最後の仕事2
「ワタクシ無知ですので質問させていただくのですが、この国には罪のない国民の財産を不当に奪い、罪もない妊婦を害する事を是とする法でもあるのでしょうか?」
精一杯の皮肉と嫌味を混ぜてネチネチとした言い方でドロシーはフィロスにそう尋ね、手で掴んでいる貴族を繰り返し床に叩きつけた。
首根っこ掴まれたままビタンビタンと床に繰り返し叩きつけられるその姿はさながら、まな板の上の鯛である。
「あの……その……すいませんが事情を説明いただけたらと」
三世が見た事もない複雑かつ困惑した表情でフィロスがドロシーにそう尋ねた。
とうとう敬語を使いだすフィロスに、三世は同情を隠し得なかった。
「んー。別に言ったままよ」
そう言いながら、ドロシーはその時の出来事を説明し始めた。
今首根っこ掴まれで振り回されている名前忘れたなんたら伯爵が軍人を五、六十人ほどつれてカエデの村に押し入る。
不安になる村民を無視したまま軍人集団となんたら伯爵は牧場の方に移動し、声高らかに意味のわからない事を言って牧場を徴収するとか言いやがりだした。
そのついでに、中にいた客を追い出そうとした。
牧場に慰安として来ていた騎士団が現れ、騎士団、冒険者連合が誕生して軍人に立ち向かい、そのまま殴り合いに発展。
その隙に男は実質的な管理者であるユウの家に押し入り、妊婦であるユラを見つけ人質にしようとして手を掴む。
それを見つけ、ドロシーさんぷっつん切れた。
以上である。
「という事で、これは貴族の義務なのか国王様のご命令なのかそれともこの屑の独断なのかはっきりさせていただきたいと存じますが」
ゴンゴンと男の頭を壁に打ち付けながらドロシーはそう尋ね、王は小さく「独断です……」と囁いた。
それでも、ドロシーの怒りが収まるような気配は全くなかった。
むしろより燃え上がっているようにすら感じる。
ドロシーがユラとそのお腹の子の事を相当可愛がっている事を知っている為、三世はドロシーの怒りが相当なものであると同時に、怒りが正当なものであると理解した。
ドロシーが落ち着いていたなら自分が激昂していただろうと思うほどには。
ドロシーの気持ちを否定しているわけではない。
否定する気はないのだが、この現状でドロシーの怒りは爆弾でしかなく、交渉においてまずい雰囲気に陥りかけていた。
というのも、演技や冗談ではなく、ドロシーは本当にキレている。
三世にとってのブレーンであり、今回の黒幕とも言えるドロシーが怒りに身を任せ王を追い詰める。
そうなると事態は間違いなく悪い方向に突き進む。
ただ、三世はドロシーを止める事が出来ない。
止まりそうにないのもあるが、一番の理由はドロシーの怒りと悲しみが手に取るようにわかるからだ。
無言の圧力を重ねながら、壁に男を打ち付け続けるドロシー。
しこたま叩きつけられた為か頭の形が変わり口から泡を吹き出している。
あれでも一応生きているらしい……。
フィロスから何とかしてくれというアイコンタクトを三世は受け取ったが、そっと目をそらした。
そんな時、予想外の方向から救いの手が差し伸べられた
「一旦落ち着いてお話を纏めませんか?」
――救世主が来た!
