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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
折れた心は

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壊れても、出られなくても、その絆は変わらない2

 

 三世は己がおかしくなった自覚はある。

 だが、自分の世界にさして違いはない。

 世界はまったく変わらなかった。

 いつも通りの日々、いつも通りの生活、そしていつも通りの知り合い達との語らい。

 理由は単純で、みんな自分の事を大切に思ってくれているからだ。

 だから落ち込まないように、爆発しないように、それでも腫物のように扱わずいつものように接してくれる。


 だからこそ、どうしようもなく暗く惨めな気持ちにさせられる。

 こんな状態でもいつも通り接しているという事は、三世に対して皆感情をコントロールして接しているという事であり、本心で、心から三世と向き合っているというわけではないのだ。

 腫物扱いされても落ち込むが、気遣われても落ち込む。

 無茶苦茶な事を言ってるとわかってもいても、自分の心を制御できない。

 その事が三世をより苦しめ、気持ちが沈みこんでいく。


 ――救われてはならない自分が、救わなければ価値のない自分がまた人に救われそうとしている。ああ。なんと私は度し難い存在なのだろう。

 マリウスに、ルナに、シャルトに、ドロシーに、ユウに、ルカに……。

 沢山の人に気を使わせ、自分は今ここに生きている。

 その事が三世を心の底から惨めな気持ちにさせていた。


 唯一の例外はルゥである。ルゥだけは、本当の意味でいつも通りなのだ。

 早くよくなって欲しいという願いもなければ、苦しんで欲しくないという気持ちももっていない。

 同情も慈愛もなく、本当にいつも通りにしか接していなかった。

 ただ、あるがままを受け入れる。

 そんなルゥといる時だけは、自分が普通なんだと思う事が出来た。




 三世が外に出れなくなって一週間が経過した。

 気づいたら【龍】の月は終わり【蛇竜】の月となっていた。

 つまり四月である。

 その間ルカやユウがお見舞いに来たり、ユラがお腹の子供と自分の定期健診に来たりといった事くらいで、特に大きな事件は起きていない。

 三世の体調が良くなる兆候はない。

 ただし、多少の体調不良はあるもののとりあえずは安定をし始めていた。

 外に出ず、責任を感じる行動を取らない限りは日常を過ごすくらいは何とかなっていた。

 今の精神状況がもう少し安定してから……。

 それが出来てから状況の改善に取り組もうと三世は考えていた。


 特に事件らしい事件は起きていないが、一つだけ気になる事があった。

 それはグラフィの事だ。

 見舞いに来た回数が一番多いのがグラフィで、その回数一週間で実に七回。

 つまり今の所毎日見舞いに来ているという事だ。

 いつも一緒の部下を一人も連れてこず、人手の少なくいつも忙しい軍からも離れて毎日来るという事は、何か事情があるのではないだろうか。

 そうは思う三世だが、グラフィが何も言いださない為何も尋ねる事が出来なかった。




 昼食後、いつものように三世はルナに尋ねた。

「ルナ。今日見舞いに来てくださる方はどなたでしょうか?」

 三世の質問にルナは微笑みながら答えた。

「はい。今日はドロシー様が治療も兼ねて訪れます。それといつものグラフィ様と……その……」

 そう言いながらルナは窓の方をチラチラと見た。

「ああ。彼女は良いんですよ。予定に入れなくても」

 そう言って三世は昼食時からずっと庭で待っていた彼女の為に窓を開けた。

 肌寒い空気が風となり一気に室内に押し寄せる。

 そして庭に、雪のように美しい(ひと)がいた。

 三世の愛馬。最も関係の深いパートナーであるカエデさんだ。

「お待たせしましたカエデさん。どうぞ」

 庭前の窓は出入りが出来るように大きめの窓となっている為、カエデさんも家の中に入ることが出来る。

 だが、カエデさんは室内に上がろうとはしなかった。


 カエデさんは頭だけ家の中に入れ、三世の膝や腹に頭をこすりつける。

 不思議な事に、たったそれだけでささくれ立っていた心の棘が、丸くなったような気がした。

「ああ。今必要なのはカエデさん分だったのですね」

 三世はカエデさんの頭を抱きしめながら撫で繰り回した。

 胴体も撫でたかったけど、庭にある胴体に手を伸ばすことも、今は叶わなかった。


「どうして、カエデさん様? カエデ様? は家の中にお入りにならないのでしょうか? 掃除なら私が喜んで。どうやらヤツヒサさんの大切な方みたいですし」

 ルナが遠慮せずどうぞどうぞとジェスチャーをするが、カエデさんは首を振り頑なに拒否した。

「何となく、入ってこない理由はわかるような気がしますが、ソレを言葉にするのは難しいですね」

 三世はカエデさんの気持ちからどうして家の中に入らないのかを察していた。

 それは自分が馬だからだ。

 馬である自分は三世のいる……人の住む家に入るわけにはいかない。

 なんとなくそんな拘りを持っていると三世は理解していたがその先、どうしてそう思ったかまでは理解していなかった。

