誰がための英雄か
英雄の条件とは一体何だろうか。
正義を体現する者。
善性の力ある存在。
己を犠牲にして人々を守る守護者。
間違っているわけではないのだが、為政者という視点から見れば、その何れも正しいとは言えない。
英雄の条件、それは為政者にとって都合の良い存在である事だ。
市民達に憧れを持たれ、その人なら信じられると思われるような者。
それはアイドルやプロパガンダと同等の存在と言っても過言ではない。
だからこそ、グラフィは英雄に選ばれた。
ラーライル王国は軍と騎士団二つを分けて使用している。
これは一極化を回避すると同時に役割に特化する為だ。
軍は外敵、つまり他国からの防衛と戦争、時と場合によっては侵略を担当し、騎士団は国内の防衛と治安を担当している。
有事の際はお互い協力し合うが、そうでない場合は基本的に住み分けが出来ていた。
現代で言えば軍と警察の役割に近いだろう。
では両者の仲はどうかと言うと、一言で言えば最悪だった。
自国防衛という、とにかく人手のいる作業が中心であり戦争という人的消費の多い行動を伴う軍は常時人手不足である。
その為、多少ガラが悪かったり軽犯罪程度なら軍に参加することが出来た。
そしてその為、軍の下位はゴロツキのたまり場のような、治安を正すのか壊すのかわからない状態となっていた。
一方騎士団は量より質を優先した。
国を護る事を第一とする騎士団では、秩序が重んじられ、礼節と誇りを胸に生きている。
厳しい試験を突破し、その上で常に訓練をし、己を律する者以外は騎士団になり続ける事は出来ない。
軍と騎士団、どっちが市民の憧れになるかと言えば、当然騎士団となった。
しかも、質が必要なので騎士団は軍より人事を優先される。
更にその上、騎士団は役割上王族との直接連絡のパイプまで保持している。
そう言うわけではないのだが、騎士団を優先していると言っても誰も否定できない状況になっていた。
間違いなく、どちらかを優先しているという事はない。
国王の立場から言えばどちらも必要で、どちらにもしっかり手厚く予算を振り分けている。
それでも、人の気持ちというものは思い通りになるものではなかった。
軍から見たら騎士団は『予算と人を掠め取る軟弱なブルジョワ野郎共』
騎士団から見たら軍は『予算と人を無駄に消費するロクデナシ共』
正反対の気質の為お互いを受け入れる事が出来ず、内乱にすら発展しかねないほど両者の溝は深くなっていた。
そんな時に、グラフィという存在が現れた。
掃き溜めに近い軍の中でも特に態度も扱いも悪い嫌われ者集団の隊長。
そんなグラフィは軍の命令を無視し、人命救助を優先させ、今まで騎士団も軍も失敗した任務を完遂してしまった。
文句なしの大手柄な上に、おまけのようにガニアの王女救出の英雄とも友好関係も築けている。
しかも首謀者を処刑したのは騎士団のコルネで、グラフィは事実上そのサポートに回っていた。
手柄を優先せず、子供の為に命令違反し、その後も己の意志で村人を護った。
礼節を重んじ、民の盾となる事を誇りに思っている騎士団にとって、文句なしの行動。
話を聞くだけで感動し涙を流す騎士団員すらいたほどだ。
多少ガラが悪いが人命優先し、騎士団とも軍とも仲が悪くなく、根は善性。
子供を蔑ろにさえしなければ命令も忠実に聞く。
しかも最も都合の良い事は、グラフィの目的は『金』である。
金さえしっかり払い、子供という地雷さえ避けたら思い通りに動く。
これほど国から見て都合の良い存在はなかった。
そして実際にグラフィを英雄として受け入れて評し、大々的にもてはやしたその成果は、予想以上の物となった。
軍は嫌われ者だったグラフィが英雄と化した為意識が改革し、ゴロツキがチンピラ程度に成長し、わずかばかりの誇りを得た。
騎士団も格下でロクデナシと思った存在が高潔な人物だった為、色眼鏡を外し相手の流儀に合わせる事を覚えた。
軍と騎士団の仲は、異常なほど改善された。
軍と騎士団の合同飲み会などという行事は、ここ数百年の歴史で一度も聞いた事がない奇跡だった。
国民も皆、グラフィを信じ受け入れた。
軍や騎士団を信じない者ですら、グラフィを信じたのだ。
理由は単純、グラフィは子供を絶対に裏切らないからだ。
民は、子供を優先し護ろうとするその在り方が英雄なのだと理解した。
グラフィは子供を護るという意味なら、今でも確かに英雄だろう。
だが、国として使い勝手の言いスケープゴートという意味でなら、グラフィは既に英雄ではない。
国から見た場合、今グラフィは何なのかというと、反逆者である。
塔が崩壊して、グラフィは一度たりとも軍事行動に参加していない。
完全なる無断欠勤だ。
それだけなら良くある事なので放置出来るのだが、問題はその無断欠勤の理由である。
グラフィの事を軽くしか知らない者は今回の事態を軽く見ている。
「どうせ女とか酒とか楽しんで自由に生きてるんだろうよ」
軍の知り合い達はそう言いながら笑った。
だが、グラフィの事を良く知っている部下達や軍の上層部、そして国王は最悪な事態に近いと理解していた。
グラフィ直属の部下は全員、大金が必要である。
それは己の為、親族の為と理由は様々だが、普通に稼いでは足りない額な事だけは共通していた。
その信頼できる部下達に何も言わずに去ったという事は、グラフィは軍に戻るつもりがないと推測出来た。
国王フィロスは己の選択に間違いがないと自負している。
民の為、国の為に正しい事以外何一つ選択していないと、心から言いきれた。
実際その通りで、フィロスに間違いは全くない。
しかし、その正しい行動こそがグラフィにとって譲れない一線だった。
ここにきて、グラフィを英雄に定めた事が裏目に出てしまい国王は後悔した。
国の顔である英雄の為、表向き探すことも、捕まえて処刑することも難しい。
しかし、それも時間の問題である。
今後グラフィがどういう行動に出るかわかっている国王と軍上層部は、グラフィを反逆者として手配する準備を進めていた。
ありがとうございました。




