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笑顔の騎士と敗北者

2018/11/25

リメイク

 

 ストレスと苦痛からの解放感は非常に素晴らしいもので、彼ら三人は部屋の中でのびのびと生活した。

 きゃっきゃうふふというような雰囲気で、とても男同士とは思えない仲睦まじい様子。

 例えむさい男だけの空間だったとしても、拒絶され続けるよりは全然楽しい。

 いや、気を使う必要がない為、心の底から男三人だけの開放感を楽しめていた。


 夕飯時、大きな魚を使った魚料理のディナーが部屋に運ばれ、一口食べて三人は泣きだした。

 今までのストレスが全て出てきたかのようにわんわんと大泣きしながら食事をむさぼり、全員三回はおかわりした。

 さぞかし奇妙で気持ち悪い集団に見えただろう。

 だが、宿屋のおばちゃんは何も言わず、暖かい目で追加の食事を持ってきてくれた。


 そして食後は気が狂ったように見えるほど大笑いをしながら三人で談笑し、枕を投げ合い、ベッドがあるにもかかわらず三人ともわざわざ地べたで眠った。


 そして翌朝、精神的にも体力的にも余裕が生まれ、冷静になった三人は汚点としか言えないような前日の行動を二度としないと強く心に誓いあった。

 忘れたい記憶ではあるが、忘れられそうにはない。

 夕食の味だけは、きっと生涯忘れられないだろう。




「おーい。起きてるかーい?」

 起きて一時間が経過したくらいに、ドンドンと強いノックを繰り返しながら宿屋のおばちゃんの声が聞こえた。

「あ。はい。すぐに開けます」

 そう言って三世がドアを開けると、おばちゃんは十枚以上の皿を両手から腕、肩にまで乗せてドアの前で微笑みながら立っていた。

「はいおはよう。これ朝食ね」

 そう言いながらおばちゃんは器用に皿を三枚、部屋のテーブルに置いていった。

「あ。昨日は騒がしくしてすいませんでした」

 田所がそう呟き頭を下げるのに合わせ、残った二人も深く頭を下げた。

 おばちゃんは何も言わず、優しい目で三人を見て去っていき、そのすぐ後に、若い女性が三つグラスを置いて透明な液体を注ぎ、頭を下げ彼女もまた微笑んで去っていった。

「――叱ってくれた方がマシでしたね」

 田中の呟きに、三世は心から同意した。


 白い皿の上には大きな黄金色に光る丸くふんわりしたものが乗っており、その上にキューブ上の白い何かが半分溶けた状態で乗っていた。

 その見た目と香りはあっちの世界でもおなじみの物な為、何なのか三人はすぐにわかった。

 バターとメープルシロップたっぷりのホットケーキである。

 黄金色で粘度の高い蜜が、非常に食欲をそそる。

 グラスに入った液体もただの水ではない。

 甘さを抑えたハチミツ入りのミネラルウォーターである。


 三人はまた泣きながら食べた。

 甘い物がこんなに美味しいとは知らなかった。

 あっという間に皿は空になり、涙目のままお代わりをもらおうと三人はドアの前に移動した。

 それを予想していたおばちゃんは、既にドアの前でスタンバっており、笑顔で三人に皿を手渡した。




 朝食で味わった至福の時間の余韻を楽しむかのように、ベッドの上でごろごろぐだぐだとまったりした時間を過ごしていた三人の部屋に、丁寧なノックの音が響いた。

 そして、それに返事をする間もなく、扉が開かれる。

「こんにちはー。げーんきーでーすかー?」

 そう笑顔ではきはきとした声を上げながら、女性が部屋に入ってきた。

