新しい日々の為
カエデの村から一人の女性が旅立つ事となった。
厳密に言えば、カエデの村に住んでいたわけでもないのだが、旅立つ事に変わりはないだろう。
その女性の名前はアムル。
ルゥとシャルトの姉とも言うべき存在だった。
三世はアムルに事情を尋ねた……のだが、聞いてもさっぱり理解できなかった。
ここではない世界で、存在しないはずの自分より派生した存在。
魔法とSFの融合のような不思議な状況は、三世の理解出来る範疇をぽんと飛び越えていた。
ただ、アムルと自分が血縁関係にあるのだけは正しいと本能レベルで理解出来た。
人と接するのが得意な方ではない自分が、非常に親しみが持て、同時に気軽に話せてしまうからだ。
「るー。本当に行っちゃうの?」
ルゥが村の入り口で寂しそうにアムルに尋ねた。
「うん。ごめんね。この村だと私の願いは叶わないから」
そう答えるアムルを、シャルトと三世は黙って見ていた。
「願いって何?」
ルゥの質問にアムルは少し考え、笑顔を浮かべ答えた。
「えっとね……ちょっと恥ずかしいけど、恋人を見つける事よ! 私は名前の通りの生き方がしたいの」
「……それってヤツヒサじゃダメなの?」
「ちょ!?」
ルゥの言葉にシャルトが慌てた声を出し、三世が咳込んだ。
いたって真剣な様子のルゥに、アムルは優しい微笑を浮かべ、頭を撫でながら答えた。
「うーん。歳もだけど――ヘタレはちょっとないかなー」
特に言われもない……わけでもない言葉の棘が三世を襲った。
その言葉に、ルゥとシャルトがどことなく同意したような表情を浮かべていた。
「あと動物キチってのもちょっと……いやこれは私も一緒だけどさ。ヘタレでおっさんで動物オタクで……うん。ないわ!」
満面の笑みで止めを刺すアムルの言葉に、三世は膝から崩れ落ちた。
「じゃあ仕方ないね。残念だけど我慢する! がんばって恋人探してね?」
アムルはルゥの言葉を聞きながらぎゅっと抱きしめ、続いてシャルトを抱きしめた。
「行ってくるわね。……あなたもぎゅってする?」
アムルの言葉に三世は少しだけ冷たい目を向けた。
「いりません。健康に気を付けてくださいね。あなた自身はさほど強いわけではないのですから」
「うん。気を付けるわ」
そう言ってアムルは三世に満面の笑みを抜けた。
――妹がいたらこんな感じなのでしょうかね。
三世はそう思いながら微笑んだ。
「ところで、どんなタイプの人が好きなんですか?」
シャルトはちょっとした疑問からそう尋ねた。
「うーん。そうね。ちょっとここにいる人は年齢層が高すぎるかなー。もう少し若い人がいいな。後は相性が良ければどうでも」
「そうですか。お姉さまもがんばってくださいね。たぶん大丈夫でしょうけど」
「ええもちろん! そして何か困ったらいつでも呼んでね。困ってない時に呼ばれたら困るけど」
アムルのシャルトの使い魔としての契約は未だ切れていない。
というよりは、使い魔として存在が固定しているからアムルはこの世界にいる事が出来た。
そして使い魔の主人はいつでも使い魔呼び出す事が可能である。
ただし、呼べはしても元の場所に戻す事は出来ない為呼ばれた場合アムルは困った状況になってしまう。
だからこそ、何かあった時しか呼ぶ事は出来ない。
「じゃあ。行ってきます! またね!」
そう言いながら振りむき、手を振ってアムルは村を去っていった。
その姿が見えなくなるまで、ルゥもシャルトも必死に手を振って別れを惜しんだ。
アムルがいなくなった後、ルゥは小さな声で呟いた。
「るー。お姉ちゃんの言う若い人って何歳くらいなんだろ?」
その言葉を聞き、シャルトと三世ははっとした気持ちとなった。
牧場が出来る前は、たしかにカエデの村は三十代や四十代が多かった。
しかし、牧場や観光地が活発となった今のカエデの村には二十台前半も多くいる。
それを含めて、アムルは『年齢層が高すぎる』と言ったのだ。
つまり……アムルの好みとは……。
「……せめて犯罪でない事を祈りましょう」
