理不尽な魔王による心からの善なる願い1
九十階以前の情報は全て纏め、王国に提出した。
その中でも二点、非常に有用かつ重要な情報だった為三世達は口止め料込で金貨五百枚の報酬を手に入れた。
一つはこちらの偽物が出るという事だ。
話す事のなく、性格は別人だが能力はほぼコピーされた偽物の情報。
これは一人に特化したパーティーの場合攻略不能になる可能性を帯びていた。
そしてもう一つの情報は、国が崩壊しかねない程の重要な情報である。
それはよくわからないクマのアスレチックマップの報酬で得た宝箱の事だ。
調べてみた結果、およそ金貨五千枚ほどの価値となった。
円換算でおよそ五億、一人頭でも一億というとんでもない値段となる。
ただでさえそれなりに稼ぎの良い塔なのに、そんな物が出土したと広まったらパニックになるだろうし、もし仮に大勢が宝箱を入手したら国庫が空となり財政が破綻する。
事前に知れた王国側は三世達に情報を内密にすることを要請し、今後騎士達にも秘匿するよう命令した。
といっても、その心配は杞憂の物となる可能性が高い。
未だに、三世達以外は塔の後半にたどり着いていないからだ。
復活した騎士や軍は二度目の挑戦でようやく一組だけ突破し、現在六十階辺りまで到達した。
冒険者達は何組かが五十階に挑戦を始めた辺りである。
やはり、五十階の失敗率が大きなネックとなっていた。
決して三世達の実力が彼らに勝っているというわけではない。
と言うよりも、実力が影響しないからこそ五十階は失敗者が続出していた。
むしろ己の実力が高いほど、五十階の場合はもう一人の自分とのギャップに戸惑うらしい。
更に転生者でもない限り、別世界を体験するという摩訶不思議な現象を受け入れられる者は少なくその辺りが五十階突破者が少ない理由となっていた。
五十階よりの難易度はそれほど高くない。
そこさえ突破してしまえば後は難易度の上昇は低く、罠がない分進行速度も上がるだろう。
数日後には九十階を突破し三世達を追い抜く陣営もきっと出て来る。
それがわかっているからこそ、三世達のパーティー五人の気持ちは一つになっていた。
『自分達で百階を攻略しよう』
自分達が攻略したという記録すら残らず、名誉も報酬も国に都合良い者にあてがわれる。
それはわかっていても……わかっているからこそ、敢えて言おう。
『だからどうした?』
百階を攻略すれば塔は消えてしまう。
つまり、百階を攻略出来るのはたった一組のみである。
せっかくここまで来たのだ。
地位も名誉もいらないが、その浪漫だけは譲るつもりはない。
三世とドロシーは浪漫を求め、マリウスは己の力を確かめる為、そしてルゥとシャルトは三世の望みを叶える為に、百階を目指す決意を新たにした。
マリウス以外はいつもの装備をし、マリウスは片手用のクラブと呼ばれる鉄のこん棒と盾を持ち、背中に弓を背負った。
それに加えて食料と医薬品をいつもより多めに用意し、三世とドロシーが分担してカバンに入れた。
「終わったら盛大にパーティーをしよう! 私が作って……いいや。せっかくだからガニアに行って料理人ギルド全部巻き込んでパーティーしようよ! レベッカとかソフィとか呼んで。皆で盛大に騒ごう!」
ルゥが嬉しそうに言った。
幸い冒険の成果で金も十分にあるし、知り合い全員でガニアに言って料理人ギルド内で贅沢なパーティーというのも悪くないだろう。
「それも良いですが、この町でのパーティーも良いと思います。遠出の出来ない方もいらっしゃいますし、牧場主はご主人様ですので牧場を使ってお客様も巻き込んでぱーっとやりましょう」
珍しくルゥに同調せずにシャルトがそう言葉にした。
おそらくだが、妊娠している為移動出来ないユラの事を考えてだろう。
二人の意見を聞き、小さく笑い飛ばしながらマリウスが二人に言った。
「まだ終わってないぞ。終わってから――ゆっくりと話し合おう」
その言葉に二人は笑って頷いた。
天高くにそびえる塔を下からじっくりと見つめる五人。
次の階層は九十一階。
残り十階層で、全てが終わる。
緊張しながら九十一階に向かう一同を受け入れたマップは、今までと様子が異なっていた。
五十階以降、番人戦のあるマップ以外の道中は全て、すぐに終わる狭く罠のないダンジョンだった。
だが、今三世達がいるのは何もない広い空間。
石レンガで囲まれたワンフロアのみの部屋で、中央に小岩が幾つも重ねられ山のようになっていた。
「ああ。何だか懐かしいな」
ドロシーが小さく呟くと同時に、小岩の山はふわふわと浮きながらくっつき合い、山は人型に姿を変えた。
どうやら十階の再現をしているらしい。
見上げるほど高い岩のゴーレムが見下ろすようにこちらの方を見ていた。