 その女性は、昨日 馬に乗って迎えに来てくれた人だった。


 金髪で薄く青い瞳、そして非常に幼い顔立ちをしている。

 顔自体は日本人に似た馴染みやすい顔の作りだが瞳と髪は西洋風。

 その幼い顔立ちと一致する年齢なのだとしたら、昨日一緒にいた高校生と同じくらいの年齢だろう。


 軽装ながら威圧感ある銀色の鎧に不釣り合いなほど大きな剣が鞘に納められ腰にぶら下げられている。

「とりあえずー、あっち側の話は聞き終わりました」

 女性は三世の寝ころんでいるベッドに勝手に腰を下ろし話し始めた。

「大変でしたねー。あ、今後のお話をしたいんですが、今大丈夫です?」

 そう女性が言うと、茫然としていた三人はベッドから起き上がった。

 そして三人が顔を見合わせ、田中と田所は少しだけ距離を取り三世に手で「どうぞどうぞ」とジェスチャーを取った。

 要するに、話を纏めて欲しいという事だろう。

 ――高学歴のエリートで人と接するのが得意な仕事ではないのでしょうか操縦士って……。

 三世は溜息を吐きながら、その女性の方を向き頷いた。

「大丈夫です。色々説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 三世の答えに女性は満足げに頷いた。


「はい! まず自己紹介からですかね。ラーライル王国王立騎士団第二中隊の隊長、コルネ・ラーライルです」

 そう言いながら、コルネは自慢げに持っていた剣の柄の部分を三人に見せた。

 そこには女神の紋章らしき物が彫り込み描かれている。

「これ、隊長以上が持てる凄い剣なんですよ。普段持ち歩きませんけど」

 えへへーと嬉しそうにコルネはそう話した。


「あの、失礼かもしれない質問をしてもよろしいでしょうか?」

 三世は恐る恐るコルネにそう尋ねた。

「あ、好きに何でも聞いて下さい。こちらもそちらの文化の事がわからないのでお互いの理解の為にも是非是非」

 コルネは笑顔で返事をした。コルネは部屋に入ってから、ずっと明るく楽しそうに笑っていた。


「まず、隊長という事ですが、お幾つでしょうか?いえ、女性に年齢を尋ねるのは失礼だとわかっているのですが、かなり若く見えますので……」

 もしかしたら見た目通りの年齢ではないのかもしれないと思い、三世はそう尋ねた。

「あ、十六です。自慢じゃないですが運よく功績が転がってきてしまったおかげで、何段も飛ばして駆けあがってしまいました」

 少し面倒そうな表情を浮かべながらコルネは微笑み答えた。

 どうやら見た目相当の年齢で合っていたらしい。


「じゃあ次の質問なのですが……ラーライル様は王家の関係者様なのでしょうか?」

 逆鱗に触れないよう、細心の注意の払い三世は尋ねた。

 ラーライル王国で苗字がラーライル。

 そう考える方が自然だろう。もし王家の関係者なら、いくら相手が好きに聞けと言ったところで、無礼があった場合は首が飛ぶ事になるだろう――物理的に。

 が、どうやらそういうわけではないようだ。

「はははー。我こそは王家のーなんちゃって。別に私は王族でも何でもないですよ。むしろ孤児ですし」

 コルネはふんぞり返った態度をとってふざけた様子をした後、ネタばらしを始めた。

「実は貴族になるのってとっても簡単でして、一定の功績や寄進。またはコネなど何か一つでも国にとって有益であると認められたら誰でも貴族になれます。んでんで、この国の法律に『平民が貴族となる時はラーライルを苗字にしても良い』というものがございまして」

