一つの終わり
2018/12/18
リメイク
報酬を受け取り、四人は冒険者ギルドを退出した。
これでようやく、一区切りついた。
そんな時にもかかわらず、一人妙にアンニュイな気分を醸し出している。
「はぁ…………。はぁーーーーー」
長い長い溜息を繰り返し吐き肩を落とす人物。
それはルゥだった。
『おい。早く事情を尋ねろよ』
そんなニュアンスの空気を田中と田所から感じ、三世は冷や汗を掻きながらルゥに話しかけた。
「ルゥ。どうしました? 何か嫌な事がありましたか? それとも、まだ冒険の事引きずってます。もう気にしなくて良いんですよ?」
三世が終わった事を切り替えられるようそうルゥを慰め、田中と田所も何度も首を縦に動かす。
だが、ルゥはそんな三世に首を横に振った後、しょんぼりしたまま小声で小さく呟いた。
「るー……。イノシシのお肉食べ損ねた」
そんな様子のルゥを見て、三世はそういう約束もしていた事を思い出した。
色々ありすぎてすっかり忘れていた。
「みんなで狩ったご飯……。初めてのちゃんとした冒険。一緒に食べたかった。……るぅー」
今にも泣きそうなルゥを見て、三世はそっと頭を撫でた。
「気持ちはわかりますが……一日経ってしまいましたし……。そんな準備する余裕ありませんでした。また今度行きましょう」
ルゥを慰める三世の言葉を聞き、田中は不自然なほど笑顔を浮かべ自分を指差した。
そんな様子を見て、はっとした表情を浮かべる三世。
「……田中さん。あなた……まさか!」
三世は演技っぽくオーバーにそう尋ね、田中は親指で自分を指差し気取ったポーズを取った。
そしてその後、そっと金属の箱を取り出し開ける。
中には冷凍されたイノシシの肉が保存されていた。
「ふあはははは! 私は昨日ぶっ倒れる前にギルド長に頼み込み、日持ちする方法がないか、何かあるならしてくれとお願いしておいたのです! あ、ちなみにルゥちゃんが楽しみにしていたと説明したらギルド長めっちゃ乗り気で助けてくれました。というわけでイノシシの肉、調理すればいつでも食べられます」
田中は何故か偉そうにそう話した。
「……うむ。田中よ。俺はお前が出来る奴だと信じてたぞ」
田所は腕を組んでうんうんと頷きながらそう呟いた。
「というわけで打ち上げをしましょうか。自分達で調理して食べるのも確かに良いですが、出来たら本職の人に頼みたいですね。良い人知りません?」
田中の言葉に三世は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すいません。私今日食事厳禁でして……体調の都合で」
そんな三世の呟きに、全員は納得したような表情をしながら三世の脇腹を見た。
「でしたら明日という事で。その位なら肉も余裕で凍ったままですし。場所はどこが良いです?」
そんな事を田中が呟いた瞬間、どこからともなくコルネが現れた。
「打ち上げと聞いて! ささ、乗った乗った」
そう言いながらコルネが手を向けた方角には、メープルさんと馬車が用意されていた。
メープルさんはコルネの方を見ながら溜息を吐いていた。
およそ二時間半、そんな本来の馬車ではありえない時間でカエデの村に到着した。
それも三世を気遣い馬車を極力揺らさずに気を付けてのこの速度である。
「流石はメープルさんですね。いつもありがとう」
三世の優しく撫でる手にメープルさんはふふんと鼻高々な態度を取りながら、嬉しそうに喜んだ。
白く美しい肢体に長い鬣が煌めく。
そんな鬣を撫でると、メープルさんはまた嬉しそうにし三世に顔をこすりつけた。
「はいはーい。ヤツヒサさんがいちゃついている間に鍵借りてきましたよっと」
そう言いながらコルネは田中に家の鍵を手渡した。
「私はヤツヒサさんちの左側の家、そして貴方達は右の家です」
