六十階
いつものメンバーで五十一階に突入した三世達。
前払いで報酬を受け取った三世達は迫りくる強敵を予想し気を引き締め、集中し――そしてその難易度はお世辞にも高いとは言えず全員が肩透かしにあったような気分となった。
五十一階から罠がなく、まだダンジョン自体も狭く、同時に道幅が広く戦いやすい。
戦闘中心の為こうなったのだろう。
元々困っていた要素の七割以上が罠関連だった為、体感難易度は十階よりも低いくらいだ。
特に、獣人二人という探知能力が異常なほど高いパーティーに、マリウスドロシーという戦闘能力が妙に高い一般人。
問題らしい問題は起きず、マリウス一人でどうにかなってしまっている為三世だけでなくルゥ、シャルトは今まで以上に出番がなかった。
そのままとんとんと一階層五分程度で駆け上がり、あっという間に六十階に到達してしまった。
六十階は巨大なドームのような広い円形のマップだった。
周囲をきょろきょろと眺めると中央に石のタイルが並べられた正方形状のコートが配置されている。
おそらく、戦闘用のリングなのだろう。
「本当に何もすることがなかったですね」
敵も代り映えせず、また罠もなくそもそも自身で戦ってすらいない為、報告書に何を書けば良いか三世は頭を抱えた。
場合によっては四十階相当よりも敵が弱くなっているような気さえしていた。
「とりあえず登れるところまで上ってみるぞ」
大した疲労のないマリウスは三世にそう言って、三世もそれに頷いた。
「んー、大丈夫よ。番人戦には出番あるみたい」
ドロシーがそう言いながら、目の前に置かれていた看板を指差した。
『一対一の入れ替え団体戦。三勝で突破、ギブアップあり』
そう書かれた看板を見て三世は一つの可能性に思い当たった。
「あー。これ、もしかして師匠に頼りすぎたから対策立てられましたかね?」
頬を掻きながら三世がそう呟くと、マリウスは目を細めた。
「……かもしれんな。まあ偶然かもしれないが」
これ以降マリウスの出番を減らすべきかという相談をしている時、突然中央のリング上に何者かが現れた。
ホログラム状の何かが浮き出てきてそのまま実体化したその姿は、白金の騎士そのものだった。
フルアーマーではあるが三世がこの世界で見て来た鎧とは異なり、妙に古臭く、そして装飾が少ない。
全体的に丸みを帯びた古臭いデザインの鎧だが重厚感が凄まじく、戦うとなると相当苦労しそうだ。
鎧はリングの中から一歩も動かず、直立不動のまま対戦相手が来るのを待っていた。
「……行ってみるか?」
マリウスは三世に尋ねた。
獣相手ならば異なる可能性はあるが、基本的に五人の中で最も弱い。
三人勝てば終わりのルールなら三世が出る意味はないだろう。
それでもマリウスは三世に出て欲しかった。
なぜならば、マリウスは無刀術を横から見て見たかったからだ。
今回の対戦相手の鎧は、片手剣に盾という装備だった為、無刀術のスキル範囲内だろうとマリウスは考えた。
自分が相手として体験はしたのだが、外からは見ていない。
だからこそ、それっぽい空気を醸し出しながらマリウスはちらちらと三世の方を見た。
ついでに修行の一環にもなるんじゃないかとも一応程度は淡く考えていた。
「……そうですね。わかりました。やってみましょう」
マリウスが何を期待しているのか理解した三世は苦笑しながらそう答え、中央に向かった。
三世が石タイルで作られたリングに足を踏み入れた瞬間、白金の騎士はかしゃんと音を立ててフルフェイスのヘルムを動かしてこちらに向き、剣と盾を構え歩き出した。
槍を構えその場で待ち受ける三世を見ても騎士は動きを止めず、用心した様子さえ見せずに平然と歩いて三世の傍により、そのまま剣を振りかざした。
三世はその斜めに振られる剣を後方にバックステップで躱し、騎士の胴部目掛けて槍を握りしめ、思いっきり突き刺す――。
強い衝撃と確かな手ごたえと共に、ガンと鈍い音が響き渡った。
その音は騎士の中身が空洞のような音だった。