『人になった時にかならず三世の家に入り住みこむ』

 今のままでも一緒に住むことは出来るだろう。

 だが、今のままだとアピールポイントが足りない。

 いくらアピールしても三世の動物好きが加速するだけだ。

 だからまだその時ではない。人の姿を手に入れてからだ。

 カエデさんはそう、心に決めていた。


 三世の表情が優しくなったのと確認したカエデさんは、すっとそのまま去っていった。

「ああ……まあ仕方ないですね。今の私は長時間人と話すことも出来ませんし。また来てくださいね」

 そう言いながら手を振る三世にルナは苦笑した。

 カエデさんが来てからたっぷり二時間、集中しっぱなしで撫で続けていたのに時間が足りないという三世に対し苦笑する以外何も出来なかったからだ。

 中腰に近い状態で姿勢をキープし続けたカエデさんに対しても、ルナは尊敬の念を抱いていた。

 ルゥもシャルトも言っていた『カエデさんは特別』という意味を、ルナは実際に目の当たりにしてその意味を理解した。




「もーいーかーい?」

 玄関の方から声が聞こえ、ルナは冷や汗を掻いた。

「あ、はい! どうぞ!」

 慌てた様子で扉を開けるとそこにドロシーが立っていた。

 ちなみにドロシーが来たのは一時間以上前だった。

「すいません。お待たせしました」

 ぺこぺこと謝るルナに、ドロシーは微笑みかけた。

「良いのよ。私がカエデさんを呼んだんだし、何よりこうなる事は予想していたから。はーいヤツヒサさん。今は調子良さそうね」

 ドロシーの言葉に三世はぺこりと頭を下げた。

「こんにちはドロシーさん。来てくださいありがとうございます」

「良いのよ。あの人の弟子なら私の弟子、あの人の息子なら私の息子よ。……そうね、予想通りだけど一応聞いておくわ。あんまり寝れてないでしょう?」

 ドロシーの言葉に三世は表情を失う。

 その無表情と目元の隈が、ドロシーの言葉に対する何よりの答えとなっていた。


「理由は、夢見が悪いから?」

 ドロシーは直接な表現を避けそう尋ねた。

「それもあります。寝る前に目が良く冴えてしまい、寝ても夢の中でちょっとでも動物が出ると……」

「あー良いよ良いよ言わなくても良いし考えなくても良いわ。そうだろうなと思って、こんな物を用意してきました!」

 そう言いながらドロシーが用意したのは花の形をした蝋燭だった。

「あー。アロマキャンドルですか。なるほど。ありがとうございます」

 リラックスした状態なら良く眠れるだろう。

 ルゥとシャルトが一緒にいても最近は眠りが浅く、寝れない日もあるくらいだ。

 もしぐっすり眠れたら何よりも嬉しい。

 効果があるかはわからないが、気の利いた贈り物に三世は喜びドロシーに微笑んだ。

「あそうそう。国にばれたらあかん品物だからこっそり使ってね?」

「は?」

 まだ三世はドロシーに対し理解力が足りていなかった。

 効果があるかどうかわからない。

 ドロシーがそんな常識的なプレゼントを、するわけがなかった。


「えと、どういう事でしょうか?」

 三世が困惑気味に尋ねると、ドロシーはキャンドルを持って火を付けるフリをした。

「こうやって火をつけますと……五分後に部屋の中の人全員が意識を落とします。昏睡状態に近い状態になり六時間は絶対に目を覚ましません」

「えぇ……」

 完全に危ない使い方が出来る本当の禁制品である。

「いや、それ副作用とかは……」

 ルナの言葉にドロシーは親指を立てた。

「問題なし!ただ三日に一回くらいの使用にしておかないと癖になってこれなしでは寝れなくなるかもね」

 ドロシーはそう言葉にしながら、キャンドルを三世の前に置いた。

 三世はそのキャンドルに取り憑かれたように視線を向け続けた。


「そう。危険で違法な物よ。でも、今ヤツヒサさんに必要でしょ? それを使うと間違いなく、夢を見る事がなくなるわ」

 その言葉に三世は強く興味を引いた。

 ――夢の中で動物達と会わなくても、動物達を殺さなくて済むんですか。

 罪悪感と後悔を織り交ぜて泥に沈めて見つめたような、罪悪感の夢から逃れられるのなら――。

 三世はそのキャンドルをありがたく受け取った。

「というわけで、三日に一度に控えるようにルゥちゃんシャルちゃんに伝えといてね。ルナちゃん」

 そう言ってドロシーはルナを抱きしめた。

「私は応援してるわ。もし、元気になってたら押し倒せ。がんば」

 小声でドロシーはルナにそう言葉を残し、玄関から去っていった。

「えぇ……」

 心配することなどいくらでもあるのに、敢えてそれを口にするドロシーにルナはそれしか言葉が出せなかった。


「……ドロシーさんはルナに何と言ってました?」

「うーん。応援……ですかね?」

 曖昧な答えをするドロシーに三世は首を傾げた。


 その三十分後、グラフィは訪れ、手土産の肉を置いて帰った。

 何か言いたい事があると態度で丸わかりなのだが、それでもグラフィは何も言わなかった。

 その顔には、若干だが焦りが見えていた。


ありがとうございました。


若干忙しい事もあり昨日今日と文字数少なくて申し訳ありません。

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