 その言葉に続き、コルネはその法律について説明しだした。


 表向きは平民ごときは国に仕える奴隷で良い。

 同じ貴族で同じ階級だとしても、元平民とは格差をつけるべきだ!という頭の悪い貴族に対しての体裁である。

 本音は、そんな愚かな貴族の逆恨みを少しでも減らし、皆平等に貴族の務めを全うしてほしいという王家の心からの願いだった。

「面倒ですよねー貴族とか。皆笑顔に楽しく国に仕える。それで良いじゃないと私は思うわけですよ」

 そう言いながら、コルネは人差し指を自分の口元に持ってきて内緒というジェスチャーを取った。


「他に質問とか言うべき事がないなら次に進めますよー」

「あ、はい。どうぞ」

 コルネの言葉に三世はそう答えるが、コルネが話し出さず、じっと三世の顔を見つめていた。


 じーーーーーーーーー。


「あの。どうしました?」

 三世が少し困りつつコルネにそう尋ねるが、コルネは何も言わない。


 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


「あの、どうぞ。お話を続けて良いですが……」

「じー」

 とうとうコルネは口でじーとか言い始めた。


 困りつつ三世が後ろを見ると、田中が口をぱくぱく動かして何かを伝えようとしていた。

 三世はそれをゆっくり読み取る。

 三文字の言葉で、順番に『な』『ま』『え』となった。

「ああ。そうか! すいません。私はみつ――いえ。ヤツヒサと申します」

「マサツグです」

「シュウイチです」

 三世の自己紹介に二人が便乗して答えた。

 タイミングぴったりで名前だけの紹介は、まるでお笑いトリオの挨拶みたいになっていた。


「んーこっちは優秀ですね。あっち側の方が手がかかるから支援増やした方がいいなーこれ」

 そうコルネは苦笑いを浮かべながら呟いた。

「どういうことでしょうか?」

 三世の質問に、少しだけ言いにくそうにコルネは答えた。

「あーっとね。稀人様達って平民でも苗字ある人多いじゃないですか? お三方もそうでしょ」

 その質問に三人は頷いた。

「んで、こっちの文化だと平民って苗字ないから苗字を名乗ると色々と騒動になるんですよね。お貴族様問題とか言う奴です」

「あー」

 三世が気づいたら口に出していた。

 面倒になる事など火を見るよりも明らかだ。

 特に、貴族として誇りをもって仕事をしている人にとっては。


「んでんで、あっちの人は結構な数の人が最初の挨拶で苗字名乗って、遠回りに苗字名乗ったらマズイって伝えたら『差別だー』とか『人権をー』とか言われまして……」

「……笑う事も出来ねぇ」

 田所は眉間に皺を寄せそう呟いた。

「説明はしっかりしますが、うまく伝わるかわかりません。なので、あなた方三人の今後よりもあちら側の方々の方が心配でして……」

 そう言って、コルネは大きく溜息を吐いた。

 三人は初めてコルネが笑っていない表情を見た。

 それは草臥れ切ったサラリーマンのような表情だった。




「まあ、それはそれとして……あなた方の準備を進めていきましょうか。あ、これから色々と生活の支援の説明をしますが、これは自立する為の支援です。うまくいかなかった場合は考慮しますが、努力が見えない場合はこちらも放りだします。文句はありますか?」

「ありません」

 三人は声を揃えて答えた。


「ですよね。というわけでこれからの支援内容を説明しますので付いてきてくださいね」

 コルネは微笑みながら、マシンガントークで転移者に対する支援説明を開始した。


「まるいち! この町と周囲の簡易マップ! 買ったらめちゃ高いので大切にしてね。まるに! 寄贈図書室と書物庫とかそういった場所の無料閲覧証! 学者さんとかと同じ待遇ですね。そっちの道で生活したいなら是非是非。まるさん! 住居の用意! ぶっちゃけ土地も建物も余りに余ってますので一等地のような場所でも豪華な屋敷でももらえちゃいます。ちょっと羨ましい! まるよん! 仕事の斡旋! ぶっちゃけどこも人手不足なんでやる気さえあれば何でもどこでも何とかなります。なので是非とも好きな事を追求してください! なんなら学問所でもありですよ!」

 少しだけ息切れを起こすコルネに、三世はそっと挙手をして見せた。

「はいヤツヒサさんどうぞ」

「あ、はい。すいません。学問所って、何でしょうか?」

「あー失礼。えっとですね、大人がお金を払って知識を学ぶ場です。冒険者として生きる方法から高度な魔法の研究。果てには美味しい料理の研鑽などその種類も千差万別です」

「なるほど。話を遮ってすいません。続きをお願いします」

「いえいえ。わからない事が有ったら是非尋ねて下さい。んでんで目覚めたスキルなんかも調べて行きましょう。それで大体の支援が終わりです。一月二月くらいはこっちでも面倒見れますが、後は自活して頂けたらなーと思ってます。もちろん困りごとならいつでも手助けしますが」