壊れた扉の奥から女性の声が聞こえ、三世とフィロスはそんな心の声を重ねて女性を歓迎する姿勢を見せる。
そこからゆっくりと、優雅な足取りで入って来たのはソフィだった。
「ガニアル王国王女ソフィ・ラーフェンです。ご予定のとおり、入らせていただきましたが、宜しかったでしょうか?」
妙に含みのあるソフィの話し方を聞き、フィロスは少しだけ渋い顔をして頷いた。
「ああ。もちろんだ。ところで、要件を聞いても」
「はい。その前に、先にいらっしゃる先約お二人のお話を進めましょう。どうも会議が踊りだしそうな雰囲気でしたので――ご迷惑でなければ間に入り纏めましょうか?」
にっこりと微笑みながらソフィがそう尋ねると、三世とフィロスは同時に首を縦に動かした。
「是非」
フィロスの言葉にソフィは頷いて、ドロシーの傍に移動した。
兎にも角にも、まずはドロシーの件である。
「それで、何か言いたい事とか希望とかある? 私が聞くよ?」
ソフィは王女としての立場ではなく、子供の立場、一人の少女としてドロシーにそう尋ねた。
何も答えないドロシー。
それに対し、ソフィは笑顔で顔を近づけ、ドロシーの顔をじっと見続けた。
数分間ほど見つめ合い、少しずつ威圧感と笑顔が少しずつ消えていき、最後にはドロシーは泣き出しソフィに抱き着いた。
わんわんと泣き喚くドロシーにソフィはよしよしと頭を撫で続ける。
そこから三十分ほどし、ドロシーは若干の落ち着きを取り戻した。
ただし、その手には男の首が握られたままだった。
「とりあえず私の主張としては、私がこれまで壊した物の弁償とこの屑の今後の扱いについて教えて欲しいかな」
「……まずは弁償だが、何を壊しても請求しない代わりに慰謝料相殺でどうだろうか? その男に関しては……この場で出来るのは貴族剥奪だけだな。それ以降は証拠がないと何とも――」
フィロスの言葉から感じる証拠という言葉の重みから、この男が過去に同じような事をしでかしたが証拠がなく何も出来なかったのではないかという推測に至った。ただの推測だが、おそらく正しいだろう。
そんな中、ドロシーは事前に用意していたであろう書類の束を笑顔でソフィに手渡した。
「これ、王様に渡してくれる?」
ソフィは頷いた後その資料をちらっと眺め、少しだけ嫌そうな顔をした後フィロスに手渡した。
それを見たフィロス天を仰ぎ手を顔で覆った。神に祈っているようである
それを見てドロシーはほくそ笑むような表情を浮かべていた。
「あの……一体その人何をしたんですか?」
三世の質問にドロシーは笑顔で答えた。
「うーんとね。二種類あるわ。一つが罪に問えないやつ。合法と非合法の境目を駆使して人の所有物を奪うやり方だね。今回みたいに」
「なるほど。ではもう一つの罪に問えるやつということですか?」
三世の質問に、ドロシーはにっこりと笑い答えた。
「横領。ただし小銭をね」
「こ、小銭?」
「ええ。貴族となってからほぼ毎日小銭をちょろまかし、溜まったそれを見て悦に入るのが趣味だったみたい。一銭も使わずに溜めていたみたいだから証拠も屋敷にあるわよ」
――な、なんとみみっちい……。
三世は他に感想が思い浮かばなかった。
小銭の横領は黙って行う貴族も少なくない。
犯罪ではあるがそのくらいなら王だって目こぼしするし、多少の着服も貴族の特権と考える者がいるくらいの社会なので気にする者も少ない。
ただ、毎日となると話は変わり、しかも肝心の証拠も自分が残しているのだ。
総額で判断した場合、死刑になる事はないものの、十年や二十年では出てこれる罪ではなかった。
「うーん……まあこれで妥協しておこうかしら」
最低でも二十年の獄中生活というフィロスの判決を聞き、ドロシーがそう呟くとフィロスは小さく安堵の息をもらし、三世の方に注目した。
ドロシーが一区切りついたという事は次は三世、つまり獣人の国問題である。
フィロスは少しの時間考え込む仕草をした後にごほん!と強く咳払いをし、三世を叱責するような表情で怒鳴り声をあげた。
「冒険者ヤツヒサよ。獣人の国の平定ご苦労だった。だが、名誉に飢えて先走り、軍や騎士団との連携を怠り功績を独り占めした罪は決して許されるものではない!」
――?????????
