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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
折れた心は

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立ち止まれない救国の王3

 

 三世はたった一人でラーライルの城に向かった。

 一人で行動している理由はいくつかある。

 防衛に戦力を注いでいる為人がいないというものであったり、目的の為に少人数の方が都合が良いという理由であったり……。

 たが一番の理由はもっと単純なものである。

 今の三世に誰もおいつけないからだ。

 一歩で数百メートル進み、山の頂上までひとっ跳び。

 どのくらいの速度なのか自分でもわからないが、数百キロは出ているだろうと三世は予想している。

 子供の頃見た忍者アニメのような事を出来る日が来るとは、夢にも思わなかった。

 一人だけ、今の三世に追いついてくれそうな人はいたのだが、その人はもういなかった。


 三世の駆け抜ける姿は走っているとはとても呼ぶ事が出来ない。

 それはもはや跳躍である。

 跳ぶように走りながらデコボコ道に山や森を駆け抜け、人に見つからないよう城を目指す。

 速度だけでなく、方向感覚から体力まで今の三世は全てが普通ではなくなっていた。

 やはりこの力はやはり好きにはなれそうにない。

 自力で到達した力ではない為、おぞましく、そして恐ろしかった。


 三世は才能がない。

 だからこそ、どんな事でも努力を重ねられた。

 獣医の知識や革細工、そして不格好ながら槍の刺突。

 これらを三世は信じる事が出来た。

 それが己自身の成し遂げた力だと胸を張って言えるからだ。


 だが、この力だけは違う。

 確かに、自分の力ではあるのだが、努力に関係がない。

 そしてなにより、強烈すぎるのだ。

 いつかこの力に溺れるのではないか、この力に乗っ取られるのではないか。

 そう考え恐怖する自分が、三世は何より嬉しかった。

 小市民で、小心者で怯えている本当の自分。

 それが見えているうちは、自分は力に飲まれていないと自信を持っていう事が出来た。




 直線距離ではなく回り道をして城に向かっているのには訳がある。

 騎士団や軍などとの接触を避ける為だ。

 理想は、このまま誰とも会わずに城に到着することなのだが……そんなにうまく行くはずがないらしい。


 森の中にいる三世は森を出た辺りに誰かの気配を感じた。

 その人の気配にはとても覚えがある。

 三世にとって恩人の一人であり、友人の一人でもある。

 森の出口で走るのを止め、三世はゆっくりと……森を抜けた。

 そこにいたのは騎士姿の少女だった。

 コルネ・ラーライル。

 ラーライル王国王立騎士団第二中隊長。

 三世はコルネがただの中隊長ではないと、薄々だが察している。

 王から信頼され護衛を任されるほどの存在であり……そしておそらく、王直属の処刑人である。


 いつも明るく笑顔の絶えないコルネなのだが、今日の表情は全然違う。

 無表情に近い表情に冷たい眼差し、その瞳から感じられる感情は、敵意だけである。


 鎧は今までの時と同じく金属製の軽鎧。

 ただし剣だけははいつもの違った。

 黒い刀身に赤い持ち手の長剣。

 騎士である事が良く似合うコルネには、およそ似つかわしくない剣だった。


 コルネは無言のまま、何も言う気配がない。

 そして三世もそれに合わせ、無言のまま対峙する。

 お互い、何を言っても無駄だと知っているからだ。


 ほんわかとした適当な様子だったコルネだが、その節々と行動から国家に忠誠を尽くしていると三世は知っていた。

 三世が何よりも、それこそ王家や国や己自身よりも獣人を思いやる事の出来る、とても優しい人だとコルネは知っていた。

 どちらが間違っているわけでもない。

 それがわかっていても、大切な物が違う為止まるわけにはいかなかった。




 ひとつだけ、絶対の真理がある。

 こと戦闘という面で言えば、自分はコルネに勝っている部分は何一つないという事だ。

 まず、技術面で大きな差が生じている。

 片や才能がない落ちこぼれ、片や若くして騎士団中隊長という地位についた少女。

 そしてそれ以上に大きな差は経験である。

 国中を飛び回り治安維持に努め、更に王の懐刀として活動しているコルネと自分では、比べるのも失礼に値する。


 ついでに言えば、信念という意味で負けているかもしれない。

 心が弱く、人に支えて貰わないと何もできない自分は、目の前にいる誇りと決意に満ちた少女に心でも負けていると思わされ、情けない気持ちになってくる。


 年齢が上な事を除くと、全てが劣っていると言っても良いだろう。

 だからこそ、三世は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 全てが負けているのだが、その全てをドロシーの用意した秘薬はひっくり返す。