三世はそう呟き、知りたくなかった事実を忘れる事にした。
「じゃ、ここからは別行動だっけ? どっかで食べてくなら連絡かメモ置いといてね!」
ルゥの言葉に三世は頷いた。
「はい。お昼は帰る予定ですのでその時合流しましょう」
「はーい。食べたい物考えといてねー」
そう言い残してルゥは三世から離れて行き、シャルトも三世に一礼しルゥに着いて行った。
一人になると妙に心細くなるので本来なら一緒にいたいのだが、今日の三世にはやらねばならない事があった。
村長を筆頭にこの村で良くしてくれた人に対してお礼や事情説明を含めた挨拶回りである。
理由は単純で、遅くても三か月後にはこの村から出て自分の領に向かわねばならないからだ。
最初に向かう場所は三世の家のすぐ傍、シロの犬小屋である。
三世に付いてきてくれた非常に大きくもふもふとした犬っぽい生き物。
獣人なのか動物なのか、三世のスキルですらわからない不思議生命体。
そんな彼と最後に接したのは、塔を攻略する前、三世の心が壊れる以前となってしまう。
心に余裕がなかった。
そんな事はただの言い訳に過ぎない。
そして、三世がそんな状態になった後でシロの面倒を見ていたのは、マリウスの娘ルカである。
ほとんど接する事も出来ず、寂しがらせた事もある自分と、マメに会いに行って可愛がってくれるルカ。
その状態ならば、選ばせるまでもないだろう。
シロの犬小屋に向かった三世が見た光景は、とても微笑ましいものだった。
犬座りをしたまま目を閉じ幸せそうな表情を浮かべるシロの上に、ルカが乗っかかって体を預け、だらんとしたまま同じような表情を浮かべている。
ルカにシロを預けるのは正しいと、三世が確信するには十分な光景だった。
「おはようございます。ちょっと良いでしょうか?」
「んー。ヤツヒサさんおはよー。なにー?」
ルカは眠たそうに眼をこすりながら反応し、シロの上から飛び降りた。
「わふ」
「はい。シロもおはようございます」
「わふわふ」
シロはそれだけ言って、また目を瞑り幸せそうな表情を浮かべる。
暖かくて二度寝には最適な日差しらしい。
「それで、ヤツヒサさん何か用事? それともシロに会いに」
「あー。両方ですね。シロに挨拶をしようと思ってた時にルカさんがいたので丁度良いタイミングでした。少々お願いがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「んー。何かな。私に出来る事ならがんばるよ? お父さんの弟子だし私の弟子……とは違うけど家族なんだしね」
そう言いながら舌をぺろっと出しルカは微笑んだ。
「えっとですね。これからもシロを預かってもらえたら良いなと思いまして」
「ん? あ、あー」
納得したような表情をルカと、同時にシロも浮かべた。
その顔はどことなく申し訳なさそうでもあった。
それは『子犬を里子に出す雰囲気』に酷似していた。
元里親で申し訳ない気持ちのある三世。
新しい飼い主に可愛がってもらったけど前の飼い主も好きなシロ。
元の飼い主から奪ってしまった罪悪感のあるルカ。
そんな少々気まずい雰囲気と化していた。
「いえ、私が悪いんです。もっとかまってやれなくて」
「そんな事ないよ! 私がもっとヤツヒサさんとシロの接点を作れていれば」
「わふっわふっ!」
おそらく『僕は何も気にしてないよ!』的な事をシロは告げているのだろう。
「別に良いしむしろ歓迎だけど、私村を出ていくから滅多に会えなくなるよ?」
「えっ! 村を出ていくのですか? どうして!?」
ルカの言葉に三世は驚きを隠せなかった。
「んーとね。ヤツヒサさんのおかげかな?」
「私の?」
「うん。お父さんの口下手が改善されたし、お母さんも帰ってきたじゃん。だからもうお父さんの面倒見る必要なくなったんだよね。もちろんここの生活が嫌というわけじゃないけど――」
「何かしたい事があるんですね」
三世の質問に、ルカは申し訳なさそうに頷いた。
