夢のような現実のような世界の、誰かの為の冒険譚
「……ここ、一体どこですか……」
三世は寝起きの頭を必死に働かせ、頭を掻きながらぽつりと呟いた。
周囲を見ても見覚えは一切なく、また傍には誰もいない。
眠気に眼をこすりながら、三世は現状を確認する事にした。
現在地点は藁の寝床に隙間まみれの木造建築。
馬小屋をマシにしたような……いや、牧場の馬小屋はここよりも大分豪勢だ。
この家は馬小屋をぼろくしたような酷い内装としか言いようがなかった。
不思議な事に体が痛くない。
藁の上で寝ても平気なほど、三世の体は丈夫ではない。
確かに色々とあって成長はしてはいるが、肉体自体は中年ボディそのままである。
藁の上でなんて寝たら翌日痛みで目を覚ます羽目になる。
それ以上に気になるのは家の出入り口だ。
木造なのになぜか石枠で、その枠の中に薄いシャボン液のようなうごめくマーブル模様の膜が貼ってあり奥が見えない。
何かはわからないが、まだ完全に脳が目覚めてない三世は深く考えず、その入り口に足を運びマーブル模様の膜をすり抜けた。
移動した先は外ではなく、建物の中だった。
さっきまでのボロ小屋から一変し、その作りは絢爛豪華としか言いようがない。
まず、とにかく広い。
一般的な学校の体育館くらいは広さがあるだろう。
そして足元には金の刺繍がされた赤い絨毯。
更に周囲は金銀宝石で満ち溢れていた。
「よく来た。勇者よ――」
尊大な声が正面奥から響く。
その方向に三世が顔を向けると、そこには玉座に座りこちらを見下ろす見覚えのある人――マリウスがいた。
――??????
三世は ひどく こんらんした。
「勇者よ。そなたに魔王討伐の命を与える」
マリウスが言うと同時に、兵士の一人が三世の傍に近寄り宝箱を置いていった。
その人物に三世は見覚えがあった。
ブルース一味の一人である。
「こちらが我が国の支援となります。ぜひ役立てて下さい」
そう言って頭を下げ、宝箱を残し兵士は離れていった。
一体何が出て来るのか三世は少しだけ期待し、宝箱を開けた。
そこに入っていたのは木製の練習用の剣と銅貨五枚。
とても良く似た状況を三世は知っていた。
本来ではどうのつるぎの為少々異なるが、魔王退治の為に勇者となり仲間を集めて冒険をする物語。
某有名なロールプレイングゲームである。
「ああ。これは夢でしたか」
三世は現状に鑑みてそう判断した。
「さあ、行くが良い勇者よ――」
そんな良くわからないノリでマリウス王が言葉を発した瞬間、どこからともなく壮大かつ荘厳なオープニング風の音楽が流れ始めた。
そのまま音楽だけが流れ続け、誰も何も言おうとしないので三世は困惑しながらも城の外に出ていった。
「――こんな感じで良かったか?」
マリウスがそう尋ねると、奥からひょこっとドロシーが現れ、満面の笑みを浮かべ頷いた。
「じょーとーじょーとー。意外と演技もいけるのね。今度演劇とか一緒にやってみる?」
「――勘弁してくれ。大人数の前で演技とか……緊張で死んでしまう」
そうマリウスが苦笑いを浮かべるとドロシーはくすくすと笑った。
「んじゃ次は……案内役の出番ね」
ドロシーはそう呟きながら、物語の次の仕掛けを作動させた。
「……酒場……行きたかったんですが……」
城を出た瞬間、草原に飛ばされた三世はしょんぼりしながらそう呟いた。
四人パーティーで職業をどうしようかとかそんな事を考えていたからだ。
もしかしてこの世界は三ではなく一がベースなのだろうか。
それならつるぎが銅でない理由も説明がつく。
そんな斜め上の思考を走らせながら三世はとぼとぼと歩いた。
「はぁ。武、僧、遊にしようと決めてたのに……残念です」
自分の夢のはずなのに思い通りにいかない現状に三世は少しだけがっかりした。
エンカウント目指して草原を歩き十数分ほど。
どうやらこの世界はモンスターとエンカウントしない世界らしい。