 身体能力の差が酷すぎて、技術や経験といったコルネが積み重ねて来たものを全て、無意味にしてしまっているのだ。

 三世は大切だと思っている努力を、他の誰でもない自分が否定していた。

 今の自分は物語の悪役にしか見えないだろう。




 コルネが剣を両手で構え、突進するようにこちらに襲い掛かって来る。

 三世はそれに対し、ゆっくりと足を前に進めた。

 何の構えも取らず、ただいつも通り道を歩くように進む三世。

 そして一瞬の交差の後――ばたっと音を立てコルネは地面に倒れた。

 三世の手には、コルネが持っていた剣が握られていた。

 秘薬の効果は全てのスキルに影響する。それは当然、無刀術にもだ。


「すいません。先にいきます」

 そう言い残し、三世は剣をそこいらに捨てて走り去っていった。




 倒れた時に自分の体調を確認したコルネは少しばかり驚いた。

 全く怪我していなかったからだ。

 何故か足が痺れて立てなくなっているだけである。

 しかも、それすらも既に軽くなってきていた。もう数分もしたら元通りの体調となるだろう。

 徹底的に手加減されて気を使われたということだ。

 最初から最後まで、子供扱いだった事をコルネはとても嬉しく思い、同時に少しだけ悔しかった。


 任務半ばで倒れたコルネだが、そこに後悔はない。

 今までの自分ならば、たとえ頭だけになろうとも任務を続行しようとしていたはずである

 その理由は自分が一番理解していた。

 ほんのわずか……ほんの少しだけ、この任務について悩んでしまったからだ。

 国の為になると自分でもわかっているのに、知り合いを傷つけて捕縛し、獣人を皆殺しにする事を受け入れられなかった。

「これは王の剣引退した方がいいかなぁ」

 そう呟くコルネの表情は空虚なものだったが、同時に憑き物が取れたようでもあった。




 全行程の三分の二を終えた辺りで、三世は足を止めた。

 人の目では届かないほどの遠い距離の場所で、老人が杖をついて三世を待っているからだ。

 そう、現在の三世でギリギリ視覚範囲の距離なのに、老人は三世の方を笑顔で見つめていた。


 三世は、商人のキャラバンに騎士団や軍の巡回などから見つかないように迂回して進んでいる。

 当然この老人からも迂回し通っていたのだが、何度迂回して通り抜けても老人が道を塞ぐように立っていた。じわじわと距離を縮めて。

 三世はその老人の顔に見覚えがあった。

 直接話した事はないが、塔攻略会議で何度か見かけ事がある。

 名前は忘れて出てこない。が、その地位は覚えている。

 ラーライル王国王立騎士団総司令。

 つまり騎士団のトップである。


 遠くにいる老人がちょいちょいと手招きしたのを見て、三世は老人の傍に駆け寄った。

「おおーはやいのー。あんなに遠くにおったのにもう来たのか」

 ケラケラと笑いながら老人は三世にそう話しかけた。

 しらじらしい。

 それが三世の最初の感想だった。

 何度か迂回して追い抜いているのに、三世は老人から逃げる事が出来なかった。

 つまり、この老人は三世よりも足が早いという事になる。


 何も言う事がない為三世が無言を貫いているのだが、老人はそれを無視して話し続けた。

「ワシの名前はイン・ラシード。好きに呼んでおくれ」

 そう言った後、インは片目を瞑りながら三世の方をちらちらと見て、自己紹介を返すよう促した。


 しばらくは無視していたのだが、沈黙に耐えきれず三世は溜息を吐いて口を開いた。

「……ヤツヒサです」

「おお。知っとるぞ」

 ケラケラ笑いそう答えるインに、三世は若干のいら立ちを覚えた。

「そうですか」

「そうじゃの。んで、お前さんはどういう役割で何をしようとしとるんじゃ。老い先短いワシに話してくれんかの?」

「……ラシード総司令、絶対に老い先短くないでしょう」

「何を言うんじゃこんな年寄りに。まああと百年は生きる予定じゃがの」

「……ええ。生きられそうだと私も思ってます」

 腰が曲がっていて、背も縮んで。

 それでも、目の前の老人は老い先短くは全く感じない。

 というよりも、目の前のインという存在は単純に強く、生命力に満ち溢れていた。


 今の三世なら勝てないというわけではない。

 だが、油断して良い相手ではなかった。

 こちらが有利ではあるだろうが、勝率は百パーセントには決してならないだろう。

 力を身に着けた今だからこそ理解出来た。インもまた、人外に足を突っ込んだ存在であると。

 以前コルネが『司令は自分の後継者を探しているが、見つからず苦労している』と言っていた事を思い出した。

 そりゃあ苦労するだろう。それだけ強い上に総司令が務まるような知能とカリスマを備えた存在など、そうそういるわけがない。

 三世はそんな人物一人も――いや、一人しか思い当たらない。

