番外編-あなたのようになりたい
2018/12/19
リメイク
少し地味な上に出番を奪われやすいあの人です。
今でも、その光景は記憶に残り続けている。
町が炎で赤く染まり、空からは矢が降り注いでくる。
なぜなのかわからないし知る気もない。
ただわかっているのは、自分のいるべき場所は――もうどこにもないという事だけだった。
「はっ……はっ……! はっ……」
村でよく遊んでくれたお兄さんが手を引っ張ってくれながら全力で走っている。
お父さんとお母さんに言われた場所を目指して。
目的地に到着し、合流出来たのは八人ばかりの子供達だけだった。
下は私五歳で、上は私を引っ張ってくれたお兄さんで十六歳くらい。
「もうここも限界だ。次の場所に走ろう」
どこまで走ればいいの。
そんな疑問を飲み込んで走り続ける。
『お前は逃げろ』
それが目の前で矢に刺された父の最期の言葉だった。
『貴方は生き延びて』
それが自分を逃がす為に武器を持ち、走っていった母の最期の言葉だった。
気づいた時には、手を引っ張ってくれる人がいなくなっていた。
仲の良かった男の子も傍にいない。
お兄さんはみんなを守るために犠牲になった。
男の子はお兄さんに付いて行った。
最後に、男の子と目があった気がした。
男の子は震えていた。
それでも男の子はお兄さんと一緒にそこに残った。
戦う為に。
そして私は生き残ってしまった。
わずか百人にも満たない村の中で、生き延びたのは私達女の子五人だけだった。
騎士団の人達が私達を救いにかけつけてくれた。
後で聞いたが、その時には既に村を取り返してくれていたらしい。
ただし村の中に生き残った人は誰もいなくて……村も立て直すことすら出来ないほど壊れていたそうだ。
私達はテントの中にいた。
騎士団の人の用意してくれた場所だった。
ボロボロになった足は包帯で巻かれ、足を折っていた友達は添え木をしてくれ杖までわざわざ準備してくれた。
「失礼するよ」
そう言いながら、誰か男の人がテントに入ってきた。
お父さんと同じくらいの年かもう少し上くらい。
凄く高そうな鎧を着ていた。
その男の人は申し訳なさそうにしていた。
私は笑顔でお礼を言った。
「苦しいときに助けてくれてありがとうございました」
お父さんもお母さんもお礼は大切だって言ってた。
だからきちんとお礼をした。
だけどその男の人は全く嬉しそうじゃなかった。
その人は私をきつく抱きしめた。
そして、何故か涙を流していた。
「どうしたの? 何が悲しいの?」
私はそう尋ねた。
「守りきれなかった自分が悲しいのと、それと……泣くことが出来ないほど苦しい君の代わりに泣いてるんだよ」
そんな言葉に、私以外の女の子は皆泣き出した。
私は泣けなかった。
わからなかった。
でもその言葉と、抱きしめてくれる腕はとても温かかった。
村の消滅により棄民となり、保護者を失った私達は奴隷となる。
私達五人はその未来が待っていた。
ま、生きていたらいいか。
そんな風に思っていた。
でもそうはならなかった。
とても遠い所にある孤児院に、みんな纏めて入ることが出来た。
あの男の人が私達の為にわざわざ探してくれたらしい。
そしてとても遠い場所なのに、一月に一度くらいの割合で私達に会いに来た。
最初の一月で四人の心が戻っていった。
そしてそれにつられて復讐の心が目覚めた。
次の一月で怒りと苦しみに悩まされた。
そして、その次の一月で寂しさと悲しさに苦しまされた。
私以外の四人は少しずつ感情が戻っていった。
四人の怒りと悲しみが入り交じった苦しみは二年も続いた。
それでも、ほぼ毎月会いにきてくれたあの人のおかげで、皆本当の意味で救われた。
全員が復讐を考える事を止めた。
代わりに、全員がやりたいことを見つけた。
男の人は私に聞きに来た。
「君だけがやりたいことを言ってないね。何か無いのかい?」
私は笑顔で答えた。