それでも行く場所が思いつかないので、とりあえず道なりにまっすぐ歩き続けていると、三世はある人物を目にした。
驚愕と強い疑問により三世はあんぐりと口を開けたまま言葉を失った。
そこにいたのは、変わり果てた楓の姿だった。
銀色の長い髪にオッドアイ。そこはいつもと変わらないのだが服装がとんでもない事になっていた。
肩の露出した淡い緑色でロングスカートのドレス。
花が沢山付いた髪飾りに加え、髪型は赤いリボンで結ばれツインテールとになっていた。
そして手には星型のワンポイントが付けられたステッキ。
妙にキラキラと光った魔法少女っぽい不思議なステッキ……。
そんな不思議な衣装に身を包んだ楓は、杖を両手に持ち、真っ赤になって震えながら三世の方を見ていた。
三世は恥ずかしそうにする楓を見て、ようやく今までの誤解に気が付いた。
ここは夢の世界なんかではなく、現実である。
「えと……楓、何をしてるのでしょうか?」
「わ、私の名前はメープル。勇者を案内する妖精さんです。楓じゃ……ありませんです……」
途中から下を向き、もじもじしながら楓はそう答えた。
――ああ。誰かにやらされてるのですね。
三世はそう理解した。
「はい。ではメープルさん。私はどうしたら良いのでしょうか?」
「良い質問ですヤツ……勇者様。まずは勇者としての装備や身なりを整えましょう」
そう言われ三世は自分の酷い恰好に気が付いた。
自分の来ている服はボロ布とボロのズボンで、持ってる武器は木製の剣。
百人に尋ねても勇者とはわかってもらえないだろう。
「確かに。ではどこに行けば良いのでしょうか?」
三世の質問にメープルさんは腕を組み考え出した。
「えっと。お姫様の前だから……まずは服を揃えましょう。魔力のオーブがあれば私が勇者の服を用意しますのでオーブを――」
魔王を倒す為の服を手に入れる為のオーブを手に入れる。
何となくこのお使い感が、ゲームらしくて三世は小さく微笑んだ。
微妙にネタバレっぽい物があった気がしたが三世は気にしない事にした。
「で、オーブはどこに?」
「オーブは盗賊に盗まれてしまいました。なので勇者様。盗賊退治をお願いします。盗賊のアジトはここから右にまっすぐ歩いたところにあるはずです」
「――木の剣で?」
「はい。木の剣で」
――まあ何とかなるでしょう。
普段ならそう考えないはずなのに、三世は何故か楽観的に考えメープルさんの指示通りに歩き進んだ。
「……近っ」
メープルさんと会った場所からわずか三分ほどで盗賊のアジトに到着した。
草原の中にある変に浮いている石の洞窟。
しかもご丁寧に『盗賊のアジト』とまで書かれた看板が設置されていた。
「……ここで間違いないですか?」
三世がそう尋ねると、メープルさんは洞窟の入り口傍に移動し、何か仕掛けを起動して戻ってきた。
ガランガランガラン!
大きな音が穴の中から鳴り響いた。
「勇者様。盗賊はなかなかに準備が良いようです。気づかれてしまいました!」
驚いた表情をわざわざ作りそう言葉にするメープルさんに、三世は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「おうおうおうおう! 何用だぁ。ここを俺達盗賊団のアジトだと知っての狼藉かぁ!?」
妙に訛った口調の男が肩を大きくゆらしながら洞窟の中から現れた。
それはブルースとその仲間三人だった。
「ああ。一人は兵士役になったからこっちは合計で四人なんですね」
「あいや。洞窟の中に五人入らなかったから四人にして一人兵士になったんでさぁ。ってそうじゃなくって。おうおうおう。てめぇは何者だ。ああ?」
ドスの聞いた声で三世を脅しつけるブルース。
堂に入った立ち振る舞いに加え、見た目にも全く違和感がない。
悪そうな盗賊衣装も妙に似合っている。
「こちらの方はこの世界の救世主。勇者様です! さあ盗んだオーブを返しなさい!」
メープルさんが三世そっちのけで話を進め始めた。
