実力不足な戦い。
2018/12/16
リメイク
「ルゥ田所前! 三世その後ろ!」
田中の叫び声を聞き、一同は慌てて陣形を整える。
今までの隊列とは異なり今回は前衛に田所、ルゥというリソースを大きく割り振った形になっている。
周囲に意識を向けるほどの余裕は既になかった。
三世の後ろで田中が全員に聞こえるほどの小声で呟く。
「相手はお互いのカバーリングが出来るほど知能が高いです。また一番恐ろしい相手の行動は二匹で一人を集中攻撃された場合です。ですのでこっちは前衛二人体制としました。気を付けて」
「わかった」
田中の発言に田所が応え、剣を構える。
中段での構え、攻撃より相手の攻撃を対処するカウンター重視である。
ルゥのほうは盾をかまえたまま二匹の魔物を睨みつけていた。
例え疲労していても、ルゥは獣人である。
現在誰よりも余力を残していた。
三世は痛みと出血で息を切らせながら二人の後ろで魔物を見る。
確かにこの二匹はカバーリング、というよりも連携を取っているように見えた。
二匹が一定の距離を取ったまま同じ相手、今回はルゥに狙いをつけているように見える。
最悪なのは、この二匹は武器持ちということだ。
本当に小さく、玩具のような剣と盾だが油断していい物でない事くらいは理解出来る。
間違いなく、さきほどの爪一本の魔物よりも脅威度は高い。
ばっさばっさと大きな音を立てながら空中で静止し、こちらを見下し――そして突然、急降下をしてルゥに襲い掛かってきた。
ブンッと大きく風を切る音が聞こえる。
それは田所が剣をルゥの前で振った音だった。
田所の攻撃により一匹が攻撃を止め、後ろに下がっていた。
もう一匹の魔物はそのまま、ルゥに小さな剣の切っ先を向け、ルゥはその剣を盾で受けた。
ギッ。
剣の突きに革が軋み、傷つく音が響く。
小さな手足に見えるが大きく曲げている為実際の手足は体形と不釣り合いで異常と思える程には長い。
思ったよりも突きは鋭く、リーチも長かった。
まともに攻撃を受け続けると間違いなく、盾は壊れるだろう。
「ヤツヒサ! 盾もたないかも!」
「わかってます!」
三世が怒鳴る。
そう、わかっているのだが、対処が思いつかない。
小さな体躯のせいでインパクトの瞬間が見えない。
せめて攻撃の瞬間がもう少しわかりやすければ、盾をずらす指示が出せるのだが……。
「三世さん。ちょっと……」
田中が小声で三世に内緒話をする。
あり得ないとは思うが、こちらの言葉を理解している可能性があるからだ。
それを聞いた後、三世はこくんと頷いた。
「わかりました。試してみましょう」
三世は小さい声でそう答えた。
ギイッギイ。
その音は笑い声のようで、やはりこちらを小ばかにしたような雰囲気だった。
相手の動きはこちらの斜め上に待機して不意を突く形での高速突撃からの離脱が基本である。
浮遊中はばっさばっさと大きな音を立てているのに急降下はほとんど音がない。
戦いにくい事この上なかった。
ギッ。
小さく叫び声をあげた後、魔物が二匹、急降下してくる。
田中が三世に提案した作戦は、作戦と呼ぶほど複雑なものではない。
単純に、田中の合図した方角とタイミングに合わせて槍を突き出すだけである。
突き刺す、というよりは先置きで相手を待ち構えるというものである。
二匹は縦に列を作り、ルゥに襲い掛かる。
悍ましく笑いながらルゥをなぶろうとするその瞬間に、田中は三世に合図を出した――。
三世は槍をルゥの前に位置するよう差し出しその場に固定した。
正直、うまくいくか半信半疑だった。
だが、その成果はあった。
一匹目は槍を見て上に飛び去った。
が、二匹目は最初の魔物が死角となっていたらしく、反応が遅れ槍に体が貫かれ、三世の手に重みにもにた手ごたえを与えた。
そのすぐ後、槍が引っ張られるような感覚がした。
見てみると刺さった魔物は槍から離れ、腹部付近から紫の液体を流していた。
ギイッギイッ!