「あ、ありがとうございます。普通に家、借りられるのですね」
田中が驚きながらそう呟くとコルネは笑顔で頷いた。
「ええ。人も良いし、家も余ってる。食事も美味しい! 老後に住むには最高よねココ」
そんな嬉しそうなコルネの言葉を聞き、田中と田所は三世の方を見据えた。
「あそこに今でも老後みたいな方がいらっしゃいますね」
そんな三世は現在、メープルさんを撫でるのに忙しかった。
田舎の村に来て馬を撫でる。
それは老後の楽しみを満喫しているようにも見て取れた。
「……そっとしておきましょう。幸せそうだし」
コルネの呟きに田中と田所は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「るー! ただいま」
どこかに行っていたルゥが突然叫びながら走って戻ってきた。
「フィツにお願いしてきたよ! 明日の昼頃貸し切り良いって!」
ルゥにそういう段取りが出来るとは思っておらず、三世は少し驚きながらルゥの頭を撫でた。
「あ、ありがとうございます」
そんな三世の手にルゥは嬉しそうに耳を動かした。
メープルさんが拗ねているように見えるのは、きっと気のせいだろう。
「るー。次行くとこは……ちょっと……というかだいぶ気が重いなぁ」
「ん? どこに行くのです?」
ルゥのそんなしょんぼりした表情に対し三世は尋ねた。
「ん、ヤツヒサのししょーんち」
「ああ。挨拶に行かないといけませんね。ですが、どうしてしょんぼりしてるのです? 怒られる事はないと思いますが」
「るー……。ヤツヒサ、自分の傷忘れてない? ヤツヒサと私は絶対に心配されるよ……」
そう言われて三世は気が付いた。
心配しないわけがないだろうし、心配をしてもしょうがないほどの怪我をした事を。
「ああ。それは確かに、怒られるよりも気が重いですね……」
三世とルゥは溜息を吐き、二人でマリウスの家に向かった。
この時間なら仕事場にいるだろう。
そう思い三世は仕事場の方に向かい、ノックをして入った。
「師匠、ただいま戻りました」
そう三世が声を変えるとマリウスは三世の方を見て小さく頷いた。
「戻ったか。……防具はどうした?」
三世とルゥが今身に着けているのはただの布の服である。
その理由は幾つかあるが、一番の理由は身に着けて人前に出られないからだった。
三世はそっと、申し訳なさそうに袋を二つマリウスに手渡した。
マリウスはその袋を手に取り中を見て、険しい表情のまま絶句する。
傷だらけな上に赤黒い防具の有様は、無事であるはずがないと物語っていた。
「すいません。せっかくの装備をボロボロにしてしまって……」
そんな三世の言葉にマリウスは首を横に振り、三世とルゥを抱きしめた。
その巨体からは想像もできないほどそっと優しく――。
「良く頑張ったな」
マリウスの声が震えている事がわかった。
それを感じ、三世もそっと涙を流す。
「はい……ただいま戻りました。師匠、おかげで生き残れました」
「ああ。良かった」
それだけ答え、マリウスは二人をぎゅっと抱きしめた。
そのまま数分が経過し離れた時には、お互いの服に水の後が残っていて、ルゥは嬉しそうに笑っていた。
「というわけでして、私の装備はボロボロで傷だらけ。ルゥは盾を失ってしまいました」
三世は事情をマリウスに事情を説明した。
「るー。ごめんなさい……」
ルゥも申し訳なさそうに呟いた。
「かまわん。修復すら難しいガントレットは無事だし、鎧は量産品だ。修復でも作り直しでも何とでもなる」
「あ、ちなみに今回の件は色々とございまして、修理費は全額補償されるそうです」
その言葉を聞き、マリウスはにっこりと微笑んだ。
マリウスにしては珍しい表情である。