その一撃で一瞬だけ怯んだ様子を見せた騎士だが、すぐに武具を構えまた歩いて迫ってくる。
その動き方は妙に機械じみていた。
無刀術という技術は役に立たない。
こちらが素手でかつ相手が剣を装備しているという圧倒的不利かつ限定的な状況しか使えない。
正しく死中に活を求める為の技術と言える。
ただし、普段役に立たないというのは技術の場合だ。
三世が今身に着けているのは、無刀術という名のスキルである。
スキルと化した無刀術は本来のものと比べてて優秀な点があった。
それは無刀術を行う為の補正を掛けてくれる事だ。
具体的に言えば『相手が切断武器を持っている限り、集中力が大きく向上させ相手の動きを把握しやすくする』という能力である。
三世は元々動体視力に優れ器用さも高い。
それに加えて戦闘用スキルの集中力が付与される事により、本来なら格上の騎士相手でさえ三世は軽々と相手をしていた。
相手の行動は非常にわかりやすく、攻撃手段は二通りしか行ってこない。
剣を縦に振るか横に振るかのみである。
決まった行動しか行わない相手であるのなら、いかに身体能力が強くても負ける要素はない。
三世は相手が剣を振り上げるのに合わせて槍を構え、剣が振り下ろされるのに合わせて左手側に移動して回避し、槍を優しく突く。
三世が狙った場所は肘関節の隙間で、騎士は肘が固定され剣が動かせなくなっていた。
それに合わせ、三世は相手に背を向けながら左腕を掴み、そのまま剣を奪って場外に放り投げた。
「おー。見事なもんだな。使えないスキルって言っていたが有用じゃないか」
マリウスは感心した様子で楽しそうに今の様子を見ていた。
三世も、思った以上に体が動き、ベストなタイミングで開いての剣を取り上げられた事に満足し、マリウスの方を見て微笑んだ。
そう、三世は気づいていなかった。
さっきまで有利だったのは、スキルによる補正があったからであって、本来ならば相応の格上相手である。
そして相手が切断武器を失った事によりスキルの補正は消えた。
その結果、大惨事が発生した。
大変すさまじい試合展開、ぶっちゃけて言えば見る者すら苦痛なほどの泥仕合が繰り広げられる事となった。
武器がない為盾で殴りつける騎士と、遠距離からチクチクと攻撃する三世。
三世はさっきまでのような鋭い攻撃は打てず、回避重視だからかへっぴり腰の攻撃は精彩に欠け、鎧にキンキンと弾かれ続ける。
槍の間合いで戦う三世に対し、騎士の行動は歩いて接近する事のみ。
当たると大怪我をしそうな盾殴りなのだが、間合いを詰める動作が歩くのみなので三世は後ろに下がりながら距離を取り続けた。
じりじりと下がりながらへっぴり腰で槍を突く三世に、一撃でも当てたら勝ちだが動きがワンパターンな騎士が迫り続ける。
リング内をくるくると回りながら戦う二人の様子はまるでダンスである。
ダンスはダンスでも、ゆるゆるとした様子で踊る盆踊りの方だが……。
二時間ほどぐるぐるとリングを回り続けた末に、ようやく騎士はパキパキと音を立てながら消えていった。
シャルトとルゥはその様子をじっと見て、ドロシーはうつらうつらと船を漕ぎ、マリウスは腕立て伏せをして時間を潰していた。
「私は、戦いが苦手です……」
そう呟きながら三世はフラフラとリング外に出た。
「うん。知ってる」
ルゥは微笑みながら今にも倒れそうな三世を抱きしめ、そっと地面に寝そべらせ自分のふとももを枕代わりにした。
さきほどの看板の横にもう一つ看板が立っていた。
『第一試合、引き分け』
どうやら相手が倒れたわけではなく、時間切れだったらしい。
良く考えると、鎧は傷だらけになっていたがそれだけで、あの騎士がダメージらしいダメージを受けた様子は最初の一撃だけだった。
「時間切れってどうなるんだ?」
マリウスの疑問に答える声はどこにもなかった。
ドロシーは座った姿勢のまま完全に寝入った。
数分後、さっきと全く同じ、ただし無傷の騎士がリングに立ち同じように下を向きながら直立不動で挑戦者を待っていた。
