メープルさんはこれでもかと速度を落として歩を進めた。

 それを見て、コルネは指を差して笑った。

「せっかく馬に乗ってるのにその速度はなんですかヤツヒサさん。もう少しがんばりましょーよ!」

「はは。年を取ると冒険するのが怖くなるんですけどね」

 三世が頬を掻きながら困り顔を浮かべる。

 特に、理由があるわけでもなく、恐怖症の類ではなく、単純に怖かった。


「まあ。せっかくですからがんばりましょう。メープルさん。お願いします」

 ぐっと手綱を握り、体を前に傾ける。

『安心して下さい。三世先生を落とすほど私は不器用じゃありません』

 メープルさんはゆっくり速度を乗せていった。

 徐々に加速していき、速度がのってくると三世が興奮気味に声を発した。


「はは。これは凄い景色ですね。これがメープルさんのいつも見てる景色なんですね」

 人の身では出せない速度でしか見ることが出来ない世界。

 三世はその景色に見ほれていた。



 村の周囲をぐるっと一周してメープルさんはコルネのいるところに戻ってきた、三世はコルネに微笑んだ。

「凄いですね。あっと言う間に村を回り切ってしまった……」

『ああ。もう一周してしまった。もっとゆっくり走れば良かった』

 そんなメープルさんの悲しむ声は誰にも届かない。


 三世は子供のように喜び、コルネは苦笑いを浮かべた。

「これは練習になりませんね」

「そうなんですか?」

 三世が尋ねる。

「だってメープルさん気合入れまくって完璧に乗せてますもん。ヤツヒサさんの乗り方だったら普通間違いなく落ちますよ。そもそも、まともに乗れても普通はもっと暴れますしもっとゆれます」

 そんなコルネの言葉に、メープルさんは自信満々でドヤ顔を見せた。

 自分は特別なのだと言わんばかりに。


 こちらの世界の馬は元の世界よりかなり速い。

 荒地で馬車を引きつつ百キロ以上を出せる馬もざらにいるほどだ。

 魔法の補助があると、それこそ車より断然速い速度で駆け抜ける。

 ただし百二十キロの速度で、乗っている人を揺らさない丁寧な走りが出来る馬は、騎士団の中でもメープルさんだけである。

「じゃ私が乗れる馬はメープルさんだけですね」

 背にのったまま三世は鬣を撫でた。

 それにブルルと声を出してメープルさんは喜んだ。


「じゃあそろそろ帰りますね」

 コルネがそういうと三世は微笑み頷いた。

「はい。わざわざありがとうございました。楽しかったです」

「そのお礼はメープルさんに言って下さい」

 そう呟いた後、二人はメープルさんのほうを見た。


 メープルさんはルゥと仲良さそうにじゃれ合っていた。

 ただ、コルネは何となくメープルさんの目が怖いような気がした。


「そろそろ帰るよー」

 コルネの声にメープルさんがコルネの傍に駆け寄り、コルネは颯爽と背に飛び乗った。

「それじゃあばいばーい。またきますねー」

『先生、また会いましょう』

 そう言いながら、コルネとメープルさんが村の門から駆け去っていった。


 三世は頭を捻って考え事をしていた。

「るー?ヤツヒサどうしたの?頭でも痛い?」

「いいえ。ただ。さっき誰かが先生って私を呼んだような気がしまして。まあ幻聴ですかね。こっちでそう呼ばれることはそうないので」


 三世は思い過ごしとして、気にしないことにした。


 メープルさんは今日、三世と細い一本の線のような繋がりを感じた。

 それは非常に細く、弱い繋がりだけど、それでもどんな距離が離れても消えない繋がりだった。



ありがとうございました。

出来るだけ早く二部をお届けしますのでもう少々お待ち下さい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 素朴な疑問が…メープルさん6本脚なのに四肢でいいのでしょうか。定型表現ではあるのでしょうが。 >視線は優雅に動く四肢に集中し → 六肢? お話自体はとても興味深く拝読中です<(_ _)>。…
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