「何! 勇者だと。だ、だが相手は一人だ。構うこたぁねぇ。てめぇら! やっちめぇ!」
そんなブルースの言葉と同時に三人の手下が三世の方にじりじりと近寄ってきた。
――何もしていないのに話が進むのって少々寂しく感じますね。
しかも展開に巻きが入っているらしく早く進み、何とも言えない切なさと孤独を三世は感じていた。
「ちっ。覚えてろよ! 次あった時は俺が直々に倒してやる!」
そう言い残し、ブルース達はさっさととんずらしていった。
別に大した事はしていない。
刃を潰した鉄の曲剣を振り回すブルースの部下に軽くとんと振れた瞬間――。
「うわああああああ!」
と叫びながら部下が倒れただけである。
それを三度繰り返した後、さきほどの捨てセリフを残して去っていった。
どうやら戦闘部分は全く重要視していないらしい。
「さすが勇者様です! さあ、奥に入ってオーブを取ってきてください」
「あ、はい」
三世は言われるままに一人で洞窟に入った。
そこは背を屈ませないと入れないほど狭く、そして短かった。
この大きさならブルース達四人は肩を寄せ合いぎゅうぎゅう詰めにならないと入れなかっただろう。
「……皆体張ってますねぇ」
演劇のようではあるが、楓も、マリウスも、そしてブルース達も本気である事は理解出来る。
その目的はわからないが。
「……っと。これですね。それと……。針と鋏?」
洞窟奥にある白く丸い玉と金の針、それと普通の鋏よりも倍くらい大きな鋏を手に取り三世は洞窟を出た。
「色々ありましたが、全部持ってきて良かったですか?」
三世の質問に楓は頷いた。
「はい! この針は……お姫様の眠りを覚ますのに必要な針ですね。さっそくお姫様を助けに行きましょう。その前に……」
何やらぶつぶつと呟きながらメープルさんはステッキをくるくると回し「えい!」の掛け声と共に三世の方にステッキを向けた。
…………。
しかし なにも おきなかった!
「…………」
「………………」
気まずい沈黙が流れた後、メープルさんは再度同じ動きを始めた。
心なしかさきほどよりも顔が赤くなっている。
また同じようにくるくるとステッキを回し、そして三世の方に杖を向ける。
「えい!」
その声と同時にぼふんと音がし煙で三世は包まれ、三世の衣服がボロ布じゃなくて普通の服装に変わった。
と言っても、勇者らしさは全くない。
緑色の革の衣服に黄土色のズボン。
三世の中途半端にさえない見た目も合わさり勇者というよりは村人Aという方がぴったしである。
「まあ! お似合いですよ勇者様!」
「ええ。私もこの恰好は良く似合うと思いますよ。村の中にいても誰も違和感を持たないくらいは」
三世は苦笑しながらそう答えた。
ボロ服を来た中年は村人の恰好に進化し、そのまま草原を歩き続けた。
次の目的地は『茨の森』という名前で、そこに姫が眠りに付いているらしい。
その姫に勇者が金の針をかざす事で、眠りを覚ます事が出来るらしい。
今までは冒険譚だったがここにきて絵本風の話に変化した。
ただ、理由は何となく予想が付く。
眠り姫はシャルトが好きだった童話だからだ。
「うわ……凄いですね」
茨の森に到着した三世は、素直な気持ちで驚いた。
東京ドームくらいの大きさの森であり、その緑の部分は全て木ではなく、茨だった。
所々に薔薇が咲いて見え、滴る露と相まって非常に幻想的な雰囲気を醸し出している。
この感動は単純な美しさもあるが、このセットを用意した苦労に対する感心も強かった。
「それでメープルさん。どうしたら良いんですか?」
三世がそう尋ねると、メープルさんは杖で入り口を指し示した。
「あちらの茨を鋏で切り落として先に進んでください。私は入れませんので入り口で待ってますね」
少しだけむっとした表情を浮かべつつ、メープルさんはそう言った。
「……? まあわかりました。じゃあ行ってきますね」
三世はさきほどの鋏を使い、入り口と思われる枠の内側にある茨を切り落としていった。