 コルネは少し慌てた様子で助ける事を強調して話した。


「すいません。スキルって、何でしょうか?」

 三世の質問に合わせ、後ろの田中と田所も首を傾げている。少しだけワクワクしたような表情を浮かべて。

「あー。そうか。稀人様の世界では……すいません。ちょっと喩えようがないですねー」

 コルネは両手を組み、難しい表情を浮かべ言葉を選びながら話し出した。

「んとんと、一定以上の技量や努力を神様が認めて下さったらそれがスキルになります。かなりの努力がないとスキルは得られないのでご褒美のようなものでもありますが、才能というものも大きく依存します。ただ、スキルがなくても活躍は出来ます。例えば剣のスキルがなくても強い剣士はたくさんいます。でもあった方が確かに楽に強くはなれます。んー。説明が難しい」

 その言葉の後コルネは「皆様は二つずつ持ってらっしゃるんですよねー」と言葉を続けた。

 光の世界での『アレ』の事だろう。


「わかりました。どうぞつづけ――」

 三世がそう話そうとした瞬間、田中が話に割って入っていた。

「すいません。稀人様ってなんでしょうか? 何か意味がありますか?」

 そんな田中の言葉にコルネはきょとんとした顔を見せ首を傾げた。

「え? 皆様はそういう一族とか種族とかそんなんじゃないんですか?」

 三人は全員首を横に振った。

「いえ。初めて聞きました」

 三世の言葉にコルネは更に首を傾げた。

「あるぇー。まあ別の場所から来た可能性もありますもんね。この世界に大昔、皆様のように突然人が現れたんです。その人達はこう言いました。『我らは稀人。我々は共存を望む。代わりに、我々の叡智、我々の技能を授けよう』みたいな事があってから稀人様と呼ぶように――」

 ――なるほど。この世界に来た初代様はそういうやまいを患っていた時期に来たんですね。

 三世自身にもそういう『忘れたい痛い記憶』があったからこそ理解出来てしまった事実である。


「続けますね。本来スキルって経験の割合が多いので自分で理解出来るんですよ。ただ、自分を知るってのもまた難しい話でもあります。なのでスキルを見てくれる人の元に行きましょう!」