「そうかそうか。それなら、一から俺が全て同じ物を作り直そう。血が落ちるか怪しいしヤツヒサの方は傷が多すぎて作り直した方が早い。ルゥの方は……まあついでという事で」
マリウスの意図が透けて見え、三世は噴出し笑った。
「そうですね。お願いします」
その言葉にマリウスはニヤリと笑った。
「あとねあとね! 明日の昼にフィツんとこで打ち上げするから、マリウスとルカも来てよ!」
ルゥが嬉しそうにそう呟くと、マリウスは三世の方を見た。
「俺達が参加して良いのか?」
「ええ。企画発案者はルゥですし、メンバーも文句言う人はいません」
「そうか。それなら明日顔を出そう」
そうマリウスは呟いた。
三世が我が家に戻って最初に感じた事は懐かしさだった。
ほんの一日ほど帰らなかっただけなのに、何故かそんな気持ちになっていた。
三世が帰って最初にした事は、シャワーを浴びる事だった。
汗や泥もそうだが、やはり血がどうしても気になっていた。
シャワーにて血と汗、泥を流しながら自分の体を確認する三世。
目に見える傷跡はなく、左腕も十分に動く。
しかし、左腕に若干の違和感が残り、脇腹は動かすとまだ痛みが走る。
日常生活なら問題なさそうだが、完治は長そうだと三世は感じた。
服を着替え、髪にタオルを巻きシャワー室を出ると絵本を地面に置いて正座してこちらを見てるルゥがいた。
その姿は忠犬なんたらである。
へっへっへっと遊んで欲しいオーラを出しながらじーっとこちを見つめるルゥに、三世は小さく呟いた。
「シャワーを浴びてきてからです」
「はい!」
大きな声で返事をして、ルゥはシャワー室に飛び込んだ。
三世は地面に置いてあった絵本を手に取ってぱらぱらとめくってみる。
それは恋の話だった。
「……理解出来るのでしょうか」
そんな心配をしつつ、三世はルゥが出て来るのを待った。
その絵本は救われる事を求めない悲しい女の子を、王子様が助けるお話だった。
王子様に憧れた女の子は、王子様に尽くす為女中となり、王子様の為だけに生きる決意をする。
そんな誰もが認めるほど王子様を想っている女の子に、王子様は恋をして女の子に告白した。
だけど、女の子はその申し出を断った。
何度告白されても、女の子は首を縦に振らなかった。
それは自分が王子様に相応しくないと女の子が思っていたからだ。
生まれも貧しく、学も特技もない。
その上見た目も普通そのもの、こんな自分が王子様の傍にいて良いわけがない。
そう思って何度告白を断っても、王子様は諦めず女の子に愛を囁き、女の子もついには折れ、二人は結ばれ女の子がお姫様になる。
話終わった後、三世はルゥが妙に静かな事に気が付いた。
最初はベッドの上から楽しそうに聞いていたらしいのだが、どうやら途中で耐えきれず眠ってしまったらしい。
「やっぱり退屈でしたかね?」
三世は苦笑しながらそう呟き、ルゥに毛布をかけた後自分のベッドに向かった。
何時も絵本を読む時よりも、少しだけ嬉しそうなルゥの表情に三世は気が付かなかった。
「せーの……冒険達成? まあいいや、達成おめでとー! かんぱーい!」
食事亭の中でルゥが音頭を取り、全員で一斉に乾杯した。
今ここにいるのは、フィツ、三世、ルゥ、田中、田所、コルネ、マリウス、ルカという結構な大所帯となっていた。
全員が手に持ったグラスを傾けた。
と言っても、今用意されている飲料は全てジュースだが。
体調の問題と好みの問題、そして年齢の問題を加味した結果、飲みたいと考えているのは田所一人という結果となった。
流石に一人だけ酒というのはあまり楽しそうに思えなったのか田所はアルコールを諦め、今回はノンアルコールでの祝賀会となった。
「はいというわけで初討伐、初魔物遭遇、初事故と色々初めての体験が出た冒険でしたー」
そんな田中の言葉に小さな拍手をし、数名が苦笑いを浮かべた。
「まずは料理――なのですが場繋ぎとして皆の紹介をしてみましょう」