「……これ全部本物の植物なんですね」
茨の切った感触と断面図から判断し三世はそう呟いた。
良くできた舞台装置のおかげか、まるで映画の中に入ったような気さえしてきた。
茨の森の名前通り、中も全て茨で出来ている。
ただし、三世の通っている道側の茨は全て棘無しである。
そんな細かい気配りの出来たグネグネ道を通り抜け、数分ほど進んだ先に目的の場所があった。
茨の隙間から漏れた太陽の光を浴びている中央部。
そこには多くの花々が咲き乱れ、美しいドレスを着て蓋のない棺桶のような物に入り眠っている姫らしき女性がいた。
ルナール姫――というかルナだった。
ちなみにルナの様子は静かに眠ってはいるのだが、額に汗を掻き若干息が上がっている。
なんとなく、役割が多く相当忙しいのだろうと予想出来た。
「えっと。針を掲げるのですよね……」
三世は小さな金の針を持って天に掲げて見せた。
その瞬間、眠ったフリ……眠っていたルナは目を覚ましてがばっと上体を起こした。
――息切れした状態で寝ころぶのもしんどいですもんね。あとさっきまでチラチラ見ていた事は気にしないであげましょう……。
「ああ。あなたが勇者様ですね。私の永遠の眠りを覚ましてくださりありがとうございます!」
「……疲れてそうですのでもう数分ほど待った方が良かったでしょうか?」
「ま、まあ。何を言っているのでしょうか。疲れてるなんてほほほ」
どう見ても疲れているのにルナはそう言って笑い誤魔化した。
恐らく永遠の眠り(数十秒)だったのだろう。
「んー。さっぱりわかりませんね。一体誰がどうしてこうなっているのでしょうか? 何かトラブルですか? それとも娯楽?」
三世がここまで溜めてきた正直な感想をルナにぶつけてみた。
それを聞いたルナは優しく微笑み、三世の方をじっと見た。
「勇者様。無粋な行為は宜しくありませんよ。あなたは勇者。皆を救う希望の星です」
ルナは遠回しに『トラブルではない』事を伝え微笑んだ。
「――そうですね。確かに無粋でした」
舞台上でそんな事言ったものなら袋叩きにあっても文句は言えないだろう。
ルナが立ちあがり、三世の前に来たのに合わせて三世は跪いた。
「姫よ。眠らされていた麗しき姫よ。魔王を倒す私に是非とも手を貸していただきたい」
そう言って三世はルナの手を掴み、ルナは少し赤くなった後微笑み頷いた。
「はい。愛しい勇者様。是非とも魔王を倒し、この世界を平和にしてください」
ルナは微笑みながらそう呟き光となって消え、ルナの居た場所に直剣が地面に刺さっていた。
三世はその剣を掴み、持ち上げ理解した。
――ああ。今までの魔法っぽい演出は全部ルナさんの仕業でしたか。
「裏方、お疲れ様です。今度一緒にお食事でもしましょう」
三世がそう言葉にするとがたっと棺は揺れた。
どうやら棺の下に空洞があってそこに隠れているらしい。
三世は微笑を浮かべた後、元来た道を戻った。
二度と出れないと言われた迷いの森、メープルさんが人質に取られて助ける為の冒険、ブルースとの再戦や魔獣との対決。
色々とあって……遂に魔王城に到達した。
ただ、一つのイベントに五分掛からず、戦闘も全て最初は強く当たって後は流れで状態だった為あまり疲れていない。そもそも一時間程度しか時間が経っていない。
ちなみに魔獣は着ぐるみだった。中に入っていたのはルナらしかった。
――本当に後で労わないといけませんね。
三世はルナの面白い生態に微笑みながらそう考えた。
「勇者様、遂にここまで来ましたね……」
妖精さんであるメープルさんは勇者三世に深刻そうな表情でそう呟く。
空はどんよりとして稲光を発し、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
最後の戦いを前にした重苦しい雰囲気――は別にない。
というよりも始まってからそんなに時間が経っていない。
「……タイム」
「認めます」
三世の呟きにメープルさんは頷きそう返した。