「同じ相手みたいですね。次は私で良いでしょうか?」
シャルトの言葉にマリウスは頷いた。
「ああ。今動けそうなのいないからな。ただし、危なくなったらすぐにギブアップしろよ?」
マリウスの言葉にシャルトは頷き、てくてくと歩いてリングに向かっていった。
「がんばれー」
楽しそうに声を出すルゥと、酷く疲れた様子なのに手を振って応援する三世にシャルトは手を振り返し、リングの中に入った。
ガシャンガシャンと音を立てて動き襲い掛かってくる空っぽの鎧。
どういう仕組みなのか、どう対処すれば良いのか。
それはシャルトにはわからない。
そういう事を考えるのはいつも三世かドロシーである。
だからシャルトはいつも通りの戦い方をすることにした。
「私は忘れない。忘れたくない……」
シャルトは誰にも聞こえないよう小さく呟き、目の前に左手を伸ばし、虚空を掴む。
何もなかったはずのシャルトの手に剣――いや、鞘に納められた太刀が握られていた。
一の太刀【月読命】
この太刀こそが、命と月華の絆の証だった。
シャルトは鞘から刀を抜いて騎士にまっすぐ飛び込み、そのまま音もなく背後を取った。
その瞬間、騎士の兜がごろんと転がり地面に落ちる。
すれ違うその刹那に放たれる目にもとまらぬ一閃。
魔術により生まれた刀に重みは無い為、手足を振るうのと同じように動かせた。
文字通り体の延長と同じように使われる高速の一閃は鎧と兜の隙間を縫うように通し、フルフェイスの兜は地面に転がり落ちた。
シャルトはそれをコンと外野に蹴り飛ばした。
騎士はフラフラとした様子をしているが消えていない。
頭を落としても倒した事にはならないらしい。
シャン。
シャルトが刀を一振りすると鈴の音のような音が響いた。
それとほぼ同時に、ガチャンと金属のぶつかる音がして左腕の肘より先が地面に落ちる。
剣ごと落ちた左腕をシャルトは蹴り飛ばすが、重量の為か大して飛ばず、がらん大きな音で転がるだけだった。
シャルトはソレを右手で持ち、力いっぱい飛ばして外野に投げ捨てた。
「……まだ動くんですか……」
シャルトはふらふらした様子のまま、こちらに近寄ってくる騎士に溜息を吐いた。
「胴体と腰の継ぎ目。行けるか?」
外野からのマリウスの言葉にシャルトは頷き、トン、トンとステップを踏むように飛び跳ねて移動し騎士の背後に立つ。
そしてそのまま後ろから横薙ぎの一閃を叩きこみ、胴体を蹴り飛ばした。
耳が痛いほどの賑やかな金属音が響き、バラバラになった騎士はそのまま消えていった。
パチパチパチパチ。
寝ているドロシー以外全員がシャルトに拍手を送る。
「お粗末様でした」
シャルトは頬を赤らめ、照れながらリングを降りた。
『第二試合、勝利』と書かれた看板が出た事から、問題なく勝ったのだと確認したシャルトはルゥの隣に座った。
「お疲れシャルちゃん。何か綺麗でかっこよかったよ!」
刀という物をちらっとしか見た事がなかったルゥは物珍しさと綺麗さで嬉しそうにはしゃいだ。
「ありがとうございます」
そう答えるシャルトは若干照れたような表情を浮かべていた。
「お疲れ様です。さすがですね。ついこないだの事ですのに、あの時の事は妙に懐かしく感じます……」
三世はルゥに膝枕をされたまま、妙にシリアスな雰囲気を出していた。
そんな三世にルゥとシャルトは二人で三世の頭を撫でまわした。
わしゃわしゃされる事に抵抗したいが、疲れて体が動かず三世はなすがままとなっていた。
三試合目は言うべき事が一つたりともなかった。
マリウスがリングに入り、そのまま鎧に剣を振り下ろし、真っ二つにして試合終了。
引き分けも勝ちと認識しているらしくそのまま六十階は終了となり、リングのあった位置に魔法陣が現れた。
ドロシーは起きる気配はなく、泥仕合二時間という嫌な拷問を受け疲労した三世の事もあり、次の階層には行かず一同は塔を脱出した。
ありがとうございました。