「なるほど。いつですか?」

 三世の質問にコルネは三世の手を掴んだ。

「今!」

「……今?」

 コルネは笑顔で頷き、順番に田中と田所の手も引っ張った。

「なう!」

 コルネは追い出すように三人を部屋から連れ出し、そのまま外に出ていった。




 賑やかな城下町を歩く四人。

 歩き進むたびに、コルネは色々な人から話しかけられていた。

「隊長さん。この前はありがとね。おかげで爺さんの腰痛治ったわ」

 高齢の女性がコルネに話しかけ、コルネはそれに笑顔で応えた。

「いえいえ。ぎっくり腰って辛いですからねー」


「騎士さんは御勤めかい? 頑張ってな」

 次は店の男性がコルネにそう話しかけた。

「ありがとー。がんばるよー」

 コルネはそう言って男性に手を振って見せた。


「コルネちゃん。良いトマトが出来たんだよ。今度おいで」

「ありがとうおばちゃん! 後で行くよ!」

 そう女性とコルネは楽しそうに話していた。


 オドオドして挙動不審になっている三人はほとんどの人の目に入っていない。

 全ての注目がコルネに注がれているからだ。

「すごい人気ですね」

 そう三世が話しかけると、コルネは胸を張って自慢げに答えた。

「えっへん! 毎日仕事で見回りしてるからね。ついでに仕事さぼって見回りも……」

 そう小さい声でコルネは付け足した。




「はいそういうわけでお邪魔しまーす」

 大通りを途中で裏道に入り、大きな建物に何故か裏口から入ったコルネと三世達。

「あの、勝手に入って大丈夫なのでしょうか?」

「ああ大丈夫大丈夫。ここは冒険者ギルド。何故か稀人様に人気の職業冒険者を管理する場所ですね」

 そうコルネは答えた後、とことこと歩みを進め、ある扉の前で立ち止まった。

 他の扉よりも豪勢な作りとなっているその扉を、コルネは叩くようにノックをして返事も聞かずに開け放った。

「はいギルド長! 稀人様三名! よろしく!」

「あほか! ノックして返事を聞いてから開けろと何回言ったらわかる! というか一人ずつ連れて来いって言っただろ」

 そう、中にいた男性がコルネに怒鳴り散らした。

「そうだっけ? まあ良いじゃん。よろしく!」

「良くねーよ! 何回目だよこのやり取り! どうして私の頼む事はいつも雑なんだお前は!」

 男の叫び声をコルネは飄々と受け流していた。


 部屋の中にいる男は質の高い椅子に座っていた。

 前に用意された仕事用の机も派手さはないが安物には全く見えない。

 それなりに地位の高い人物という事だろう。


 男の髪と瞳は黒く肌の色は病的なまでに白い。

 白人のような白さではなく病人特有の白さに似ており、同時に異様なほど細い顔つきや四肢をしている。

 更に、髪や目の黒さは日本人のような黒さよりも漆黒に近く、まるで宝石のように黒く輝いていた。

「ああ、放置してすまんな。ギルド長の敗北者ルーザーだ。とある戦場で敗戦の原因となる大罪を犯した為名前を失い名乗る事を禁止された身だ。呼びにくければギルド長と呼んでくれ」

 そうルーザーは暗い話を軽々と言い放った。

 そして、そんな様子のルーザーにコルネは非常に不機嫌な様子を見せていた。

「るーちゃんもういい加減それ止めようよ。とうに許されてるじゃん」

 ふくれっ面のままコルネはそうぼやいた。

「そう言うな。私はこういう性分なんだ」

 そう言いながらルーザーは三世の方に歩いてきた。


「スキルや資質の鑑定等だが、私ならその辺りを色々と細かく確かめる事が可能だ。その所為でギルド長をする羽目になったからな。全く発動してないなら大まかにしかわからないが、参考にはなると思う」