ここの中に入ればノンストップで終わりまでいくであろう予感がする。
その為三世は今のうちに疑問を纏めてみる事にした。
大した意味があるわけではないのだが、そうだとしても気になる事が多すぎるからだ。
まずはこの場所である。
最初のボロ小屋から今の魔王城まで、全ての場所に見覚えが全くない。
ただ、この疑問は重要視していない。
以前同じような経験をした事がある上に、それを実現できそうなドロシーという女性を知っているからだ。
続いての疑問は、どうしてこんな事をしているのかだ。
これは本当に理解出来ない。
演劇であるのなら自分も練習したかったし、何より主役以外になりたい。
見た目的に言えば自分は村人Aである。
もしかして自分に主役をさせて演劇をする為に――。
三世は一瞬だけそう考えたが、その可能性は絶対にあり得ない。
明らかに演劇などと言った規模ではないからだ。
どこの世界に演劇の為にこんな世界を用意するだろうか。
最後に生まれた新しい疑問。それはこの剣の事だ。
適当な立ち回りとヤラセ的な戦闘しかしていないが、その程度の動きだけでもわかるほど、この剣は自分に恐ろしいほどしっくりとくる。
直剣なんて使った事がなく、才能の欠片もない自分が軽々と使いこなすなんて絶対に在りえない事だった。
自分の才能が開花した、なんて甘い考えを持つほど三世は若くない。
そして、この剣の丁寧な仕事に三世は覚えがある。
この剣は、己の師匠の仕事だと三世は確信出来た。
そうなると答えは一つだろう。
『マリウスとドロシーが三世の為だけに作った剣』
それがコレである。
そう考えるとしっくる来て使いこなせるのは当然だ。
体の作りから癖、性格まで全てを考慮して作られたのだからへっぽこな三世でもある程度以上に使いこなす事が出来る。
だがそうなると新しい疑問が生まれて来る。
どうして戦闘向きではない演舞用の剣を、わざわざ自分に合わせて作ってくれたのかだ。
色々と考えても、疑問が解消される事はない。むしろ疑問は増える一方である。
考えても意味がない。だが、これが終わったらその疑問は解消されるだろう。
そう考えながら、三世はメープルさんの方を見た。
「はいお待たせしました。それでは行きましょうか。世界を救いに」
三世が軽く微笑み冗談めいた口調で言うと、メープルさんはくすっと噴出し微笑んだ。
ギィィィィィ。
大きな正門の扉が勝手に音を立てて開く。
まるで三世達を誘おうとしているようだった。
そのまま真っすぐ歩き進め、正門を通り抜け、奥に進む二人。
突き当りの階段を登り、更に進み突き当りの部屋に到着した。
「ここですか」
三世の質問にメープルさんは頷いた。
「はい。邪悪な波動を感じます。この先に魔王がいるのは間違いありません。気を付けて――」
メープルさんの言葉に三世は頷き、足で扉を蹴飛ばし開けた。
バン!
大きな音を立てて開いた扉の奥には、玉座に座ったシャルトの姿があった。
足やら肩やら腕やら妙に露出の多い漆黒のドレスの上にシースルーのローブを羽織った妙に淫靡な姿で足を組み、見下すような視線を向け冷笑を浮かべていた。
「良く来たな。歓迎しよう。が、その前に質問させてもらおうか。なぜ我に逆らう? 人は闇に落ちた時こそ最も輝くのだ。何故輝く事を邪魔する?」
そういうスタンスの魔王なのだろう。
だが、その立ち振る舞いが妙に似合っていて、まるで本気で言っているようにさえ聞こえた。
「人とは朽ち果てる為に生きるのではない。何かを残す為に生きるのだ。貴様の望む輝きの為に人は生きてるわけではない!」
――おお。我ながらそれっぽい事が言い返せた。
三世は舞台慣れしたおかげか少し良い事が言えてご満悦な気分となった。
「そうか。ならば問答はもうよい。勇者よ、わが腕の中で輝き果てるがいい」
妙にカリスマ溢れる態度な上に妖艶かつ蠱惑的な笑みを浮かべねっとりした視線を向ける魔王シャルト。
――あの。演技ですよね?