田中はそう口にし、全員で拍手をする。
どうやら田中はこういった場に慣れているらしい。
――まるで合コンですね。合コン行った事ありませんが。
三世はそんな事を考えた。
「というわけで、最初の人はこの人、場所の提供と料理の準備をしてくださるフィツさんです。色々ありがとうございました。予算はふんだんにあるので贅沢にお任せします」
そんな田中の声に釣られ、全員でフィツへお礼の言葉を述べていった。
「気にすんな!」
フィツからはそれだけが返って来た。
「そして次は、我らのアイドル第一号、ルゥちゃんです! 今回の打ち上げの立案者で、何故か今回の打ち上げの全費用を自腹で用意しています。皆拍手ー」
今までで一番盛大な拍手が鳴り響いた。
フィツですら、料理の手を止め拍手をしていた。
そんなルゥはえへへと照れくさそうに笑った。
「みんな、思いっきり食べて楽しもうね!」
そんなルゥの言葉に、おー!と野太い声が響いた。
「続いてルゥちゃんの飼い主? 保護者? のさん――ヤツヒサさんです。今回の一番の被害者でした。脇腹の傷に気を付けてあげてくださいね」
そんな田中の言葉に苦笑いを浮かべ、三世は周囲にどもどもと小さく頭を下げていった。
「そんで次にわたくしーマサツグーまーさーつーぐーをよろしくお願いしまーす。そんで相棒のシュウイチ。筋肉自慢です」
その言葉に合わせて、田所はボディビルのようなポーズを取り笑いを誘った。
「そして我らアイドル二号のコルネちゃんでーす。本当はとっても偉い人でしていつもお世話になっていますありがとう」
そんな言葉にコルネはVサインを作って皆に見せた。
「はーい。コルネちゃんでーす。四人ともお疲れ様、良くがんばったね!」
それだけ言ってコルネは微笑んだ。
「そして最後にこの二人。ヤツヒサさんの師匠であり最高峰の職人、革を使わせたら天下一品のマリウスさんとその娘ルカちゃんでーす!」
「よろしく頼む」
そう短く挨拶するマリウスと――。
「いえーい。アイドル三号目指してますルカでーす。皆よろしくね!」
対照的に雰囲気に合わせ皆を笑わせるルカだった。
「さて、自己紹介も終わったし、食事の準備も出来たっぽいですので、これから適当に楽しみましょう。では田中でした」
そう田中が言って頭を下げた瞬間、フィツが料理をガンガン運んできた。
全員の食事への期待が高まる中、打ち上げが始まった。
「メープルさんもくればよかったのにねー」
コルネはそう呟きながら、唐揚げをもぐもぐと食べていた。
ちなみにこの唐揚げ、ニンニク醤油の味付けで二度揚げまでしてある。
そして三世が教えたわけではなく、ずっと昔からあるそうだ。
恐るべし日本の文化侵略。
「そうですね。ただ、うるさいのが苦手かもしれませんし」
三世は今回参加を拒否したメープルさんの事をそう考えていた。
「かもね」
そう答え、コルネは食事に集中した。
三世は周囲を見回してみる。
ルゥとルカは肩を組んで謎のお歌を歌い、それを田中と田所が謎のオタ芸を披露して盛り上げ、周囲は二人を見て笑っていた。
それは色々な意味で酷い状況で、そしてとても楽しそうだった。
「やっぱり来ればよかったのに……って思うのは私のわがままかねぇ」
コルネがそう呟くと、三世は微笑んだ。
「まさか。メープルをたくさん使った何かをフィツさんに作ってもらうので後で一緒に持って行きましょう。それと、次は外で出来る打ち上げにしましょう。バーベキューとか」
そんな三世の提案にコルネは微笑んだ。
「それは良いわね。次はそうしてね」
コルネの言葉に三世は微笑み頷いた。
「よっ。楽しめてるか?」
三世の肩をぽんと叩き、フィツがそう尋ねてきた。
「おかげ様で。結構うるさい事になってますが大丈夫ですか?」