ただし、でこぼこしていた十階のゴーレムと違い、その見た目は非常にスマートである。
岩の継ぎ目は全て消えてなめらかな肌をしており、色こそ黄土色の岩だが見た目は重甲冑を来た兵士のようになっている。
身長が四メートルを越える巨人のような存在。
無限に等しい耐久を持ち、一部の攻撃を無効化する脅威のゴーレム。
だが、誰一人ソレを恐れる事はなかった。
「とりあえず適当に体をバラしてもらえますか?動きと魔力の流れを見て本体を探すので」
シャルトの言葉がそう呟くと。
「おう!」
マリウスは短く叫んでアイアンクラブを強く握り、右膝付近に叩きつけた。
それに合わせてルゥはジャンプし、ゴーレムの上半身に向けて盾を持った手の方でぶん殴る。
右足は崩れ、上半身に強い衝撃を受けたゴーレムはそのまま転倒し、その衝撃で体の表面から幾つか岩が剥がれ転がた。
残念ながらゴーレム相手に槍しか持っていない三世が出来る事は何一つ無い。
三世はせめて出来る事をと考え、倒れているゴーレムの指を蹴り飛ばしていった。
ふよふよと岩が戻ってくるのを、ドロシーがマリウスと同じようなアイアインクラブを作り野球のようなフォームで打ち返していく。
そしてルゥとマリウスは適当に体中を殴りつけ、更に体を削っていく。
その間転倒したままでゴーレムは一度たりとも動けていなかった。
「上半身。多分頭部あたりだと思います」
シャルトの呟きと同時にマリウスとルゥはゴーレムの頭頂部付近に移動し、マリウスはクラブを、ルゥは盾を持ち、ゴーレムの頭目掛けて何度も振り下ろした。
ゴスッ。ガチャッ。ドゴッ。
悲惨な音と同時にバラバラと散らばるゴーレムの頭。
今の二人の姿は蛮族そのものにしか見えず、どちらが外から見たら悪者に見えるか考えた三世は小さく苦笑した。
「あ。ソレですね。さっき飛んでいった小さな岩」
シャルトはそう言いながら、ころころと転がる小指くらいの岩を指差し、それを確認したルゥがそのゴーレムの核を踏みつぶした。
パキン。
ガラスの割れるような音が鳴り響き、ゴーレムの残骸と化した周囲の岩は3Dモデルのように枠だけになり、そして消えていった。
「余裕だったね!」
ルゥは嬉しそうに皆に声をかける。
逞しくなったのは嬉しいが、女の子としてこれで良いのだろうか。
三世は少しだけ教育についてこれで正しいのだろうかと悩んだ。
ゴーレムを倒すと魔法陣が現れ、その上に乗ると今度は野外に出た。
膝より高い草に覆われた見事な草原。
しかし城下町の周囲にこんな草原はないので、ここがダンジョンの中である事は間違いない。
「みんなはここで待ってて」
ルゥは真面目な表情でそう言い、まるで呼ばれるように草原の奥に向かった。
そしてルゥが歩いた方向に、大きな白い狼が見え、ルゥと共に奥に消えていった。
全員は言われた通り、その場に止まり腰を下ろしてルゥを待った。
水気はなく、柔らかい草の為座るのには適してはいあるが、腕の隙間や首に振れると痒くして仕方がなかった。
数分経つと、どこからか二頭の狼の咆哮が耳に届いた。
長い遠吠えのような声は時間が経つと片方消え、最後に知っている声で勝鬨のような力強い咆哮が響き渡る。
「終わったよ……。あっちに魔法陣出て来たから」
ルゥがとことことこちらに歩いて来ながら、悲しそうに微笑んだ。
一体そこにどんな感情が込められ、何を想っているのかはわからない。
三世は、ルゥの頭を優しく撫でた。
悪い感情ばかりではないと思うが、それでも三世の目にはルゥが寂しがっているように見えたからだ。
魔法陣に入ると今度は周囲が見渡せないほどの森の中に入った。
最初がゴーレム。
次が古代の狼という事は……。
そう考えていると、ドンドン!と強く何かを叩く音が繰り返し聞こえた。
ドラミングである。
そしてリングに上がるプロレスラーの如く、意気揚々と巨体がこちらに近づき歩いてきた。
そう――ゴリラである。
ただ、それは三十階で見たゴリラとは大分違っていた。
更に巨大になり、そして体毛が血の色のような深い赤い色をしている。
恐らくだが、身長七メートルは超えている。
確かに脅威に見えるが、それでも戦力が充実した今全員で戦えば大した脅威にはならないだろう。
だからこそ、三世は一つ提案をした。
「ここは私に任せてもらえませんか?」
その声にルゥとシャルト、ドロシーは驚き三世を信じられないものを見る目で見ていた。
だが、マリウスだけは違った。
真剣な様子で三世を見つめ、肩をぽんと叩くマリウス。
「……いけるな?」
出来るか?でもやれるか?でもない。
『失敗してもカバーはしてやる。やる気はあるな?』