「うん。私ね。魔法の勉強をしてみたい。実践か学問かまでは決めてないけど、魔法にかかわる事がしてみたいの。お母さんが凄かったから」
「ああ。お父さんである師匠ではなくお母さんに影響受けたんですね」
三世が微笑みながらそう言うと、ルカは嬉しそうに頷いた。
「うん! 小さい頃色々して見せてくれたんだけどね、それが凄かったの! バーンでなったと思ったら光ったり消えたり。だから魔法を知りたいの」
嬉しそうにはしゃぐルカの様子は、普段は絶対に見せない歳相当の態度だった。
今までの生活が楽しかったのは嘘ではないだろうが、それでも好きな事を我慢していた部分もやはりあったのだろう。
「そうですね。師匠やドロシーさんにはもう?」
「うん。言ってあるし準備も出来てる。どこに行くかは決めてないけど、最初は城下町辺りで色々見て調べようかなとは思ってるよ」
「そうですか。まあルカさんは器用で物覚えも良いですし。何でも出来るでしょう。それに、もし辛くなればいつでも帰ってこれますからね。シロ?」
どうして呼ばれたのか首を傾げた後、シロはどういう事なのか理解して大きく「わふ!」と吠えた。
『寂しくなったら僕がこの村に連れてくるよ!』
そう言ってるようで、ルカは微笑みながらシロの首元を撫でまわした。
「そうね。寂しくなったら大変だから、一緒に来てくれる?」
「わふ!」
そうシロが吠えると、二人は嬉しそうに頬をこすりあった。
三世が挨拶周りとして、シロの次に村長の家に向かっている頃、裏ではねっとりとした重苦しい空気が流れていた。
息をするのも辛く感じるような、ねっとりとした湿気を感じるほどの重圧は全て一人の女性に降りかかっている。
女性の名前はルナ。
彼女は今、最大の強敵を前に縮こまり怯えていた。
最大の強敵、その名前は圧迫面接。
そして面接官は――楓である。
「まあ私も鬼ではないし、人であっても元馬で犬だから獣人に似ていると言ってもいいし独占しようとも思わないわ。ルゥちゃんシャルちゃんも好きだし、あの人は沢山の獣人が傍にいないと壊れて死んでしまうし」
楓の言葉は事実だった。
前世からの因縁もあるからか三世と楓の繋がりは非常に深く、三世の状況を一番正確に理解しているのは楓である。
多くの命を奪った罪悪感と重圧から心は砕け散り、二度と戻らぬ傷を負っている。
立ち上がり動き回り改善した今であっても、フラッシュバックが酷い。
夜に跳び起きる、突然叫びたくなる、意識が飛びかけるなどはしょっちゅうである。
だからこそ、楓もルナを追い出すつもりはない。
今回もただ、人柄を聞いてどう接するのか今後の相談する程度で済ませる予定だった。
そう――本来ならば。
「ではこれより――抜け駆けして告白した狐に対する処罰を決定しましょう」
圧迫面接というよりは、これではむしろ裁判である。
ただし、最初から答えの出ている独裁者的なタイプの裁判だった。
「で、ですが、ルゥ様やシャルト様には事前に相談を――」
「私は聞いてない」
楓はぴしゃりと言い放った。
ルナと楓に接点はない。
というかそもそも、三世が楓の事を知る前に告白しているのだから楓に相談することなど不可能だ。
「キュイィイ……」
涙目でルゥとシャルトを見るルナ。
それに二人は、そっと顔をそらし、ルナは絶望の表情に落とされた。
「何か言いたい事はあるかしら?」
楓の言葉に、ルナはその場で魔法を使い、小さな白旗を作ってくるくると回すように振りだした。
「……器用ね……」
楓はそれを見て変に感心した。
「カエデ。もういんじゃない?」
ルゥの言葉に楓は溜息を吐き、微笑みながら優しくルナを抱きしめた。
「ごめんなさい。冗談よ。せっかく話せるようになったから少しからかいたかったの。あなたそういうのが似合いそうだし」
ぼそっと小声で酷い事を楓は呟いた。
「怒ってません。本当に?」
「怒ってないわ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嫉妬しただけよ。ごめんなさい。本当は皆で自己紹介したかっただけなの。この四人で」