「こんなもん夜の酒場よりマシだ。酒もないし喧嘩もないからな」
そう言いながらフィツは苦笑いを浮かべた。
三世は最初にフィツと出会った時、酒焼けで酷い声だった事を思い出した。
「正直に言いますと、最初フィツさんの事を見て私怖い人だと思っていました」
スキンヘッドで大きな傷跡がある男性、しかもでかい。
怖くないわけがなかった。
「だろうな。俺も俺の顔が怖いからな」
そうフィツが言うと、三世は我慢できずに噴出しフィツはそれに釣られ笑った。
「小さい頃からずっと奴隷でな、その時俺を買っていた奴が苛立ったって理由だけで俺の顔をこんなにしやがった。しかも顔に傷が付いて醜いからって理由で売り出しやがった。ひでー話だよな」
軽い口調で重たい過去を話すフィツに三世はかける言葉が見当たらなかった。
「そんで新しく買ってくれた人が俺の恩人で料理の師匠だったんだよ」
「――そこでは幸せになれましたか?」
そんな三世の言葉に、フィツは満面の笑みで答えた。
「ぶっちゃけ地獄だった。顔に傷付けられた事なんか気にならないほどのな。とにかく料理料理で、出来るまで何度でもリトライ。厳しすぎて地獄にしか思えなかった。――だから今の俺がある」
口ではそう言っているが、感謝しているのが三世にはわかった。
「すごい人だったのですね」
「ああ。自慢の師匠で、自慢の母親だった」
過去形という事は、そういう事なのだろう。
「怖い事にな、今でもあの人の技量を抜けてないってわかるんだ。まあ、絶対に追い抜くけどな」
そう言いながらフィツはくははと笑い声を出した。
「話は変わるが、瘴気に汚染された野生動物は狂暴になり、場合によっては変質化し化け物と化す。だけどな、食用として見たらデメリットは一切なく、むしろメリット尽くしなんだ。人体に問題なく、味が良くなり栄養も跳ね上がる」
「ほぅ」
三世が興味深そうに相槌を打った。
「受け取ったイノシシ。かなりの栄養と味がある。まあそういうことだ。どこに行って何があったのか、俺は何も聞かない。ただ、よく生き残った……。それだけ言っておきたくてな」
「ありがとうございます。色々な意味で」
「気にすんな。そろそろそのイノシシを出すから、楽しみにしてろ」
そう言ってフィツは三世の背中を優しく叩き席を立って行った。
食事皿に空が目立ち始めた頃、フィツはタイミングを見計らい全員のテーブルにメインディッシュを用意した。
イノシシ肉のステーキ。
既にスライスしてある肉の束を見て、ルゥは涎を流しだした。
ソースは野菜と果物をふんだんに使ったオーソドックスなステーキソース。
千切りにしてくたっとなった玉ねぎが下に敷かれ、肉の香ばしい香りと玉ねぎの甘い香り、そしてソースの刺激的な香りが鼻に広がる。
「まじレベルたけーなこの店」
田所は目を丸くし、顔をとろんとさせながら肉を頬張っていた。
三世も待ちきれず、フォークで刺し肉を口に頬張った。
外側は硬めの肉質で確かな歯ごたえとなり、内側はとろけるような柔らかい食感。
牛肉のような脂の旨味は薄く、肉らしいコクと旨味が非常に強い。
赤身肉に近いがそれよりもなおヘルシーな味わいである。
それに合わせてか、ステーキソースはバター風味に仕立てられており、味がぴったりと調和されていた。
「悪いな。俺まで御馳走になって」
そう呟きながらこちらに来るマリウス。
それに続き、コルネが近づいて来て、ペタペタと三世の体を触りだした。
「うーん。絶対安静で一週間というとこかしら」
「当たりです。何でわかるのですか?」
「騎士団はけが人の多さが異常なので」
コルネが疲れた顔をして答え、そしてそのまま別の場所に走っていった。
そのままコルネはルゥの所に行き、ルゥに抱き着き頬をこすりつけていた。
ルゥは困った顔をしていたが嫌そうではなかったため、三世はそっとしておくことにした。