という意味のマリウスの言葉に、三世は頷き一歩前に出た。
「下がるぞ。ヤツヒサの邪魔になる」
マリウスはそう言って女性陣を後ろに下げた。
ここで三世が戦うといった理由は、ただの意地である。
これくらい一人で戦わないと成長した事にならないと自分で考えたからだ。
相手が動物で、一度似た相手を経験している。
これ以上ないほどお膳立てされたこの状況で、戦い結果を見せないと塔にきた意味がない。
二人の娘を持ち、優秀な師を持つ者として、情けない自分でいたくなかったのだ。
まったく意味のない男のプライドだが、マリウスは師としてそれを理解し、そして背中を教えてくれた。
だからこそ、三世は自信を持って赤い獣と相対する事が出来ていた。
ゴリラの体毛は血のように昏く、炎の様に紅い。
まるで怒りに震え燃えているようである。
そのゴリラは一番近くにいる三世と目を合わせ、即座に拳を叩きこんできた。
睨むなり吠えるなりドラミングなりが来ると思っていた中での突然の攻撃。
それもまさかのパンチ攻撃に少し驚きつつも三世は回避しカウンター気味に腕を狙い槍で刺す――。
が、槍が刺さる事はなくその場で停止した。
魔法とか能力ではなく、単純に赤い体毛が丈夫なのだ。
当たった感触から、しっかり威力を乗せた刺突ならば体毛を抜けるとわかるが、逆に言えば足を止めてしっかり気合を入れ突かないと攻撃が通らないという事だった。
三世は交互に繰り出される両拳の回避に全力を注ぎつつ、隙間に細かく刺突する。
刺さる事はないが、それでも切っ先が尖っているから嫌がらせくらいにはなるだろう。
痛いのか痒いのかはわからないが実際に効果はあったらしく、ゴリラがイライラ様子を見せ腕で大振りな薙ぎ払いをしてきた。
それを見た三世は、思いっきり跳びその腕を回避した後、顔めがけて槍を突いた。
不安定な姿勢の上に腰も入っていない腕だけの突きだが、体毛の覆われていない顔部分である。
ゴリラは慌てた様子で頭を動かして回避するが間に合わず、頬を軽く裂いた。
数センチ程度頬を裂き、そこから赤い血が流れる。
怒りに任せてゴリラは三世を睨みつけ……。
そして、急に冷静になり三世の方を用心した様子で見つめ始めた。
――だからゴリラって怖いんですよ。
本来生き物は危機が迫るか痛い思いをするかしたら、逆上して暴れ狂うようになっている。
それが本能で生きる動物の普通なのだが、今回ゴリラはその逆。
自分の危険を察知し冷静に対処するように動いた。
その思考は動物ではなく、そして慌てている場合なら人ですら出来ない行動パターンである。
森の賢者と呼ばれるにはその理由があった。
が、ここでゴリラは一つだけ大きな間違いをした。
三世を過大評価しすぎたのだろう。
ゴリラと三世を比べた場合、身体能力に大きな差がある為ごり押しで圧殺すれば三世に出来る手段はあまりないのだ。
しかし、ゴリラは三世を強者と認め、全力で戦いに挑んだ。
そう、知力も含めて戦いに挑んでしまったのだ。
三世はスキルと経験から動物の外見だけで内臓等体内の様子を予想出来る。
それは臓器の位置だけではなく関節の稼働範囲から筋肉量までを実際に見てるかのように把握出来た。
相手の肉体を相手以上に把握出来ていると言っても良いだろう。
その相手がぴくっぴくっと腕を振るわせ、大振りに拳を振り上げるのを三世は冷静に見た。
最初に速攻で殴りに来ていたのわざわざ振り上げてだ。
露骨なまでの攻撃モーションなのに肩にも腕にも全く力が入っていない。
つまり、フェイントである。
最初はフェイントで来ると確信した三世は、重心を落として槍を軽く握り、そして相手の攻撃に合わせて槍で突き刺した。
腰を回し、腕を回し、全力で射出するようなイメージで繰り出される渾身の槍の一撃。
それはゴリラの胸元に見える赤い体毛を貫通し――心臓を貫いた。
フェイントを加えた為に一手遅れた。
そんな事を理解することもなく、ゴリラはパキパキと音を立て消滅した。
「良くやった」
マリウスが三世の頭をぽんと叩き、照れたのか顔も見せずそのまま魔方陣の所に歩いて行った。
それを受け、三世は苦笑いを浮かべる。
――まいったな。あんまり嬉しくない。
三世は自分の本分が武人ではないと理解し、マリウスの後ろについて歩いた。
戦いを褒められても三世の胸には一切の喜びが宿らなかった。
三世にとってマリウスという存在はあくまでも、職人としての師匠だった。
今までは能力的に未熟なのが褒められても嬉しくない原因だと思っていたが、どうもそうではなく、単純に戦いが嫌いだから嬉しくないらしい。
――次は職人として褒められるような事をしたいですね。
三世はそう願った。
ありがとうございました。