フィロスの言葉に三世は首を傾げる。
純粋に訳が分からず戸惑う三世を見て、フィロスはソフィにアイコンタクトを送り、ソフィは頷いた後三世の傍に立ち、ひそひそ声で内緒話を始めた。
「そういう建前にしたらヤツヒサさんの罪がなくなります。フィロス国王なりの妥協点を見つけてくれたみたいだからこのまま話を聞いてみてください」
ソフィの注釈に三世はそっと頷き、フィロスの方に再度顔を向けた。
「故に、その罪として銀級冒険者の資格を剥奪し、その上で、ヤツヒサ名義で管理された牧場を接収とする」
「何か理由があって冒険者を辞めて欲しいらしいです。それと牧場は名義変えてくれたら現状維持で大丈夫とのことです」
フィロスから繰り出される言葉をソフィが翻訳すると全く異なった意味と変わっていた。
――はー。貴族の世界って面白いですね。
ようするに王としての建前を残しつつ、三世の要求を多めに聞いてくれているのだろう。
三世は若干楽しくなりながら、フィロスの言葉の続きに耳を傾けた。
「しかし、不当とは言え功績は功績。報いねばラーライル王国の名が堕ちる。故に、ヤツヒサを貴族として任命し、新たに手にした領地の三割ほどを委任する。そして、現在捕らえた獣人は全て閉じ込め、二度と出れぬようにしろ。これは厳命である」
「獣人全員助けるから管理お願い。しばらく領内で管理して問題なければまたおいおい出られるようにしていくから。でも何かあったら殺さないといけないから絶対に気を付けて。だって」
………………。
半ば理解の追いついていない三世だが、ひとつだけはわかることがある。
ようするにこういう事だ。
『後は任せた』
融通を利かせる代わりに、フィロスは全ての問題を三世に丸投げするという選択肢を作り出した。
これならラーライルが戦争に勝って併合した事になる上に、獣人を誰も殺さずにすむ。
一人だけ、使者を襲った者だけは別だが。
「それでは、ガニアル王国王位第一継承権者であるソフィ・ラーフェンがラーライル王国貴族となる英雄ヤツヒサの保証人となりましょう。問題が起きた場合は私にもお知らせください」
ソフィの言葉と同時に、三世はストレスとプレッシャーから自分の胃が痛み、軋むような幻聴が聞こえた。
「許可しよう。同盟ガニアの王女の保証を認め、また丁度空席が存在する事に合わせ、ヤツヒサに伯爵の地位を授ける」
フィロスの言葉に翻訳はない。つまり、そのままの意味という事だろう。
貴族になるというとても避けたい事態。しかも伯爵とかどの当たりの立場かわからないが、低いわけがないだろう。
断りたいが、断るという事は獣人を助けないという事になる。断る事など、出来るわけがなかった。
「――確かに拝命しました」
三世は跪き、フィロスにそう答えた。
「うむ。ではヤツヒサよ。民を護る貴族となる誇りを持つが良い」
一瞬だけ、フィロスは悲しそうな表情を浮かべた後笑顔で三世にそう伝え、それを聞いたソフィは酷く悲しそうな表情を浮かべ、王の言葉を言いづらそうに解説した。
「王と貴族の関係に友情はない。だから次からは貴族としてのみで振舞ってくれ……って意味……」
「……そうですか」
三世はそうとしか答えられなかった。
どうやら、自分が思っていた以上にフィロスは自分の事を気に入ってくれてたようである。
三世はその事が少しだけ嬉しくて、それがとても悲しく、そして申し訳なかった。
「ヤツヒサさん。残ったやっかいな交渉は私が受け持つから、ユラちゃんの様子見てくれる? 屑のせいで何かあったら次は私どうなるかわからないの」
ドロシーの言葉に三世はフィロスの方を見て、フィロスが頷いたのを確認してから返事をした。
「わかりました。行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
そう言い残し、三世は城を歩いて出て、そのまま駆け抜けてカエデの村に向かった。
――全部……終わった。
城を出てから三世は目的を完遂した事に気が付いた。
あとはドロシーが交渉してくれるだろうし停戦も問題なく終わるだろう。
ただ、すっきりとした気持ちで喜ぶには、色々とありすぎた。
ありがとうございました。