 そう言った後ルーザーは誰か一人残って部屋を退出するよう促した。

 三世は二人に譲り、二人はじゃんけんをして、田中一人を部屋に残し三人が退出した。


 部屋の前で数分が経過した後、田中が出てきた。

「次、どうぞ」

 三世の言葉に頷き、田所が扉を開け部屋に入る。


「なんだかこういうの、ワクワクしますね」

 田中がそう呟いた。良いスキルでもあったのだろう、

「おっ。戦闘系だったら是非騎士団においで。騎士団は有能であるならたとえ平民であっても成り上がれるし、皆にちやほやされるよ。私みたいに!」

「それも良いですね」

 田中はまんざらでもなさそうに答えた。


 数分後に田所が部屋から出てきた。

 同じようにニコニコ、というよりはワクワクした表情だった。

「さんせ――ヤツヒサさんどうぞ」

 田所の言葉に三世は頷き扉の前に進んだ。

 後ろでは田中と田所が楽しそうに話をしていた。




 三世は四度のノックを試み、返事の後に静かに部屋に入室した。

「失礼します」

 三世は礼儀正しく深々とお辞儀をした後、ソファに座らずその場で立ったまま、椅子に座っているルーザーと向き合った。

「ああ。すぐに済むからじっとしていてくれ」

 そう言った後、ルーザーはこちらに近寄り、じっと三世の顔を見だした。

 ルーザーの瞳を良く見た三世は、それが異様な事になっている事に気が付いた。

 黒い瞳の中に霧や靄のようなものが見え、それが不気味に蠢いていた。


「……筋力二。素早さ二。賢さ四。器用五。魔力一。耐久二。精神四。体力は低め……だな。説明いるか?」

 三世が気づいた時にはルーザーの瞳は元に戻り、黒い宝石のように綺麗に煌めいていた。

「お願いします」

「ああ。現在の力量や成長率を大まかに判断し、大体で数値化したものだ。絶対に正しいというわけではない。目安程度と思って欲しい」

「なんだかふわっとしてますね」

 ゲームみたいな明確な数字の意味があるのを想像していた三世はそう呟いた。

「ああ。これが見えるのは私くらいだし、数字で見えるわけじゃないから目視でかつ適度な目安で判断してる。その上才能と現能力も混ざって見えるからな。どうしてもふわっとした感じになる。それでも職業選択の目安にはなるだろう」

 その言葉に三世は頷いた。

「そうですね。すいませんいちゃもんつけてしまって」

「いいや気にするな。正しく知りたいというのは当たり前だからな。続けるぞ。私は冒険者や騎士団、また特化した専門職の人を除いた平均を三と仮定して数値化している。ただし魔力は例外だ。魔法を使えない者は一律で魔力一となる。正しい適正は使ってみないとわからないという事だ」

「なるほど。それ以外の平均が三という事は、私は運動関係はあまり優れていないということですね」

 思いっきり自覚のある三世はそう言葉にした。

「ああ。絶望的というわけでもないが苦手気味だな。それで判断すると賢さや精神が君の強みという事になる。特に精神は凄いな。精神は非常に上げにくい数値だから四でも珍しいくらいだ」

「あの、すいません。賢さとか精神とかがどういったものか説明をして頂いてもよろしいでしょうか?」

「……ああすまない。異世界人が広めた呼び方だから知っていると勝手に思い込んでいた。さっきの二人は知っていたみたいだしな」

 そうルーザーは言葉にした。

「ん? 異世界人ですか?」

「ああ。稀人という呼び名は異世界という概念を知らない者が多い故に広まった呼び名だ。あちらさんが名乗ったのもあるしな。正しくは異世界人だ。稀というほどでもない程度に君達は現れるしな」

「……確かにそうですね」

 聞きたかったのはどうして異世界を知っているかなのだが、まだ親しくなっていない間柄で突っ込んでもいいものか躊躇われ、三世は尋ねることを止めておいた。


 ルーザーは紙に書きながら、三世に説明を始めた。


 筋力は力強さ。持てる重量や攻撃の威力などに影響する。

 賢さは日常の記憶力や読書の速度、発想の閃き易さや魔法の覚えやすさに影響する。

 器用さは細かい動作や何かを加工するときに影響する。

 魔力はどれだけ魔法を理解しているか、魔法を使えるかに影響する。

 耐久は単純なスタミナと攻撃を受けたときに倒れる限界点に影響する。

 精神は心の頑丈さ。高いほど心が悲鳴を上げにくく、魔法の耐性や我慢強さに影響する。

 体力は戦闘時の最大戦闘時間と攻撃を受けたときの倒れる限界点に影響する。耐久と体力を合計して最大HPと呼ぶ。


「この紙は差し上げよう。それで、ここまでは大丈夫かな?」

 三世は紙を見て、自分の知っている常識とそこまで差がない事を理解し頷いた。

「はい。大丈夫です」

「そうか。では続いて本題のスキルについて話そう」

 そうルーザーは言葉にした。

 ただ、どうも歯切れが悪く言いづらそうにしている辺りあまり芳しい結果ではなかったらしい。


「今回来た異世界人で子供以外は皆スキルを二つ持っていた。人にスキルを授けるなんて神話のような存在に会えた事が少々羨ましいよ。っと話を続けよう。他の人と同じように、君にもスキルが二つある」

 そう言いながらルーザーは指を一本立ててみせた。

「君の一つ目は器用補正のようだ。だから君の器用数値は五と非常に高い。元々の器用数値も高く、スキル補正もまだ初歩でしかもブランクに近い。この先いくらでも成長するだろう」