どうしてこの四人なのかは言うまでもないだろう。
「じゃあ、認めてくれるんですか?」
その言葉に楓は微笑みながらルナの頭を撫でまわした。
「当然よ。三世せんせ……ヤツヒサさんが苦しんでる時に傍にいてくれたのを知ってるわ。むしろ、私が三人の中に入って良いのかしら?」
そう言いながら楓は不安そうに三人の顔を見合わせた。
「いや。正妻を排除したらご主人様泣きますよ」
シャルトがそう呟くと、楓は首を傾げた。
「何か少し不思議なニュアンスを感じたけど……そういう事なら――良いかな?」
三人は同時に頷いた。
「という事でお互い自己紹介をするって事で良いかしら? ある程度詳しくお互いを知っておきたいし。特にルナとはほとんどお話してなかったし。呼び方はちゃん付け? それでもさん?」
「あ。呼び捨てで構いません。そういうポジションを狙ってますので」
キランと目を輝かせてそう語るルナに楓は若干引きつった笑みを浮かべ頷いた。
「そ、そう……。という事で自己紹介だけど、言い出しっぺだし私が行くわね。三世楓、年齢はちょっとわか――」
「はいダウト」
シャルトが楓の話にストップをかけた。
「え? 何かしら? 最初に言わないといけない決まり事とかあった?」
「いえ。『まだ』結婚なさってませんよね?」
ジト目で見つめるシャルトに、楓は唇を尖らせ抗議を示す。
が、シャルトには効かなかった。
「はぁーい。ちぇー。改めて。楓よ。銀色の髪にオッドアイがアピールポイントでそれなりにスタイルの良い……はずだけど――これはアピールにはならないわね」
そう言いながら、三人はルゥの方に目を向けた。
身長百八十を遥かに超え、首と名の付く部位は全て恐ろしいほどに細く、だというのに胸は暴力的。
これを前にスタイルを良いとはとても言う事が出来ない。
「るー? どうしたの?」
「ううん。何でもないわ……ルゥちゃんが悪いことじゃないの」
そう言いながら楓は悲しい気持ちになった。
「――ちんちくりんな私よりはマシですよ」
そう自暴自棄な感じで言葉を投げるシャルトを、楓は抱きしめつつ続きを話し始めた。
「一応戦闘能力はこの中でトップだと思うわ。色々と理由はあるけど、一番は騎士団としての実戦経験数があるから」
「なるほど。確かにこの国の騎士団はレベルが高いのでそういう事なら理解出来ます」
ルナの言葉に楓は頷いた。
「んでんで、人になったからか急に魔法が使えなくなったわ。以前までは移動関係の魔法を少々使えたんだけどなぁ。言うべき事はこんなもんかな?」
「ああ。理由は予想が付きますね。後で色々試してみましょう」
ルナがそう言うと、楓は微笑んだ。
「そう? じゃあお願いするわ。んじゃ次はシャルちゃん。自己紹介お願いしていい?」
楓がそう尋ねると、シャルトはするっと楓の傍から離れ、頷いた後スカートの端を持ち優雅にお辞儀をした。
「ご主人様の娘……はそろそろ卒業したいシャルトです。体形については劣等感を持ちそうですので何も語りません」
ルゥ、ルナ、楓。全員がシャルトにとっては持ってる者であり、シャルトだけは持たざる者だった。
何がとは敢えて言わないが。
「特技は魔術とこの黄金の瞳ですかね。一応オンリーワンの性能をしてますが良くわかりません。ちなみに魔法は使えなくなりました。後姉が使い魔です」
ルゥだけが納得したように頷き、ルナと楓は首を傾けた。
突っ込みどころが多すぎて何から突っ込めばいいかわからなかった。
情報の暴力を食らった二人は、深く考えるのを止め気にしない事にした。
「あー。でも良いわねソレ」
楓の言葉にシャルトは首を傾げた。
「ソレって。コレでしょうか?」
そう言いながらシャルトは太刀を生み出し楓に見せた。
「おーぱちぱちぱちぱち。いやそれも確かに良い物だけど、あれよ『ご主人様』呼び。私も何か別の呼び方しましょうかしら」
楓の言葉にシャルトは小さく微笑んだ。