血を流したほうがこちらに強い敵意を向けてくる。
これは痛みからの怒りと思って良いだろう。
槍を回避したもう一匹は、血を流す仲間を見て馬鹿にするような雰囲気で笑っていた。
その直後、魔物の攻撃は変化した。
攻撃の頻度が上がり、同時に攻撃の重さ、鋭さも増してきた。
その攻撃は全て、ルゥが盾で防いでいる。
ルゥを狙っているわけでなく、魔物二匹は三世を狙い、その三世をルゥが庇うという形になっていた。
前衛を飛び越え中列の三世に攻撃が集中し、それを必死でルゥが防ぐ。
田所も三世のカバーに回るのだが、空中の相手に対して出来る手段が少なく、ルゥが一人で攻撃を防ぐという形になっていた。
「あっ!」
剣の突きに動かされ盾を弾かれ体制を崩したルゥは短く叫んだ。
それを見て、魔物二匹はギイッと喜びの声を上げ、二匹共同時に黒い盾を振りかざし、ルゥを殴りつけた。
ドズッ。
鈍い打撃音と同時に、ルゥは十メートル以上の距離を飛ばされる。
そしてルゥが飛んだチャンスを、待ってましたと言わんばかりに一匹は田所の妨害に入り、紫の液体を流す一匹が三世の目の前に移動する。
表情は見えないが、それでもわかるほどに、魔物は笑っていた。
嘲るような、見下すような不快感のある笑み。
三世は槍を握り、魔物を見据える。
それを見て、魔物は剣を振りかざしながら突撃してくる。
三世はソレを見て、急いで飛び込むように回避行動を取った。
万全の状態なら、回避出来ただろう。
しかし、出血と疲労により重くなった体ではうまく避けられず、相手の刃は三世のわき腹を掠るように抉った。
急に脇腹が熱く燃えるような感じが広がる。
その直後に、熱した鉄が体内に刺さったような錯覚が見え、激しい激痛に襲われる。
「ぐあっ!」
声にならない悲鳴を聞き、魔物はギイッギイッと笑いながらついでのように盾で三世の左腕を殴りつける。
ブチッと何かが切れるような音が鳴り響く。
どうやら巻いていた包帯が切れたらしい。
包帯が隠れていた左腕が露見し、塞がっていない傷から血が流れる。
脇腹と左腕から血を流す三世を見て、魔物は嗤っていた。
意識が朦朧とする。
田中や田所の声が聞こえるような気がするが、何を言っているのかよくわからない。
鈍い耳鳴りのような音がずっと聞こえていた。
今、なんとか意識を途切れさせず保てているのは、痛みの所為だった。
この痛みがなくなったら、間違いなく眠ってしまう。
それは永遠の眠りとなるだろう。
「あ……ああ。あああ……あ……ああ…………あああああああああああああああああああ!」
咆哮が鳴り響く。
それは周囲の音が聞き取りづらくなって、意識の朦朧とする三世にすら聞こえるほどの咆哮だった。
魔物二匹がびくんと大きく体を震わせた後、咆哮の発生源に注意を向けた。
そこにいたのはルゥだった。
ただし、それはルゥの姿をしただけの別人のようだった。
いつもの、ぽやっとした雰囲気はそこにはない。
優しい瞳は鋭く尖り、今まで見せたことないほど鋭い牙を露見させ、うなり声をあげている。
そして、大切に持っていた盾を捨て、伸びた両手の爪を向けながら魔物を睨みつけていた。