 ガニアの王女ならそれに適した人材だろう。ただし総司令の役職に就く事は出来ないが。


「んー。お前さんはまどろっこしい会話は嫌いみたいじゃし、さっさと本題に入ろうかの」

 その言葉と同時に、何か圧力のようなものが吹き出したのを三世は感じた。

 今までと同じくニコニコ顔で、杖をついて立っている弱そうな姿。

 だが、インからにじみ出てくる雰囲気は好々爺などではなく人食い虎の類である。

 コルネのような笑顔ではなく、その笑顔は作り物で、本来の狂暴な表情を隠す為の笑顔であると三世は気づかされた。


 威圧と恐ろしさより三世は自然とインに対し右半身の構えを取る。

 だが、インは構えを取らず、三世の様子も気にせず淡々と話し始めた。

「貴様の目的は知らん。コルネとか王は知り合いだからか知っているみたいだがワシにはわからん。そして教えろと言ってもワシは信じられん。だからこれだけ聞こう。王をどうする?」

 ニコニコしたままではあるが、声に迫力がある。

 力と権力を扱う事になれた強者の迫力。

 それは三世が最も苦手な雰囲気である。

 それはまるで、以前大手の獣医病院に勤めていた時の院長のようだった。

 怯えながらも三世は小さく苦笑した。

 ――ああ。やっぱり王とか権力とか私には無理です。とっとと終わらせてトリテレイオス辺りに譲り渡しましょう。

 そう心で誓った。


「どう……とは、どういうことを指しているのでしょうか?」

「王を排除して国を乗っ取るのか、それとも単純に王の一族を皆殺しにして国を滅するのか。それだけ教えてくれたら良い」

 三世はここで自分が平和ボケしていたのだと理解した。

 戦争している相手国から、堂々と単身王の住む場所に向かえばそう取られてもおかしくない。

「えっと、王も、一族も、そもそも誰も害さずに行く予定です」

 三世の言葉にインは一瞬だけ眉をひそめ、次の瞬間、鷹のような鋭い目で三世を睨みつけた。

「……嘘はないな?」

 今までで最も強く威圧感と迫力。

 意識が一瞬だけ遠くなったような気がした。

 よく漫画の世界で、相手の威圧だけで倒れたりするシーンがあるが、あれが実際に起きるのものなんだと知り、三世は少しだけ感心した。

「ええ。襲ってくる場合は多少の怪我を覚悟してもらいますが、そうでない場合は何もしませんし、何があっても命は取りません。これは誰でもです」


 三世の言葉の後にしばらくの沈黙が流れ、その後にインの態度は元に戻った。

 さっきまでの圧力は全て霧散し、ニコニコと笑顔を浮かべた人畜無害に見える爺がそこに立っていた。

「そうかそうか。んじゃあワシも何もしませんわ。行っといで。怪我に気をつけるんじゃよ」

 そう言ってインは杖を持ったまま、てくてくとどこかに歩いて行った。

 ちなみに、杖は全く地面についていない。

 三世はインの方を向いて苦笑いを浮かべた後、城を目指して再び駆けだした。


 おそらくだが、インは約束を破れなくなる()()を使ったのだろうと三世は予想していた。

 それは別に問題ない。むしろ三世も望むところである。

 元々誰かを傷つけるつもりもないし、何よりあのインと戦う事を避けられるなら約束の一つや二つ喜んで受諾する。

 三世は本心から思った。戦わずに済んで良かったと。




 インは一人でぽつぽつと歩き、三世の気配が遠くなり、気づけなくなった後小さく溜息を吐いた。

 冷や汗と手汗が酷い。緊張と恐怖を隠すので精一杯だった。

 例え自分が命をかけたとしても、勝率五割も取れないと思ったのは一体何年ぶりだろうか。

 だが、いくつか益になる情報も得られた。

 和平に終わらせようとしている事。誰も殺せない甘い存在である事、つまりコルネもまだ生きている事。

 そして、異常な力を持つが、ヤツヒサという男はあくまで一般市民であるという事だ。

 これは決して貶していない。むしろ褒め称えているくらいである。


 あれだけの力を持っていても、大きな権力と圧倒的な暴力に酔う事なく、市民である自分を貫ける者などインは一人たりとも知らなかった。

 その事実は同時に、もう一つの隠された事実をさらけ出していた。

 市民であるあの男に、今回のような逆転劇としか言えないような作戦を立てるのは()()()だ。

 人も、力も、権力も足りない。

 だが、ヤツヒサはその全てを得て、()()()()()にした。

 それはつまり、背後にブレーンがいるという証拠に他ならない。

 再度、インは溜息を吐いた。

「はあ。どうしてワシの後継者足りえる者は他国や敵ばかりで、身内から出てくれんのかのう」

 インは名前も知らない魔女に対し、妬みに近い感情を覚えていた。


ありがとうございました。

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