「何と呼んでも嫌がらないと思いますよ。楓さんは特別ですから」
「あら。皆特別よ。残念だけどね」
楓の言葉にシャルトとルナは苦笑いを浮かべ、ルゥは微笑みながら首を傾げた。
「じゃあ次は……ルナ。自己紹介お願いしていいかしら?」
楓の言葉にルナは頷いた。
「えと、私の名前はルナール。ルナと呼んでくださいまし。皆様のお邪魔にならないように、そっと混ぜていただけたらと思っております」
「最初に告白したのに?」
楓のチクりとした発言にルナは涙目になりだした。
「うぅ。すいません……」
これがからかっているだけなのは、当人のルナ以外はすぐにわかった。
「気を取り直して。特技は魔法と食べ物関係ですね」
「食べ物? ルゥちゃんみたいに料理が得意なの?」
「いいえ。食べる専門です」
ドヤッと胸を張るルナに楓は首を傾げた。
「いえ、本当に凄いんですよ。外国にまでご飯を食べに行くその熱意と店を覚える記憶量。そして何故か問屋と親しく食材仕入れのコネまで持ってまして」
シャルトの言葉にルナは更にドヤ顔を見せた。
「食べる事なら誰にも負けません」
「――うん。なんでヤツヒサさんがあなたを気に入ったか少しわかったわ」
そう言いながら、楓はルナの頭を優しく撫でた。
「んじゃ最後は私の自己紹介だね。私の名前はルゥ。皆みたいに賢くないからわからない事がたくさんあるけどよろしくね?」
「……ルゥちゃんの頭が悪いなら私達三人共ナメクジ程度の知能って事になるわよ……」
楓の呟きにシャルト、ルナが首を縦に動かした。
「そう? でも皆の言ってる事良くわからないよ」
「すぐにわかるわよ。本当にもうすぐ」
楓はそう意味深に言いながらルゥの頭を撫でた。
「? まあいいや。趣味は料理。戦闘の役割は護る事。特技は……明るい事?」
疑問形に尋ねるルゥに三人は頷いて見せた。
明るい事なのは間違いない。
ただ明るく優しいという性格だけで、他国の王族と友好を結んだのだからそれは間違いなく特技である。
「こんなもん? 後好きな料理とか教えてくれたら作るし作れないなら覚えるからね」
そうルゥは満面の笑みが答えた。
四人はその後も趣味や思考、また思想などを話し合った。
ちょくちょくルナがからかわれながら――。
お互いを尊重するのは当然である。
だが、それでも思想の問題の差は必ず出て来る為、深く話し合う必要があった。
今までのような気楽な関係だけというわけにはいかないからこそ、いざという時に仲違いを最大限警戒しないといけなかった。
違いというものは必ず存在する。
例えば、四人共『三世が最優先』である事は一緒だ。
ただ、ルナとシャルトは何かあった場合は自分の命よりも三世を優先させると答え、ルゥと楓は自分の命と三世の命どっちも優先させずどっちも助ける事を考えると答えた。
どちらかが正しく、またどちらかが間違いというわけではなく、ただ、スタンスが違うだけである。
しかし、そのスタンスの違いから問題が起きる可能性は高いので、四人は入念に話し合いを進めた。
そんな時に――ドロシーが現れた。
話しに行き詰まり、何を話そうか悩んでいる時に信用出来、かつ諸事情の全てを把握している人物である。
相談しないわけがなく――またドロシーが相談に乗らないわけがなかった。
ドロシーにとって三世は自分の息子同然であり、命と旦那両方の恩人である。
彼女達がいなければルカの旦那にして本当の息子にしたいくらいはドロシーは三世を気にかけていた。
そして、三世の精神が二度と治らないほどボロボロで助けがないと日常生活を送れない事もドロシーは理解していた。
だからこそ、ドロシーは喜んで四人の相談にのっかった。
そこには多分に自分の趣味も含まれていたが――。
「つまり、お互いの事をもっと良く理解したいという事ね?」
ドロシーの言葉に四人は頷いた。
趣味や性格の簡単な部分は会話でわかるが、根っこの部分はなかなか分かり合えない。
わかったつもりでも、全くという事も良くある話である。
「んー。じゃあ……あんまり好みじゃないけど、数字化していきましょうかしら」