――爪は昨日切ってあげたはずなんですが。
三世は意識がふらふらなせいか、そんな見当違いのことを考えていた。
そして。ルゥの姿をした獣は魔物に跳びかかった。
飛行して高度にいる魔物よりも高い位置に跳び、ルゥは声にならない叫びをあげながら爪を振り下ろす。
魔物は恐れ、怯えながらも盾を使いガードする。
それは今回の戦闘で最初の防御だった。
だが、そんなことお構いなしと言わんばかりに、ルゥは盾の上から爪を振り下ろし、そのまま一匹を叩き落した。
落下と同時にドスンと音がなり地面が揺れ、魔物の一匹が地面に倒れている。
致命傷というわけではないらしく、魔物はすぐに起き上がりルゥから逃げるように距離を取る。
その一匹に、田所は剣を振り足止めをする。
ルゥはそんな逃げる魔物に一切視線を向けていない。
ルゥが興味を持っているのは、もう一匹の血を流している魔物の方だった。
既に出血は止まっているが出血していた魔物は、隙が生まれないようにチクチクと、突きと斬りを組み合わせ一切油断せず、ルゥに攻撃をし続ける。
ルゥはそれを、最低限の動作だけで回避していた。
木の上に乗り、そこから跳びかかり、空中で体を捻り回避して攻撃する。
空中の為回避しきれず、ルゥは浅い切り傷を山ほど作り、全身から血を流す。
それでもルゥは止まらない。
強引に爪を振り回すルゥ。
恨みをぶつけるような、怒りを叩きつけるような攻撃。
そんな大振りな攻撃を魔物は軽々と回避していた。
最初は少しだけ恐れていたが、攻撃が脅威でないとわかると魔物はまたギイッギイッとあざ笑い、ルゥを嬲るように攻撃する。
だが、それがどうしたと言わんばかりにルゥは攻撃を続けていた。
自分の体の事など度外視し、ルゥは傷だらけになりながらも爪を振り続けていた。
致命傷を負っていないのは、ルゥの身体能力のせいか相手が嬲っているのか、それはわからない。
意識を失いかけていた三世が意識を取り戻した時、最初に見たのは止血がされた自分の腕だった。
「すいません。鎧の上からならこの程度しか出来なくて」
田中が謝りながら治療を続ける。
「いえ。助かりました。それで何か手あります?」
田所も一匹を相手にしているが少しずつ傷が増えてきていた。
ルゥにいたっては全身あらゆる場所に傷が出来、無事な部分が見つからないほどだった。
「むしろルゥちゃん止める方法あります?」
田中にそう尋ねられ、三世はルゥの方を見た。
ただ怒りに我を忘れているだけでなく、野生とでもいうべき何かで体が支配されていた。
今の状態のルゥに声をかけても、届く自信は三世にはなかった。
「ルゥちゃんがいる限り魔法が使えないんですよね。まあ使えても当たる気がしませんが。……みんなが無事なうちにチャンスがあるといいのですが」
田中の呟きに三世は小さく頷いた。
そこからが、とても長かった。
実際の時間はあまり経過していないのだろう。
だが、三世と田中にとっては恐ろしいほど長い時間に感じていた。
田所とルゥの傷が徐々に増え続ける。
相手には特に問題らしい傷が見えない。
それどころか、魔物がこれまで受けた傷は、ほとんど治っているように見えた。
ギ!