本当の意味での笑顔で――。
「私のやりたかったことはもうあなたがしてくれたわ。だから今新しい私のやりたいことは……」
そしてコルネは騎士団に十歳という異常な年齢で入隊した。
最初は騎士団側も若すぎる彼女の入隊を嫌がった。
だが、根性と気配りのよさに異常な速度の剣の上達。
そして死地の経験が彼女を一人前にし、そして第二部隊隊長という特別な地位へと運んだ。
そして現在――彼女は机に座り頭を抱えていた。
「こんなつもりでは、こんな予定ではなかったのに……」
目の前にあるのは書類の山。
文字通りの山と化した紙の集合体である。
そして横には笑顔でこちらにプレッシャーを与えてくる副隊長が待機していた。
「ねぇー私のやりたいことはこんなことじゃないんだけどにゃー」
コルネは副隊長に笑顔で媚を売る。
昔から優しい男だったからいけるはずだと考えたからだ。
「はい。だから普段は全て自分が代行させていただいていますね。ここにあるのは全て代行出来ない書類のみです」
そんな言葉を笑顔で返す副隊長。
「今からでも私の隊長辞令やめて一般隊員に戻さない? あなたが隊長に戻ればいいじゃん。十年以上隊長だったわけだし」
「ご冗談を。私の全盛期より優秀で人気のある者の階級を上げないほど騎士団は無能ではありませんとも。私のような努力しか取り得の無いものと隊長を一緒にするとはとてもとても」
副隊長はオーバーなリアクションでいかに自分が無能で隊長が有能かを語った。
――私が彼の軽口を聞く立場になるとはねぇ
コルネはそう思った。
ずっと優しくて、英雄みたいな男だと思っていた。
だからこそ、こんな気軽に話し合える仲になるとは思っていなかった。
「ねぇ。私あなたみたいに出来てる? あなたみたいに私は人を救えてる?」
コルネが真面目な顔でそう尋ねた。
自分をあの時救ってくれた人。
救援でもなく村の奪回でもなく、あの時泣きながら抱きしめてくれた人。
その瞬間、私は救われていた。
副隊長は笑顔で答える。
「あなたほど民に覚えられた隊長はこれまでおりません。それが答えですね」
コルネは同じ質問をたびたびしていた。
もし、自分が道を間違えたら、彼ならきっと正してくれると信じているからだ。
そして、今日もその言葉を聞きコルネは満足そうに頷いた。
「そういえばあなたの息子そろそろ十六歳だったかな?騎士団に入隊させないの?」
「残念ながらあれは本が好きらしくてね。今は研究の道に進んでおります」
「へー……そうなんだ!」
副隊長が自分の息子の話をしてに気をとられているうちに、コルネは窓から逃げ出した。
一瞬の隙から脱走を許した副隊長は苦い顔をし、即座に追いかける――窓から。
それを他の騎士団員が見て微笑んだ。
「今日も始まったか。第二隊名物隊長副隊長の本気の鬼ごっこ」
誰かがそう呟き二人を楽しそうに笑いながら見守った。
偶に夕飯のおかずを賭けてどっちが勝つか賭けながら。
ただし、オチはみんな知っているが――。
壁を駆け、建物の窓から隣の建物の窓に入り、縦横無尽に脱走するコルネ。
運動神経の塊でまるで猫のように器用にパルクールを繰り広げた。
それに追いつけるものは誰もいない。
そして、騎士団詰め所の壁を跳び越え、外に出た。
わざわざ門がない位置から飛び立ち――。
そしてぴったり下で待っていた笑顔の副隊長と目が合い、コルネは捕まった。
「ねぇ! なんでここがわかるの! 私今日初めてここから逃げ出したよ!?」
笑顔で副隊長が答える。
「おや奇遇ですね。私も今日初めてこの壁の下で待っていました」
そんな答えにならない答えを聞いて、コルネは諦め詰め所の中に戻った。
何時も通り、隊長が副隊長に捕まりとぼとぼと戻るのを部下達は微笑ましく見守っていた。
ありがとうございました。
ほぼ最初のほうにキャラ付けして作ったのに後から作られたメープルさんに立場を奪われた人です。