ドロシーの言葉に四人は同時に首を傾げた。
そのしぐさはとても可愛いかった為、ドロシーは頬をにやけさせる。
「数字化って一体?」
シャルトの質問にドロシーがにっこりと微笑み答えた。
「んー。説明より実際にした方が分かりやすいわ。じゃあ……最初は闇の深さ。あ、魔力とかじゃなくて性格ね。憎しみや恨みの強さから見てみましょうか」
最初のジャブからドロシーはとんでもない事を口にしながら、全員の頭をぽんぽんと軽く触った。
「あ、嫌なら止めとくけどどうする?」
ドロシーの言葉にルナとシャルトは首を横に振った。
「いえ。お願いします」
恐らく自分が一番強いであろうと考えるルナはドロシーにそう言った。
ドロシーはルゥを誘導し、一番左端に置いた。
「まず文句なしのルゥちゃん。闇とか恨みとかほぼ皆無。聖人君子も真っ青な領域ね」
それを聞いた三人は少し誇らしげに頷いた。
「んで次は楓……ちゃんで良いかしら?」
「あ、はい。呼び捨てでも今までみたいにさんでもちゃんでも何でも大丈夫です」
「じゃあ可愛いからちゃんで。楓ちゃんも闇とかそういったものと縁遠い存在ね」
そう言ってルゥの隣に楓を並べた。
「そして、ここから闇の深いというかドロドロした想いというか色々と強い二人ですね」
シャルトの言葉にドロシーが気まずそうに頬を掻いた。
「こ、こっちの二人は特別綺麗な心の持ち主だから」
「そして私達二人は特別心が汚いと」
ルナが自嘲気味に呟くとドロシーはシャルトとルナの二人を抱きしめた。
「私の言い方が悪かったわ。心の強さに綺麗も汚いもないわ。そういう物なだけよ」
その強く抱かれた感触と優しい話し方から二人は、それが同情や綺麗事ではなく本心であると理解した。
「まあ、正直自覚も覚悟もありますから大丈夫です。すいません心配かけて」
シャルトの言葉にルナも頷き、ドロシーはそっと離れた。
「まあ善悪というわけでもないしね。一言で言うならこれヤンデレ度合なだけだし。というわけで次はルナね」
「……あれ?」
ルナはシャルトと自分を見比べそう呟いた。
「ちなみにヤツヒサさんもルナちゃんと大体同じくらいの闇の深さよ。やったねお揃いだよ」
「ヤツヒサさんも意外と闇が深い……いえ病みという意味で考えたら納得できますね。それよりも……本当に私ですか?」
ルナは心配そうに自分を指差した。
ヤンデレという意味でなら、自分が頂点に位置するだろう。
三世を監禁したいと考えた事は一度や二度ではない。
抑えてはいるのだがそれでも悪い考えは何度も脳内を過っていた。
そんな自分よりもシャルトの方が闇が深いなど、ルナには考えられなかった。
「あー。平均値を五十として数字化しますとね。ルゥちゃんが二で楓ちゃんが十五。ルナちゃんが二百となります」
「……シャルト様は?」
ルナは恐る恐るそう尋ね、ドロシーはぼそっと答えた。
「六千ですね……。一体どれだけ重たい感情を抱えているのかもわかりません」
そう言われたシャルトはルナににっこりと微笑んだ。
「大丈夫。ルナが何を考えているか大体わかるし何を望んでいるのかわかるから。大丈夫。大丈夫だよ?」
優しい笑みに宿る狂気の部分。
それだけで、ルナは格の違いを見せつけられたような気がした。
「シャルちゃんは愛が深いなー」
ルゥはその一言で全てを片付けた。
「といっても、悪意や危害を与えようとする感じは一切ないから気にしなくていいと思うわ。そうねぇ……愛し方の違いって思ったらたぶんわかりやすいわ」
ドロシーはそう言って説明した。
ルゥの場合は注ぐような与える愛で、楓の場合は綺麗な世界でロマンチックな愛。
ルナの場合は独善的ではあるがお互いを思いやる愛で、シャルトの愛は狂信に近い愛。
だからこそスタンスの明確な違いが現れた。
「んじゃ、もっと色々と調べてみましょう。後腐れがなくなるようにね」
そう言いながらドロシーは嬉しそうにウィンクをして見せた。
ありがとうございました。