短い声と同時に、田所を相手していた魔物とルゥと対峙していた魔物は合流しルゥに対して二対一の状況を作り出した。
それでもルゥは構わず、三世を襲った魔物に突撃をかける。
それを魔物はニヤニヤとした雰囲気で剣を構え、待ち受けた。
出血の為か、三世の体調は最悪一歩手前まで来ていた。
息をするのもつらく、意識もとぎれとぎれである。
だから、何かするならこれが最後のチャンスとなるだろう。
顔を串刺しにしトドメを刺そうとする二匹に対し、そんな事お構いなしに突撃を試みるルゥ。
そして三世の頭に浮かんだ言葉。
間違いなく、次は無いだろう。
もう失いきった体力を無理やりあると思い込み、三世は体を動かしてふらふらした足取りのまま、前に、前に走る。
そんな三世の動きに呼応し、田中が手のひらを相手にむけ魔法を撃つ構えを取った。
作戦とか、相談とかあったわけではない。
田中はただ、三世がきっとなんとすると信じているだけだった。
信じることしか出来なかった。
走りながら一呼吸。
そして、思いっきり息を吸い――叫んだ。
「お座り!」
ルゥの耳がぴくんと反応する。
そして、ちょうど相手の突きがくる前あたりでちょこんと犬座りをした。
その直後、あれ?といった顔をしたまま首を傾げていた。
どうやら元のルゥに戻ったらしい。
状況が理解出来ないながらも危険を察知したルゥは魔物から跳び離れ、落とした盾を回収した。
魔物は絶対に当たると信じていた攻撃が外れたからか、空中で態勢を崩していた。
三世がその二匹に目掛けて構えを取り、体力と気力を振り絞る。
「せいっ!」
槍をねじり回転を加えながらながら全力で突き刺す。
後の事を考えない渾身の一撃。
その一撃を一匹は避けたが、もう一匹は逃げそこね羽に突き刺さる。
そのまま三世は槍を大きく振るった。
ぶちっという何か肉がちぎれるような音とギィという悲鳴が響き、一匹地面に落下した。
最初に避けた一匹は何か危険を察知したらしく、今まで以上に高い位置に避難していた。
が、その一匹に大きな何かが激突し地面に落下した。
その後から盾が落ちてくる。
上空にいた魔物を叩き落したのはルゥが投擲した盾らしい。
「運がいい」
三世は一言呟き、二匹の羽が重なった位置に合わせて地面にむけ、槍を突き立てた。
そして足を引きずりながら退避する。
途中、急に体が軽くなったと思ったら田所がこちらに肩を貸してくれていた。
「異なる力による理に呼ばれ、空より落ちよ、『落雷』!」
その言葉と同時に、槍のある位置に落雷が襲った。
バリバリと雷鳴が鳴り、それと同じくらいの音量で魔物の悲鳴が響き渡る。
数秒すると焦げ臭いような臭いが漂い、奇声が鳴り止んだ。
「上!」
ルゥが叫ぶ。
一同がその方向を見ると、煙を漂わせている魔物が一匹、ふらふらと空に浮遊しこちらから離れていっている。
「一体いつの間に……」
田中が短く呟いた。
その一匹は羽が片方しかなく、ふらふらとした動作で必死に逃げている。
もう一匹は槍の傍で完全に絶命していた。
槍を見ると羽が根元からもがれて刺さったままになっていた。
「とりあえず撤退」
槍を引き抜きながら三世はそう呟いたが、そのまま崩れ落ち、地面をベッドに倒れ込んだ。
意識はあるのだが、足に力がはいらない。
体が宙に浮く感覚がした。
どうやら誰かに抱えられているらしい。
もう目も開ける体力すらない三世は、そっと持ち上げてくれている人に触れてみる。
触った感じでわかる。
それはルゥだった。
「早く移動しよう」
ルゥはそう呟きながら三世を背負った。
警戒を最小限に、急いで移動する一同。
だが、その速度は決して早いと言える速度ではなかった。
もう誰もが体力の限界で、まともに走る事すら出来ないからだ。
だが、それでも今度こそ、あの場所から――あの草原から離脱することが出来た。
慌てた様子のまま、一同は停車していた馬車に乗り込み御者に城下町行を頼んだ。
馬車の中で途切れそうな意識の中、三世はルゥにひざまくらをされている事に気が付いた。
目を開けると、かすれ、ぼやけた瞳でもわかるほど、心配そうな顔をするルゥが目に入った。
――女の子なのに傷だらけになってしまって――いえ、してしまったのは私ですね。
三世は少しだけ、後悔した。
元いた世界なら治せるのに……いや元よりいい軟膏ないかな。
縫った場所から傷が消える。
そんな便利な薬が……。
三世は人差し指でルゥの目の下の傷を触って[診た]。
目に入らなくてよかった。
でもこんな位置に傷があると化膿した時目に入るかもしれない。
なんとか出来ないものか。
そんな事を考えていると、人差し指で撫でていた目の下の傷が、完全に消えていた。
どうやら三世の手から、透明な何か粘度のある液体が出ているらしい。
――ああなんだ。傷を治す薬、ここにあるじゃないですか……。
そんなことを考えながら、限界となった三世の意識は闇に落ちた。
ありがとうございました。