「なるほど。結構良さそうですね」

 三世の言葉にルーザーは頷いた。


 そして指を二つ立てながら、ルーザーは申し訳なさそうに言葉を綴った。

「二つ目のスキルは何かがあるのはわかるが、何なのかは私にもわからなかった。発動していない休眠中のスキルは調べることが出来ないんだ。傾向程度はわかるのだが……自己強化にも他者強化にも何かの製造にも破壊にも見える。つまり、すまないがさっぱりわからなかった」

「なるほど。休眠中という事は目覚めさせる方法は何かないのでしょうか?」

「――特にない。発動してないスキルというのは本当に稀だ。私は二度か三度ほどしか見た事がない。そして、目覚める方法は良くわかっておらず、そのまま目覚めない者も多い」

 ――つまり、電源がオフになっているわけではなく、コンセントにソケットが刺さっていない状態でかつソケットが行方不明というような状態なのだろう。うん。自分で言っててよくわからなくなってきた。


「幸い器用の数値はとても高い。無理せず普通の暮らしをしたら十二分と言えるほどの生活が出来るだろう。製作にかかわるなら、歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げられるかもしれんな」

 ルーザーはそう言葉を紡いだ。

 どうやら慰めているらしい。

 悪い結果ではないが慰めている。

 そこから導き出される答えは一つだ。

 前の二人のスキルは相当優秀だったという事なのだろう。


「質問ですが、数値とは普通に上がるものなのでしょうか?」

 三世はそう質問した。

「成長はする。だが、普通そこまで極端に伸びるというものでもない。特に苦手な体力などはきついはずだ。君の場合は、器用だけは相当伸びる。どこまで伸びるのかはわからないが」