思わず三世が不安になる程度には、シャルトの言葉は冗談には聞こえなかった。
魔王は大きな鎌を突然出現させ、三世に振りかかった。
どうやらある程度は本気で戦うらしい。
三世は鎌を剣で受け流し、その流れのまま魔王に向け寸止めで突きを放った。
魔王はそれを横に避けて回避し、こちらに蹴りを放つ――。
「そんな短いスカートで足を上げたらいけません!」
三世は蹴りを回避し、叱りながらゲンコツで魔王の頭を叩いた。
「痛っ。あっ」
魔王の体が光となり、しゅーっと消えていく。
「ちょ。待って待って。もう一回。さっきのはノーカンにして!」
まおうしゃるとちゃんがそう叫ぶと光は消え、実体に戻った。
どうやら一回ダメージを食らうと消えるように設定されているらしい。
「……ワンモア良いでしょうか?」
シャルトの言葉に三世は頷き、お互い武器を構えて魔王と勇者の戦いに戻った。
何度も攻撃を重ね合う二人。
しかし、鎌という大きな質量を持っていても、魔王の攻撃は勇者には届かない。
それは剣に理由がある。
とてもわかりやすい有利な理由。
徹底的に、誰も否定できないほどに、あらゆる意味で三世の事を想い、愛して作られた剣だからだ。
マリウスとドロシーがどうしてこの剣を用意したのか少しだけ理解出来た。
これだけ家族として愛し、想っていると自分に伝えたいからだ。
三世が魔王の鎌を打ち払い飛ばし、魔王に剣を向けた。
「――我の負けか。一体何故負けたのか。最後に教えてくれぬか」
魔王の言葉に三世は微笑み答えた。
「違うんだって逃げて否定できないほどに――重たい、家族の愛がもらえたからですかね」
三世がそう答えると、魔王はそのまま光となり消えていった。
「……リトライしてるからかあんまり感動がありませんね」
そう呟き三世は空しそうな表情を浮かべた。
「おめでとうございます勇者様! さあ、囚われた姫を救出しましょう」
「ああ。それが目的なんですね。じゃあ行きましょうか」
そう言って三世はメープルさんに連れられ城の中を歩いた。
奥には牢屋に囚われた姫の恰好をしたルゥ。
その手前には紫色の大きな水溜まり。おそらく毒だろう。
目の前にあるのは防水効果の高い革素材と糸に牢屋の鍵。
そして、持ち物にあるのは金の針と鋏。
ここにきて、ようやく三世はこの茶番とも言える壮大な物語の理由に気が付いた。
いや、普通に考えたら誰でもわかる話だ。
自分を慕ってくれる人達がこれだけ登場し、そして主役は自分。
――どう考えても、私の為じゃないですか。
気づくのか遅くなった自分に、三世は苦笑いを浮かべた。
三世の心には消えない傷が残っている。
それは失敗と消失の恐怖だ。
その為だろう。
三世は外に出られるようになり、震えがほとんど起きなくなった今でも、自分の仕事が出来ずにいた。
革細工の加工と医術、この二つを行おうとすれば今でも手が震える。
仕事が出来ない、それは三世にとって自分自身とも言える大切なものを失ってしまったと言っても間違いではない。
それは心の傷もだが、怯えの部分が非常に大きかった。
失敗したらどうしよう、それで誰かに見捨てられたら――。
そう怯え続ける三世の為に、皆で協力しでこの場を整えた。
精神を安定させ、思考をクリアにする薬を始まる前に用意した。
非現実と現実のあやふやな場を用意し、勇気を出しやすくした。
これでもかと言わんばかりに、愛情を見せつけた。
次はそう――三世が勇気を出す番である。
三世は針を持った。
震えはない。そりゃあそうだ。さっきまでは目覚めさせる為のアイテムとしてしか思ってなかったからだ。
だが、糸を通す事が出来ない。
怖いのだ。失敗して捨てられるのが。
捨てられるわけがないとわかっていても体が動かない。
こればかりは理屈ではなかった。
だが、同時に今なら何とかなりそうな気もするのだ。
今までよりは少しだけ、自分に自信が持てている。
自分は勇者だから。
そう思い、三世は必死に糸を通そうとするが、手が震えだし――。
「大丈夫だよ」
奥にいるルゥが囁き、両手を広げながら微笑んだ。
「大丈夫。あなたなら出来るよ。だから、早くこっちに来て」
ルゥの言葉のおかげか、気づいたら手の震えは止まっていた。
「うん。無理な事じゃないわ。昔と違ってあなたは『助けて』って言えたじゃない。そんな貴方ならもう大丈夫よ。ね?」
メープルさん――楓が後ろから抱き着き、三世にそう囁いた。
男という生き物は本当に現金なものである。
たったこれだけで立ち向かおう『がんばろう』そんな気になってくるのだから――。
三世は針に糸を通し、鋏を使い、ブーツを作り上げ、失っていた大切な自分を取り戻した。
ありがとうございました。
あとわずかですが、お付き合いくだされば嬉しいです。