話しかけるタイミングに困ったのか、マリウスは一旦小さく咳払いをして三世に話しかけた。
「金はあるか?」
マリウスの尋ねる言葉に頭を縦に動かした。
「よし。なら一週間仕事禁止だ。しっかり休んでまた来い」
そういってマリウスは離れていく。
それに三世は頭を下げて見送った。
まるで酒を飲んだようなおかしな盛り上がりを見せる食事亭の風景を、三世は外から眺めていた。
皆がこうやってはしゃぐ理由も大いに理解出来る。
楽しめる時に全力で楽しむ。
そうして、冒険者は死ぬかもしれない明日に備えているのだ。
今回死にかけた三世は、その事を心から理解出来た。
「まあそれはそれとしまして、楽しみ方は人それぞれですよね」
そう呟く三世は、食事亭を抜け出しメープルさんの所にいた。
おすそ分けのメープルキャロットケーキを嬉しそうに食べるメープルさんの鬣を、女性の髪を撫でるかのように愛しそうに嬉しそうに三世は撫でまわした。
「なんでかわかりませんが、メープルさんは他人とは思えないのですよね」
三世は撫でながら過去の記憶を思い返した。
こんな綺麗な馬は見た事がないし、近い存在も知らない。
それでも、何故か妙な親近感を覚えてしまう。
「うーん。ま、メープルさんみたいな美人さんに出会ったら忘れませんし、気のせいでしょう」
三世はメープルさんの頭を撫でながらそう呟いた。
馬は賢く人の言葉を解するというコルネの言葉を忘れて――。
メープルさんはぶるると嬉しそうに鳴いていた。
祭りのような賑わいを見せた祝賀会は終わり、そのまま店で各自解散となった。
夕方だった為村人ではないコルネ、田中、田所は鍵を村長に返してそのまま帰っていった。
残りのメンバーも解散し、ルゥと三世は家につくなりベッドの上に移動し、肩を寄せあいうとうとと睡魔と戦っていた。
お互い、まだ疲労が抜けきっていなかった。
「今回の冒険は疲れましたね。もうしばらくはゆっくりしたいです」
三世の言葉にルゥが考え込む仕草をする。
「私はどっちでもいいけどヤツヒサはもっと強くなってお金稼いだほうがいいと思う」
ルゥはそんな珍しい事を呟いた。
「ふむ。どうしてですか?」
三世は首を傾げ尋ねた。
「だってヤツヒサ、る――私みたいな困った獣人奴隷見かけたらたぶん助けるでしょ。他にも野良の獣人とかも」
その言葉に三世は「あー」と呟いた。
全く否定できないからだ。
「私はまったりしててもいいけど。いざという時にお金ないと困らない? 強くなって守れないと落ち込まない?」
そんなルゥの真面目な質問に、三世は少し考え込んだ。
確かに自分は動物の医者として、人として救えるものを目の前で取り逃すのは我慢ならないだろう。
「それにさ、もっともふもふ増やしたいでしょ?」
「うん」
ルゥの一言に三世は迷わずに頷いた。
「だったらもっとがんばってもっとお金稼いで強くなろう」
「そうですね」
「そしてもっと私の仲間を増やしてもっともふもふしよう。でも私もちゃんと忘れずにもふもふしてよ」
「それはもちろん」
そう言いながら三世はルゥの頭を撫でた。
気持ち良さそうにするルゥ。
その表情は犬なのか猫なのかわからなくなるくらいふにゃっとしていた。
「じゃあそういうことで」
ルゥがそう言うと……。
「そういうことですね」
三世がそう頷き答えた。
そういうことになった。
お読み下さりありがとうございました。
物語の一区切りです。
といっても終わるわけではないです。
単純に最初の構想が終わったので次のを考える時間を作るだけです。
その間に番外編をさせていただきます。
といっても案外すぐに再開するかもしれません。
がんばって続きを用意するのでもしよければ楽しみにしててください。
では何も変わりませんが一応第一部完です。
再度ありがとうございました。