 そうルーザーは気を使いながら言った。

 つまり、冒険者や騎士団としての活躍は諦めろという事だろう。


「なるほど、良くわかりました。ありがとうございます」

 三世は一礼して、部屋を退出しようとしたその瞬間――。

「ああ。ちょっと待ってくれ」

 そうルーザーが呼び止めた。

「はい。なんでしょうか?」

「二つほど用事がある。一つは、君は今後どうするつもりかな? 方向性が決まっているなら教えてもらいたい」

 なんとなく、ルーザーの様子は純粋に心配しているように三世には映った。

「体力が低くても何とかなりそうな物作りでもしてみようかなと思っています」

 その答えがお気に召したらしく、ルーザーはほっとした表情を浮かべた。

「そうか。その器用さなら体力などいくらでもカバー出来る。工作系なら何をしてもそれなり以上には上手くいくはずだ。好きな事を探してみると良い」

「はい。ありがとうございます」

 三世はルーザーに微笑み、そう返した。

「それともう一つ。ハシマユマという子供を知っているか?」

「――苗字の問題は大丈夫なのですか?」

「他所では駄目だろうな。だが私にとってはどうでも良い事だ。そもそも私には名前すらないのだぞ」

「――なるほど。その子の事なら良く覚えています。恩人と言っても良いほどに」

 三世はポケットに入ったキャラメルを思い出しながらそう答えた。


「彼女から『ごめんなさい。ありがとう』と伝えるよう言われた」

「学生達もここに来たのですか?」

「いいや。私があっちに行った。だから昨日は大変だったぞ」

 そうルーザーはうんざりした表情で呟いた。

 どう大変だったのかは聞かない方が良いだろう。


「ごめんなさい。はまだ理解出来ますがありがとうは良くわかりませんね」

「私も預かっただけだから良くわからん。それと、ハシマユマのスキルは仲間を庇う分身を生み出す能力だ」

「あれ? 教えて良いのですか?」

「ハシマユマが教えて欲しいと頼んだんだ。三人組の男で、一番おっさんぽい人が来たら伝言と共に伝えて欲しいと」

「そうですか……彼女らしいですね。では、私からも伝言を頼んで良いでしょうか?」

「――会えるかわからんがそれで良いなら」

「では、もしハシマユマと言う少女に会ったら『お互いがんばりましょう』と一番おっさんぽい人が言っていたと伝えて下さい」

 その言葉にルーザーは苦笑いを浮かべた。

「良いだろう。見かけた時に伝える事を約束する」

「ありがとうございます。では、今度こそ失礼します」

 三世はそう言って深々と頭を下げ、部屋を退出した。




 部屋の前では三人が嬉しそうな様子で待っていた。

「教え合いません?」

 田中が嬉しそうに尋ねてきたのに対し、三世は首を縦に振った。

「別に構いませんよ」

「あ、私は話したいけど騎士団隊長という事で機密扱いなので話せません。なので聞くのも悪いと思うしちょっと離れてるね。じゃー」

 そう言いながらコルネはルーザーの部屋にノックもせずに突撃していった。


 二人の能力は非常に強力なものだった。


 田中正次。

 スキル一。魔法の習得。今は雷の魔法が一つ使えるそうだ。

 スキル二。乗り物に対する習得率を上げる。また飛行する乗り物に特大の補正を加える。

 筋力二。素早さ四。賢さ五。器用三。魔力三。耐久一。精神二。体力は低い。


 田所修一。

 スキル一。筋力と耐久向上。

 スキル二。近接攻撃専用の武器を持った時に器用、筋力上昇。

 筋力四。素早さ二。賢さ三。器用二。魔力一。耐久四。精神二。体力はかなり高い。


 田中は魔法使いのような能力で既に魔法が使え、田所は近接戦闘が既に出来そうな能力とスキルになっている。

 二人とも、自分と違い随分戦闘よりだなと三世は思った。




 田中と田所は少し悩んだような表情を浮かべた後、意を決して三世に話しかけた。

「私達は騎士団に入団しようと思うのですが、一緒にどうですか?」

 田中はそう尋ねた。

「騎士団なら賢さや器用の高いヤツヒサさんもきっと活躍できますよ。書類仕事とかすごい多いらしいですよ」

 そう田所が言った。

 二人が三世に気を使っているのが一目でわかった。


「無理する必要ないですよ」

 三世の言葉に二人はぴくっと反応した。

「無理に私を誘わなくても、好きな事を好きにしてください」

 繰り返すように三世が言うと、田所は悲しそうに呟いた。

「でも、ヤツヒサさんと一緒にいたいというのも本音っす」

 田所の言葉に三世は軽く笑みを浮かべた。

「その言葉だけで十分ですよ。それに、おじさんには難しい事も体力を使う事もついていけそうにありませんので」

 二人は納得したようなそぶりを見せる。

 だが、やはり少々寂しそうにも見えた。


「何も仲違いするわけではないですし、元から違う仕事をしていた立場です。たまに会って話をする友人関係。それで十分じゃないですか」

「ですが……」

 田中が食い下がるように言葉を紡ごうとする……が、何も言葉は出てこなかった。

「それにですね――もう無理に集団生活をするのはちょっと。正直に言えばコリゴリなんで」

 そう三世は冗談めいて言ったのを聞き、二人は噴出して笑った。

「確かに」

「でしょ?」


 三人は笑いながら、別の道に向かう事を納得した。




「ところで、コルネさんをどうやって呼びましょうか?」

 三世が尋ねると、二人はどうぞどうぞとジェスチャーをして三世をドアの前に誘導した。

 三人組でその動きはとても見覚えのあるお笑い芸人のようでもあった為、三世は苦笑いを浮かべながらドアの前に移動した。

「全く。こんな時ばかり年長者を立てて」

 そう三世は楽しそうにぼやきながら、ノックをしてコルネを呼んだ。




 そのまま冒険者ギルドを出てから元の宿に戻り、三人はどうでも良い事を話し合った。

 来た時の事、転移して邪魔者扱いされた事、そして……集団から解放されここで食べた食事がとても美味しかった事。


 今日が三人で過ごす最後の夜となる。

 明日から三世と二人は別の道を歩むからだ。

 しかし、それは決して嫌な別れではない。


 確かに別れに対し心細く思う気持ちもある。

 だが、明日に希望を持てる程度には明るい別れでもあった。



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