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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
折れた心は

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正義なき戦いの始まり

 

 作戦は大きく分類して前半と後半の二つとなっている。

 前半パートは三世を王にすること。

 王の試練のある場所まで向かい試練を突破することにある。

 後半は三世が王となった後獣人をまとめ上げ、そのまま国王フィロスに直訴することだ。


 そのどちらもが三世の役割が中心となる為、作戦も三世を中心に構築された。

 最初の目的は王となる事。

 その為に必要な事は決まった日に、単身で試練を受ける事となる。

 ただし馬は手荷物扱いとなる為持参可能らしい。

 という事で、試練を受けるのは三世とカエデさんとなった。

 三世も一人でなら自信ないが、頼りになる相棒が傍にいるのだ。

 きっと何とかなると信じていた。

 そしてその二人を直接送り届ける役がルゥ、シャルトとマリウスである。

 グラフィとルナは別の役割があるらしく、それぞれドロシーの作戦とは関係なく独自に行動を開始し、慌てた様子でどこかに去っていった。

 三世には二人が何をしようとしているのかはわからないし、何より聞いている時間もない。

 カエデさんの足を利用せずに現地入りを目指す場合、今から移動しても間に合うか不明だからである。


 ユウとドロシー、それとブルース達五人はカエデの村に待機である。

 国の動きが不透明な以上、この村に何等かの被害が起きる可能性があった。

 具体的に言えば、異常なほど資金を稼ぐ牧場や財産の没収等の権力を利用した行動を恐れていた。

 なのでその場合の対策として、最大戦力の一人であり自称黒幕であるドロシーと牧場の実質的な管理者であるユウが交渉と時間稼ぎを行う事になっていた。

 もしカエデの村で戦闘行為が発生した場合、それは大惨事となるだろう。

 ただし、相手がである。

 ドロシーを中心にして数日で防衛拠点をくみ上げられるブルース一味と知能派獣人という稀有なユウの組み合わせである。

 間違いなく酷い事になるだろう。


 ただ、カエデの村に残ると言ってもドロシーにはまだ別にすべき事が残っていた。

 切り札の製作である。

 ドロシーは自分の作戦が穴だらけな事を理解している。

 本来なら重箱の隅をつつくように作戦をきっちり決めこみ、その通りに実行するのがドロシーのやり方であり、アバウトな作戦を決行するというのは好ましく思えない。

 それでもこれが一番犠牲が少なく、そして息子(ヤツヒサ)の希望に沿っているのだから他に選択肢はなかった。

 だからこそ、少しでも可能性と危険の排除をする為にドロシーは己の全てをつぎ込みその道具を生み出そうとしていた。

 

 カエデさんの足で計算し、三世が出発するのに残った猶予は二日。

 それを過ぎると王になる日を過ぎる上にラーライルの部隊が殲滅を開始してしまう。

 なので、ドロシーは今からたった二日という時間の中で戦局を覆すような道具を作らければならなかった。







 ラーライルの王城の中で老いを感じる高齢の男が二人、慌てた様子で国王フィロスの元に駆け込んだ。

 二人は王の元に直接訪ねても問題がないくらいは貴族として高名であり、そして(まつりごと)に携わっていた。

 ただ、二人は国にとって重要とされる貴族ではあるのだがその性質は真逆である。


 一人は背筋がびしっと伸びた堅物そうな見た目の男で、国を心から愛し、国に忠義を尽くす事を喜びとする忠臣である。

 もう一人は背が低く若干の小太り、清潔感はあるもののあまり人に好まれる見た目ではない。

 これで中身が良い人であるならまだ良いのだが、中身も見た目と同じように典型的な小心者の悪徳貴族である。

 人を苦しめる事に喜びを見出したり、領民に不当な重税を課すような極悪というわけではなく、ただ甘い汁を吸うのが大好きなだけの小悪党なのだが、尻尾を掴ませない事と誤魔化す事には長けており、またそれなりに有能な為今だ国の中枢に携わっていた。

 そんな鼠のような男なのだが、有能な鼠の為国も見逃し利用していた。


 そのような性質の二人の為、本来この両名は非常に仲が悪い。

 片や国に全てを尽くす無私の男、片や国から甘い汁を吸い続ける寄生虫である。

 共にいる方が珍しいのだ。

 そんな両名が揃い、王に直訴するのだからそれはよほどの事であると誰でも理解できた。


 国王フィロスは二人が用意した資料を読み、疲れた顔で目元を抑える。

『冒険者ヤツヒサの反逆について』

 そう資料の見出しには書かれていた。


 二人の貴族は三世を独自に監視していた。

 忠臣である男は、急成長を遂げているにもかかわらず、権力を持とうとしない三世を危険視して。

 小悪党である男は、三世の持つ牧場から甘い汁を吸う為にだ。

 そして二人の調査の結果、今まで外にも出られないほど精神の病んでいた三世が復活し、その上で反逆者候補であるグラフィと独自に接触を図っていたという情報が明らかになった。


『グラフィはまだ反逆者ではない。此度も偶然の可能性があるから放置せよ』

 そう言う事は簡単だった。

 が、フィロスはそれを言う事はない。わかっているからだ。

 三世八久という男が此度の事を知ったならば、例えどんな状況であろうと介入し獣人を救いに向かうという事を――。

 それこそが三世八久という男であり、フィロスが友情を感じていた友だからだ。


 フィロスはラーライルの国王だ。

 つまり、国を背負って生きている。

 その自覚のあるフィロスは、為政者として私情を持ち込む事だけはしなかった。

 そう決めた以上、王の選択は素早かった。

「……わかった。両名の言う通り指名手配しよう。ただし後日だ。獣人の国にヤツヒサが向かってから指名手配、そして同時に拘束しろ。ついでに言えば捕縛限定だ。殺す事は許可しない」

 その言葉に小悪党の男は驚き強く反対した。

「甘すぎる上に遅すぎます! 今すぐ指名手配を! そして牧場などあ奴の所有する施設の調査を行うべきだ!」

 あわよくば奪ってやるという気持ちを隠そうともしない言葉だが、忠臣の男も概ね同じ意見だった。

 理由こそ正反対だが、三世が動き出すのがわかっているのだから動くまえに捕縛し処刑すべきだと二人とも考えていた。


「では逆に聞こう。ヤツヒサというガニアの英雄――しかもガニアル王国王位継承権第一のソフィ王女のお気に入りを問答無用で処刑して問題が起きないとでも?」

 フィロスは私情を挟まない。

 だからこそわかっていた。

 殺してしまった場合、ラーライルにとって最悪な事態を引き起こしかねない事を。

 三世という存在はラーライルにとって大きな爆弾となっていた。

「お気に入りの稀人と言えども所詮庶民。殺したところで大きな問題など――」

「そう思うのなら詳しく調べてみよ。料理人ギルド長の名前など調べたらその意味が理解出来るぞ」

 小悪党の男の言葉を遮りフィロスはそう言い放った。


 忠臣の男は王の言葉の意味を知っていた。

 三世という存在がいかに強いコネを持って、そして自由に行動しているのかを。

 だからこそ、彼は三世を危険な男だと判断していた。


 二人の貴族は結局王の言葉を変える事が出来ず、不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子でその場を去った。

 二人の去っていき足音がなくなった瞬間、フィロスの背後から一人の女性が苦笑しながら姿を見せた。

 コルネ・ラーライル。

 王が最も信用している護衛である。

「やっぱりこうなっちゃったね」

 コルネは寂しそうにそう呟いた。

 コルネもフィロスも三世を友人と思っていた。

 そう、今この時までは。


「コルネ。命令を下す」

 フィロスの言葉を聞いた瞬間、コルネは表情を変貌させる。

「ガニアに見つからないように処理すれば良い?」

 コルネは冷たい瞳のままそう言い放った。

 が、フィロスは首を横に振った。

「いや、逆だ。さっき言った事に嘘はない。だからこそ軍か騎士団か、それとも貴族か。どこかが暴走してヤツヒサを殺そうとする事が予想される。ヤツヒサを殺させるな。四肢を切り落としても構わんから絶対に生きたまま捕らえ、ガニアに贈りつけろ」


 フィロスは私情を挟まない。

 だからこそ、冷静に今後の展開を予想出来た。

 今フィロスが最もしてはならない事は、ガニアに攻め込ませるきっかけを作る事だ。

 三世自体はきっかけに過ぎない。

 フィロスが恐れているのはガニアの国民感情を悪化させる事だった。

 国の規模も兵数もラーライルの方が遥かに上だが、個の能力が違いすぎる。

 もしガニアに攻め込まれたら国を丸々飲まれる可能性もあった。

 ガニアは軍事拡張の末に成り立っている国である。

 それこそがガニアを守り続ける事が出来た理由であり、ガニアの誇りでもあった。

 だからこそ、きっかけ一つで本当に戦争になりかねないのだ。


 フィロスは三世と言う名の爆弾を慎重に処理する事を第一とした。


「了解。……私達はきっと地獄に落ちるわね」

 さっきまで友情を感じていた人物と敵対することを迷わず選んだ事に、コルネは後悔を感じる事ない。

 だが、自分が外道であるという自覚は持っていた。

「それが国を動かすという事なんだろうな」

 フィロスはコルネにそう返し、小さく溜息を吐く。

 二人共心は普通の人である。

 誰かを殺して平気な精神をしていなければ友人と語り合う事を楽しいとも思う。

 そして当然、罪悪感もそこにはあった。

 決して二人とも特別な精神構造をしているわけではない。

 だからこそ、国を守るという事を最優先とし、感情を切り捨てた。




 フィロスの予想通り、貴族連中が先の忠臣と小悪党の二人を代表に暴走を開始した。

 そもそも、何時もいがみ合い対極に位置する二人が協力し合うという事自体がとても珍しい。

 その為二人の話が真実味を増す結果となった。

『冒険者ヤツヒサは国に仇なす危険人物である』

 三世を知らない多くの貴族はそれを信じ、独自に反逆者として周囲の町や村に周知させだした。

 国王にばれないよう、遠くの村や国から――。

 それは当然、ガニアル王国との国境沿いにある農村も含められていた。


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